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2017年10月31日 (火)

興福寺の阿修羅像の表情は、勇ましさよりも、むしろ物悲しさを感じさせる

ーー以下「ねずブログ」より抜粋編集

奈良興福寺は、法相宗大本山で、藤原氏の氏寺として知られ、藤原鎌足、藤原不比等親子ゆかりの寺院である。

奈良時代には四大寺、平安時代に七大寺の一つに数えられた。

鎌倉時代・室町時代、興福寺は、幕府から大和国の守護に任じられていた。

徳川幕府も、興福寺に2万1千余石の知行を与えた。

ーー

その興福寺で、有名なのが国宝の阿修羅像だ。

像の高さは153.4cm、奈良時代の作とされている。

江戸から明治初頭の日本の成人男性の身長は、155cm。

この阿修羅像は、当時の男性のほぼ等身大であったろうといわれている。

ーー

阿修羅は、サンスクリット(真言)の asu(息、命)に由来するが、悪者とみなされるようになってからは、「a」が否定の接頭語と解釈され、非天、非類などと訳された。

阿修羅は正義を司る神といわれ、帝釈天は力を司る神といわれる。

阿修羅は、帝釈天に娘を凌辱され、帝釈天に戦いを挑む。

正義の戦いが、やがて戦うことが目的となり(在日・反日勢力の様)、悪者とみなされるようになって、非天とされるようになった。

ーー

仏教徒は、この阿修羅のどこまでも戦うという行為が、仏敵に対してなされることを想定し、阿修羅を、仏法を守護し、仏敵を滅ぼす神にした。

ところが興福寺の阿修羅像の表情は、勇ましさよりも、むしろ物悲しさを感じさせる。

しかも両手を合わせて祈っている。

ーー

阿修羅は、十二神将よりも高い地位にあり、大将軍なのだ。

戦いは、敵味方に数多くの死傷者が出、その一人ひとりに家族がいる。

親がいて、妻がいて、子がいて、友がいる。

ひとりの兵の死は、数多くの人たちに悲しみをもたらす。

ーー

将は、数多くの人たちの悲しみを背負う立場でもある。

ーー

乃木大将もそうでした。

乃木希典大将は、難攻不落の要塞戦である旅順戦を、世界史上類例のない短期間、そして世界史的には驚くほど最小の兵の損耗で制した。

世界の陸戦史上、名高い名将軍でした。

そして乃木大将は、戦没者のために、全国の神社に「忠魂碑」を寄進され、腕を失った兵たちのためには義手を開発寄贈されている。

乃木大将の写真をみると、やはり阿修羅像のごとく、悲しみを背負った目をしておられる。

ーー

人には、戦わなければならないときというのは、ある。

そして、戦いは多くの悲しみを生みます。

その悲しみを一番多く背負う人というのが、将軍なのかもしれません。

興福寺の阿修羅像は、まさに、その悲しみを表情にたたえている。

ーー

仏教国は、世界に多々あります。

けれど、阿修羅像に、こうした悲しい表情を彫刻に施したのは、日本だけなのです。

ーー

ところが、我が国仏教彫刻の復元模造の第一人者・松永忠興氏が、製造された当時の色使いで阿修羅像を復元された。

本物に残された塗料の成分から当時の色を再現されたのだ。

復元された阿修羅像は、全身が真っ赤で、口には髭が蓄えられている。

そこには、悲しみの表情はなく、凛々しい大将軍の表情が現れた。

ーー

将は、兵の悲しみを背負いながら、同時にその悲しみをこらえて、平然と戦いの命を兵に与えなければならない。

この阿修羅像には(年月を経て現れる)悲しみを奥深くに秘め凛々しく兵に命を与える姿が施されていた。

こんな像が1300年も前に作られ、いまも大切にされている。

これらは、日本人であれば誰もが見て理解できる事実である。

それは、我々のそして祖先の誇りであります。

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コメント

興福寺の月光菩薩も好きですね.
あの静謐さは、たまらんです。
実物は、見てないのですが昔、教科書で虜になりました。
作者は、解りませんが、あのような静謐さを出せる表現力に感服します。

興福寺の阿修羅像は、40年位前に行ったことはありますが、なにぶんにも昔のことで、表情が美しかったことしか覚えていません。

戦いには最強だからと敵を限りなく倒しても、人の命を奪うことに悲しさを感じる故の、表情かと思っていたのですけれど、凜々しい大将軍の表情が現れたそうですが、モナリザのように見る人によって、感じ方が異なるのかなとも思いました。


>乃木希典大将は、難攻不落の要塞戦である旅順戦を、世界史上類例のない短期間、そして世界史的には驚くほど最小の兵の損耗で制した。

日本の戦争史で見るとき、日露戦争の旅順戦は、長期間で大変多くの兵が損耗する戦いでありましたが、世界の歴史からは短期間と最小の損耗であったと思います。

それでも、日本が持っていた総兵力から見ますと、とてつもない損耗であったことも事実です。日露戦争の映画やテレビを見ますと、東京で亡くなった兵士の家族が暴れている様子を撮られていますけれど、これは、それだけの印象が記録として、残されていたからだと思います。

乃木大将が指揮した大三軍には第1師団(編成地は東京)が所属していたのですから、東京で兵の家族が怒ることも理解できることです。

 阿修羅像は勿論知って居ましたが、飽く迄、美術書の上ダケの話で、実物を拝観した事は残念ながら、未だありません。

 凛々しさを感じるのは、顔立ちが少年~青年的ダカラだと思います。 同級生で阿修羅像の顔によく似た男を知って居ますが、今会っても同じ様な印象です、但し喧嘩は弱い大人しい男でしたがねw

 乃木さんの評価は様々で、「希代の忠臣」と言う評価~「たくさんの犠牲者を出した凡将」と、上から下まで色々ですが、私は、乃木さんの長州人らしくない不器用な生き方は、どちらかと言えば好きです。
 
 「最短の期間にして、最小の犠牲者で、203高地を落とした」のは、他の要塞攻防戦と比べての話なのでしょう。 それはそれで凄い事かもしれませんが、結果論でいえば、この戦いに参加した日本兵の多くは、歴戦の兵ではありません。

 司令官クラスは、乃木さんの様に、戊辰~西南戦争を戦った古参なのでしょうが、要塞戦に付き物の「消耗」させられた兵卒クラスは、市井の民衆から集めた壮丁で、謂わば素人、こんな絶望的な戦いは初めてのものが多かった筈です。

 戦死者は凡そ2万以上、上海事変で2万5千人の死者を出すまで、江戸期以来、最大の死者数を出した戦いだったから、乃木さんの評価が分かれているのでしょう。

 然し日本の戦いは是で終わるわけもなく、ガタルカナル島攻防戦での⒑万人の死者を初め、沖縄戦でも⒑万人の将兵が戦死して居ます。 先帝陛下の命を擲った、終戦のご詔勅が無ければ、更に多くの軍民が死んだことでしょう。 ですから、ご詔勅は、丸で陛下の遺書の様です。 

 私は少年の頃、日本が米国に懐くような話を聞く度に、大連から引き揚げてきた母親から聞いた話と違う事に、大きな疑問を持って居ました。 大人になるに連れ、親父世代の「生きて行く為には仕方がなかった」と言う吐き捨てる様な言訳も、受け容れる事が出来る様になって行きました。 が今、改めて米国に対する怒りが湧き起こって来る事を、禁じ得ません。 

 思えば、我らの先祖は我らの為に、「今、自分が国に対し、子孫に対し、出来る最大の事」を成して、今の日本の礎を遺してくれたのだと、本当に感謝して居ます。

特別永住者にまた特権が、高速道路7日間乗り放題で20000円、2週間で34000円、外国からのパスポートを持った、旅行客が対照だが、何故か犯罪者の特権の外国人にも摘要て?

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