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2017年9月 8日 (金)

神道に通じることによる発見は、読者に、日本の仏教美術を見直すことを促すはずだ

ーー以下「宮崎正弘ブログ、書評」より抜粋編集

田中英道『日本の美仏50選 日本文化のすごさがわかる』(育鵬社)

西洋の絵画、彫刻、タペストリー(絨毯)の多くは、信仰の表現なのだ。

パリのルーブル、マドリッドのプラド、サンクトペテルブルクのエルミタージュ等、有名な美術館で展示されている美術品の多くは実は宗教画である。

どの美術館へ行っても驚くほど多くの日本人がそれらの美術品を鑑賞されている。

ならば日本の絵巻、彫刻、とりわけ仏像はと言えば、日本人にまるで見向きもされない時代があった。

しかし、日本の絵巻、彫刻もまたその多くが信仰の表現なのである。

ーー

日本人はどうやら、これら宗教美術について洋物のほうが優れていると考えているようなのだが、それは勘違いであろう。

というのも、日本の絵巻、彫刻が、西洋人によって高く評価されてきたからだ。

ゴッホが日本の浮世絵の影響を受けたことは、あまねく知られるが、その他多くの画家が浮世絵からあるいは日本の美術品から影響を受けている。

昨今日本でも日本の春画や、日本画に興味を持つ人が増え、特に伊藤若沖の絵は時代を超越しているとして大人気だ。

ーー

従来、例えばイタリア美術の専門家であれば、イタリア美術は素晴らしいと言って、日本美術を貶してきた。

しかし、もう日本人の多くが、西洋の一流美術館で西洋美術に直接接し、それがどういうものなのか知っている。

それに日本は、高齢化が進み、目の肥えた人たちだらけになっている。

イタリア美術の専門家であっても下手なことを言えば批判されるような時代になっているのだ。

ーー

著者はイタリア美術の専門家なのだが、日本美術を貶すようなことはしない。

むしろ、日本の仏教美術はそれこそ無数にあるが、その最高峰は仏像である、と評価している。

日本の仏教美術をそれこそ毎日のように数十年に渡って熱心に鑑賞された結論であろう。

そして著者は神道にも造詣が深い。

神道に通じることによる発見は、読者に、日本の仏教美術を見直すことを促すはずだ。

ーーたとえば「法隆寺にたたずむ聖徳太子を模した『救世観音』像」について

「聖徳太子の等身像として知られるが、神道の皇祖霊信仰そのものの像とも言えます」

「聖徳太子は仏教に帰依したという意味で、菩薩像でなければなりませんでした」

「つまり救世観音像は、あくまで神仏習合の形をとっている像というべきなのです」

ーー西洋美術に通じている視点が以下に加味される。

「唇のアルカイックな微笑み、杏仁(あんにん、アーモンド)形と言われる両目や、上下に長めの顔に、円筒形の首など」

これらの特徴は法隆寺金堂の釈迦三尊と共通である、と。

ーーwikipediaのアルカイク・スマイル(英: Archaic smile)の説明

古代ギリシアのアルカイク美術の彫像に見られる表情。紀元前6世紀の第2四半期に例が多い。顔の感情表現を極力抑えながら、口元だけは微笑みの形を伴っているのが特徴。

ーー

「東京には深大寺に七世紀の「釈迦如来」がある」

「深大寺の由来は自然信仰の神道と仏教の神(仏)が合祀されているが仏像史の初期のもので「素朴な感じがあり、アルカイックスマイルを浮かべています」

「顔の造作や、衣文の線など、形式的にみえるかもしれません。しかしその線の流麗さ、おおらかさは到底、ほかの時代には産まれ得ない豊かさが感じられます」

ーー

静岡県伊豆国市・願成就寺は源頼朝が平泉藤原氏討伐の軍を出したときに北条政子の父が建立したものである。

そこには国宝の毘沙門天と制托迦童子(せいたかどうじ)像がある。

ふたつとも運慶の作品とされるが、著者はともに最高傑作と評価する。

評者(宮崎)が見たのは三十年前であり、伊豆の反射炉の取材の帰路にサイクリングをしていたら偶然見つけたのだった。

当時は、参詣客は殆どおらず、仏像は手に取る距離で観覧できた。

毘沙門天や童子像が、運慶の最高傑作だとは知らずに、通り過ぎてしまった。

もっとじっくりと鑑賞すべきだった。

ーー

かくして氏の仏像の旅は薬師寺、東大寺、興福寺、観音寺、法華寺、円城寺、願成就寺、高野山、六波羅蜜寺などへと続く。

とくに六波羅蜜寺には国宝の11面観音立像の他多くの重要文化財の諸仏がある。

同寺は重文・平清盛坐像で有名だが、本書の表紙は同寺の更に有名な重文・空也上人像である。

しかも本書で紹介されている仏像写真はすべてみごとな色彩で忠実に表現されている。

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コメント

>著者はイタリア美術の専門家なのだが、日本美術を貶すようなことはしない。
>むしろ、日本の仏教美術はそれこそ無数にあるが、その最高峰は仏像である、と評価している。

子供の頃には、何故か西洋の美術が優れていて、日本の物は世界から見れば片隅での宗教の付属物のように思っていました。
国宝や重文を日常の中で見ることができる幸せを、今なら分かりますが、小学生のガキには理解できなかったのです。

しかしながら、成長するとともに子供の頃に拝んでいた仏像の、美術品としての素晴らしさが、理解できるようになりました。
木造の仏像は数百年もしますと、建立当時の塗料がなくなり、期の地肌しか見えなくなりますし、銅像であれば黄銅の輝きが消えて、くすんだ色になりますが、これらが素晴らしい物と思いました。
今も、仏像が好きです。そして、最近やっと作られた頃のきらびやかさを復元された仏像にも、馴染めるようになりました。
仏像だけでなく、これを収容している寺院の美しさにも、日本を感じます。

長らく拝観していないのですが、京都の広隆寺にあります弥勒菩薩は、昔は切手になっていたのですけれど、これが一番好きです。でも、三十三間堂の一千体の仏像には圧倒されますので、これも凄いです。

こんなことを考えていますと、久し振りに拝観に行きたくなりました。
もっとも、子供の頃は今のように拝観料はなかったのと思います。

教科書で見た仏像で奈良の興福寺にある月光菩薩に一目ぼれしたことが有ります。
あの何と言いますか静謐な感じが何と言えません。
日本の仏師の技量は、大したもので、チャイナや朝鮮半島を凌駕しているのは何故でしょうか?
大陸の物は、稚拙な物が多く感銘を受けない。
日本の物は、ギリシャ彫刻と比肩できるくらいのレベルです。
この日本のレベルは、何処から来るものでしょう?
不思議でなりません。
何処かで我々は、歴史を間違えて学んでいるのではないかと思ってしまう。
辻褄が合わないのである。

そうですね、日本の文明度合の高さは仏像にも、如実に表れていると思います。

周りを見回してみると、シナ・朝鮮は勿論、仏教発生の地インドでも、日本の仏像に比肩できる像は数少ない。

日本の仏像には、素晴らしい技巧の他に精神性があるのです。

ギリシャのモノは、写実と言う意味で優れて居ますが、日本の仏像には写実性に精神性が加わっている。

像のお姿から漂ってくる静謐さや迫力は、丸で仏像に命があるかの様です。

ーー

日本は、秀吉が西洋人の日本侵略の意図を見抜いて以来、江戸末期に至るまで鎖国を布きました。

しかしオランダとの管理貿易はしており、外国人との接点は持っていたのです。 

此れは、日本人の舶来好きを考えれば、或る意味正解だったといえましょう。

維新は、それらの拘束を解き放ちました。

維新以来、好奇心旺盛な日本人は、主に産業革命を成し遂げていた西洋から謙虚に学んだ。

そして日本の技術革新には其れこそ怒涛の勢いがありました。

日露戦争の前に、既に、日本製の舶用エンジンは、イギリス製のものを凌駕していた。

しかし戦後、「日本にのみ戦争責任がある」として、謝罪と賠償を強要された。

敗戦とはそういうものです。

が、そんな不利な条件からも、日本人は、世界第二の経済大国、西洋以外での先進国を作り上げた。

これらは、日本のもともとの文明度の高さによるところがあったと言えましょう。

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