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2017年8月14日 (月)

社会の捕食者は、優しさを捕食しながら富を築き、社会的評価を確実なものにしていく

ーー以下「鈴木傾城ブログ」より抜粋編集

優しい人は自分が我慢すれば丸く収まると思う
不利な条件であっても我慢して受け入れる
損することになってもそれを受け入れる

優しい人は相手を傷つけたくないと思う
相手が間違っていると思っても言い返さない
討論などしないし出来ない

ーー

優しい人はすべて悪いのは自分だと思う
明らかに悪くなくても自分を責める
自分が悪いからうまくいかないのだと自分を責め続ける

優しい人は相手を疑うのは悪いと思う
疑いを持つ自分を責めるので騙される
返すと言われれば断れずに金を貸す

ーー

優しい人は相手の苦境が敏感に分かる
相手を助けるために自分の全力を使ってしまう
そして自分も相手も窮地に落ちる

ーー

優しい人は自分が苦しんだ方がいいと思う
迷惑をかけると思ったらそれだけで休めなくなる
無理をして結果的に身体を壊してしまう

優しい人は「もう駄目だ」と言えない
極限まで我慢し、ぎりぎりまで耐える
やがて自分の心を壊してしまう

ーー

優しい人は黙って不条理に耐える
社会の犠牲になったことを嘆かない
謝罪と賠償など要求しない

自分が潰されても相手に配慮する
そして踏みにじられ使い捨てにされる。

ーー

そんな優しい人と一緒にいると心が洗われる
優しい人と一緒にいると安心できる

ーー

しかし社会は優しい人に決して優しくはない

社会には自分の獲物を狙う捕食者で満ちている
彼らは他者を利用して欲望を遂げようとする

強欲が彼等を突き動かている
優しい人が彼等の獲物に成る
優しさに付け入って収奪していく

ーー

捕食者は優しい人について

「何をやっても我慢するはずだ」と思っている
苛(いじ)めても反撃してこないと考えている
被害を与えてもそれを表ざたにしないと思っている

だから捕食者は優しい人を狙う

ーー

優しさは捕食者の餌食にされる
その光景は残酷だ

大切なものまで奪われ
必要なものも手に入らないし
面倒に巻き込まれつづける

ーー

自己主張力、利害を見極める力、道理を訴える力、これらは、社会を生き抜くために必要とされるものだ。

つまり社会は富(とみ)を求めるという基礎の上に成り立っている。

優しさは富を求めることとは別次元のものだ。
だから社会的には評価されることはない。
つまり現実は優しさだけでは生きていけない。

社会の捕食者は、優しさを捕食しながら富を築き、社会的評価を確実なものにしていく。

捕食者としての生き方も富を基準にすれば間違っているわけではない。

ーー

捕食者は、優しい人たちを理不尽に痛めつけ、恫喝し、攻撃し、搾取し、窮地に落とし、心が壊れるまでいじめる。

「彼はダメだ、優し過ぎる」と嘲笑し、生きるのが下手だと説教し、自業自得だと見捨てる。

そして、自分がいかにうまく立ち回っているのか自慢し、彼がどん底に落とした人たちを尻目に優越感に浸る。

しかしこんな捕食者たちも、油断するともっと強い捕食者の餌食にされてしまう。

だから彼らも、誰もが仲良く、優しい、そんなにこやかな社会で暮らしたいと思う。

優しい世界で生きたい、そんな世界で暮らしたいと強く思っているのである。

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経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

縦椅子さま

 優しい人は捕食者の餌食にされ、優しさを捕食されながら、捕食者が、富を築き、社会的評価を確実なものにしていくのに貢献している。しかし、死を前にしたとき、何もあの世にもっていけないことを知り、驚愕する。
その時、優しい人が駆け寄り、「怖がらなくてもいいよ」と優しい声をかける。このとき、優しいひとは、捕食者に完全にかっているが、宮沢賢治のように、優しいそのひとは、優雅に去っていく。---
 今日のブログはすばらしすぎて言葉になりません。ありがとうございます。

優しい人は、捕食者の犠牲になっても、不条理に耐える。
優しい企業は、企業間戦争で社会の犠牲になっても、残りの収益で耐える。
優しい国は、色々な侵略国家によって食い物にされれば、実質的に植民地にされることを、ひたすら避けるように努力する。

結局、優しさは自らを犠牲にして、自らの影響下にあるものに不利益をもたらし、忍耐を押しつける。

かと言って、優しい人が方針を変更して、捕食者になろうとしても、やり付けないことだから疲れてしまって、優しい人であり続ける方が楽である。

優しい人は優しい人である故に、滅多なことでは怒らない。しかし、滅多であることの限界を超えたときの怒りは、自らが怒ったことを知らないがために、怒りの収め方を知らない。
捕食者は、優しい人が怒ったときの怖さを知らない。

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