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2017年8月24日 (木)

本書の独特な点は、日本で孫子がどのように受け入れられたのかの解説である

ーー以下「宮崎正弘ブログ書評」より抜粋編集qazx

家村和幸『図解 孫子兵法』(並木書房)

孫子の解説本は山のようにあり、日本では漫画にもなって人口に膾炙している。

米国でも翻訳され安全保障を論ずる学者、報道記者、政策提案機関(シンクタンク)で人気が高い。

家村氏は、地政学、兵法を説き続け、隔月に「孫子講座」を主宰されている現代日本の兵法家である。

ーー

孫子は紙のない時代、紀元前六世紀に成り立ったとされ、ゆえに原本は竹板に書かれていた。

そして突厥人の始皇帝の焚書坑儒にあった。

それゆえ、原本どころか写本もバラバラ、それを編纂したのが三国志時代の梟雄・曹操(155~220)である。

つまり、日本の孫子は「曹操の孫子」なのである。

それでは、孫子の元の姿・竹翰本はどのようなものであったのか。

本書は竹翰本から元の形を研究している。

ーー

50枚もある図表の一枚一枚が丹誠込めて作成されており大いに饒舌な図解になっている。

現代日本の兵法家渾身の作であり、まさに本物の孫子を知りたい人にお勧めの著書である。

ーー

評者(宮崎)は、『世界と日本を動かす悪の孫子』(ビジネス社)のなかで、近世において、もっとも深い孫子理解者は吉田松陰だったと指摘した。

なお下田に停泊中のペリー提督の黒船にこぎ寄せて、自らが外国事情を探るスパイとなろうとしたその吉田松陰を影で奨励していたのが佐久間象山だった。

家村氏も、この説を肯定されている。

ーー

本書の独特な点は、日本で孫子がどのように受け入れられたのかの解説である。

以下はその概略。

孫子が最初に日本に伝わったのが曹操が孫子を編纂して僅か半世紀。

「履陶公という者が訪日し、『六稲三略兵図』という書を応神天皇に伝えた」のが始めだとする。

しかし応神天皇は「後世になって邪悪な野望を抱く者に広まり、平和な日本が戦乱の巷になることを心配され」、孫子を焼却した。

継体天皇は任那派遣軍を組織されたが、この歴史を述べる『日本書紀』には、明らかに孫子の影響が認められるという。

八世紀に吉備真備が新羅討伐戦略を立案し、邪悪な支那の代理人を琵琶湖湖畔に征伐した(恵美押勝の乱、764年)。

宇多天皇の御代、朝廷の書庫を調べて書誌を編纂されたが、日本にないとされた孫子解説本がちゃんと保管されていた。

以後、源義経、北条時宗、楠木正成に伝わり、日本では孫子は詭道、日本武士は王道を求める兵法が必要とされ、日本独特の兵法が編み出されていくのだ。

ーー

武田信玄、徳川家康らの名だたる武将が愛読した孫子だが、その源流は、すでに『日本書紀』にあるという指摘は目から鱗だった。

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