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2017年7月12日 (水)

孔子の時代から外国人が日本と支那・朝鮮を比較していた

ーー以下「宮崎正弘ブログ、書評」より抜粋編集qazx

黄文雄『世界はなぜ最後に支那・朝鮮に呆れ、日本に憧れるのか』(徳間書店)

本書の価値は、すでに孔子の時代から外国人が日本と支那・朝鮮を比較していたと文献的に明らかにしたことだ。

しかも、文献によると、その殆どが支那・朝鮮のデタラメぶり、対照的に日本のすばらしさを述べているのだという。

ーー

支那の文献で最初に日本が登場するのは『前漢書』だ。

その前文に言う、「東夷の天性柔順、三方の外に異なる。ゆえに孔子、道のおこなわざると悼み、もし海に浮かばば、九夷におらんと欲す」と。

つまり孔子さえ道徳の頽廃した支那をなげうち、徳が高い日本へ行きたいと念願したのだと。

ーー

始皇帝は不死のクスリを求め徐福を蓬莱に派遣した。

当時の日本は蓬莱といわれた。

ーー

有名な三国志の『魏志倭人伝』の前文の記述から、山海経、論語と、次々と日本礼讃の内容が紹介されてゆく。

西洋人ではマルコポーロ、マテオ・リッチ、新井白石が取り調べたシドッチ、長崎を舞台にしたシーボルト、ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)。

「イエズス会宣教師で、上智大学で哲学と宗教学を教えたハインリッヒ・デュモリンは、(中略)『吉田松陰 明治維新の精神的起源』」を表した。

そのハインリッヒ・デュモリンは、吉田松陰を「日本精神の体現者」と評している。

ーー

新井白石の『西洋紀聞』は、屋久島に上陸(1708年)して布教を試みようとしたイタリアの宣教師ヨハン・シドッチを尋問(1709年)して書かれたものだ。

が、政治、哲学、歴史、文化、宗教といった多岐の分野にわたって議論を展開している。

新井白石は、日本の碩学(せきがく、広く深い知識を持つ人)であり、彼の質問にシドッチが答えている。

恐らく白石が、資料を集めるだけ集め、調べまくって行間を埋めたのだろう。

が、シドッチは白石と対峙できる程の男であった。

その博覧強記を見抜き、白石の尋問を受ける機会をあたえた者がいたのであろう。

そんな西洋社会でも深い学識を持つと考えられる人物シドッチが、日本に来ていたということだ。

ーー

お馴染みのイザベラ・バード、ポール・リシェル、そして頓珍漢な日本論『菊と刀』のルース・ベネディクト。

歴史学者にして日本大使となったエドウィン・ライシャワー。

『二十世紀は日本の世紀』と書いた未来学者のハーマン・カーンと続く。

ーー

ただ、ハーバード・パッシンが、日本の教育制度を評価していたという指摘は新鮮だった。

と言うのも、評者(宮崎)は、ハーマン・カーンとパッシンには直接会っており、特にパッシン教授は美食家で料理研究家だとばかり思っていたからだ。

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