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2017年7月19日 (水)

左翼の理論が結局は「<法>を否定し、隷属と不自由をもたらす誤ったもの」である

ーー以下「宮崎正弘ブログ・1/31コメント」より以下抜粋編集qazx

1997年5月の末に偶然、私は中川八洋教授の著書に出会うことになった。

当時私は左翼から転向したことを記した小冊子を発行し、ミニコミ紙店にも置いてもらっていた。

それを読んだ人が、多くの本を送ってくれたのである。彼は、左翼から「保守派」に転向した人であった。

1980年頃に一度会ったことがあり、当時その人は保守派と自ら言っていた。

しかし、私は、彼を民族派と考えていた。つまり送られてきた本はほとんどが民族派の人のものであった。

その本の中に中川八洋教授の本が一冊だけあった。

ーー

その本は1995年8月刊の『近衛文麿とルーズベルト-大東亜戦争の真実』(2000年12月に『大東亜戦争の開戦責任 近衛文麿と山本五十六』と改題されている)というものであった。

著書の中で中川氏は、「戦前昭和期の日本は社会主義国家であった。日支戦争と太平洋戦争に最大の責任を持つ近衛文麿は、民族派の衣をまとった共産主義者であり、戦争目的はアジアと日本の共産化であった」と書いていた。

当時左翼から転向したと思い込んでいた私は、その考えの甘さを金槌(ハンマー)で強打されたような衝撃を受けた。

それからの私は中川氏の著書を、購入したり図書館で借りて、氏の雑誌論文に至るまで手に入るものは全て入手して読んでいった。

ーー

1997年9月に1996年11月刊『正統の哲学 異端の思想』を読んで、私は非常に多くの考え方を吸収した。

この著書によって私は英米系の法思想、法の支配について学んだ。

平等は「法の下での平等だけが正しい」ことを学んだのだった。

私はこれにより、平等という概念に、得心したのであった。それまでは、なおあいまいな部分が残っていたのである。

私は、これによって、平等思想(「平等=善、不平等=悪」)を完全に否定することができた。

ーーー

同年9月に読んだ氏の1992年6月刊『戦争の21世紀 蘇えるロシア帝国』は、すこぶる深いソ連=ロシア分析の書であった。

「ロシアは侵略と退却と再侵略をサイクル的に繰り返して領土を拡大してきた伝統を持つ国家である」

「侵略国家ロシアは、共産主義ロシア(ソ連)から「市場経済」ロシアに衣を変えただけで、国家目標は不変である」「すなわちロシアは21世紀にユーラシア大陸を侵略征服しようとしている」

「現在は米国ら西側自由主義国を油断させるために大退却をしているに過ぎない。大反攻=大侵略するために大退却しているだけである」

この「1991年のソ連の崩壊は国家の偽装倒壊である」という主張に対しては、何度も読み返した。

ーーー

1996年6月、革命という考え方を否定した後の私は、日米同盟の立場に転換していったのだが、1998年4月に読んだ中川氏の1985年7月刊『現代核戦略論 核時代の平和学』からは、

ロシア・共産支那・北朝鮮に対する日本の核武装と核戦略そして日米核同盟の強化についての認識を飛躍的に深めていくことができた。

そして私は1998年の半ば頃には、真正な保守主義(=真正な自由主義)を自分の思想にしていた。「真正な保守主義」と表したのは、民族派も保守を唱えているからである。

ーー

私は極めて長期間、平等思想(「平等=善、不平等=悪」)に基ずき革命運動を行い、祖国と国民に敵対してきてしまった。

この罪は自分の活動によって償(あがな)っていかなくてはならない。

日本では真正な保守主義(=真正な自由主義)の言論が非常に弱い。だから左翼が強いということになっている。

私は微力であっても、真正な保守主義(=真正な自由主義)の主張を展開し、また左翼思想の誤りを明らかにして、日本に少しでも貢献していきたいと決意した。

そして民族派の誤りについても明らかにしてきたいと考えた。

ーーー

ここでは、私が長らく関わってきた左翼思想の誤りについて再度述べよう。

人間(国民)は生まれた時から異なっている。男と女は違うし、同性でも相互に差異がある。成長するにつれてますます差異は大きくなっていく。つまり人間は本質的に不平等なのである。

もし平等であったならば個性もなにもないロボットになってしまう。

人間の社会は上下の秩序によって形成されている。家庭でも学校でも企業でも国家の機関でもそうだ。上下の秩序とは不平等ということである。

もし政治社会、経済社会に平等な関係を要求したら、社会は瞬時に崩壊し、社会そのものが形成できない。人間はバラバラの個となり、人間ではなくなってしまう。

ーーー

ある人は政治家になりたいと思う。ある人は軍人になりたいと思う。またある人は学者になりたい。企業経営者になりたい。野球選手になりたい。歌手になりたいという人もいる。

千差万別である。考える内容も異なる。これらの自由は、不平等性の承認が前提になっている。

平等が強制されたら国民の自由は否定されてしまうのである。それは人間であることの否定だ。自由は不平等原理に基づくものなのである。

ーーー

国民個人に能力の不平等があり、努力の程度にも不平等があり、また運にも不平等があるから、経済活動の結果としての所得やその累積たる富が不平等になるのは自然なことなのである。

自然なことを公正であり正義であるとすれば、不平等であることこそが公正であり正義であると言うことができる。

遅れた社会でも、家族の能力の差によって経済的な不平等が自然に生まれていた。

私が革命幻想に支配されて勝手に、アイヌやインデアン社会を「平等な社会だ」と解釈していただけであった。

能力も努力も運も異なる個人・家族に対して、所得や生産物の平等な分配を求めることは、それこそが不公正であり不正義である。逆平等なのである。

ーーー

自由の基礎は、私有財産制(生産手段の私的所有)と自由主義経済つまり市場経済である。この時に国民には、生活の糧を得るための経済的な自由が保障されることになる。

経済的自由がない体制では、政治的な自由も存在しえない。

共産党が独裁支配する共産主義国家では、生産手段の全てを国家が独占所有するから、国民は国家から離れたら生活の糧を手に入れることができない。

このようにその政治状況を認める以外に生きる術がない状態では、国民に政治的自由が認められる道理はない。国民はその政治状況の奴隷と化することになる。

ーーー

自然なこと、当たり前のことを公正であり正義であるとして、それを例えば<法>と名づければ、

日本国民の存在によって自然に形成された、つまり自生的な制度である日本国家や天皇・皇室や私有財産制度や市場経済等は<法>である。

また古くから真理、道理として伝承されてきたもの、例えば国家には自衛権(個別的・集団的)があるとかも<法>である。

男女は異なる、人間は不平等である、経済的な不平等は自然であるとかの不平等原理も<法>である。

国民が世襲してきた自由、つまり生命や身体や財産の自由とかも<法>である。

そういう当たり前のこと<法>を発見して明文化したものが正しい憲法である。当たり前のこと<法>に反する憲法条文は無効である。

「法の支配」つまり「<法>→正しい憲法→正しい法律」の支配が貫撤している国家が、文明国家である。法は国家権力も支配する。

法こそが「主権者」であるといってよいだろう。私たちはこの当たり前のこと、つまり法の支配を堅持することによって、日本国家の安全と存続を守り、国民の権利・自由を守っていくべきなのである。

もちろん国際法を守り、侵略を否定する。真正な保守主義(真正な自由主義)とは、祖国と法の支配を守っていく立場をいう。

自由と共存できるのは不平等原理なのである。唯一正しい平等は、「法の下の平等」だけである。

ーーー

地獄への道は、観念的な正義や善意で敷き詰められている。私は、全ての人が平等に暮らすという観念的な正義を善意で実現しようとした。

私はこの平等思想に洗脳されて、日本の政治社会と経済社会を平等ではないとして否定し、

日本国家そのものも否定し、また国際法も否定して、平等な新世界秩序を創造するために世界革命・反日革命を目指していったのであった。

「平等と真の自由が実現される世界共産主義社会の建設」が革命の目標であった。しかし、平等と自由が共に実現される社会など絶対にありえないのである。

平等の実現は自由の死であり、平等の実現は秩序ある社会の死であった。

結局、平等を求めた先には自由度ゼロの、共産党が、国民を支配・収奪する超絶不平等社会が誕生することになる。

現代社会には多くの欠陥はあるが、この平等思想による革命によって、その何万倍も酷い独裁国家が作られていった。

平等思想は間違いであり、革命へ導くための謀略思想にすぎなかったのだ。

ーーー

不平等こそが善であり、平等は悪なのである。つまり、左翼の根本思想「平等=善、不平等=悪」の平等思想は転倒している。

しかしこの真理はほとんど理解されないのである。

「平等=善、不平等=悪」は強力な政治的主張である。平等思想は大衆のさもしい妬(ねた)みを増殖させていく。

言葉の正しい意味での社会の指導者層に対する敵愾心を大衆に植えつけていく。国家社会を憎悪させていく。

平等思想はまた未熟な知識人の正義心や善意を刺激して、国家社会と指導者層を価値否定させていく。

その上に「階級国家論」「階級支配論」「搾取理論」「帝国主義論」「ブルジョア法論」等々の虚偽理論で洗脳されると、

人々は現体制否定の感情に理論的な裏付けを与えられて、革命運動を実践していくようになるわけである。

ーーー

今日の日本の政治社会、経済社会は不平等ではあるが、この不平等は支配や搾取とは全く別の概念である。

左翼は「不平等=支配」「不平等=搾取」と錯覚させられている。それは「階級国家論・階級支配論」「搾取理論」という嘘の理論なのである。

今日の日本には階級支配などないし、日本の資本主義に搾取はない。また日本は帝国主義ではない。

戦前昭和期の日本が全体主義の帝国主義だったのは、法の支配を否定し、国際法を否定する革新=左翼体制の国家だったからである。

左翼は、平等思想と前記した虚偽理論のレッテル貼りによって「捏造された日本像」を、現実の日本国家社会の実体だと思い込まされて、日本の体制や日本そのものを憎悪させられているのである。つまり洗脳である。

かつて左翼であった私が言うから間違いない。しかし洗脳されている本人には、このことが全く分からないのである。洗脳の恐ろしさである。

ーーー

平等思想、左翼理論は、国民を独裁支配し世界を支配したいと思ったマルクスやレーニンやバクーニンや毛沢東らが作りあげた謀略思想なのである。

法の支配を否定するのが革新=左翼である。法の支配があって初めて国民の権利・自由は保障される。法の支配を否定したら、独裁国家が出現するだけである。

現在も上記の左翼思想で洗脳されてしまっている人々には、どこに人間としての道理があるのか真剣に考え続けていって欲しいと思う。

ーーー

左翼のほとんどは日本革命派であるから、彼らの理論と反日革命を目指した私のそれでは、異なる部分も多い。しかし基本的な理論は共通している。

「日本は資本主義的搾取と階級支配がなされている国であり、対外的には帝国主義国である。だから我々は、現在の経済制度と政治制度を革命によって打倒し、搾取や階級のない、また対外的侵略(経済的・政治的)のない、共産主義社会を建設していかなくてはならない」

という思想は、結局のところ<法>を否定し、隷属と不自由をもたらす誤ったものなのである。

ーーー

上に、私の思想的転向の道筋(みちすじ)を長々と書いた。それは左翼の理論が結局は「<法>を否定し、隷属と不自由をもたらす誤ったもの」であることを理解し、思想・理論の誤りを自ら正していくことがいかに困難であるのかを私の例で示したものだ。

保守派の中にも、この平等理論を無批判に受け入れて逆平等の実現を望むものがいる。このことからも、保守派の中で平等理論に対する理論的な批判がほとんどなされてきていないことが分かる。

いまだに国民の一部分が、「<法>を否定し、隷属と不自由をもたらす誤った」左翼思想に洗脳されていっている。そしてそれを防止するための思想的、理論的な活動はほとんどされてきていない。

保守派自身が、平等理論が結局は「<法>を否定し、隷属と不自由をもたらす誤ったもの」だという理論をちゃんと持ち得ていないのである。

保守派が左翼思想を明確に否定しえないのは、保守思想に平等理論を無批判に受け入れてしまう未熟さがあるからだと、私は考えるものである。

ーーー2013/1/31

(国家存立と子孫の繁栄への)義務を自らに課す有徳の国民は美しいが、権利の要求に人格喪失して国家の存立も子孫の負担も一顧だにしない悖徳(背徳)の人間など、醜悪以下で日本国民として扱うべきか、ためらわざるをえない。美徳は社会規範として復権されねばならない。(中川八洋)

中川八洋先生の本『悠仁天皇と皇室典範』!!!(*°∀°*)

ーーー2013/1/31

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コメント

縦椅子さま

「男女は異なる、人間は不平等である、経済的な不平等は自然であるとかの不平等原理も<法>である。」
「国民が世襲してきた自由、つまり生命や身体や財産の自由とかも<法>である。」法の支配を否定するのが革新=左翼である。法の支配があって初めて国民の権利・自由は保障される。法の支配を否定したら、独裁国家が出現するだけである。
洗脳とはおそろしいものである。ひとは洗脳によって真の自由を失ってしまう。」
ーーー今日の魂をかけた訴えに心から共鳴するいたします。

縦椅子さま

「男女は異なる、人間は不平等である、経済的な不平等は自然であるとかの不平等原理も<法>である。」
「国民が世襲してきた自由、つまり生命や身体や財産の自由とかも<法>である。」法の支配を否定するのが革新=左翼である。法の支配があって初めて国民の権利・自由は保障される。法の支配を否定したら、独裁国家が出現するだけである。
洗脳とはおそろしいものである。ひとは洗脳によって真の自由を失ってしまう。」
ーーー今日の魂をかけた訴えに心から共鳴するいたします。

縦椅子さま

「平等が強制されたら国民の自由は否定されてしまうのである。それは人間であることの否定だ。自由は不平等原理に基づくものなのである。」---人間である限り自由でいたいーーーとおもいます。

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