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2017年7月23日 (日)

状況を改善しようとする人には嘆いたり恨んでいる暇などないのです

ーー以下「ねずブログ」より抜粋編集

史実を並べただけでは歴史にはならない。

黒船がやってきた、戊辰戦争があった、白虎隊が自決した、これを合理的に説明するものが歴史なのです。

ですから、明治維新については、それがもし革命であると説明するのなら、その合理的理由が要る。

ーー

支那では、明国から清国へと国名が変わり、皇帝の姓が「朱(しゅ)」から「愛新覚羅(あいしんかくら)」へと変わっています。

これが支那・朝鮮でいう革命なのです。

つまり維新が革命であったと言うためには、日本の支配者の姓が易(あらたま)っていなければなりません。

ところが日本の支配者(天皇)は、維新前後で、変わっていない。

それに日本の天皇には姓がないので、もともと易姓革命は起こりようがないのです。

ーー

ということは、維新は、支那・朝鮮で使用されている革命ではないということに成ります。

ーー

また共産主義者が口にする革命は、資本主義の矛盾によって引き起こされる、社会革命(社会主義革命、共産主義革命)です。

労働者階級独裁の段階を経由して、市場・貨幣・賃金労働などが廃絶された新しい無階級社会が生まれると。

しかし維新を資本主義の矛盾によって引き起こされた社会革命であったと説明するのには無理がある。

なぜなら日本は資本主義国家ではなかったからです。

資本主義とは、資本が利益を生む仕組みなので、通常投下した資本を守ろうとします。

しかし日本は、朝鮮半島や満洲に莫大な投資をしておきながら、それを放棄したからです。

ーー

つまり維新は、支那・朝鮮で行われたような革命ではなかった、またマルクス史観での革命でもなかったということに成ります。

それでは明治維新とは何だったのか。

ーー

そもそも、維持するという言葉で分る様に、「維」は一定の道筋につなぎとめるという意味です。

ほどけた糸を、結び直して元通りに治すことを維新(これあらた)というのです。

当時の人たちは、「戻るべき本来の日本の姿」を持っていたということになります。

ーー

フランス革命で使われたレボリューションは、リボルバー(Revolver)の派生語です。

回転してもとに戻るレボリューションは、古い時代の共同体社会に戻る運動をいいます。

維新は、このレボリューションにとても近いと言えるでしょう。

ーー

日本では、飛鳥時代に「神武創業に帰れという運動」が起こっています。

そして十七条憲法の制定や「大化の改新」、記・紀の編さんが行われた。

日本の明治維新でも、「神武創業の昔に帰れ」といわれていたのです。

ーー

日本書紀の大化2(646)年3月、「大化の改新」の詔(みことのり)に応じた中大兄皇子(なかのおおえのおおじ)が、「天人合応厥政惟新」と述べられた。

「天も人も合(あい)応(こた)えて、厥(そ)の政(まつりごと)惟(これ)新(あら)たなり」

つまり、天皇のシラス統治のもとで、政治体制を一新することを「惟新」と書いたのです。

ーー

幕末には、この「惟新」を、あらためて「維新」と書きました。

「惟」は、心をひとつにつなぎとめる、という意味の漢字です。

のちに天智天皇となった中大兄皇子は、豪族たちの集合体だった日本を、新たにひとつの統一国家にしました。

同様に幕末の人たちは、幕藩体制のもと、諸藩の集合体だった日本を、新たに「もとからあるひとつの姿に戻そう」としたのです。

だから「維新」と命名した。

ーー

つまり、19世紀の明治維新は、7世紀の大化の改新の再現だったのだということがわかります。

当時の大名たちも、徳川家も、外国の脅威の前に、あらためて天皇の下に国を一つにまとめようとしていた。

それは、本来、内戦などまったく必要のないものでした。

ーー

明治維新は、「マルクス史観」では説明できない。

ーー

なぜなら、維新を成し遂げた武士たちは、四民平等、廃刀令などで武士としての身分を捨てた、

藩主も藩籍奉還で、藩主としての地位を捨てた、

薩長側に付いた公家も、幕府よりだった公家も、同様に身分を捨てたからです。

維新を成し遂げた人たちが、かつて持っていた身分を捨てて新たな体制を築いた。

その体制では、敵・味方双方から人材が採用された。

階級闘争の勝者が新体制を支配するという、マルクス史観では、まったく説明がつかない。

ーー

戦いに敗れれば、すべてを失うのは、歴史の常です。

当時敵味方に分かれて戦った武士たちは、その双方が地位と職の全てを失ったのです。

しかし、彼らは猛勉強をして、新政府の中で要職を得て行った。

我が国の人々は、状況を受け入れ、そこから猛勉強をして新たな出発をしていきます。

状況を改善しようとする人には嘆いたり恨んでいる暇などないのです。

お読みいただき、ありがとうございました。

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