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2017年7月 7日 (金)

支那人は昔時から民族として発達したもので、政府といふものにはまるで重きを置かない人種だよ

ーー以下「ねずブログ」より抜粋編集

「共産支那の経済はもうダメ、破綻する」などと言う人がいます。

勝海舟は支那人について明治のはじめに次のように述べています。

「支那人は昔時から民族として発達したもので、政府といふものにはまるで重きを置かない人種だよ」

「この呼吸をよく飲み込んで支那に対せねば、とんでもない失敗をするよ」

ーー

勝海舟は幕末から明治を生きたのですが、どこから情報を得てこんな見方をするようになったのでしょう。

日本が日清戦争に勝った時には、次のように述べています。

「支那は、独逸や露西亜に困しめられて早晩滅亡するなどというものがあるけれど、そんな事は決してない」

「全体、支那を日本と同じやうに見るのが大間違ひだ。日本は立派な国家だけれども、支那は国家ではない。あれはたゞ人民の社会だ」

「政府などはどうなつても構わない。自分さへ利益を得れば、それで支那人は満足するのだ」

ーー

古来より、支那人は、異民族によって支配されてきたのです。

支那人は自分たちの政府を持ったことがない。

政府なんて関係ない、自分が儲かりさえすれば良いのです。

それを支那が、日本と同じ国民国家だと考えるから、支那(人)に対する対応を間違えるのです。

勝海舟は100年以上も前に、すでに支那(人)を正しく理解しています。

ーー

支那系移民にとっては、支那政府がどうなろうが、まったく関係ないのです。

彼らは要するに自分が儲かれば良い。

今、支那系移民と習近平は、たいへん良好な関係を続けています。

というのも、今のところ習近平が彼等を儲けさせいているからです。

ーー

1935年に林語堂が、次のように書いています。

これは、毛沢東率いる共産党(八路軍)が、およそ3千名というボロボロ状態で延安に逃げんこんだ頃に書かれたものです。

「将来、共産党政権が誕生するかもしれない。しかしこういう政権は支那の伝統にグズグズに巻き込まれて、何がなんだかわからなくなってしまうであろう」

支那共産党は、いまでは82年前に林語堂が予測したようになっている。

共産主義を投げ捨て金儲けに夢中になっているのです。

支那人は、それを全く気にしていない。

要するに支那人にとっては、政府などどうでも良いのです。

ーー

これまた勝海舟の言葉です。

「支那人は、帝王が代らうが、敵国が来り国を取らうが、殆ど馬耳東風で、はあ帝王が代つたのか、はあ日本が来て我が国を取つたのか、などいつて平気でゐる」

「風の吹いた程も感ぜぬ。感ぜぬも道理だ。一つ帝室が亡んで、他の帝室が代らうが、誰が来て国を取らうが、一体、社会は、依然として旧態を存して居るのだからのー」

「国家の一興一亡は、象の身体を蚊か虻が刺すくらゐにしか感じないのだ」

そしてまた

「剣や鉄砲の戦争には勝つても、経済上の戦争に負けると、国は仕方なくなるヨ」

「そして、この経済上の戦争にかけては、日本人は、とても支那人には及ばないだらうと思ふと、おれはひそかに心配するよ」と。

ーー

戦後の日本は、そんな支那に経済援助を与え続け、支那の経済力が日本を凌駕するようになっても、まだ経済援助を続けている。

通州事件のとき、北京にいた日本人は、通州で日本人を嬲り殺し北京に逃げてきた犯人たちを保護し、食事や衣類、路銀を与え、「もう二度と悪さをするナヨ」と言って、逃しています。

支那人を日本人と同じとみなしていることが分ります。

ーー

しかしネット情報からすると、支那・朝鮮人は日本人とは全く違う人たちであることが分っています。

彼等はこちらが強いとみなしたときには、下手に出てお世辞や嘘を平気で吐き、こちらが弱いと見ると、前言を翻して殺しに来ます。

彼等に対しては、弱みを見せてはいけないし、日本人に悪事を働けば、以後わざわいを避けるためには殺すしかないということです。

ーー

例えば、鉄道や高速道路の用地買収さえもままならないような政府では、支那人には相手にされない。

鉄道を敷設するときは、軍を出し、田んぼや畑に棒を立て、「ここに鉄道を敷く」というだけでないと相手にされない。

もちろん軍が算定した評価額は用地買収費として支払われます。

このようにして、マレー鉄道も、満州鉄道も、東海道新幹線も、用地買収が進んだのです。

ーー

そうした実行力を持つ政府であって初めて、支那人を相手にすることができる。

日本が敗戦によって、すべての大陸や半島、樺太等での権益を失ったことは、むしろ良いことであったと思っています。

なぜなら、支那人を相手にしていれば、いまごろ日本人では無くなっていたからです。

ーー

江戸時代まで、日本人は、支那をとても尊敬していました。

それは、支那から様々な優れた文物が輸入されたからでした。

しかし日本人は、支那人の入国は許さなかったし、支那に渡ることもなかった。

つまり日本人は、支那人に接することがなかった。

それによって江戸時代まで、日本は、支那の良いところだけを日本に取り入れることに成功したのです。

ーー

しかし、遣隋使、遣唐使、日明貿易の時代がそうであったように、支那との自由交易は、放置すれば支那人が来日してくる。

そして日本国内で、自分勝手で、日本人には考えもつかないような悪事を働き始めます。

いま、池袋で発行されている支那人向けの新聞には、「免許証やパスポートの偽造承ります」とか、

使い古しの廃油を濾過して食用油として安値で販売します、なかには人肉油(人の死体から絞った油)の広告まで、堂々と出ている。

支那人にとっては、人であれ犬であれ、死体は食用の肉塊でしかないのです。

ーー

このような支那人が大量に日本に入ってくると、日本人の文化が失われる。

支那・朝鮮人は日本人とは全く違う文化を持つ人たちであり、決して日本には同化出来ない人達であると割り切って対峙するべきなのです。

私(ねず)はそう考えるのですが、みなさんはいかがでしょうか。

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コメント

>「支那人は昔時から民族として発達したもので、政府といふものにはまるで重きを置かない人種だよ」

これまで支那人は、異民族によって支配されてきたからこそ言えることだと思います。

支那人の社会は、支配者が替わると、これにすり寄り、自分たちの習慣は変えようとしなかった。

支配者を買収し懐柔したのです。

ーー

支那での有力者というのは、相手の政治力を一目で見抜きます。

相手の政治力にふさわしい金を贈った。

見誤ると、無駄金になるので真剣です。

日本人はせいぜいお中元やお歳暮の経験しかない。

日本の権力者は奢ることなく、民は誠実にと言うのは褒めすぎの気がするようですけれど、

支那人を相手にしますとそう言うことになるのです。

ーー

日本人は相手の政治力など分からない。

だから賄賂を要求されると、出し過ぎたり、少なすぎたりする。

会社の買収では、重要なものを極めて安く売ったりします。

日本人は支那人にはなれないということでありましょう。

もう日本人らしく誠実に対応するしかないと思います。

贈賄されるときは、極めて高額を提示し相手をあきらめさせることだと思います。

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