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2017年7月11日 (火)

同時代の日本はそうした大量虐殺の事実を知らずに、ひたすら北京を称賛していた

ーー以下「宮崎正弘ブログ、書評」より抜粋編集qazx

楊海英編『フロンティアと国際社会の文化大革命』(集広舎)

表題の「フロンティア」とは何か。

それは「地方と中華人民共和国の周縁部に住む支那人以外の少数民族(キリスト者も含む)」のことを意味する。

編者の楊海英教授曰く、「日本の現代支那研究の進展を疎外しているのは、左派と『進歩的文化人』たちの跋扈である」と。

そして彼らこそ、「支那人民の敵である」のだと手厳しい。

ーー

日本の支那研究家は、文革で少数民族がどれほど悲惨な目にあったかを真面目に研究してこなかったのではないか。

「今日まで多くの文革研究の成果が上梓されてきたが、地域的には主として北京や上海、武漢や広州といった大都市に焦点を当てたものが大半である」

「内容も毛沢東とその周りの大物政治家を軸とした書物が主流をなす」

そのような傾向が歴然としている学界へ、本書は真っ正面から挑戦する。

「マルクスの仮説と漢籍の毒素で頭脳麻痺に陥っている日本の現代支那研究者たちはぜひ自分の思想的な変遷を総括しながら文革を再認識してほしい」と。

ーー

たとえばモンゴル。

ハラバルは「モンゴル人大量粛清運動の政治的背景に関する一考察」のなかで、「ウラーンフーの一派が共産党に利用され尽くした挙げ句に粛清された」と書いている。

「文革中にもモンゴル人が大量虐殺された背後には、間接的な対日精算の政治的意図もあった」

「同時代の日本はそうした大量虐殺の事実を知らずに、ひたすら北京を称賛していた」

ーー

それはいったいなにゆえなのか、と行間には怒りが籠もっている。

当時、マオイスト礼讃をどなっていた(事実を知ろうとしない)ニセ知識人の筆頭がサルトルだった。

そのサルトルを崇めていた馬鹿が日本には多かったのだ。

ーー

そして楊海英教授は次のように訴える。

「支那政府と支那人は自らの内部においては、文革を部分的に精算したかも知れない」

「が、こと異民族に対しては、一度も真摯な態度で対応してこなかった」

「それどころか、逆に文革的な支配方法を強化して、正当化している」

それゆえ「民族問題も先鋭化し、解決の見通しがたっていない」

ウィグル、チベットについても、同様のことが起こっているのである。

ーー

このような真摯な取り組みの研究書が多くの読書人の興味を惹き、ひろく読まれるべきだと思った。

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コメント

文化大革命は小生が団塊の世代であることから、当時はテレビや新聞による報道で、中国では素晴らしいことが起こっているとの印象を、受けた覚えがあります。

後年、その実態は、支那の権力闘争で毛沢東氏の劉少奇氏や林彪氏に対する反撃だったと知ったのですが、凄まじい権力闘争であり、日本人には想像できないものでした。

中国5000年の歴史認識よりも近代の確認できる史実を知れば、民族の特性と差を知ることができ、人間は皆同じというような甘い認識はしないと思います。

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