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2017年7月 4日 (火)

日本人が、歴史を学ぶと言うのは、先人が得た知恵と教訓を学びとることなのだ

ーー以下「ねずブログ10/31日本の歴史を学ぶということ」より抜粋編集qazx

歴史というのは、書き残された記録のことです。
ちなみに「歴史」という熟語は日本語です。

支那では「史」です。「史」は「綴られた文」という意味です。

支那には多くの史書があります。

それらは王朝の正統性を綴ったもので、それを歴史家は、過去にどのような出来事があったかを知るために使っています。

ーー

これに対し日本の歴史書は、「当時の日本人が過去の様々な出来事から学んだことを後世のために書き残してくれた」ものである、と考えています。

日本で一番古い歴史書である日本書紀と古事記は、特にそのような要素を持っている、と私(ねず)は考えているのです。

漢文で公開文書として書かれたものが日本書紀。
秘伝として大和言葉で書かれたものが古事記です。

ーー

古事記には、大國主(おおくにぬし)神話がありますが、因幡(いなば)の白兎(しろうさぎ)からはじまっています。

この神話は、私はシラス(住民のための政治)、ウシハク(独裁者のための政治)という大切な統治の基本を伝えるために書かれたものであると考えています。

もちろん古事記はシラス政治をすることを我々に勧めているのです。

大國主神話では、大國主がソサノオから、ソサノオの頭髪にいるムカデを手でとって食べるようにと命令されたり、蛇や蜂の部屋に閉じ込められたりします。

これなど、それだけ苦しい思いをさせられても、互いに支えあって、その困難を克服すべきだという知恵と教訓が描かれていると考えています。

ーー

日本書紀には、大國主神話はありません。その代わりに歴代の天皇記が詳細に記述されています。

そして歴代の天皇が、どういう国造りを目指されたのか、その時・臣たちがどのように働いたのかが学べるように、詳述されているのです。

ーー

このように「後世の人々のために伝えるべきものを書いて残す」という習慣は、日本の歴史には一貫しています。

ですから歴史に向き合う姿勢も、日本人なら、記録から史実を批判的に読み取るのではなく、そこから「学ぶ」ことが大切になります。

ーー

一方支那の史書は、それぞれの王朝の正統性を証明するために書かれています。

つまり別の王朝が建つと、後からできた王朝は、前の王朝を何かと笑いものにしたり、ケチをつけたりします。

つまり新しくできた王朝の正当性を主張するために、前の王朝の正統性を批判し、否定するわけです。

ーー

ですから支那では、史書を批判しながら、書かれている記録の中に史実を見つける工夫が要るのです。

つまり、日本の歴史書を読む場合と、支那の史書を読む場合では、読み方を変えなければならないと言うことに成ります。

しかし最近では、日本の歴史書に対しても批判的に読むことがなされており、

例えば、聖徳太子は、藤原不比等らの創作であり、架空の存在であると結論しています。

一方、支那・朝鮮人が日本軍と闘い勝ったという近代に捏造された「歴史」に対しては、彼らは、事実無根であるにも関わらず無批判なのです。

ーー

日本の歴史書は、常に、後世の人が学ぶためのものとして書かれてきました。

従って日本人が歴史に求めるのは、例えば信長が比叡山を焼き討ちした日付、何年何月何日だけではありません。

なぜ信長は、比叡山を焼打ちにしなければならなかったのか、また、比叡山の焼打ちが、その後の私達の暮らしにどんな影響を及ぼしたのかを知ることでありましょう。

そこから私達が今を生きるために、どんな知恵や教訓が読み取れるのかということなのです。

ーー

古事記では、イザナギのみこと(伊弉諾命)が禊(みそぎ)されて、

左の眼からアマテルカミ(天照大神)、
右の目からツキヨミノミコト(月読命)、
鼻からソサノオノミコト(須佐之男命)が生まれます。

アマテルカミはまさに太陽を意味しています。
ツキヨミノミコトは月が巡る形つまり暦(こよみ)を意味します。
ソサノオノミコトは呼吸のような不断の労働を意味しているのです。

どれも稲作に欠かせないものです。
このことからは稲作が国の根本であることが読み取れます。

ーー

ちなみに江戸時代まで、日本の経済は、米本位制でした。
貨幣経済ではなく、米経済だったのです。

ですから、給料も、お米で支払われました。
これには、何かと問題があることも事実であろうと思います。

けれども日本で、この米経済が千年以上の長きにわたって続けられてきたことには理由があります。

ーー

それは「お米は独占できない」ということです。

お米は、もらいすぎたら、腐ってしまうだけなのです。

蓄えるにも、場所が必要です。

これを不合理と笑ってはいけません。

ーー

米経済では、富は独占できないのです。

人一人が一日に食べる量は、たとえ天下人であっても二合半です。

それ以上は、いくらお米があっても食べられません。

では、食べる量以上にお米をもらったらどうするかといえば、みんなのために配らなければならないのです。

ーー

日本でも、すでに708年には和同開珎が、発行されています。

けれども日本は、貨幣が存在するにも関わらず、貨幣経済を半ば否定し、意図的に米経済で世の中を回してきました。

その理由は、経済も国も、すべては「おおみたから」である民のためにあると考えられたからです。

私達の先祖は、そういう選択をしてきたのです。

ーー

一方貨幣経済であれば、一部の人が、腐らず保存がきく貨幣を集めることで、富を独占することができます。

いまでも、在日系の企業などでは、社長が何百億円もの給料をもらっているのですが、日本の企業ではそのような話はありません。

ーー

日本の歴史は、面白くもない年号や出来事の羅列などではないのです。

そこには先人が得た知恵と教訓が記録されているのです。

日本人が、歴史を学ぶと言うのは、先人が得た知恵と教訓を学びとることなのだと、考えています。

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