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2017年7月 6日 (木)

人はなぜ働くのか

日本社会は、労働が重んじられ、無職だと馬鹿にされ、一人前扱いされない。社会に貢献したいと考えている人の割合は、恐らく先進国の中でも、最大ではなかろうか。善意をお金で示したいと考える人も多く、大量の募金が集まる。

その善意を悪用し、もっともらしい理由を付けて募金し、集まったお金を自分の稼ぎにする人まで現れている。日本には、善意の人が多い。そして労働は、お金の過多でしているのではないという人も多い。そういう人は働くことによって社会に貢献したいと考えているのである。

このような日本社会では、労働内容と収入は必ずしも関連しない。非常に困難な責任の大きい仕事を驚くような低収入で喜んでしている人が多く居る。このような人々にとっては、労働は収入を得る手段であるだけではなく、喜びでもある。

しかし西洋ではこうは行かない。労働内容と収入は関連しており、普通は困難な責任の重い労働に対しては、高額の報酬が支払われる。西洋で生まれた経済学は、働く楽しさや喜びを評価しようとする発想はない。と書いている人が居るので少々編集してお目に掛ける。

ーーーーー徹底的改造計画

人はなぜ働くか、経済は何のために存在するか?問題
2010-06-21 09:50:06
http://blog.goo.ne.jp/adlum99v3t/e/50328235e78ea207aeadd89523307545

ーーーーー編集qazx

人はなぜ働くのか。答えは人それぞれに違った説明があるだろう。食っていくため、家族を養うため、他にする事がないから、人は働くものだから、等々。しかしこれらは、根本的な動機を説明しているとは思えない。

人の行動の動機については、ジグムント・フロイトが人の全ての行為の動機を性欲で説明しようとしたのたが、現在では、もっと広く快感がその動機として考えられている。

快感を感じるのは、勿論脳にその中枢があるからだ。報酬系と呼ばれているその中枢は、欲求が満たされたとき、あるいは満たされることが分かったときに活性化し、その個体に快感を与える。

ここでいう欲求には、喉の乾き・食欲・体温調整欲求といった生物学的で短期的なものから、他者に誉められること・愛されること・子供の養育など、より高次で社会的・長期的なものまで含まれる。人においてはむしろ後者の欲求の方が、行動の決定に重要な役割を果たしていることが分かっている。

クロニンジャーは快感を生じる対象には個人差がありそれを人の気質と呼び、その気質は4種類あるという仮説を提案している。例えばその行動は「報酬依存」の気質によるものだという風に使われる。そのほかに、「新奇性追求」気質、「損害回避」気質、「固執」気質がある。

人が働く根本的な動機は、クロニンジャーの報酬依存気質による。つまり人は、他人から褒められたい、褒めてもらうとすごく気持ちがいい、その快感を求めて働くのだ。

ーーーーー

ほとんどの人は、快感を求めて行動していることに無自覚のまま生きている。仏教の覚者が教えるのは、自己の本質を知るためには、快感と行動との結びつきを意識的に断ち切ることの必要性だ。

逆に言えば、報酬依存状態のままでは、大金持ちになり世間からいくら尊敬されようとも、自己の本質について何も知らない、獣と同じ存在でしかないことになる。人のみが、快感と行動との結びつきを意識的に断ち切ることが出来るからだ。

ーーーーー

現在使用している、経済の本質は、個人の快感を最大にすることである。しかし西洋人が持ち込んだ、金儲けという体系には、働くこと自体の快感が考慮されていない。

西洋人が持ち込んだ、金儲けという体系には、金儲けの効率を良くし利益を最大にすることしか考慮されていない。それは恐らく、働くこと自体の快感を金儲けとは別にしないと学問としての単純化が出来ないことによるものだろう。

しかし、経済の根本目的が個人の快感を最大にするであれば、金儲けのほかに、働くこと自体の快感も考慮すべきことは明らかであろう。働くこと自体の快感も考慮すれば、経済そのものを活性化するに違いないのである。

ーーーーー

言わば経済とは脳の報酬系を実体化したものである。経済の本質は、個人の快感を最大にするものである、という考察が、確かに今までの経済学には欠けていた。

個人の快感を如何にして引き出すかという視点が欠けていた。それゆえに経済学の中には、いまだに政治思想と化し、有用なる方向性を示しうる学問としての地位を得るに至らず、文明に不幸をもたらし続けているものもある。

ーーーーー

経済とは脳の報酬系を実体化したものである。このように理解することによって、人間にとって真に有益な結果がもたらされる。その背景になっている文明の設計思想の中にもこの事実が含まれているに違いないのである。

私たちは、自身や文明の行動原理、その動機付けの仕組みを知悉することによってのみ、十二分に自身や文明を生かす事ができる。

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