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2017年7月24日 (月)

通州事件を連想させる一切の建物は取り壊され欠片(かけら)も残っていない

ーー以下「宮崎正弘ブログ、書評」より抜粋編集

藤岡信勝、三浦小太郎『通州事件 日本人はなぜ虐殺されたのか』(勉誠出版)

これ一冊で通州事件の全貌を捉えることが出来る。

藤岡信勝、三浦小太郎両氏は、通州事件の資料の収集のために記録集積所(アーカイブ)を立ち上げられた。

その両氏が編者となって、阿羅健一、北村稔、田中秀雄氏らが所論をのべ、事件全体が見渡せるように編集されている。

そして桜井よしこ氏が推薦の辞を書かれている。

ーー

『通州事件』は、戦後長い間、何者かの政治的圧力のもとに無かったことにされてきた。

岩波の年表には通州事件が記載されていない。

だからほとんどの戦後世代は、事件そのものを知らない。

しかし史実は残虐非道な日本人殺戮事件だった。

ーー

この日本人虐殺事件が知れ渡るようになると、

戦後の言論界を支配してきた、在日・反日勢力は、日本軍の誤爆が事件の引き金であり、事件は、支那人がそれに報復したものだと説明した。

というのも、彼等は、支那・朝鮮人の走狗に落ちた人達であったからだ。

在日・反日勢力は、「残虐非道な日本人殺戮事件」の存在を日本人に知られたくなかったのだ。

そして在日・反日勢力は、「歴史の歪曲だ」と言いがかりを付けてきた。

ーー

それで、この書では客観性を持たせるために、当時の外国報道(ジャーナリズム)も提示されている。

そして時代背景と事件の全貌に迫る。

そのため通州事件の記録として公平性、客観性を有しており、合理的に評価できるものとなっている。

ーー

さて、評者は、通州事件現場を二回取材している。

阿羅健一、加藤康男の各氏も現場に立った。

阿羅氏の場合は十六年前、加藤氏はつい最近である。

すでに事件の痕跡はあとかたもなく消され、慰霊塔もなかった。

ーー

評者が十数年前に、最初に行ったとき近水楼跡地にはビジネスホテルが建っていて、付近の歩道には通州事件のあらましを書いた掲示板があった。

支那的な解釈で、殺人犯らは英雄として説明されていた。

公園の先には慰霊塔が残っていた。

南側はイスラムの貧民窟で、その先の階段をおりると南門、その先が通州駅である。

貧困のにおい、少数民族への差別の雰囲気があり、スーパーに並んだ品物は見劣りがした。

ーー

二回目に行ったときはホテルも建て替えられていた。

殺戮現場痕はビルとなっていた。

いま北京政府は通州を副都心として再開発のさなかである。

通州事件を連想させる一切の建物は取り壊され欠片(かけら)も残っていない。

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コメント

日本人は、通州事件を忘れてはいけないと思います。
幾つものネット記事で、通州事件は掲載されています。
そして、昔の新聞の記録を見れば、通州事件は掲載されています。

中国はなかったことにしたいのでしょうけれど、本当にあったことですし、そこに記されていることは、日本人のできることではありません。日本人にそこまでのざんぎゃくなことは、想像を超えているのです。

彼等の残忍な手法として、人のつなぎ方で手と手を針金を通してつなぐとの表現がありますが、これは日本の映画でもテレビでも元寇の時、船の外側に人をぶら下げる方法として、必ず画像にされています。

元寇の時からは既に800年程経過していますが、これが通州事件の時にも記録されています。
民族の手法は、良きも悪きも民族の記憶として残っているのです。

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