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2017年7月27日 (木)

我々の祖先はそのような卑しい言葉は断固拒絶してきたのだ

ーー以下「宮崎正弘ブログ、書評」より抜粋編集

田中英道『高天原は関東にあった』(勉誠出版)

日本は世界一古い国家とされている。

奈良から居を移された天皇の御所が以来1223年間京都に現存している。

日本のいたるところに古代人の居住跡があり、その解釈には科学・工学の知識はもちろん、地学・地質学・鉱物学・植物学等、多方面の知識が要る。

考古学者の解釈も一見解にすぎないことに成る。

解釈の信憑性は、公平性、客観性、合理性があるかないかで決まる。

ーー

田中英道氏は美術史が専門であり、美術史の観点が氏の歴史解釈の出発点である。

氏の美術の造詣はイタリア、フランス、スペインにもおよび、議論は世界的な広がりを持つ。

一般の読者は、定説とは違う解釈に、認知的不調和の状態に陥るだろう。

そして既存の歴史学会や大学教授らは無視するか、「歴史修正主義」と言って排斥するはずだ。

何しろ、氏は、高天原が関東にあったとし邪馬台国は実在しないというのだ。

その議論の詳細は、本を買って読んでいただくとして、議論のさわりは以下のようなものである。

ーー

鹿島、香取神宮の存在と日高見国の位置を考証し、鹿島から鹿児島への船での移動を推論する。

鹿島、香取神宮の付近には日高見という地名が多い。

「ニニギノミヤは、鹿島から立って九州の鹿児島に船団で向かって到着し、『天下った』」

『天孫降臨』の随伴する七柱の神とは、天児屋根命、天鳥船神、天津日高日子などで、まさに東国三社の神々である。

「(これは)『日高見国』の人々がニニギノミヤを守り、従う随神たちであったことを示している」(p174)

「鹿島立ち」の意味は、関東からの防人が九州の防衛に行くことだった、と。

ーー

そして「魏志の倭人伝は倭国のことを具体的に描いたものではなく、若干の同一性を除くと、すべて作文(フィクション)であり、検討に値しない」と。

ーー

卑弥呼は倭国の中の邪馬台国の巫女に過ぎない。

「つまり天皇のように倭国すべてを統一した上の、『権威的存在』ではない」(p235)

しかも「記紀に登場せず、魏志倭人伝に記載があるだけ」この一点をみても、奇怪である。

支那にとって歴史は政治宣伝であり、朝鮮半島にとっての歴史は作文(フィクション)である。

魏志倭人伝には、当時の支那人の政治的思惑が存在すると考えられる、と。

ーー

評者(宮崎」は、魏志倭人伝は、支那人の政治的作文だろうと考えていた。

まず「倭人」は背の低い人を意味する軽蔑語である。

「卑弥呼」も、日巫女(ひみこ)に宛てた軽蔑語であろうから、日本文化を軽蔑する意図が見て取れる。

まことに支那人とは、古来より他文化を軽蔑しながら生きてきた人たちなのだ。

ーー

現在も支那人は、南京大虐殺などという政治宣伝をしている。

そのことを考えると、支那人の品性というのは古来より卑しいままで少しも変わっていないことが分る。

ーー

つまり、支那人の政治宣伝文など、最初から、相手にするべきではないのである。

「(ところが)邪馬台国とか卑弥呼とかいう蔑称がいつの間にか歴史用語になり、教科書にまで載せられるようになった」(p228)

これは、在日・反日勢力が、戦後の教育界を支配し日本人をほ貶(おとし)めようとしたためだ。

しかし我々の祖先は、日本のどこにも、「卑弥呼神社」など作らなかったのである。

つまりそのような卑しい言葉は断固拒絶してきたのだ。

ーー抜粋ここまで

ーー以下「宮崎正弘ブログ、読者の声」より抜粋編集

小路田泰直氏(奈良女子大副学長・教授、専攻は日本近代史)の「大和に日本が誕生したわけ」という講演を聴きました。

小路田氏は、『卑弥呼と天皇制』(洋泉社、2014年)の巻頭言冒頭に以下の様に書いています。

ーー

「邪馬台国が畿内にあったか、九州にあったか、一見どちらでもいい論争のように思える。よく言われるのが、日本の国家統一が百年早まるか、早まらないか、それもどちらでもいいことのように思える。所詮は好事家の論争、それが『邪馬台国論争』だと、私は長くそう思ってきた」

しかしながら、

「その論争が日本のアイデンティテイーを『アジアとは異なる日本』に求めるか、『アジアの中の日本』に求めるかを巡る論争であったことに気づいた。日露戦争後の困難な国際情勢の中で、日本のアイデンティティーを如何に形作るかを巡る大事な論争であったことに気づいたのである」

ーーそして同書カバー「本書の核心」には

「卑弥呼は、日本列島の『統一国家』形成の立役者ではなかった。すでに列島には統一国家があり、世界史的な視点に立てば、彼女は列島の古代史を終焉させた主人公であり、始祖崇拝を基本とする『世襲王制』への第一歩を踏み出した重要人物だった」

ーーと。

小路田氏の主張は、天皇制の起源、男系天皇制の確立を考える上で、極めて有益、必須なものと私は考えています。(CAM)

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