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2017年7月 5日 (水)

古事記では、「年」と「歳」を使い分けています

ーー以下「ねずブログ」より抜粋編集

古事記は、上中下の三巻建てになっています。
 上巻 600年以前の神語(かむがたり)
 中巻 600年前くらいまで
 下巻 200年前くらいまで
 
下巻は仁徳(16代)から推古(33代)の約200年

中巻は神武(初代)から応神(15代)までの約400年

上巻はそれ以前のことを記しています。

ーー

200年は、およそ、自分、父、祖父、曾祖父、高祖父までの5代と、子、孫、曾孫までの3代の8代を指します。

自分のお爺ちゃんのお爺ちゃん(高祖父)というのは、5代125年前です。

いまから125年前というと日清戦争の少し前くらいです。

子供の頃に、祖父から、高祖父が日清日露の戦(いくさ)に従軍したといった話を聞いたご記憶のある方も多いのではないかと思います。

つまり、5代前くらまでというのは、記憶にある。

その自分が曾孫(ひまご)の居る75才ぐらいだとおよそ200年8代は記憶の範囲になります。

そして高祖父が記憶した時代は、今から400年前。

400年前の1600年には関ヶ原の戦いで、徳川家康の率いる東軍が勝ち、1603年に朝廷から征夷大将軍に任じられ徳川幕府が開かれる。

もう、その頃から続く家業を維持されている方も結構おいでになったりします。

ーー

高祖父の高祖父が記憶した時代は、600年前に成ります。

となると、1467年の応仁の乱が起こった頃に成ります。

(京都では応仁の乱で焼けたなどという会話が今も交わされている)

ーー

さらに600年以上昔となると、1192年に源頼朝が朝廷から征夷大将軍に任じられ、鎌倉幕府を開いた時代に成ります。

ーー

一組の夫婦が2人子供を作り、それぞれがまた2人子供を作るとして、24代(600年)経つと、2×・・2を24乗すると、166777216人になる。

28代(700年)経つと、2億人を超えてしまう。

700年前の日本の人口はおよそ699万人と推計されています。

これは、日本人は、誰もが「先祖がかぶっている」ということです。
日本人が、みんな親戚になってしまうのです。

ーー

つまり日本人にとっては、鎌倉時代以前のご先祖の物語というのは、血の繋がったご祖先の物語ということになります。

そしてそのご先祖は、もはや神様ですから、これを総称して神語(かむがたり)といいます。

ーー

つまり古事記に記されている600年より以前の物語というのは、私たちの共通の神々となられた祖先の物語ということに成ります。

神話Mythが、根拠の乏しい作り話であるのに対して、古事記の600年より以前の物語は、根拠の乏しい作り話などではないのです。

私たちと血の繋がった祖先の物語であり、いまは神となられている先祖の物語なのです。

だから、「神語(かむがたり)」と呼ばれていたわけです。

ーー

従って、根拠の乏しい作り話などと考えてはならない。

八俣遠呂智は、八本頭の大蛇などと勝手に読み替えてはいけない。

神武天皇御年137歳で崩御と書いてある。

これを137才のご長寿だったとするのは、間違いだし、横暴だということです。

ーー

日本の文化は、すべてに共通することですが、基本的に子供でもわかるように出来ています。

和歌や俳句、茶道に華道、剣術に柔術、いずれをとっても、小学校に上る前の児童でも、その気になれば誰でもできる。

けれど、これを極めようとすれば、死ぬまで探求しても、まだ奥が見えないほど、深いものなのです。

古事記の「神語(かむがたり)」について、我々は、戦後、根拠の乏しい作り話である神話Myth扱いしてしまった。

が、それは、間違っていた。

ーー

古事記の序文には、「古(いえにえ)を省(かえり)みることで今の時代を照らし、天皇統治の鴻基(おおもとのこと)を明らかにしようとして書かれた」と記されている。

ーー

たとえば古事記では、「年」と「歳」を使い分けています。

初代神武天皇(神倭伊波礼毘古命)については次のように書いています。

 神倭伊波礼毘古天皇御年壱百参拾七歳
 御陵在畝火山之北方白檮尾上也

かむやまといはれひこ(すめらみこと)の御年は137歳
御陵は畝傍山(うねひやま)の北の白檮尾(しらかしお)の上なり

古事記の記者は、「天皇御年」と「137歳」と、年と歳とを書き分けています。

ーー

「年」とは、稲穂を人が刈り取っている象形です。

西日本は今も昔も二期作ですから、稲の収穫は年に二回あります。

つまり「年」は、いまの半年のことを意味している。

一方「歳」は、斧を持つ人(左右の足跡)が生贄を捧げる象形で、神事を意味します。

つまり神事の期間が「歳」です。

「歳時記」という言葉がありますが、これは年中行事を月ごとにまとめたものです。

要するに「歳」は、月のことで、137歳と書いてあれば、137ヶ月であるということになります。

月齢の1月は29.5日、137歳は、4041.5日です。

太陽暦の1年が365.25日ですから、137歳は太陽暦では、11年1ヶ月です。

つまり神武天皇は、太陽暦在位11年1ヶ月だったと古事記は記しているのです。

ーー

この発見は、古事記の文章を、一字一句丁寧に読むことで、得られたものです。

古事記の内容は、「死ぬまで探求しても、まだ奥が見えないほど」奥深い。

そう私(ねず)は考えています。

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