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2017年6月26日 (月)

日本の歴史は、とても長くて古いのです

正しい歴史認識3月22日ブログ」によると、在日・反日勢力は日本の歴史教科書の記述を変えようとしているらしい。

聖徳太子を厩戸王に、鎌倉幕府の成立年を1192年ではなく、1185年に書き換えようとしていたようだ。

しかし、【厩戸皇子】なら『日本書紀』(720年)に記載されているが、【厩戸王】などは江戸後期の1文献に見えるだけ。

古代の主要な資料には一切記載なし!1000年以上前から【聖徳太子】が一般的!

また幕府というのは、征夷大将軍が開くものであるから、鎌倉幕府の成立は、「源頼朝が朝廷から征夷大将軍に任命された」1192年が正しい、と。

ーー

そして読者の意見欄には、次のような投稿があった。

ーー日本の輝かしい歴史に嫉妬をしまくる朝鮮人。

聖徳太子・仁徳天皇陵・大化の改新などは、日本が独立国であった証拠。

それに対し朝鮮人は、かつて自力で独立国を持ったことが無い。

李朝は明国や清国の、大韓帝国は日本の属国であったし、南北朝鮮は、世界大戦Ⅱ後に米ソによって作られたものだ。

だから朝鮮人らは、日本の歴史が、「羨ましい」。

なんとかして、その『歴史』に傷をつけようと必死に工作しているんだと思います。笑。

2017/03/22(水) 08:38:11 | URL | 椿 #-

ーー

ねずさんはそんな日本の特徴を7つ上げて、日本は希少だとしておられる。

ーー以下「ねずブログ」より抜粋編集

─────────
1 天皇の存在
─────────

諸外国の王や皇帝は、政治上の最高権力者です。
しかし天皇は、その最高権力者の上位に居られる。

世界中の国の最高権力者は、国の最高権威者でもあります。同一人物がこれをつとめます。

諸外国では、権力者(王や皇帝)と民衆との関係は支配と隷属の関係です。妻や娘は夫の所有物であり、その夫妻も娘も権力者の所有物なのです。

ところが日本では、その権力者の上位に天皇が居られた。権力者が権力を行使するためには、必ず「権威(天皇)による認証」が必要だった。

日本では、はるかな昔から、「権威」と「権力」が分離されてきた。

そしてすべての民は、権威(天皇)の「おおみたから」とされてきたのであります。

こうなると権力者は、民にたいして、勝手なことはできません。つまり天皇の存在は、究極の民のための政治の形だと言えるでありましょう。

日本では有史(記録されて)以来ずっと、それよりもずっと前からこの形が守られてきたのです。

─────────
2 神話
─────────

天皇の権威は、アマテル神直系のお血筋であることに由来します。

アマテル神が神話に登場する神であることから、日本という国が、有史(記録された)以前から存在し連続していたことを物語っているのです。

支那にも黄帝、炎帝、堯舜、羿禹などの神話はあります。

けれども、いまの支那人とその神話は無関係なのです。

人種、民族が異なっており、現在の支那人らは歴史も民族も断絶しているのです。

歴史が連続している国としては、
一番目が日本で2677年
二番目がサンマリノ共和国1300年
三番目がデンマークの1000年
四番目が英国の900年です。

しかも日本の2677年ですら、神武天皇以来のものです。

一説によれば神武天皇以前に約600代にわたる天皇が上方様(うわかたさま)と呼ばれた時代があったと伝えられています。

一代を20年としても、600代ということは1万2千年遡ります。

人類の始祖は
1 猿人(約600万年前〜130万年前)
2 原人(約150万年前〜20万年前)
3 旧人類(約20万年前〜約2万年前)
4 新人類(約4万年前〜現代)
と大別されています。

日本列島では、
11万年前には、石器が使われ
3万年前には、加工した石器(磨製石器)が使われ、
1万6500年前には、世界最古の土器がつくられ、
1万3000年前には、人の形をした土偶がつくられ、
1万2500年前には、漆が栽培され、使われていたわけです。

日本の歴史は、とても長くて古いのです。

ーー

古事記には出雲神話があります。

そこに出てくる大国主神にしても、たとえば国譲りが行われたのが何時の事だったのかわかりません。

しかし確かに出雲大社からは巨大な神殿の遺構が見つかっているのです。

伊勢神宮は、アマテル神をお祀りする宮ですが、いったいいつからあるのか、それもわかりません。

つまり神話の存在は、日本という国が、「わからないくらい古い昔から存在している」ことを示している。

その、「わからないくらい古い昔」のことを記したのが神話です。

ーー

日本以外の民族の神話に登場する神々は、そのほとんどが完全で万能な存在として描かれています。

これは完全で万能な神が「ある日、突然やってきた」としか考えられない。

ところが日本の神々は、互いに余ったところや足りないところがあったり、もとは暴れん坊の泣き虫であったり、あるいはいじめられっ子であったりしています。

そして周囲の協力や本人の努力で神へと成長します。

これはつまり、日本の神々は日本で神に成られたということでもあります。

それは、日本人に、周囲の協力や本人の努力で神に成れると言う、希望を与えてくれる。

─────────
3 天皇のシラス国
─────────

大日本帝国憲法の第一条は、「大日本帝国は万世一系の天皇、これを統治す」と書かれています。

ここにある「統治す」は、訓読みすると「シラス」となります。

「統」は、スメラフです。漢字で書いたら「統メラフ」となります。
スメラフは、シメラフからきています。

「シラス」は、古事記の大国主神話の国譲りの抄に出てくる言葉です。ここで「ウシハク」と対比する言葉として「シラス」が登場します。

「ウシハク」は、権力者が民を私有する社会システムです。これに対し「シラス」は、最高権威が民を「たから」とする統治制度です。

「シラス」国においては、権力者は権威の下にいますから、権力者は民のために尽くすことが役割となります。

ここに日本の統治の根幹があります。

ーー

「シラス」国においては、商店や会社などにおいても、従業員は天皇の「おおみたから」を預かっている立場となります。

かつての吉原のような遊郭においても、遊郭の主人たちは、女性達を6歳位から店で預かりました。

お店に娼婦として出すためではありません。

6歳から16歳までの10年間、読み書き算盤から日舞、着付け、小唄、三味線、琴、華道、茶道に至るまで、ありとあらゆる芸事を仕込むためです。

費用は全部店主が持ちました。

ーー

娼婦をするのは、24歳までの10年間で、25歳になったら、退職します。退職後、読み書き算盤から日舞、着付け、小唄、三味線、琴、華道、茶道のどれかを教えることで食べていけれるように、仕込んだのです。

ーー

売春は世界最古の商売と言われるほど、歴史の古い商いです。

けれど、その娼婦たちが、読み書き算盤から日舞、着付け、小唄、三味線、琴、華道、茶道で仕込まれるのは、日本だけなのです。

日本だけが違う。

なぜ違うかといえば、日本の民は、たとえどんな職業の人であっても、すべて「おおみたから」と誰もが認識していたからです。

─────────
4 天皇の「おおみたから」
─────────

シラス国であるがゆえに、日本では社会秩序としての身分制度は置きましたが、全ての民は人として対等とされました。

貴族も武士も百姓も、等しく天皇の「おおみたから」です。

ただし、等しいというこは「平等である」ということとは異なります。
「対等」なのです。

英語では、平等も対等も、どちらも「イコール(Equal)」ですが、日本では「平等」と「対等」は明確に区別されました。

ーー

平等は、運動会の駆けっこで、全員揃って一等賞というのが平等です。

対等は、あいつは勉強では学年で一番だけど、駆けっこだったらおいらが一等賞だい、というのが対等です。

対等は、彼我の違いを見極め、そこから自己実現を図ろうとする概念です。

そこから「分をわきまえる」という考えも生まれています。

それぞれが互いの役割分担の違いを意識して、その役割(分)に応じて最大限の努力をする。

交響楽の演奏では、それぞれの楽器が、それぞれの特徴を活かしてバイオリンならバイオリンとして(分をわきまえて)音作りをしています。

丁度日本という曲を奏でる演者のように、日本人は、それぞれが日本社会にとって掛け替えのない働きをしている。

それが日本人にとっての対等観なのです。

─────────
5 「以和為貴」和をもって貴しとなせ
─────────

聖徳太子の十七条憲法の第一条の冒頭にある言葉です。

この「和をもって貴しとなせ」は、善悪二元論のもとでは成立しません。

片方が善であり、片方が悪であるとする善悪二元論のもとでは、常に互いに対立し闘争することが求められます。

ところが日本社会では「和をもって貴しとなせ」という教えがあり、これが共同や協調の元となります。

対立するのではなく、互いに違いをわきまえて、まずは協力し合うことです。

十七条憲法(教えの中の教え)は、神話にある十七柱の創世の神々に由来します。

最初の神様が天之御中主(あめのみなかぬし)です。

その名は、天空のど真ん中の点を意味します。
点にはかたちも大きさもなく、極小であって極大。
聖徳太子はそれを「以和為貴」と書かれた。

「以和為貴 無忤為宗」

「忤(さから)うこと無きを宗(むね)とせよ」

「忤う」の語源は「呪道具の杵(きね)」で、これをつかって悪霊から身を護る。転じて邪悪なものに拮抗し抵抗することを意味します。

聖徳太子は、敵対し呪詛する者に対して、相手と同じように敵対し呪詛するなと教えておられる。

─────────
6 「明察功過」功過を明察せよ
─────────

同じく聖徳太子の十七条憲法の第11条に出てくる言葉です。

「功」は功績、「過」は、あやまちのことです。

江戸時代、徳川将軍吉宗の治世の享保年間の20年、江戸の小伝馬町の牢屋に入れられた囚人の数は、無しです。

これはお役人がサボっていたからではなくて、お役人がそれだけ一生懸命仕事をした結果です。

火事に例えるとわかりやすいです。
火事の多い消防署は、常に大忙しです。
消火をし、人命救助にあたる消防士は、民衆のヒーローです。

けれど、本当は火事そのものがないほうが良いのです。
消防署の仕事は、消火よりも、火事の発生の抑止です。

そのためには、火災防止の啓蒙運動をし、
防火体制や万一のときの消火設備の点検をし、
放火しそうな人間を見つけ、監視する。

けれど、そんな消防士は「うるさい奴らだ」と敬遠されます。
それでも予防処置をする。
そうすることで民衆の暮らしを守る。
それこそが消防士たちに与えられた最大の仕事です。

消防だけでなく、警察も、お役所も、災害対策も学校教育も、すべてあらかじめ対策を講じる。

ーー

ほんのわずかな徴候も見逃さない。
それが「明察功過」です。

ーー

飛鳥奈良平安の貴族たちも、鎌倉以降の武士たちも、明治大正昭和の軍人たちも和歌をこよなく愛しました。

和歌の作者は言いたいことを直接書かない、読者が作者の言いたいことを察する。

和歌を詠むことは「明察功過」をしていくための良き訓練となりました。

だからこそ和歌は「あらゆる日本文化の原点」と言われています。

─────────
7 「修理固成」つくりかためなせ
─────────

イザナキ、イザナミの神が、天の沼矛(ぬぼこ)を預かったとき、神様から言われた言葉です。

大切なことは、その「つくる」という言葉に「修理」という漢字を当てていることです。

はじめに「つくる」という日本語があって、その日本語の意味を明らかにするために、漢字で「修理」という言葉が「後から」当てられた。

「修理」は、「理(ことわり)を修(おさめ)る」で、そこから曲がったものを真っ直ぐに立て直す意となり、「つくる」という語にもなりました。

人もモノも、ただ新しく生まれてくるのではありません。

つまり日本人にとって、「つくる」という言葉は、この世に誕生したものを、ほんとうに役に立つように、つくりかためるという意味を持っていたのです。

この思想は、使い捨て文化の対局に位置するものです。

ーー終わり

ーー

民衆を「たから」として国を築いてきたのは、世界中で日本だけです。

つまり日本で生まれたから日本人ではないのです。
天皇の存在のありがたさを自覚し感謝の心を持つこと。
日本人はそこから始まります。

そんな日本や日本人を絶滅危惧種にしては絶対にいけないと思います。

たとえ、日本に生まれ、日本で育ち、日本で生活し、日本語を話し、日本国に税金をおさめていても、天皇のおおみたからであることに感謝の心をもてない人は、それは日本人とはいえないでありましょう。

そして日本人でないなら、
日本の選挙権を与える必要などさらさらないし、
日本の議員になっていただく必要もないし、
日本人としてのパスポートを発行してあげる必要もないし、
まして生活保護の支給をしてあげる必要もない。

そういうことを、まじめに考えていかなければならい。そんな気がします。

お読みいただき、ありがとうございました。

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