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2017年6月 8日 (木)

支那人は、自分たちがしでかした悪魔の所業の痕跡の全てを消し去ろうとしている

ーー以下「宮崎正弘ブログ、書評」より抜粋編集qazx

吉田好克『言問ふ葦  私はなぜ反「左翼」なのか』(高木書房)

世の中の真理とは戦争はなくならないこと。

平和を欲するなら戦争に備えよというのが正しい。

しかし、日本の言論界は長い間この事実を無視し続けてきた。

ーー

伝統や文化はそれなりの理由があって出来上がったものだ。

男女差などは、それを無くせば人類が危機に瀕するような人類の未来を決するほどの大切な差なのだ。

そしてそれは人類が存続する以上無くそうとしても無くすことはできないものだ。

ーー

しかしあまり考えない人は、自由に生きることは正しいと考える。

それ故に、自由主義者(リベラル、左翼)があらゆる束縛からの自由を主張すると拍手喝采する。

「無知は自由(リベラル)に弱く、自由主義者(リベラル、左翼)は無知につけこむ」

伝統や文化、男女差までもが自由主義者の攻撃対象になっている。

ーー

しかし、そんな自由主義者を調べてみると在日・反日勢力であることが分り、彼らの悪意を知ることに成る。

このような、日本の伝統や文化に悪意を持つ人々が、日本の言論空間を久しく支配していたのである。

在日・反日勢力は、占領軍に協力し利権を得た敗戦利得者であった。

ネット環境ができて、ネット住人はその事実を知った。

つまり戦後の論壇を壟断していたのは、言論界・メディアを支配してきた在日・反日勢力、つまり『考えない草』たち、似非知識人だった。

ーー

在日・反日勢力は自由主義者(リベラル、左翼)に成りすまし、日本の伝統や文化、男女差までも攻撃対象にしてきた。

つまり、彼らは、日本や日本人に対して悪意を隠し持った、学者、政治家、報道記者(ジャーナリスト)だったのだ。

こうして、日本の知的空間は絶望的ともいえるほどに荒廃した。

ーー

そしてネット環境が整備されると、当り前のように、この荒廃した知的空間に正面から斬り込む論客が出現した。

もちろんネット環境が大きな発言の場を提供したのだが、ミニコミ誌もネット出現以前から、真摯な議論の場を提供してきたのだった。

著者の吉田氏は、そうしたミニコミ誌で活躍してきた論客の一人である。

ーー吉田氏曰く、

「理性が最後になすべきことは、理性を超える事物が無限にあるということを認めることである。それを認めるところまで至らぬなら、理性は弱いものでしかない」

「神を感ずるのは心であって理性ではない。信仰とはそういうものだ」と。

ーーならば『歴史とは何か』? 吉田氏は言う。

「歴史とは或る観点から語ってのみ成立する言語世界であり、そもそも「或る観点」がなければ、言語世界を『秩序づける』ことは出来まい」

「そして、『或る観点』を設定するのも後世の人間である」

「ならば、事象が『記憶に値する』か否かの選択も後世の人間の手に委ねられているわけだ」

「つまり、歴史はそれを語るわれわれと無関係に独立して存在している実体ではない」

ヨーロッパにおいて歴史は物語りである。

著者は繰り返し、歴史が物語であることを強調されている。

ーー

吉田氏はフランス哲学の泰斗、宮崎大学で教鞭をとりながら拉致被害者運動の陣頭に立って活躍しておられる。

ーー抜粋引用ここまで

戦後、在日・反日勢力が、支那人に対して作り上げた物語についても、日本人は修正するときに来ていると思う。

それは以下の小論を読めば納得できる。

ーー以下「頂門の一針、櫻井よしこコラム」より抜粋編集qazx

通州事件は昭和12(1937)年7月29日払暁に、支那河北省通州で発生した日本人虐殺事件である。

日本人を守るべき立場にあっ た支那人保安隊が一挙に襲いかかり、日本人居留民225人加えて日本軍守備隊32名の計257名を尋常ならざる残酷な方法で殺した。
 
事件発生当時、邦人の安全を担う日本側の警備隊は用務員、小使らを加え ても163名が全てだった。

対する支那人保安隊は城内に3300名、城外に 2500名がいた。
 
この勢力が29日午前3時すぎ、一挙に日本人を襲い始めた。

ーー

悪魔の所業は 加藤氏の『慟哭の通州』もしくは今年出版されたもう1冊の本、『通州事 件 目撃者の証言』(藤岡信勝編著・自由社)に詳しい。
 
支那人は日本人の目を抉り取り、腹部を切り裂いて10m以上も腸を引っ張り出した。

女性を犯したうえで無残に殺した。

何人もの日本人を生きたまま針金で掌を貫いてつなぎ、なぶり殺しにした。

日本人の遺体は全て蓮池に放り込まれ、池は真っ赤に染まった。
 
こうして書いていると息が苦しくなる。

支那人らは悪魔の所業としか思えない残虐な方法で日本人を殺害したのだった。

ーー

しかし多くの日本人がこの重要事件を知らない。

その理由について、『慟哭の通州 昭和 十二年夏の虐殺事件』(飛鳥新社)を上梓した加藤康男氏が非常に重要な ことを指摘している。

「日本政府は戦後一貫して事件のことを口にしていない。奇妙なことだが、日支両国政府がこの事件を『なかったこと』にしてしまっているとしか思えない」
 
支那への配慮からか、同事件に一切触れない外務省だけでなく、北京政府もこの事件を歴史から消し去ろうとしていると加藤氏が言う。

これは加藤氏が、現地を取材したうえでのことだ。

いま事件現場を訪れると、城壁や城門はおろか通州城の面影を示す建物全てが壊されているのだという。

ーー

破壊は90年代に始まり、事件関連の建物の一切合切がすでに消えている。

さらに通州は北京市に編入され、副都心化に向けた建設によって昔日の歴史がきれいさっぱり拭い去られようとしている。

「南京や盧溝橋はもとより、満洲各地にある旧大和ホテルに至るまでが 『対日歴史戦』の遺跡として宣伝利用されていることを考えると、雲泥の差である。『通州虐殺事件』の痕跡は極めて都合が悪いので、完膚なきまでに消し去ったものとしか考えられなかった」

この氏の直感は恐らく当たっていると思う。

ーー

支那人は、自分たちがしでかした悪魔の所業の痕跡の全てを消し去ろうとしている。

それがいま、通州で起きていることなのだ。

支那人は長い時間をかけて歴史を書きかえつつあるのだ。

彼らは、恐らく人類史上最も残虐な民族である。

だからこそ支那人らは、日本人を支那人よりも尚残虐な民族に仕立て上げ、免罪符を得ようとしている。

ーーここまで抜粋編集終

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