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2017年5月 9日 (火)

排他的非寛容に立つ傲慢な自らの偶像が神だという発想こそが、古代より現代にいたるまで人間同士の憎悪と殺戮の原因である

日本人は、オーム事件によって、反社会的教団(カルト)が存在することに愕然としたのだった。

というのも日本人社会では、宗教家は、悪意を持たない善意の存在として一定の評価を得てきたからだ。

オーム事件以来日本人は宗教家が悪意の存在であることもあると知った。

ところが、日本以外の社会では、宗教家が悪意の塊(かたまり)であったりする。

ーー

コロンブスが1492年にアメリカ西インド諸島に達して以来、白人による大航海時代が始まる。

そして、彼等は日本にもやってくる。

当時の日本は、1467年の応仁の乱を契機とする戦国時代に突入しており、白人らが日本以外でやったような容易な侵略を許さなかった。

それで彼らはキリスト教布教による侵略を試みる。

彼らが送り込んだ宣教師によって、日本各地にキリシタン大名が出現したことは良く知られている。

そのキリシタン大名は彼らに領民を売ることで、彼らから火薬の原料である硝石を得ていたのだった。

秀吉は、奴隷に売られた日本人の存在を知り、激怒し、キリシタン禁止令を出した。

ーー以下「宮崎正弘ブログ、書評」より抜粋編集

奥山篤信『キリスト教を問う!』(展転社)

ローマ法王は「トランプ氏はキリスト教徒ではない」と放言し、チベット仏教の指導者ダライラマとは面会を拒否した。

ニーチェはそんな西洋社会での神について「神は死んだ」と言った。

ーー注

フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ(独: Friedrich Wilhelm Nietzsche、1844年10月15日 - 1900年8月25日)は、ドイツの哲学者・古典文献学者である。

今日の小論は、この男にまつわるものであり、理解するために、少々解説が必要になる。

ニーチェは、生存することの不快や苦悩を「終末の解決」に委ねてしまうキリスト教徒の考えを悪癖とした。

彼は、キリスト教は恨みという負の感情(ルサンチマン)によって突き動かされており、その感情こそが苦悩の原因であると。

さらにはニーチェは、恨みの感情に満たされたキリスト教精神、及び長らく西洋思想を支配してきた形而上学といったものは、現にここにある生から人間を遠ざけるものであるとする。

そして既存の価値から離れ、すべての結果を受け入れ続けることによって、「超人『ツァラトゥストラ』」になることを目指した。

ここで超人『ツァラトゥストラ』は、ペルシア語でのザラスシュトラの呼称をドイツ語読みしたものである。

日本語では英語名の転写ゾロアスター(Zoroaster)の名で知られるが、これは古典ギリシア語での呼称であるゾーロアストレース(Ζωροάστρης, Zōroastrēs)に由来する。

ーー(以上wikipediaより)

奥山 篤信 (おくやま あつのぶ)

兵庫県出身
昭和45年京都大学工学部建築学科卒
昭和47年東京大学経済学部卒、三菱商事本社入社

一貫して海外畑を担当し、6年余にわたる米国三菱ニューヨーク本店勤務を経て平成12年退社

ーー

奥山氏は、60才を過ぎてから、上智大学で神学を学び、大学院で神学修士号を得た。

さらに「パリ・カトリック大学院」で、キリスト教の原理を見極めようとした。

パリでの発見は、「フランス人で今や神学を極めようとする人物はいない」ということであった。

ドイツでは、「教会税を支払うのが馬鹿馬鹿しい」という動機で、若者達の教会離れが加速している。

チェコでは国民の八割近くが無神論である。

「神の国」であった米国とて、大都会の教会の礼拝に訪れる人は稀となった。

つまりこれまでキリスト教社会と考えられてきた西洋社会では、キリスト教が急速にその影響力を失っているのである。

ーー

奥山氏は、なにも、そのことを伝えたくて本書を書いたのではなかった。

氏は、自身のキリスト教研究の成果を世に問うたのだ。

その教理の背後には、偽善、欺瞞、嘘があると。

ーー

第一にキリスト教は戦争をもたらし、戦争で肥った宗教である。

奥山氏は戦国時代日本に派遣された宣教師らの裏に隠されていた侵略の意図を白日の下に晒している。

切支丹大名は、南蛮から火薬の原料である硝石を得る目的で、領民を奴隷や娼婦として売っていた。

これに怒った秀吉はついにキリシタン排除を選択している。

だからジョン・レノンは「イマジン」で、「さぁ想像してご覧、宗教のない社会を、みんながただ平和に生きている」と歌った。

ーー

第二に神が人間をつくったというのは誤り。

「実際には人間が神を造ったのだ」

「奇跡はでっち上げ」であり、「反知性の世界での出来事」でしかない。

「奇跡や迷信、科学的にあり得ないことをいまだに信じる人々、これこそ危険極まりない反社会的(カルト)思考である」

「排他的非寛容に立つ傲慢な自らの偶像が神だという発想こそが、古代より現代にいたるまで人間同士の憎悪と殺戮の原因である」(146p)

そして奥山氏はキリスト教徒であるマザー・テレサのいかがわしさについても言及している。

この書の副題は「マザー・テレサの仮面を剥ぐ」なのである。

ーー

第三にキリスト教は詭弁で成り立つ。

スティーブン・ホーキング博士曰く、人類が科学の出現前に「神が宇宙を創造したと信じるのは自然なことだ」しかし「今や科学が説得力のある説明をしている」と。

エマニエル・カントは「理性によっては神の存在を証明することはいかなる方法でも出来ない」とし、リスボン大地震の直後に「神は不在である」と悟った。
 
ーー

現在のカトリック(組織)を作り上げたのは今もバチカンに眠るパウロである。

奥山氏はパウロについてさらりと次のように説明している。

イエスは、「人々が生きるべき規範」を示した。

「『山上の垂訓』は偉大な人のあるべき道標なのである」

ーーマタイ 5:1 ~ マタイ 5:19

こころの貧しい人たちは、さいわいである、天国は彼らのものである。

悲しんでいる人たちは、さいわいである、彼らは慰められるであろう。

柔和な人たちは、さいわいである、彼らは地を受けつぐであろう。

義に飢えかわいている人たちは、さいわいである、彼らは飽き足りるようになるであろう。

あわれみ深い人たちは、さいわいである、彼らはあわれみを受けるであろう。

心の清い人たちは、さいわいである、彼らは神を見るであろう。

平和をつくり出す人たちは、さいわいである、彼らは神の子と呼ばれるであろう。

義のために迫害されてきた人たちは、さいわいである、天国は彼らのものである。

ーーここまで抜粋

「ところがパウロはそれを形而上学的宗教に作り上げてしまった」

「宗教になることによりコンスタンチヌス帝の権力の手先になってしまった」(47p)

「イエスは光(束縛からの解放をもたらした)であり、パウロは闇(教会への隷属を強いた)である」

これらキリスト教の欺瞞は、以前から明らかだったが、誰も語りたがらなかった。

それを奥山篤信氏は、神学を学ぶことで批判を巧みに排除したうえで、大胆に暴いてみせたのである。

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