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2017年5月 1日 (月)

日本統治によってはじめて生まれたのが朝鮮人korean(エスニック)なのです

ーー以下「ねずブログ」より抜粋編集qazx

ネイションとエスニック

ネイション(Nation)は国家を、エスニック(Ethnic)は文化集団を意味します。

日本語の「民族」は、辞書を見ると「人種的・地域的起源が同一または同一であると信じ、言語・宗教などの文化的伝統と、歴史的な運命を共有する人間の集団」を意味すると書かれています。

つまり、日本語の「民族」というのは、ネイションとエスニックの両方の意味を持つことが分ります。

ーー

沖縄の翁長知事が国連で、「琉球民族は日本民族とは異なる」と発言しています。

では、琉球民族とは誰のことなのでしょう。

沖縄県出身者のことなら、日本全国に居るでしょう。

沖縄に住んでいる人のことなら、本土から移り住んだ人や、選挙やデモのために入り込んだ人もいます。

ーー

第28代米大統領のウッドロウ・ウィルソンは、第一次世界大戦の末期の1918年に米議会で「十四か条の平和原則」を発表し、この中で「民族自決」を唱えました。

このときのウイルソンの「民族自決self-determination」は、敵国(ドイツ帝国・オーストリア・ハンガリー帝国・オスマン帝国)の領土解体を意味していました。

しかし日本語訳では民族とありますが、英語ではそれは表記されていない。

ーーwikipediaによると

民族自決(self-determination)とは、各民族集団が自らの意志に基づいて、その帰属や政治組織、政治的運命を決定し、他民族や他国家の干渉を認めないとする集団的権利。 自決権ともいう。

ーー

しかしこのself-determinationの日本語訳は拡大解釈され、朝鮮民族派に都合よく利用され、朝鮮人にあちこちで反日工作を行う根拠を与えたのです。

1923年の5年後の関東大震災では、そうした朝鮮民族派が、火付け盗賊をはたらき、結果として火災によって約10万5千人の死者をもたらしています。

この関東大震災については、震災による一次被害による死者は1万人程度です。

それが10万人に拡大したのは、震災後の火災が原因です。

震災そのものによる火災は、震災直後に大方鎮火している、それが、人々が避難所に避難したあとに、再び出火しているのです。

ーー

いまの在日koreanは、関東大震災の際、朝鮮人6000人が殺されたと主張しています。

しかし、彼らこそが、日本人10万人を殺害しているのです。

しかも殺されたという6000人の具体的根拠はありません。

日本は何でも記録に残す国なので、大規模震災等においても、死者の数は何人という一桁の単位まで正確に記録されています。

そこには、在日koreanが主張する、6000人の朝鮮人の名前はなかった。

つまり在日koreanが主張する、6000人殺害事件は、彼らが、捏造したものだと言える。

ーー

この「十四か条の平和原則」の日本語訳が、ウイルソンの予測外の、多くの命を奪ったわけです。

実はそれだけにとどまらなかった。

いま世界各地で起こっている「民族紛争」は、ことごとくこのself-determinationという思想が元になっているのです。

ーー

ww1当時、ドイツ帝国やオーストリア・ハンガリー帝国・オスマン帝国などの巨大帝国は、複数の「ネイション(Nation・国家)」を併合して成り立っていたのです。

ウイルソンは、それら巨大帝国を、それぞれの国に分割せよという意味で「民族自決」を主張したのです。

ーー

西洋では、競争と殺し合いが日常的、恒常的に発生し、一般の民衆が常に身の危険に晒されていたという歴史があります。

このため中世の平均寿命は24〜5歳だった。

こうした厳しい環境の中にあって、民衆は、自分たちの身を守るために、すすんで強力な王の庇護下に入る。

王は民衆を守る義務があり、民衆はその見返りとして税を払い兵役に就いた。

これが、王の主権のはじまりです。

ーー

王は、領土領民を守るために、主権者として他国と交戦し、領土を広げ、あるいは植民地をなし、他国から金品を奪って自国の繁栄を図ります。

いいとか悪いとかではなくて、そうせざるを得なかった事情が、西欧社会の歴史にはあったのです。

ーー

強い王の下には、いろいろな地域の様々な言語を持つ人々、カトリック信者もプロテスタント信者も、自分たちの安全を求めて、集いました。

たとえばフランスの場合であれば、もともとフランス語を話したのはフランス北部に発生したフランク族だけです。

フランク族は、王が髪の毛をロングヘアに伸ばし、他の者は後ろ髪を刈り上げるといった特徴のある格好をしていました。

英語で「フランクFrank」といえば、率直といった意味になります。

やがて、このフランク族は強力な戦闘集団となり、オック語やピカルディ語、ブレイス語、アルザス語、フラマン語など、77種類もの異なる言語を話す人々の住むエリアを次々に併合。

ブルボン王朝のルイ14世の時代に最大版図となった。

それが、いまのフランスです。

要するにフランスは「国家(Nation)」です。

ーー

これに対して、フランス国内にもともとあった77種類もの異なる言語を話す人々は「エスニック(Ethnic)」として区別されます。

ただし、エスニックは、きわめて曖昧なもので、早い話が日本人でフランスに住み、フランス語を流暢に話す人は、日本エスニックなのか、それともフランス・エスニックなのか。

逆に、深く日本を愛し、日本語を日本人以上に流暢に話し、日本文化への造詣が深く、日本国籍を持っているフランス人は、日本エスニックなのか、それともフランス・エスニックなのか。

要するにフランスに住んで、フランス国籍を持っていれば、フランス語を話せなくてもフランス人だというのは、ネイション(Nation)の考え方です。

フランスに住んでいて、フランス語を話しても、日本人は日本人だというのなら、それはエスニック(Ethnic)の考え方です。

しかし、そのエスニックたちが、当該国の内外で、独立運動や自決権運動を始めたら、国家(Nation)は解体してしまうでしょう。

ーー

かつて満州国では「五族共和」が国家的スローガンになりました。

これは「5つのエスニック(Ethnic)」がともに暮らす「国家(Nation)」という意味です。

self-determinationではなく、異なるエスニックが、一体となって平和に暮らせる国家(ネイション)を営もうとする意思と思想が、この言葉に込められています。

ーー

ところが日本語の「民族」という言葉は、このあたりの定義が非常に曖昧です。

満州国人(ネイション)という意味でも「民族」という語が使われるし、満洲国民であるモンゴル人(エスニック)という場合でも「民族」の語が使われます。

日本語における「民族」という語は、同族意識を持ち、同種の文化・伝統・慣習を有する人間集団として用いられる用語ですから、概念としてはきわめて曖昧なのです。

ーー

問題は、国家を形成している「エスニック(ethnic)」が、自決権を主張し出したときに生まれます。

たとえば翁長沖縄県知事は、「沖縄エスニックは、大和エスニックによって、意思に反して無理やり併呑された」と主張します。

これを英語圏などの西欧諸国の人が聞くと「?」マークが点滅します。

彼らは、日本国に属しており、まごうことなき日本人であるからです。

「ethnic」ごとに国家が独立しなければならないのなら、フランスなどは、それこそ77カ国に分割しなければならないことになります。

アメリカ合州国のように、そもそも多民族共同体としてスタートした国家も解体せざるをえません。

日本にしても、会津人、鹿児島人、上州人、関西人、関東人など、それぞれに微妙に異なる文化・伝統・慣習を持っています。

それらを異なる「エスニック」と考えるなら、それぞれが自決権を主張し独立運動の対象となります。

もっといえば、武家と農家、商家では、文化・伝統・慣習が異なります。

さらに言うなら、お隣のお宅と、自分の家では、文化・伝統・慣習が異なるし、親子兄弟姉妹においても、

それぞれに個性があって違いがあります。

要するに「ethnic」を言い出したら、きりがないのです。

ーー

「琉球 ethnic」が、国家として独立するためは、まず「琉球 ethnic」の定義をしなければいけない。

先に述べたように、それはとてもできない。

それでも誰かが「これが琉球 ethnicだ」と主張し、その人が認める者が「琉球 ethnic」であり、そうでない者を排他するなら、血で血を洗う決着しか残っていない。

つまり、翁長知事のいう「琉球民族自決」というのは、実は、たいへんに暴力的で危険な思想であるということなのです。

ーー

「民族」というものが、血族を示す言葉であれば、「何親等までを血族とする」という線引も可能です。

あるいは氏族であれば、「◯◯家の人々」として特定できます。

けれど「ethnic」は、文化・伝統・慣習を同一にする人々という意味であって、特定ができないのです。

ーー

koreanというのは、単一エスニックではない。

これは朝鮮語族そのものが6種に別れ、民族的にも扶余系、濊族系、高句麗系、百済系、新羅系、済洲系と、分かれていたからです。

朝鮮人というのは、エスニックが異なる人々の集まったものだった。

これを、ひとつの語族、ひとつの文化、慣習にまとめあげたのは、実は日帝です。

日帝統治時代に、朝鮮における標準語を確立し、朝鮮文字(諺文)を復活させ、服飾文化や住居文化、あるいは食文化なども、日帝がひとつにまとめあげたのでした。

それまで、李王朝は、朝鮮半島内にある異なるエスニックの頂点に立って、エスニック相互の交流を分断することで、政権の安定を保っていたわけです。

これを日本は、朝鮮半島の歴史が始まって以来、はじめて、朝鮮人という文化意識を彼らに植えつけ、「朝鮮人」という民族を創ったことになります。

ーー

これを「民族」という用語で語ると、たいへんにわかりにくいですが、ネイションとエスニックに分けて考えると、たいへんにわかりやすくなります。

もともと朝鮮半島では、李氏というひとつのエスニックが、朝鮮半島内にある他の5つのエスニックを束ねて王朝(ネイション)を築いていました。

ところが朝鮮半島を併合した日本は、李王朝をネイションとして扱い、朝鮮半島にある異なるエスニックもまとめて、ひとつのエスニックとして統合しようとした。

朝鮮半島が、日本ネイションの一部となったわけですから、日本はそのようにしたわけです。

こうして日本統治によってはじめて生まれたのが朝鮮人korean(エスニック)なのです。

ーー

つまり、日帝支配までは、朝鮮には、koreanは存在していないのです。

それまでの朝鮮半島は、さきほども述べましたように6つのエスニックが、ひとつのネイションに統合されたところだったのです。

ーー

その意味では、これは私(ねず)の個人的見解ですけれど、日本の朝鮮統治は近代的であり過ぎて失敗したと思っています。

むしろ朝鮮は、それぞれのエスニックのままにし、それぞれの文化を蘇生、復活させ、育むべきであったのではないかと思っています。

ーー

今、多くの日本人は民族という日本語の所為で、「Nationが多くのethnicから成り立っている」ということを理解できない状態になっているのです。

ーー

ひとつのネイションの中にあって、互いにエスニックが異なるから一緒にやっていくことはできないなどと言い出したら、国家など成立しえません。

「ethnicごとに独立しなければならない」という主張はNationを解体することを意味する。

日本語の「民族」には、ネイションとエスニックの両方が内包されています。

このことを明確にしないで、ただ「民族」を言い出すのは、国家解体を唱えているのと同じことなのです。

※今日のお話は、新しい歴史教科書をつくる会主催「日本史検定講座」における、宮脇淳子先生、倉山満先生の講義をもとに、私(ねず)なりに考えをまとめたものです。

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