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2017年5月 5日 (金)

この『実語教』は平安末期に日本で作られたものです

ーー以下「ねずブログ」より抜粋編集qazx

福沢諭吉は『学問のすゝめ』の中で次のように書いています。

「実語教に、「人学ばざれば智なし、智なき者は愚人なり」とあり。されば賢人と愚人との別は、学ぶと学ばざるとに由て出来るものなり」と。

福沢は、そこから個人が学ぶことによって一身の独立を果たせるのと同様、国家も学問によって独立を果たせるのだと書いて「学問」を勧めているのです。

『実語教』は当時広く読まれていてその内容はよく知られていた。

だから福沢諭吉は引用したのです。

ーー

この『実語教』は平安末期に日本で作られたものです。

鎌倉時代に普及が進み、江戸時代には寺子屋を通じて広く庶民の間に浸透して、江戸中期にはほぼ日本の常識となっていました。

どういうことかというと、誰もが暗誦できた。

そこで今日は、『実語教』をみなさまとともに読んでみたいと思います。

漢文ではありますがそれは支那人が読んでも意味不明の書き方になっている。

漢文は権威付けの物で読み下し文が大切なのです。

ーー【実語教】

山高故不貴 山高きが故に貴(たつと)からず
以有樹為貴 樹(き)有るを以て貴しとす

人肥故不貴 人肥へたるが故に貴からず
以有智為貴 智有るを以て貴しとす

富是一生財 冨は是(これ)一生の財(ざい)
身滅即共滅 身滅すれば即ち共に滅す

智是万代財 智は是万代の財(たから)
命終即随行 命終はれば即ち随つて行く

ーー

玉不磨無光 玉磨かざれば光無し
無光為石瓦 光無きを石瓦(いしかわら)とす

人不学無智 人学ばざれば智なし
無智為愚人 智無きを愚人とす

倉内財有朽 倉の内の財は朽つること有り
身内才無朽 身の内の才は朽つること無し

雖積千両金 千両の金(こがね)を積むと雖も、
不如一日学 一日(いちにち)の学には如(し)かず

ーー

兄弟常不合 兄弟(けいてい)、常に合はず
慈悲為兄弟 慈悲を兄弟とす

財物永不存 財物、永く存せず
才智為財物 才智を財物とす

ーー

四大日々衰 四大、日々に衰へ、
心神夜々暗 心神(しんじん)、夜々(やや)に暗し
幼時不勤学 幼(いとけな)き時、勤学せざれば、
老後雖恨悔 老ひて後、恨み悔ゆと雖も、
尚無有所益 尚(なを)所益(しよゑき)有ること無し

故読書勿倦 かるが故に書を読んで倦むことなかれ
学文勿怠時 学文に怠る時なかれ
除眠通夜誦 眠りを除いて通夜(よもすがら)誦(じゆ)せよ
忍飢終日習 飢へを忍んで終日(ひめもす)習へ

雖会師不学 師に会ふと雖も、学ばざれば、
徒如向市人 徒(いたづら)に市人(いちびと)に向ふが如し
雖習読不復 習ひ読むと雖も、復せざれば、
只如計隣財 只隣の財(たから)を計ふるが如し

ーー

君子愛智者 君子は智者を愛す
小人愛福人 小人は福人(金持ち)を愛す
雖入冨貴家 冨貴の家に入ると雖も、
為無財人者 財(ざい)無き人の為には、
猶如霜下花 猶(なを)霜の下の花の如し

雖出貧賤門 貧賤の門を出づると雖も、
為有智人者 智有る人の為には、
宛如泥中蓮 宛(あたか)も泥中の蓮(はちす)の如し

ーー

父母如天地 父母は天地の如し
師君如日月 師君は(じつげつ)の如し
親族譬如葦 親族譬(たと)へば葦の如し
夫妻尚如瓦 夫妻は尚(なを)瓦の如し

父母孝朝夕 父母は朝夕に孝せよ
師君仕昼夜 師君は昼夜に仕へ、
交友勿諍事 友に交はつて諍(あらそ)ふ事なかれ

己兄尽礼敬 己(おのれ)より兄には礼敬(れいきやう)を尽くし、
己弟致愛顧 己(おのれより)弟(おとゝ)には愛顧を致せ

人而無智者 人として智無きは、
不異於木石 木石に異ならず

人而無孝者 人として孝無きは、
不異於畜生 畜生に異ならず

ーー

不交三学友 三学の友に交はらずんば、
何遊七学林 何ぞ七学の林に遊ばん
不乗四等船 四等(しとう)の船に乗らずんば、
誰渡八苦海 誰か八苦の海を渡らん

八正道雖広 八正(はつしやう)の道は広しと雖も、
十悪人不往 十悪の人は往(ゆ)かず
無為都雖楽 無為(むゐ)の都に楽しむと雖も、
放逸輩不遊 放逸の輩(ともがら)は遊ばず

ーー

敬老如父母 老ひたるを敬ふは父母の如し
愛幼如子弟 幼(いとけな)きを愛するは子弟の如し

我敬他人者 我、他人を敬へば、
他人亦敬我 他人亦(また)我を敬ふ
己敬人親者 己(おのれ)人の親を敬へば、
人亦敬己親 人亦(また)己(おのれ)が親を敬ふ

欲達己身者 己(おのれ)が身を達せんと欲せば、
先令達他人 先づ他人を達せしめよ
見他人之愁 他人の愁ひを見ては、
即自共可患 即ち自ら共に患(うれ)ふべし
聞他人之嘉 他人の嘉(よろこ)びを聞いては、
則自共可悦 則ち自ら共に悦ぶべし

ーー

見善者速行 善を見ては速やかに行き、
見悪者忽避 悪を見ては忽ちに避(さ)け
好悪者招禍 悪を好む者は禍(わざはひ)を招く
譬如響応音 譬へば響きの音に応ずるが如し

ーー

修善者蒙福 善を修する者は福を蒙る
宛如随身影 宛(あたか)も身の影に随ふが如し
雖冨勿忘貧 冨むと雖も貧しきを忘るゝことなかれ

或始冨終貧 或ひは始め冨み終はり貧しく
雖貴勿忘賤 貴しと雖も賤しきを忘るることなかれ
或先貴後賤 或ひは先に貴く終(のち)に賤し

ーー

夫難習易忘 それ習ひ難く忘れ易きは、
音声之浮才 音声(おんじょう)の浮才
又易学難忘 又学び易く忘れ難きは、
書筆の博芸 書筆の博芸(はくげい)

ーー

但有食有法 但し食有れば法(食べ方)有り
亦有身有命 亦(また)身有れば命有り
猶不忘農業 猶(なを)農業を忘れざれ

ーー

必莫廃学文 必ず学文を廃することなかれ
故末代学者 故に末代の学者、
先可按此書 先づ此書を案ずべし
是学文之始 是(これ)学文の始め、
身終勿忘失 身終はるまで忘失することなかれ

ーー終わり

これを世間の常識として、誰もが心の財(たから)として、子供のころに暗記し暗誦し、また、長じてはその意味を悟ったわけです。

戦国時代に日本にやってきたザビエルは、日本人は「これまで訪問した国の中で一番」民度が高いと讃えています。

ーー

いくつかの行について、補足しておきたいと思います。

玉不磨無光 玉磨かざれば光無し

日本人は、「たま(魂・精神)」と、「しい(肉体)」が「魂の緒」によって結び付けられることで人体になっていると考えてきました。

それは『新古今集』式子内親王(89番)に詠われています。

玉の緒よ 絶えなば絶えね ながらへば
    忍ぶることの よわりもぞする

玉の緒が絶える、あるいはほどけると、死ぬ。

つまり「ほとけさんに成る」というのは「魂の緒」が「ほどけ」た死人「肉体」の意でありましょう。

死ぬと、「魂の緒」が「ほどけ」ると、たま(魂)は天に上り星になり、しい(肉体)は地に在って神となって、ともに子孫を護ると考えられてきたのです。

楠正成の有名な「七生報国」の言葉も、まさに星となり、神となって国を護るという考えから生まれています。

ーー

倉内財有朽 倉の内の財は朽つること有り
身内才無朽 身の内の才は朽つること無し

鎌倉時代に生きた日蓮は「蔵の財よりも身の財すぐれたり、身の財より心の財第一なり」という文を遺しています。

日蓮のこの言葉も、実語教からきていることがわかります。

鎌倉時代に、仏教が庶民階級にまで普及していますが、これは、庶民の間に広く実語教が読まれていたことが一因ではないかと思います。

ーー

雖習読不復 習ひ読むと雖(いえど)も、復せざれば、
只如計隣財 只隣の財(たから)を計ふるが如し

これは、一語一語をしっかりと読み取っていく、それも繰り返し行わなければ、智を得ることはできないということです。

たとえば「習ひ読むと雖も、復せざれば」とあれば、では「習う」とは何か、「読む」とは何かと、考をめぐらすことで理解が進み、それをまた繰り返す。

そこに、得るべき深い情報があるということであろうと思います。

ーー

人而無智者 人として智無きは、
不異於木石 木石に異ならず

「学ぶことには知的楽しさがある」「そうか、そうだったのか!」という感動があるのです。

ーー

四大日々衰 四大、日々に衰へ、
心神夜々暗 心神(しんじん)、夜々(やや)に暗し
幼時不勤学 幼(いとけな)き時、勤学せざれば、
老後雖恨悔 老ひて後、恨み悔ゆと雖も、
尚無有所益 尚(なを)所益(しよゑき)有ること無し

四大とは宇宙を成す地水火風。

ーー

不交三学友 三学の友に交はらずんば、
何遊七学林 何ぞ七学の林に遊ばん
不乗四等船 四等(しとう)の船に乗らずんば、
誰渡八苦海 誰か八苦の海を渡らん

八正道雖広 八正(はつしやう)の道は広しと雖も、
十悪人不往 十悪の人は往(ゆ)かず
無為都雖楽 無為(むゐ)の都に楽しむと雖も、
放逸輩不遊 放逸の輩(ともがら)は遊ばず

ーー上の仏教用語は解説が要るでしょう。

三学とは持戒・禅定・知恵
七学とは慈悲・喜捨・持戒・忍辱・精進・禅定・知恵
四等とは慈・悲・喜・捨
(慈(いつく)しみ、ともに悲しみ、ともに喜び、悪意を捨てる)
八苦とは生・老・病・死・別(れ)・憎(しみ)・不足・痛(み)
八正とは正見、正思惟、正語、正業、正命、正精進、正念、正定
十悪とは殺生・偸盗・邪淫・妄語・綺語・悪口・両舌・貪欲・怒り・愚痴

ーー

猶不忘農業 猶(なを)農業を忘れざれ

さて読者のみなさまは、ここに書かれている農業についてどう考えられるでしょうか。

平安時代末期の農業は、現在の農業ではありますまい。

これは、農(さくもつを作る)業(わざ、知恵)のことであると考えられます。

それは庶民(民・百姓)を意味しており、「百姓」こそが、国の宝なのだということを、常に忘れてはならないということであろうと思います。

ーー

江戸時代の3〜7歳の子供たちは、寺子屋に行くと、実語教を繰り返し読んで暗誦させられた。

それくらいの年齢ですと、意味がわからなくても覚えが早いし、記憶したことは一生忘れないからです。

その上で、年齢が上がるにつれて、言葉の意味を学び、まさに智を得、長じてはそれを人生に役立てて行ったわけです。

明治以前の日本人はこのような環境で育った人々だった。

ーー

皆様お気付きのように教育勅語は実語経の要約のようなものであったのです。

人の一生は短いものです。

その限られた時間で、自分の魂(たま、精神)を磨きたいと思います。

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コメント

縦椅子さま
 今日は解説つきの「実語集」を掲載していただき有難うございます。
 平安時代の末期にこのような魂を磨く素晴らしい指針がそなえられ、幼少の頃から暗唱することにより、みについた
一生の宝として、その人から離れることなく、玉の緒がほとけるまで、なんの不安もなくながらえることができる、ーーー
江戸時代のこどもたちは、寺子屋で幼少のころから、「実語集」を暗唱し、明治以前まで国民のこころのささえとなっていたことをしり、このように「『たましい』を貴び、ひとを導く方法に私たちの先人たちはなんと長じておられたのか!」と、感嘆せずにはおれません。ほんとうにありがたいことです。

ヘイトスピーチで、特定外国人に対しての排他的言動、就職、結婚差別を許さないとか、しかし報道関係では日本人の採用禁止とかあるのに、企業では就職採用で、日本人追い出し乗っ取りとか、どう思いますか?特定外国人の反省、問題点はおとがめなし、結婚差別てなんですか、それもヘイトスピーチで、法的に解決とか?日本人には日本は暮らし難い国で、やりたい放題の外国人に気をつかって、くらさなくてはならないのか?

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