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2017年5月31日 (水)

合理的な説得よりも、多数に受け入れらけるような演出が重要視されています

ーー以下「ねずブログ」より抜粋編集

最近、これまで保守と見なされていた人が「左翼」認定されたり、逆に左翼のなかから、「右翼」認定される人が出てきています。

と言うのも、保守が一体何を守ろうとしているのか判然としていないからです。

また「右」が何か、「左」が何かも判然としていない。

ーー

はっきりしていることは、左翼と言うのは共産主義者であるということ。

そして共産主義者らが、自分たちの正義を振りまわし、殺し合いをしたということです。

1971年(昭和46)、連合赤軍は、仲間同士で殺し合いをしています。

それ以後、日本人は、日本赤軍の運動を拒否したのでした。

ーー

ネットでは、彼らは体制破壊(反日)活動をしている、と言われています。

ーー

それでは、彼等は、日本の体制を破壊して、一体どんな社会を作るつもりなのでしょう。

恐らく、ソ連や共産支那の共産主義体制を目指しているのでしょう。

が、そんな思想は日本の伝統の前には、本来そのうち忘れ去られるような勝ち目の無いものなのです。

それではその「日本社会の伝統」とはどんなものなのでしょうか。

それを知らなければ、保守すべきものが何かも、「右」も「左」も分からないということに成りかねないのです。

ーー

聖徳太子は、604年に十七条憲法(教えの中の教え)を定めています。

日本は、その教えが、今も生きている国なのです。
たとえば、

 第一条「以和為貴」和を持って貴しとなせ
 第三条「承詔必謹」みことのりを受けては必ずつつしめ
 第十五条「背私向公」私に背き公に向え

ーー

そして最後の十七条には、次のように書かれています。

「逮論大事 若疑有失」大事な論に及びてはあやまちあることを疑え

(原文)
 十七曰
 夫事不可独断
 必与衆宜論
 少事是軽 不可必衆
 唯 逮論大事 若疑有失
 故 与衆相弁 辞則得理

(読み下し文)
十七にいわく
それ事(こと)は独(ひと)り断(さだ)むべからず。
必ず衆とともによろしく論(あげつら)うべし。
少事はこれ軽(かろ)し。必ずしも衆とすべからず。
ただ大事を論うに逮(およ)びては、失(あやまち)あらんことを疑え。
故(ゆえ)に、衆とともに相弁(あいわきまえ)よ。
辞(ことば)はすなわち理(ことわり)を得ん。

ーー

社会(組織)として行う事業は民衆が安心して豊かに暮せるものでなくてはならない。

そして事業を行うに当たっては、利害関係者全員が参加し、意見を述べ、その中で合意を形成していく。

これが正しいと考えられている社会であるということが分ります。

ーー

鎌田三之助(かまたさんのすけ、明治末の衆議院議員)の話です。

地元の品井沼の排水工事をめぐり、工事推進派と中止派が対立します。

この騒動に、対立する政党が介入し、住民を二分する大騒動が起きてしまいます。

鎌田三之助は、村人からこの話を聞き、多くの村人の為には、品井沼の排水工事をすべきだと確信します。

そしてすぐに地元に帰り、反対派の人々を説得してまわり、ついには反対派の人々全員を納得させて、排水工事を完成させます。

こうして品井沼の干拓事業が成功し、三之助は、明治四十二(1909)年、鹿島台村の村長に選出されます。

以来、三之助は、38年間、村長として住民のために働いています。

村人の家を一軒一軒巡って歩いたので、ついたあだ名は、「ワラジ村長」でした。

ーー

ところが、鎌田三之助翁のような行動は、江戸時代の代官にとっては、あたりまえの行動だったのです。

代官は、常に村人たちのもとをまわり、村人たちの意見を吸収し、必要に応じて、利害関係のある村人たち全員を集めて、協議を重ね、集団の合意を形成していっていた。

代官が勝手に物事を決めることは、「拙速(せっそく)」と呼ばれて、否定されました。

「拙速」な代官は、内容の善し悪しに関わらず、「悪代官」と呼ばれ、このことが藩主や幕府の耳に入れば、代官は更迭(こうてつ)されたのです。

ーー

「急がば回れ」
「急(せ)いてはことを仕損じる」
「慌てる乞食は貰いが少ない」
「短気は損気」
「走れば躓(つまづ)く」

といった慣用句は、まさにこうした日本の伝統に基づいており、それは十七条憲法の第十七条「不可独断(どくだんすべからず)」から生まれた言葉といえます。

ーー

日本社会で事を成すためには、手順を踏んで、利害関係者全員の合意と理解を得る必要があるということです。

これは、たいへん難しいことです。

特に、現代社会では、利害関係者が多く、利害が複雑で、動く金額も巨大です。

それ故、合意形成が多数決でしか成り立たなくなっている。

従って、合理的な説得よりも、多数に受け入れられるような演出が重要視されています。

ーー

演出の仕方によっては、多くの人々に不利益をもたらす事業がなされてしまうことさえある。

それゆえ現代を生きる人々は、演出に対して冷静に行動しないと、取り返しのつかないような事態に陥(おとしい)れられることさえあるのです。

現代人が唯一信頼できる知見は、科学的知識であることを、肝(きも)に銘じておくべきでしょう。

相手が日本人であれば、合意できるところが必ずあると考えて説得する。

この努力こそが、回り道に見えて、実は、確実に日本社会を良くしていく方法なのではないかと思います。

「石の上にも三年」・・・なのです。

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コメント

縦椅子さま

いつも素晴らしいブログを、今日は言葉にならないくらい素晴らしいブログ有難うございます
聖徳太子の604年に制定された十七条憲法(教えの中の教え
)の中で第一条「以和為貴」和を持って貴しとなせが深く国民の中に浸透していますが、ご紹介して戴きだいた、最後の十七条には「逮論大事 若疑有失」大事な論に及びてはあやまちあることを疑え」という、最も重要な憲法が書かれおり、ーー
「それ事(こと)は独(ひと)り断(さだ)むべからず。
 必ず衆とともによろしく論(あげつら)うべし。」ーーこれこそは
民主政治の根幹であり、独裁政治を許さない憲法が604年の
昔からあり、えいえいと日本国民のの精神の中に引き継がれ、大事には国民総出で守り抜いてきた大切な教えであり、それが、今の日本国を築いたともいえます。今日は心に銘ずべき
貴重なブログに心から感謝いたします。

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