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2017年4月 9日 (日)

愛した人を忘れていくことを気にしなくてもいい

いつもこ難しいことを書いている「徹底的改造計画」さんが、被災地の人たちを励ます文章を書いている。しかし、かつて自分の身に起こったことであり、恥ずかしそうにテレながら書いている。そのせいか、分かりにくい。それで、少々編集してお目に掛ける。

ーーーーー以下編集qazx

失うことと生きていくこと2011-03-24
http://blog.goo.ne.jp/adlum99v3t/e/8248577427e36c7c892aa1cac8ee828a

昨日まで普通にあった日常が、今日は何も無い。これは小説やテレビ、新聞の中で確かに見ることだ。もちろん表現されている以上ありえないことではないものの、自分の身の上には決して起きるはずのないことであった。東北の大地震はその起きるはずの無い突然の家族との死に別れを無数に引き起こした。

僕はそういう喪失の瞬間を知っている。僕自身、かつて確かに体験したものだ。昨日まで普通にあった日常から切り離され、虚無の空間にひとり取り残された。そして無力感に圧倒された。

ほんの少し前まで持っていたもの全てを、何もかもを、永遠に失った。もう二度とあの人達に会えないことなど、現実ではあるはずがない。しかし、それがどうしようもない現実となったのだ。ついさっきまであった日常は過去のものと成った。時間は決して戻らない。

結局僕は、自分の中にそびえ立っていた無力感を、蹴飛ばした。そこで直面するに違いない悲しみをどうにか出来る自信は何もなかったのだが、そうする以外現実の人生に戻れなかったのだ。そうして人生を取り戻したものの、案の定、思い出すたびに激しく嘔吐するような日々を過ごすこととなった。

しかし、どんな悲しみも時間にだけは太刀打ち出来ない。時間は圧倒的な無慈悲さで一切を無かったことにしてしまう。知ってはいたが、実際に自分でもそのことを確認することとなった。少なくとも自分が意識できる限りの想いはすべて、時の経過と共に塗り替えられた。

それでもたぶん、どこか心のずっと深い部分に、悲しみは消えないで残っているはずだ。それをもう一度見つめるのは、死ぬ最後の瞬間にしたい。ただ悲しんでいては、生きては行けないからだ。

心など騙し続ければよい。明日もきっと素晴らしい一日になると、心には言い聞かせてやれば良い。見栄を張らず贅沢などせずに、少しだけ他の人のことも考えて愉快に暮らす。そのうち、人生も終わる。泣くのはその時でいい。いずれにせよその時は必ず来る。だから今はまだ、愛した人を忘れていくことを気にしなくてもいい。

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