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2017年4月10日 (月)

支那人が一番嫌いなのは支那人

ーー以下「中韓を知りすぎた男コメント欄」より抜粋編集qazx

ソロです

どの国にも歴史が有るが、それが貧困や差別、汚職や汚辱に塗(まみ)れていて、直視できないほど酷(ひど)くても、たいていの国は正面から受け止めている。

ところが、支那・朝鮮人は、其れをやってこなかった。

彼らは、暴力によって、政権を手に入れた人々(それも異民族)が、前政権が築いた文明であっても、それを我が物だと偽って、自分たちの「歴史」に書き加えてきたのである。

そういった行為が何回も続くと、何時(いつ)しか彼らにとっての「歴史」は、政権にとって都合よく書き換え、書き加えるべきものとなった。

歴史とは権力者に都合よく捏造するものというのが、支那・朝鮮人の血肉となってしまったようだ。

ーー

日本人が知る歴史は、これを「れきし」と別に記さねばならないくらい、支那・朝鮮人にとっての「歴史」とは違ったものとなっている。

「れきし」は史実なのだが、「歴史」は作文にすぎないのである。

つまり「歴史」は、小説としての価値しかなく、その記載内容の大方は疑わしいものなのである。

彼らが誇る文明が、作文に過ぎないと考えれば、その上に成り立っている彼らの現在も、底が浅いもに成る。

この事が、彼らが模倣はできるが改良・更新する事が出来ない、つまり近代化できないと言うことの理由である。

ーー

例えば朝鮮には、古いものが何もない。

朝鮮人は、それは日帝によって破壊されたと言うのだが、史実ではむしろ日帝が朝鮮の数少ない文化財の保存に努めている。

更には、朝鮮戦争によって朝鮮人自らが文化財を破壊してしまったために、つい百年ほど前の李朝に朝鮮人がどのような生活をしていたかさえも、わからなくなっている。

最近、朝鮮人は、南大門の修復をしたのだが、もう塗装は落ち、材木にはひびが入っている。

このことは朝鮮人が、先人から学ぶという価値観を持たないことを示している。

そのことは在日朝鮮人らが日本の「れきし」や文化を尊重しないことでもよく分かる。

朝鮮人は、自分の過去をたぐり寄せ明らかにする資料や文献ですら大切に扱おうとしないのである。

これでは、支配者に都合の良い物語が作文されても、それが作文だとは立証できなくなってしまう。

2014/03/12(水) 15:37:29|  URL|  ナポレオン・ソロ #90LdKUd6

ーー

朝鮮人は、かつて地力で国を持ったことが無い。

1985年に日本が朝鮮を清国から独立させたのだが、自力で経営できず、1910年に併合されたのだった。

世界大戦Ⅱ後も、南北朝鮮の独立は米ソによってもたらされたものだった。

朝鮮人自身の国を作ろうという渇望は、微塵も起こっていない。

1948年建国直後の1950年から朝鮮戦争が起こった。

戦争は、当事国の正義と正義の戦いでもあるのだが、朝鮮戦争の大義とは、米ソの正義のぶつかり合いでしかなかった。

ーー

そして、イ・スンマン李承晩初代大統領は、朝鮮人を虐殺することで、日本併合後に生じた近代化の芽を悉(ことごと)く摘み取り、もとの李朝政治を人民に強制したのだった。

1953年スターリンの死で朝鮮戦争が休戦となり、このような汚職と腐敗にまみれたイ・スンマン政権を日本の士官学校で学んだパク・チョンヒ朴正煕が、クーデターで打倒する。

パク・チョンヒは、日本を騙して、基本条約を結び日本から莫大な資金を得て、国家の体裁を整えるのだが、在日朝鮮人に暗殺されてしまう。

ーー

すると、史実に学ぶことができない朝鮮人社会は、再び中世社会である李朝社会へと回帰してしまったのだった。

ーー

朝鮮人たちは、自らの不幸を他人の所為(せい)にばかりして、「れきし」を直視する勇気を持たない情けない人たちなのである。

そうである以上、朝鮮人社会は、永遠に近代化できないで、中世のまま地に埋もれ、一篇の語り草になるのを待つのみでしょう。

2014/03/14(金) 10:09:35|  URL|  ナポレオン・ソロ #90LdKUd6 

ーー

ここで小生が以前、恐るべき支那・朝鮮社会について書いた小論をお目に掛ける。

ーー

西洋と支那

正論2008年10月号での兵頭二十八氏の言い分は、次のように始まる。

ウィンフ゛ルドンでは、世界中の人々が集まってテニス大会を開催している。

しかし、そこでもし「観客席とその運営委員の3分の1ほどが、支那人や朝鮮人で占められるようになれば、そこで展開される試合は、もはや我々が知っているテニスではなかろう」と。

ーー

我々日本人は、西洋とは違った価値観や美意識を持っており、西洋的なものの考え方を全て正しいとするものではない。

しかし、日本人は、特に大東亜戦争敗戦以来、自己主張することをまるで忘れたかのようなのだ。

運動競技でも西洋人に都合の良いように規則を変えられても、ほとんど何も言わずに従って規則を守ることを普通だと考え実行している。

西洋人から、鯨なんか食べるなと言われると、もったいないので食べているが調査捕鯨をして捕獲したものだなどと下手に出ている。

ーー

日本人は、現在の西洋人が作り上げた世界の仕組みを変えようとしたりはしない。それ故、日本人が参入しても世界の仕組みは不変だ。

ところが、支那人や朝鮮人が参入すると、世界中で約束が守られない事態が出現する。世界で使用され流通している法と言う概念自体が無効と化す。

世界は、今までの運行を停止してしまうことだろう。

ーー

兵頭氏の表現は、朝鮮を含む支那文明圏の文明について、真に恐るべきは、西洋文明が作り上げた近代社会を「破壊する文明である」というものだ。

この近代社会には、日本社会も含まれることは言うまでも無い。

ーー

「戦前、支那人が、自由に商才を発揮したいと志したなら、欧米先進国か、さもなくば上海の「共同租界」へ移り住むしかなかった」 

そこにしか近代的な法治空間が無かったからだ。そこでは、例え少数者といえども、法を守る限り公平に扱われ、自由に商才を発揮することが可能であった。

しかしその近代的な法治空間で、支那人が一定割合を越えると、

「やがて他者の自由を尊重しない支那流の規範が蔓延し、それまで在った社会資本は融けて無くなり、支那流の反近代の規範が、後続支那人を窒息させるのである」

これが「支那人が一番嫌いなのは支那人」の理由である。

ーー

歴史家のサムエル・ハンチントン氏は、その著「文明の衝突」の中で、

「朝鮮半島、やベトナムや台湾は、結局支那文明圏だ。けれども日本国は、支那文明圏に属さず一国だけで、日本文明圏を作り上げている」

と書き、「他文明圏への介入は、大規模な衝突を引き起こし、世界を不安定化する」としている。

ーー

ハンチントン氏の米外交戦略は、「日本が西洋から離れて、支那に向かうことを阻止すること」だ。

これが竹島問題や尖閣諸島問題が存在する理由である。この問題の存在こそが、米が日・韓、日・支を対立状態に留める工夫なのである。

ーー

法治の文明を持たない文明圏からの移民を受け入れることは、受け入れ国の法治空間つまり近代的な社会資本を破壊することになる。

兵頭氏の結論は「日本社会は支那文明圏からの移民を増やすべきではない。それは、日本社会から自由と公平さを奪うことになるからだ」と言うことになる。

小生も同意見である。

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