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2017年4月28日 (金)

貨幣なら独占できますがお米は独占できません

ーー以下「ねずブログ」より抜粋編集qazx

江戸時代までの日本では、年貢(税)も武士の俸禄(給料)もお米で支払われた。

寺子屋の授業料や、私塾の授業料もお米で支払われました。

また、税である年貢も、お米で支払われたことは、みなさまご存知のとおりです。

他に河川や道路、あるいは公共施設の普請事業などで働くことも税でしたし、商人が催事に際して金子(きんす)や料理を提供することも税と呼ばれていました。

つまり、お金による税の提供は、ごく一部だったわけです。

ーー

ところが江戸時代の貨幣経済はたいへん発展していた。

世界に先駆けて商品先物取引が行われていましたし、商品相場なども存在していました。

丁半博打の賭場は全部金銭取引です。
着物を入れる質屋さんも現金取引です。

また江戸時代には旅行が盛んに行われていましたが、宿泊費の支払いは、全部現金です。

馬や籠、川の渡船の代金や、大井川の渡し人足の手間賃も、これまた現金取引です。

吉原で遊女を買うのも、夜鷹商売も、これまた現金取引です。

江戸時代は、すでに貨幣経済が深く庶民に浸透していたのです。

ーー

それが可能だったのは、日本は世界の金(gold)の1/3を産出したからでした。

銀や銅も大量に産出し、江戸時代、銅はオランダ経由で世界へ流通した。

(オランダは日本産の銅を扱うことで大儲けしていた)

その金(gold)は、鎖国政策によってほとんどが、国内だけで循環したのです。

江戸時代の日本人は大金持ちだったのです。

ーー

これほど貨幣経済が発展を遂げていたにも関わらず、国の柱となる税も武士たちの給料(禄)も、米でした。

何故なのでしょうか。

この意味を解説したいと思います。

ーー

米による禄の支給は、7世紀の大宝律令の時代にはすでに確立されています。

それが江戸時代が終わるまで維持されたのにはそれにりの理由があるということなのです。

ーー

米による税の取り立て、米による俸禄の支給は、大変な困難を伴うものなのです。

俸禄の支給日には、米俵を積み上げて、これを支給する。
受け取る側も、重い米俵を家まで運ばなければならない。

現金支給と較べたら、どう考えても不合理です。

その不合理なものが、少なくとも千年以上、続けられた。

ーー

実は、これは、「日本での統治の考え方」に起因しているのです。

ーー

日本は天皇のシラス(知らす)国です。

その日本国は、「きみ(君)・とみ(臣)・たみ(民)」が構成しています。

貴族や武士は、「臣」にあたります。

「臣」は、「民」の面倒をみることが仕事です。

その「民」は、「君」の「たからもの」、「おおみたから」であります。

つまり「臣」の仕事は、「民」が、豊かに安心して安全に、つまり安寧に暮らせるようにすることです。

この「きみ(君)・とみ(臣)・たみ(民)」の統治の仕組を「シラス(知らす、Shirasu)」と呼んできました。

ーー

「君」は「臣」たちに「知行地」を与えます。

「知行」という言葉は、日本語で、「知を行う」つまり「知という統治」を行うという意味です。

「知という統治」、これがシラス統治のことなのです。

ーー

シラス統治とはどのような統治なのか。

知行地に居る「民」は「君」の「おおみたから」なのです。

「臣」はその「民」の支配者ではなく保護者であるのです。

「臣」は地震、水害、火災、凶作などでは、民の生活を守らなくてはならない。

ーー

安倍晴明といえば陰陽師で有名ですが、彼も「臣」であり知行地が与えられていた。

安倍晴明の給料(禄)はもちろんお米でした。

今の価格で年収4億円です。

そんな大量のお米をもらっても、安倍晴明一人では食べきれない。

これは、このお米で、知行地の人たちの面倒を見よ、ということなのです。

これが「知行(ちぎょう)」です。

ーー

どこまでも「知行」のための俸禄なのです。

それを全部金に換えて自分のために使えば、知行地の人が飢えてしまいます。

加えて知行地には、天変地異による災害もあります。

そのときには「知行」する臣が、民の面倒をみなければなりません。

民の安楽に全責任を持つということが、「知行」なのです。

ーー

貨幣なら独占できますがお米は独占できません。

日本は、天然災害の宝庫です。

そしてひとたび災害が起これば、一人の力では、どうにもならないのです。

みんなで助け合う必要がでてきます。

このことを突き詰めれば、いかにお米による俸禄という制度が、そのために重要な働きをなしていたかがわかります。

ーー

お金は腐りませんが、お米はほっておいたら腐ります。

ですから、いただいた俸禄は、ただ蓄えるのではなく、循環させなければなりません。

米本位制である以上、富は独占できないのです。

ーー

つまり米は、誰か独りの贅沢のために独占されることがない。

人間一人が一日に食べる量は天下人であっても二合半です。

それ以上は、いくらお米があっても食べられません。

食べる量以上にお米をもらったらどうするかといえば、腐るだけなので、みんなのために配らなければならないのです。

ーー

日本ではすでに708年には和同開珎が発行されて貨幣経済がなされていた。

しかし税としては貨幣ではなく米を使ってきた。

こうして、富の独占を防ぎ、経世済民(世を治め民を救う、経済)してきたのです。

その理由は、民が君(国)の「たから」である、という考えがあったからです。

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