無料ブログはココログ

« 支那人が一番嫌いなのは支那人 | トップページ | 日本人については移動禁止、抵抗する者は拘束あるいは射殺許可という極秘通達が出された? »

2017年4月11日 (火)

原爆よりも凄い爆弾

ーー以下「宮崎正弘ブログ、書評」より抜粋編集

王友琴、小林一美、安藤正士、安藤久美子
    『中国文化大革命受難者伝と文革大年表』(集広舎)

革命によって成立した専制政治の本質は、自分の地位を脅かす相手を粛清することである。

革命によって独裁者となった者は、革命を手伝った同士を敵として粛清しだす。

彼は一旦手に入れた権力を脅(おびや)かす者たちを容赦しない。

彼は、自分の地位を脅かす同士を、ためらうことなく拘束し、拷問し、死刑にする。

それが出来なければ、独裁者の地位を失ってしまうからだ。

ーー

一旦独裁者が出現すると、彼に対しては、たとえ同士であろうとも、恭順の意を示し茶坊主に徹するか、黙って彼に貢献するしか生き延びる道はない。

ーー

毛沢東が彼の独裁を維持するために始めた文化大革命は、支那現代史の恥辱である。

毛沢東が「米帝国主義打倒」を掲げて行ったことは、身の毛もよだつ大粛清であった。

「毛沢東と党の『誤り』とは、中央革命根拠地時代の八万人にも及ぶ同士粛清=AB団粛清に始まり、建国直後の『大量処刑』と『三、四千万人の餓死者』をだした大飢餓事件です」

「この党の大失敗に対して、知識人・教育者から大きな不満・批判がおこり、体制を揺るがし始めました」

「この地獄絵図の責任に対して、最高権力者・毛沢東と党官僚には、内部に決定的な対立を内包しつつも、『文革』に打って出る以外の道がなくな」った。

ーー

文革では生徒が体制を批判する先生を殴る、蹴る、丸坊主にしてつるし上げ、屋上から蹴落とす。

生徒たちに殴打され殺された先生達だけでも数万の犠牲があった。

紅衛兵は、党の宣伝機関に洗脳されて、先兵として使われ、用済みになると地方へ下放された。

紅衛兵も(一生を棒に振った)文革の犠牲者だった。

文革の犠牲者は紅衛兵だけではなかった。高官もまた犠牲者となった。

ーー

毛沢東は劉少奇を葬り、林彪を葬り、周恩来をも葬ろうとした。

「(権力の)中枢で起こる殺戮は、社会制度及び共産主義(イデオロギー)形態と密接な関係があり、それは独裁と専制の産物である」(116p)

カンボジアで行われた大量殺人行為(キリングフィールド)は、この文革の輸出だった。

スターリンは、海外亡命した同士トロッキーを刺客を送り込んで葬(ほうむ)り、ブハーリンを粛清し、その先兵となって働いたベリアを処刑した。
 
ーー

原爆実験を実践した支那人技術者はこう言った。

「原子爆弾よりも凄い爆弾は、『文化大革命だよ』」

「共産主義の理想郷(ユートピア)は、からくりであり、螺旋型を描いて独裁と専制に向かう」

「暴力はただ独裁に向かうだけだ」と。

著者等は言う。

「一党専制下の独裁政治、専制体制は、必ず大きな過ちを犯」す。

「独裁者・党軍高官はそれを隠蔽し、その責任を問われることに恐怖し、ますます独裁の度を強化」する。

そして最後に国家・人民を「地獄に陥(おとしい)れる」と。

ーー

本書の後節は1967年から1981年までの、実に克明・精緻を極めた文革大年表である。これだけでも資料的価値がある。

« 支那人が一番嫌いなのは支那人 | トップページ | 日本人については移動禁止、抵抗する者は拘束あるいは射殺許可という極秘通達が出された? »

経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

北朝鮮問題、外務省、悪まで対話で、6カ国協議でと、この考えは北朝鮮の核開発、ミサイル開発を外務省は容認て事ですか?

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 支那人が一番嫌いなのは支那人 | トップページ | 日本人については移動禁止、抵抗する者は拘束あるいは射殺許可という極秘通達が出された? »

2017年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31