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2017年3月27日 (月)

移民受入、治安維持、国民の自由、この三つを同時に実現することはできない

ーー以下「三橋貴明ブログ」より抜粋編集

2017年2月20日シンガポールにいます。

まるで、巨大なディズニーランドのような国。白人、日本人などの観光客と、人種が入り乱れる、おとぎの国。

意外にも、日本人観光客が多いのは、他の東南アジアの国々とは異なり、ゴミ一つ落ちておらず、治安が徹底的に維持されているからだと思います。

人口の七割が支那系、残りがマレー系とインド系と、元々が多民族国家であることに加え、フィリピンやインドネシアなどからの出稼ぎ、ある意味で「グローバリズムの理想郷」のようにも見えます。

シンガポールは、「外国移民」と「治安維持」を両立させている、大変、珍しい国です。

ーー

しかし何事もそうですが、現地に行かなければわからないことが多い。

ーー

日本人のわたくしからは、シンガポールが、「外国移民」と「治安維持」を両立させている代わりに、自由を失っている風に見えるのです。

ここでいう自由は、施先生の仰るリベラル・ナショナリズムにおける自由になります。

施先生によると、 日本が、「日本語」のビジネス・文化を拡大しているため、「国民が比較的「職業選択の自由」を享受できている。

つまり政治学的に「自由」とはこれらの「選択の自由」を意味」する。

ーー

シンガポールの人々(移民を含む)がリベラル・ナショナリズムつまり「国民としての選択の自由」を失っているように見えたのは、

1、英語が話せなければ、職に就けない。ちなみに、シンガポールの公用語は英語、北京語、マレー語、タミル語の四つ)
2、フィリピン人、インドネシア人等の出稼ぎ外国人とシンガポール人の間は、露骨なまでの「階級格差」がある
3、子供たちは小学六年生の時に「PSLE」という試験を受け、成績次第で「人生」が確定してしまう(その後もテストが繰り返され、最終的に勝ち抜いた子供だけが大学に行ける)。

さらに、様々な規制がある(酒、タバコの持ち込みを規制。ガムは持ち込み禁止。ガムを捨てると罰金など)わけですが、この手の「ルール」を守るのは難しくないと思います。

私個人が、シンガポールで「不自由」と感じたのは、1、2、3、です。すなわち、政治的不自由と、人生の不自由です。

ーー

また、出稼ぎ外国人メイドは、
「半年ごとの検査で妊娠していたら国外追放」
「結婚できない」
「今は改善されたが休日を採ることも難しかった」
「劣悪な居住空間しか与えられない」

と、日本であれば、左翼の先生たちが「人権侵害だ」と、大騒ぎしそうな境遇に置かれています。 

いずれにせよ、シンガポールのフィリピン人メイドに「自由」はありません。それでも、祖国と比べれば所得を稼げるため、フィリピンやインドネシアの女性はシンガポールに働きに来ます。

また、道路を清掃しているインドネシア人は、トラックの荷台に載せられ、運ばれています。日本同様に綺麗な日本車が走り回る中、いきなり色黒の労働者を詰め込んだトラックが前を横切るので、一瞬、ギョッとします。

ーー

わたくしは別にシンガポールのやり方を批判したいわけではありません。

単に、日本がシンガポールの真似をするのは「無理」であると言いたいだけです。しかも、真似をする必要もありません。

ーー

ところで、欧州諸国(特にドイツ)は「自由」な状況下で「外国移民」を受け入れ、結果的に治安維持が困難になりつつあります。

オランダでは、「オランダを我々の手に取り戻す」と訴える自由党が、来月の総選挙で第一党に躍り出そうな勢いです。

その後にはフランス大統領選挙も控えています。

ーー

というわけで、「移民政策では3つの政策を同時に実現する事はできない」と考えるに至ったのでございます。

1、移民受入
2、治安維持
3、国民の自由

この三つは「同時実現不可」なのです。

(1)治安を維持しようとすると、自由を失う(2)自由を保とうとすると、治安が悪化する(3) 自由を保ちつつ、治安を維持したいならば、外国移民を受け入れることはできないのでございます。

ーー

日本人は、日本語で教育を受け、職業選択の自由もあり、高校受験や大学受験で落ちたとしても、いくらでもやり直しはきくという意味の自由もあります。

この日本人が当たり前に享受している自由がシンガポールにはないということになります。

同時に、日本においては、治安は維持されています。清潔な街並みは、日本国民の誇りですが、別に「ゴミを捨てたら罰金」といったルールがあるわけではありません。

移民の受け入れは、「自由」か「治安」のいずれか、もしくは双方を諦めなければならないのです。

そして、多民族でも意思疎通を可能にするために、「英語が必須」に成ります。

このような環境の日本を希望する日本人はあまりいないはずです、少なくとも、わたくしは嫌です。

それにシンガポールのように人々が人種、職種、階級により管理されるような社会などお断りです。

ーー

「移民受入、治安維持、国民の自由、この三つは同時実現不可である」

この考えは、シンガポールに来て気が付いたのでございます。

何しろ、シンガポールは、移民人口比率は四割に達しています。

ーー

いやいや、シンガポール国民全員がもともとは移民なのです。

移民を「国民」とし、マレー連邦から追放される形で独立した国家こそがシンガポールです。

なぜ、マレー連邦がシンガポールを捨てたのかと言えば、まさしく民族が混合したシンガポールと、マレー人優遇政策を採ろうとするマレー連邦との軋轢が激化し、沈静化不可能になってしまったためです。

すなわち、シンガポールは移民国家故に、民族主義的なマレー連邦から捨てれられたのです。

ーー

というわけで、リークワンユーの下で独立した時点から、国民は支那人、マレー人、インド人とバラバラでした。

リークワンユーが政権を掌握すると、事実上の一党独裁(人民行動党)政治を実施します。

つまりバラバラの人種に「英語を強制し」「言論を統一(弾圧)し」「守るべき規則を設けて」「規則違反者に厳罰を課す」ことで彼らを国民としたのです。

すなわち、シンガポールは、建国当初から、移民を受け入れ、治安を維持するために、自由を失ったのであります。

ーー

シンガポールには、日本のような自由はないのです。

国民に日本のような自由を認めると、治安が維持出来なくなってしまう。

シンガポールに来ればみなさんも、次のような光景を目の当たりにするはずです。

「労働者が、トラックの荷台に詰め込まれ、運ばれている」
「小柄なメイドが、スーパーで大量の荷物を運んでいる」

多くの日本人は、日本でこんな光景を見たくはないはずです。

ーー

日本は、労働者が尊敬され、仕事がありその稼ぎで暮せる、買い物は自分でする、そんな国であるべきなのです。

所得が得られ、家があれば、出生率は回復し、人口も増え始めるはずです。

そのためにも、労働者を減らせば利益が出る寡占環境よりも、中小企業が競合するような状態でしかも高い生産性(高給が得られる)を保持する環境が望ましいでありましょう。

ーー

このような我が国と、シンガポールを比較し、「シンガポールのように、移民国家でありながら、安全な国があるじゃないか。日本も・・・」というような主張は、幼稚(ナイーブ)すぎる。

日本で移民の人権や自由を制限するなど不可能です。つまり自由な日本に、移民を受け入れれば、必ず治安が悪化する。

つまり「安全で自由な日本」を維持したいならば、移民受入に反対するしかないのです。

逆に、移民推進は、「日本国民から安全と自由を奪う」ことになります。

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