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2017年3月19日 (日)

輪廻転生の世界

例のこ難しい話をする人が、「輪廻転生(りんねてんせい)と衆生(しゅじょう)の縁(えん)」について書いているので、小生にも分かるように、少々編集してお目に掛ける。

ーーーーー以下抜粋編集qazx

【徹底的改造計画6/7】永遠の自我と輪廻転生の物語
http://blog.goo.ne.jp/adlum99v3t/e/dd37d7e5000515824bc3aa9d62b36396

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「永遠の自我を持ち輪廻転生を繰り返す」という世界でのお話である。例えば牛だった私が、人に食われたか何かで死に、その功徳(くどく)として、人の私に転生した。私は人になったが、ただ牛だったときの母(牛)はまだ牛の世界で生きている。

人である私には人の母がいるが、牛の母もいる。こういう転生が無限の時間の中で、社会に害をなし不幸なもの・貪るもの・理性を持たぬもの・争うもの・喜ぶもの・社会に貢献するもの、などの間で繰り広げられている。たとえ「社会に害をなし不幸なもの」であっても、我が母であったことがありうるわけだ。

そこでは「社会に害をなし不幸なもの」から「社会に貢献するもの」が生まれることもある。命ある存在は、ややこしい関係で幾重にも無限に連なっている。「全ての命あるもの」がそのような奇怪で断ち切りがたい因縁(関係)で深く結ばれている。

現在は毒虫や極悪人と呼ばれる存在でさえも、どこかで、かつては私の最も愛惜(いと)しい人であった。今はそのことを微塵も覚えていなくても、事実そうであったに違いないと考えられるような世界でのお話である。

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そのような世界では、許すべからざる悪をなすもの、他人を傷つける者も、その被害者もかつて私の愛した者たちであった可能性が出てくる。

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永遠の自我を持ち輪廻を繰り返す者の運命として、遅かれ早かれ人は敵にも味方にも転生し得る。その中で人々は結び付けられあっている。そこには無限の時間、織り綴られてきた縁(関係)が存在している。

輪廻転生の世界の中では、かつて母と子であった者が、互いに形と立場を変えながら殺し合い、あるいはかつて殺しあったものが母と子になり互いを慈しみ合う。それゆえ人は、今この時の関係故に憎しみに引きずられてはならず、また今この時の関係故に愛におぼれてもならないことになる。

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それでは、我々は、もはや憎しみも愛も、それを生じさせている自他の関係も、そして自身の実在さえも、一切が虚妄であることを認めて、輪廻転生の世界より静かに永遠の沈黙に向かうべきなのか。

これは、どちらが正しい、どちらが価値があるという問題ではない。絶対なものは何も無いからだ。自由に考えれば良い。

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ただもし、永遠の自我を信じ、自分というこの意識とともに永久の輪廻を生きて行くのなら、人は孤独ではない。「全ての命あるもの」と切り離しがたく結ばれ、「全ての命あるもの」と運命をともにすることになる。

そこでは情は味方になることもあれば敵にもなる。というより情に支配され翻弄されることを覚悟するしか無い。その世界では神さえもそうなのである。なかなかしんどいことであるが、まあ仕方ない。

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コメント

縦椅子さま
今日も素晴らしいブログ有難うございます。
「すべて命あるもの」が断ち切りがたい因縁でむすばれてい、る、運命を共にしている」ということを、感じることがあります。
運命のめぐりあわせでしょうか、不思議なご縁ににまもられておることは確かです。ありがたいことです・・・

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