無料ブログはココログ

« 苦しく辛い世界を生き抜く勇気を与え励ますために | トップページ | 歴史は学ぶためにある、というのが、日本人の歴史に対する一貫した立場です »

2017年3月21日 (火)

日本人が自分たちの「神話から続く文化」を自覚しそれを誇りに思うようになってきた

ーー以下「ねずブログ」より抜粋意編集

日本は、「きみ、とみ、たみ」の住むところであり、大昔から文化と言葉を同じくする人々の国家であったのです。

ですから多くの日本人は、世界中の国家も、日本と同じような国家であると、なんとなく思い込んでいます。

ところが、日本と同じような「文化と言葉を同じくする人々の住む国家」つまり国民国家が出来たのは、比較的最近の事なのです。

欧州でカトリック領主とプロテスタント領主が、1618年から、30年間も死闘を繰り広げ人口が半減する事態になる。

そこで1648年になって、ようやくお互いの領土を保全する条約、ウェストファリア条約を結んで終結する。

そこに出現したのが、文化と言葉を同じくする人々の国家であったのです。

ーー

つまり、国民国家が出来たのは、17世紀の事なのであります。

ーー

たとえば朝鮮半島には、1910年(明治43年)に大日本帝国に併合され、朝鮮人が日本国民とされるまでは、国民はいなかった。

国家という言葉は、支那の古書に記(しる)されています。

そこでは、国家とは、支配者(領主)の支配領域を意味していた。

幕末に日本人が「Nation State」を「国家」と翻訳し、新たに作った、この「国家」とは意味も使い方も異なるものだったのです。

ーー

李氏朝鮮の新興貴族たちは高麗の貴族の代わりに支配階級に成長しながら両班階級を形成します。

被支配階級には常人・賎人(白丁)がいた。

これらと両班の間に、一定の世襲的な職業を持つことで1つの階層に固定された中人という特殊な身分階級が生ずるようになった。

つまり朝鮮には王の他に両班・中人・常人・賎人(白丁)がいたことに成ります。

両班というのは文班と武班を総称した言葉で、彼らは農・工・商に従事せず、儒学だけを勉強して科挙を経て何の制限もなく高級官職にも昇進することができる特権を持った。

両班の中で李氏朝鮮の建国以来続出した各種の功臣たちと高級官僚たちは、彼らに様々の名目で支給された広大な土地を世襲・私有することで徐々に大地主になった。

ーー

つまり朝鮮での被支配階級、常人・賎人(白丁)は、当時の両班たちにしてみれば、自分たちと同じ「人」であるとされること自体、大迷惑な話です。

また、女性であれば、両班であっても、名を名乗ることが許されませんでした。

これは徹底していて、国王の妻であっても名前がありません。

そして名前がないということは、人間として扱われていなかった、極端にいえば、単に子を産むための道具であり性の道具であるということです。

これはいまの韓国でも同じで、女性は、適齢期の女性を意味し、適齢期を過ぎたら働き口もありません。

使用期限が過ぎたゴミ扱いです。哀れな話です。

ーー

要するに、日本が、国民国家=国民の統合体であるのにに対して、支那・朝鮮は領有国家=支配者の支配領域なのです。

ーー

朝鮮半島の場合、支那系、女真系、蒙古系など、様々な言語・文化を持つ人々が住んでいた。

従って日本が併合支配する1910年以前は、地域によって言葉も違っていた。

この言葉の違いというのは、支那での香港人と北京人が全く違う言語をしゃべるのに相当します。

朝鮮半島各地で話されていた言葉は、それぞれが文法も語彙も違っていた。

つまり日本でいう方言(日本語)とは違っていた。

日本では、沖縄人の話し言葉も、調べてみると、文法や語彙から、それが方言(日本語)であることが分る。

ーー

つまり朝鮮半島では、異なる民族を、武力で支配下に置いていたということに成ります。これが領有国家です。

朝鮮半島を500年間も支配した李氏は、支配の正統性を、支那の華夷秩序に入ることで得ようとした。

つまり李氏朝鮮は、支那の冊封体制の中に進んで組み込まれた。

支那皇帝から朝鮮王にされたということが支配の正統性の理由となったわけです。

ーー

一方日本は、有史(記録に残される)前から、土地も人も動植物も、その一切は神々のものであり、その神々と繋がる天皇が居られた。

天皇は、最高の権威であって、政治的権力者ではない。

これが日本の古来からの国の形、国体です。

これを「大君(おおきみ、天皇)の知らす国」といいます。

天皇は、世界の歴史に登場する領主とはまったく異なる概念であり存在なのです。

ーー

天皇は、アマテル神直系のご子孫であり、正統性を主張する必要など全く要りません。

日本は、支那の皇帝も日本の天皇と同じであるに違いないと考え、支那皇帝に対して、一貫して対等であろうとしてきています。

もちろん厳密には、古い時代に日本が冊封を受けた時代もあります。

それは、支那の王朝が冊封国にしか交易を認めなかったという事情によります。

日本の場合、朝鮮とは違い、冊封は単に交易をもとめてなされたに過ぎない。

清国の冊封を受け交易した琉球、蘭、英、仏、独、米、露などと目的は同じだったのです。

ーー

しかも戦後に誕生した南北朝鮮は、国民が作った国ではありません。

なにしろ朝鮮半島には、国民などいないので国民国家が作れなかった。

南北朝鮮は、大国日本に対する「対抗国家(Counter State)」としてそれぞれが米国とソ連よって人工的に作られたのです。

従って南北朝鮮は、反日であることが国家的正義となります。

つまり、両国は、この世に存在する限り、反日国です。

ーー

日本人を皆殺しにすることが、彼らにとっての正義となります。

ーー

実際、支那で支配者らは、前の王朝の王公貴族を皆殺しにし、民衆も皆殺しにしてきたのです。

そこに支配民族が進駐して増殖する。ですから、王朝交代のたびに、支那大陸では、人種が入れ替わっている。

つまり漢人と言われている支那人はたとえば漢の時代から連続してそこに住んでいた人たちではない。

漢字を使う人たちではありますが、一般民衆は、ほとんどが漢字の読み書きができなかった。

漢字を使う人たちが、漢字を共通文字として外交上の意思疎通を図っていた。

言葉が違う人々が、外交文書や政治文書に、漢字を使っていた。

漢字が使える人々、つまり孔子の四書五経を暗記している人だけが、意思疎通が可能だった。

これが漢人の正体であります。

支那には人種や民族という概念がそもそも存在しなかったのです。

ーー

支那人は、元の時代には、全員が元国人、明の時代なら明国人、清の時代であれば、清国人であった。

そして戦後には中華人民共和国が誕生しましたが、文化も言語も違う人たちが集まって、中国(支那)人だと主張しているにすぎないのです。

これもまた大国日本に対する対抗国家として連合国によって人工的に築かれた国です。

ですから南北朝鮮同様、現代支那もまた、反日が正義なのです。

ーー

連合国が戦後新たに作った国家という意味では、実は戦後日本も、戦前の日本への対抗国家です。

ーー

連合国占領軍GHQは日本の旧体制の破壊を主とする占領政策を行ない成功します。

占領軍に協力した人たちがいたからです。そして協力者は旧体制を支えていた人たちを追い出し、代わりにその地位を得て敗戦利得を手にした。

この協力者こそ、ネット住人から、在日・反日勢力と呼ばれている人たちなのであります。

その人たちが、戦後日本社会の政財界・学会・言論界・教育界・法曹界・メディアを牛耳った。

それゆえに、占領解除後も、いまだに日本は反日国家のままです。

ーー

日本メディアは、今も、占領憲法を護れと絶叫し、戦前の日本を否定し戦前の日本人であることを否定し続けています。

それは、彼らが戦後得た利権(敗戦利得)を守るためです。

在日・反日勢力が、戦後連合国によって作られた反日国家・支那・南北朝鮮に、友好的なのは、反日が共有できるためです。

ーー

しかし、ネット環境の出現によって、メディアの洗脳を解かれた日本人は、八百万の神が悪で、神社が悪魔を祀る宗教施設だという見方には違和感を感じるようになっている。

それは日本人が自分たちの「神話から続く文化」を自覚し、それを誇りに思うようになってきたからなのであります。

今や多くの日本人が、在日・反日勢力の主張を変だと感じるようになってきているのです。

« 苦しく辛い世界を生き抜く勇気を与え励ますために | トップページ | 歴史は学ぶためにある、というのが、日本人の歴史に対する一貫した立場です »

経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 苦しく辛い世界を生き抜く勇気を与え励ますために | トップページ | 歴史は学ぶためにある、というのが、日本人の歴史に対する一貫した立場です »

2017年6月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30