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2017年2月19日 (日)

朝日は新聞ではなく、自分勝手な「大義」の機関紙、すなわち「アジびら」である

ーー以下「頂門の一針、伊勢雅臣コラム」より抜粋編集

長谷川熙『崩壊 朝日新聞』より

朝日新聞OBの永栄潔氏が、面白い発言をしている。

日本の記者には、「大義」を伝えようとする者(ジャーナリスト)と、「事実」を伝えたいと願う者(ブンヤ)とがいる。朝日には前者が多い。

ブンヤにとっては、平成26(2014)年8月5日の朝日新聞朝刊の「従軍慰安婦」記事取消しは、許せない。

朝日新聞社が、「問題は、『強制連行』ではなく、『慰安婦』の存在である」と話をすり替え、開き直ったからだ。

この威張り返った、物事をごまかす態度に愕然(がくぜん)とした。

この8月5日をもって最終的に新聞の実質は終わった、崩壊した、と感じた。

ーー

長谷川氏は、丹念に事実を追って、朝日新聞の「長年の歪み」を解明している。

ーー

「従軍慰安婦」の発端となった吉田清治の証言について。

彼は「慰安婦強制連行」の「動員指揮官」だったという。

しかし、おかしな点がいくつもあった

吉田は陸軍の西部軍司令部から出された命令書によって山口県労務報告会が朝鮮・済州島で慰安婦狩りをしたという。

しかし西部軍司令部が、山口県労務報国会という軍組織でない文民の団体に命令を出す権限はない。

しかも、山口県労務報国会ごときが朝鮮総督府管轄の済州島へ出て行って勝手なことはできない。

こうした疑問を現代史研究家・秦郁彦氏や、韓国・朝鮮研究家の西岡力氏が提起した。

しかし、秦によれば、朝日新聞社の記者は、2014年8月5日まで、かって誰ひとりとして秦に接触してこなかったという。

長谷川氏曰く、「何より事実を追求するという記者のイロハがこの新聞社から消滅していたのだ」と。

ーー

元朝日新聞記者・松井やより、も俎上(そじょう)にあげている。

女史は、『日本軍性奴隷を裁く女性国際戦犯法廷』の仕掛け人である。

この「法廷」とは、昭和天皇以下、死者計10名に対し、弁護士もつけずに、一方的に「戦犯」の判決を下す、幼稚なものだった。

長谷川氏が週刊誌『アエラ』編集部に移るまで、松井やより女史は、朝日新聞での長谷川氏の同期だった。

ーー

1991年頃、長谷川氏は、対米英開戦60周年の取材でマレー半島の山奥を訪れる。

当時、松井女史はシンガポールに駐在しており、戦時中にマレーシア山中で起 こった日本軍の「民衆虐殺」について、さかんに記事を書いていた。

女史は、日本兵が放り投げた赤ん坊を銃剣で刺した、と繰り返し朝日に書いていたのだった。

日本軍は、この地域でマラヤ共産党の支那人抗日ゲリラと戦っている。

遺骸が多数見つかっているが、その中には、戦後の支那人ゲリラによるマレー人民衆の殺害と、マ レー人側の仕返しによるゲリラの殺害も入っている。

さらに再支配を始めたイギリス軍も、 反英戦に入った共産ゲリラを討伐している。これによる死骸も入っている。

長谷川氏は、発見された遺骸は、なぜ全て日本軍によるものとされているのかと質問している。

しかし、日本軍による「民衆虐殺」であるという根拠、証拠は聞けなかった。

その後、長谷川氏に、中年の支那人女性が話しかけてきた。

「シンガポールにいるという日本の朝日新聞の女性記者が、虐殺は日本軍がやったことにしておきなさい、かまわない、と言ったんです」

日本の朝日新聞の女性記者の名前は「マツイ」だった。

ーー

松井やより女史は、定年退職後に、上述の「法廷」を発案し、推進する。

女史は、この準備のために北朝鮮にも行っているという。

「法廷」は、検事がアメリカ・南・北朝鮮などから50人、被害証言者つまり元慰安婦が9カ国から64人と大がかりなものだった。

これだけの規模の「法廷」を支える経費は、どこから出ているのか、関係者は「趣旨に賛同した人たちの寄付による」というだけで、収支の明細は明らかにしていない。

ーー

1937年から40年にかけてのスターリン時代、当局が一定数の 「人民の敵」を処刑した。

ある区域に住んでいる住民全員を郊外の森に連行して虐殺したのだった。

長谷川が、1988年に取材で訪れた、白ロシアの首都ミンクスの森には、見渡す限り大きな穴が点在していた。

聞くと、穴は、スターリンによって処刑された住民の遺骸を掘り出した後だと言う。

「私がある窪みを踏んだら、「そこはまだ遺骸が埋まっているかも」と言われ、飛び退いた」

「私は、コートをまとっていても震えた」マルク ス主義社会の狂気、非道を体感したのだった。

ーー

人口811万人のカンボジアでも、200万人に上る大虐殺がなされた。

朝日新聞の元プノンペン特派員だった和田俊(たかし、故人)は、カンボジアについてこう報じている。

「カンボジア人の融通自在の行動様式からみて、革命の後につきものの陰険な粛清は起 こらないのではあるまいか」

ーー

朝日新聞社は、日本の「加害」を声高に批判しながらも、ソ連や共産支那がなした非道と加害に関しては声が消える。

この新聞社は、ソ連や共産支那両国の民衆一億人虐殺(犯罪)の、共犯者とみなされるべきではないのか。

ーー

長谷川氏は、ゾルゲ事件にもメスを入れている。

元朝日新聞記者の尾崎秀實が政府内の情報を、ソ連スパイ・リヒャルト・ゾルゲに渡していた事件である。

この事件では、朝日新聞東京本社政治経済部長の田中慎次郎と同部員・磯野清も逮捕されている。

検事側の情報では、陸軍担当だった磯野は、作戦計画の機密を田中経由で尾崎に流し、この情報を受けた蒋介石軍が待ち伏せして、日本軍に大損害を与えたという。

尾崎は、スターリンの命令で、日本軍と国民政府軍を戦わせ、共倒れにさせ、支那共産党に漁夫の利を与えようとしたのである。

尾崎は死刑となったが、田中、磯野は釈放された。

戦前から朝日社内には、スターリンの息のかかった共産主義者が大勢いたことになる。

ーー

長谷川氏は、朝日の体質をこう断ずる。

「事実の追求から離れ・・・一種の集団心理とも思える「大義」なるものを生み出し、それを担ぎ出す」

「「大義」の機関紙を私は新聞とは呼ばない。なぜなら、「大義」の正体を暴くのが新聞と思っているからだ」

「事実」を追う「ブンヤ」は常に自分が間違っているかも知れない、と謙虚に構える。

一方の「ジャーナリスト」は自分勝手な「大義」を大衆に教えるべく、都合の悪い事実は隠し、「事実」を都合よく捏造して報道する。

朝日は新聞ではなく、自分勝手な「大義」の機関紙、すなわち「アジびら」である。

これが、長谷川氏の結論である。

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