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2017年2月14日 (火)

支那人に欠くる所は純潔なる品性及良心なり

ーー以下「宮崎正弘ブログ、樋泉克夫コラム」より抜粋編集

村木正憲『清韓紀行』(出版地・出版年不明 明治33年序)

「22年間支那に布教せしアーサー、エチ、スミス氏(Arther.H.Smith)」が著した「『支那人の特性』(Chinese Characteristics)と題する書中に列擧し」た24項目を示す。

1、顔を汚されて残念なり等の思想案外に強し
2、節儉的なり
3、勤勉なり
4、禮に富む
5、時是金の思想に乏し
6、明確の観念を欠く
7、事を曖昧模糊に葬るの癖あり
8、婉曲を尊ひ空言を弄す
9、變通なるか如くにして而かも頑固なり
10、無神経なり
11、尊大にして外人を侮蔑す
12、公共心に乏し
13、保守的なり
14、便利愉快を目的として改良せんとするの念少なし
15、天性強健なり
16、忍耐力に富む
17、楽天的なり
18、祖先崇拝の念強し
19、同情の念に乏し
20、忿怒の結果忽ち常識を失ひ狂態を演す
21、責任を重んし法令を遵守するの精神に富む
22、互に相猜忌す
23、不正直なり
24、多神教又は宇宙教を奉し真神を信せす」
  
次いで孔教(儒教)による感化について、スミス氏は、

『孔教は一般人民をして
1、其餘澤に依りて徳義の程度を高尚ならしめたるや
2、己に對する関係、同胞に對する関係、信仰に對する関係に於て人間の真性を發達改良せしめたるや否や
予は頗る之を疑はさるをえす』と記した。

氏又曰く、

『支那人に欠くる所は
智能にあらす
忍耐力にあらす
實行の才にあらす
満足心にあらす
その欠くるところは
純潔なる品性及良心なり』と

更に、

『支那の改革は不必要なりや、
支那の改革は到底行ふへからさるや、
支那の改革は必要にして且つ之を實行し得へきか』

『支那の改革は到底内部より之を行ふ能はす
外交に依りて之を遂くる能はす
自由貿易に依りて之を果す能はす
西洋教育の力に依りて之を期する能はす
只耶蘇教に依りて神と人との関係を知得せしめ彼等に誠實の念を起さしめ以て各人の精神を一變し家族及社會の関係を一新するの外其途なきなり』と結論せり」と。

村木はスミスの言をかく長々と引用した後、「氏の結論聊(いささか)我田引水の嫌(きらい)なき能(あた)はすと雖(いえど)も人に依(よ)りて其言(そのげん)を捨(す)つへからさるなり」と記した。

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