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2017年2月15日 (水)

人間の記録つまり歴史は戦争と暴力で満ちている

ーー以下「鈴木傾城ブログ」より抜粋編集

人間の記録つまり歴史は戦争と暴力で満ちている。日本の歴史も例外ではない。

人類が、戦争をしない状態つまり平和になれないのは、人間の持つ素質による。

その5つの素質をお目に掛ける。

(1)競争心

相手に勝ちたいという競争心が行き着くところは、相手を抹殺することなのである。

競争心は暴力を生み出すのだが、その暴力を遊びに昇華させたのがスポーツなのである。

もちろん現在は法律があり、どんなスポーツでも殺し合いにはならないようにしている。

そのため競争心の「本質が暴力であり、結末が死である」ということが忘れられている。

競争心を持って生まれてた人間は、例え平和な社会に暮していても、暴力性を隠し持っていることになる。

ボクシングでは顕著だが、多くのスポーツは暴力を見世物にして、それを見る人の暴力性を満足(昇華・発散)させていることに成る。

(2)警戒心

欧州は、米合衆国のようなEU(欧州連合)を作り、その内部でのヒト・モノ・カネの行き来を自由にし、多文化共生を目指した。

ところが、実際に生じた結果は、人種間、民族間の差別と憎悪であったのだった。

差別と憎悪が今やEUの存続を脅かすほどにまで成長してしまった。

すでに2016年にはイギリスがEUからの離脱を決めた。

というのも、イギリスの法や習慣を守ろうとせず、しかも、イギリス人が作り上げた福祉制度を只取りするような大量の移民が現れたからだ。

これでは治安を維持し、福祉国家を維持することさえ不可能になる。

狭い欧州に多くの言語が維持されているのは、互いに相手を排除して交わらなかったからだ。

こうして人間は自分と違うものを排除してきたのである。排除するために暴力を使ってきた。

人種差別は、こうした自分と違っている者を警戒し、排除しようとする人間の素質から生じているのである。

(3)恐怖心

自然界は、「弱肉強食」の世界である。

強者は限りない自由を享受するが、弱者は、それなりの自由に甘んじなければならない。

人間は、牛肉を食べ、豚肉を食べ、鶏肉を食べ、魚を食べる。

人が食しているのは、人間よりも弱い生き物であるということに他ならない。

人間の弱肉強食の本能は、同じ人間にも向かう。つまり人は、自分より弱い相手からは奪おうとする。

逆に、相手よりも弱いと感じた時は、奪われるかもしれないと恐れる。

人間は集団生活が出来るゆえ、弱肉強食は、集団単位でも起こる。

最終的には、国家間の弱肉強食となり、それは虐殺を伴い「侵略戦争」と呼ばれる。

(4)利己心

人間は自分だけが良ければそれで良いという利己心を心の中に併せ持っている。

利己心が、自分のために、相手から「奪う」という行為を生んでいる。

相手から無理に「奪う」為には必ず暴力が発生する。

法治国家が維持されている状態では、利己心のままに行動すれば権力によって処罰されてしまう。

それゆえ、暴力によって、相手から無理に「奪う」などという行為は、割に合わないので普通は実行しない。

しかし、例え法治国家であっても、戦乱等で秩序が崩壊すると、利己心がむき出しになり、生き残りを掛けた、相手から「奪う」という行為がなされる。

人間は、どうにかして自分だけ生き残ろうとする。その利己心こそが暴力を生み出すのである。

(5)支配欲

相手を支配したいと言う欲求は抑え難いもののようだ。

原始的な支配の形態は恐怖政治である。

それは逆らえば暴力の制裁があるということによって成し遂げられる。

日本では、法の支配によって、恐怖政治を排除しているが、個人あるいは黒組織では、今も暴力による制裁が残っている。

ーー

かくして人間の歴史は暴力の記録で満ちている。

暴力は、競争心、警戒心、恐怖心、利己心、支配欲が昂ぶった時、姿を現す。

戦後、平和・多文化共生・平等・人権とうが国民を支配するための道具として用いられてきた。

しかし世界中で、その偽善性に目覚めた人たちが、暴力を剥き出しにすることでそれらに抗議しだしている。

日本でも、在日・反日勢力と愛国者との戦いが始まろうとしている。

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