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2017年1月28日 (土)

経済危機は、いったん始まったら逃げる間もなく突き進む

ーー以下「鈴木傾城ブログ」より抜粋編集

ブッダ(覚者)の悟りの中身は3つの教え(3法)として伝えられてきた。

1、この世で生きるということは苦しみである                            2、この世で変わらないものは無い                                   3、この世のすべての物は実在しない

どんなにうまく生きている人にも、予測もしない災難、失敗、見込み違い、問題が降りかかってくる。

生きるということはまさに苦しみである。それはすべての人に平等に訪れる。苦しまない人はいないのである。

そして、天気が毎日替わる様に、環境も人の気持ちも変る。しかし人々はそんなことにはびくともせずに生活している。

それでも中には、人生の苦しみや変化についていけない人も出てくる。

覚者曰く、お前たちがあくせくしている対象は単に感覚器官(脳)が作り出したものであり実在しない。それゆえ互いに慈しみ合い、ともに悲しみ、ともに喜び、悪意を捨てて生きよ、と。

ーー

かつて、私(鈴木)は「アジア通貨危機」で天国から地獄に堕ちた国に居た。

そこで、経済的苦境の嵐が「その国」に襲いかかり、国民生活を一変させたのだった。

頭脳明晰だろうが、高学歴・高資格があろうが、勤め人としての長い実務経験があろうが、積極的・楽天的思考を持っていようが、そんな個人の資質はまったく役に立たない。

すべての人を等しく、「仕事が見つからない、食べていけない」という状況に陥らせたのだ。

ちょうどその頃、タイは経済的に豊かになり、急激に国内の経済基盤が改善されていた。

日本のようになっていくタイに嫌気がさして、私は、生活をタイからカンボジアに移していた。

この頃のタイは、あちこちで、高層ビルが建設されており、街の光景が一変していた。その頃のタイ人の表情は明るく、そして快活だった。

好況はタイだけではなかった。香港からシンガポールからマレーシアまで、アジア全体が100年に一度あるかないかの好景気に沸いていたのだ。

そしてベトナム戦争の影を引きずる「暗いアジア」という姿を捨て去ろうとしていた。

好景気が街の光景を変え、美しい街が次々と姿を現していた。当時のバンコクの変わり様は驚くべきものだった。

目が覚めたら新しい街に住んでいると錯覚するほどだった。

ーー

パッポンも売春街というよりも、単なる土産屋街に変わり、もはやタイは私のような売春婦たちを追う男たちの場所ではなくなっていたのである。

ところが、そこにアジア通貨危機が起きた。1997年7月のことだった。タイの通貨バーツが、暴落をはじめて止まらなくなっていったのだ。

ジョージ・ソロスのファンドや、それに付随するアメリカのヘッジファンドの群れが、バーツを売り浴びせていたのだった。

タイは当時、経常赤字を積み上げていた。それを目掛けてヘッジファンドの群れが、「バーツ空売り」を仕掛けたのだった。

タイ政府は通貨防衛できずバーツは暴落した。

このとき、原材料が暴騰し、タイ企業は、事業を継続することができなく成り、ことごとく破滅寸前になって株価は大暴落した。

一流企業も、一流銀行も、国有化されることによって生き延びるしかないような危機に陥った。バンコク銀行ですらも、破産しかけたのだ。

多くの人たちが失職し、この年から一流企業に勤めていたエリートの女性ですらも、性産業に流れるような事態になった。

好景気に湧いていた社会が、その翌年には意気消沈しており、別の国にでも来たかのようになっていた。

そしてパッポンが売春街として復活した。タイの表社会が終わると、裏社会が息を吹き返したのだった。

ーー

このアジア通貨危機は、インドネシア経済をも吹き飛ばし、長らく続いたスハルト政権がこの時に崩壊している。

ーー

いったん国が経済苦境に堕ちると、高学歴の人間も実務経験を持った人間も、一流企業に勤めていた人間も、中小企業の人間も、みんなまとめて人生を吹き飛す。

「国が傾くと、誰も逃げられないんだ…」そんな姿を私は目の当たりにした。

日本経済とて例外ではなかった。山一証券の破綻、長銀の破綻、北海道拓殖銀行の破綻は、このアジア通貨危機の最中に起きていたのである。

ーー

1998年にはロシアも債務不履行に追い込まれていた。

ロシアの国債は紙くずとなり、ロシア国内では預金封鎖が行われ、ロシア国民は一瞬にして生活できなくなった。

老人がゴミ箱を漁って暮らし、若い女性が世界中に人身売買されて売り飛ばされたのは、この時代だった。

カンボジアやタイでもロシア人女性が哀しい目をして性産業に堕ちていた。バンコクのスクンビット通りにも彼女たちが立っていた。

バンコクの路上で若いロシア人女性が売春をするようになって、外国人の男を客として薄汚いホテルに連れて行く時代になるとは、いったい誰が想像しただろう。

この時、暗い目をして汚いアパートを見つめていたロシア人女性ナナのことは今も忘れられない。他にも、ホテルに監禁されていたロシア女性もいた。

国が崩壊すれば、こんなことになるのである…。

ーー

この時代、自分の身の回りでも、たくさんの人たちが窮地に落ちていき、自殺したり、消息がなくなったり、逮捕されたり、殺されたりしている。

私たちは誰でも、自分だけが例外であると思いがちだが、そんなことはない。

国が経済崩壊し、世の中がどん底に向かって流転していくとき、誰もがそれに巻き込まれていくのである。

ーー

世界が再び経済危機に陥れば、そして日本が巻き込まれたら、高学歴も、高資格も、真面目な性格も、そんなものは何一つ役に立たなくなる。

アジア通貨危機はじわじわと来たのではない。ある日、突如として通貨暴落が来て、そのまま一直線で国家破綻、一流企業の崩壊がやってきた。

経済危機は、いったん始まったら逃げる間もなく突き進むのだ。

そんな時代がまた必ず巡って来るはずだ。

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