無料ブログはココログ

2019年1月17日 (木)

米政府は、韓国政府の頭越しに韓国が割を食う形で北朝鮮と手打ちをする?

ーー以下「宮崎正弘ブログ読者の声(ST生、千葉)」より抜粋編集

毎日新聞は会員限定有料記事・最終更新2018年11月1日 18時59分で次のように報じた。

【ソウル渋江千春】韓国の文在寅(ムンジェイン)大統領は1日、国会で施政方針演説を行い、

北朝鮮との9月の南北首脳会談で合意された「軍事分野合意書」について「南北間の軍事的衝突の危険を完全に除去した」と述べた。(以下略)

ーー

そしてムン・ジェイン大統領は2019年1月10日午前、年頭の記者会見に先立ち、国民に向けて演説した。

その中で金正恩の名前を数度呼び捨てにしていたとのことです。

日本のマスコミは小さくしか報道しませんでしたがこれは驚くべきことです。

ーー

金正恩によほど頭にくることがあったのではないか。

要は、北朝鮮を牽制する必要があったということです。

おそらく年初の金正恩からの親書が原因でしょう。

ーー

信書の中身は言葉遣いは丁寧ですが、次のようなものであったと言われている。

(1)去年ソウルで会談できなかったのは残念である
(2)用意が整ったらソウルで会談したい

ーー

用意が整ったらとは、北朝鮮側の考えでは、高麗連邦ができてその首班に金正恩が就任するということです。

残念ながら去年は用意が整わなかったが、早く用意が整うようにせよと金正恩が文大統領に命令したということになります。

ーー

自分が北朝鮮を併合して経済力と軍事力をもった核大国の首班になる積りの文大統領にとっては、このことは認めがたいことでしょう。

しかし、いまさら日米韓三国同盟堅持とは言えない。

ーー

最近ますます日韓関係が悪くなっているが、米韓関係はそれよりさらに悪化している。

ーー

韓国側が、北朝鮮を支援するなどという国連安保理決議違反を繰り返している。

これは、直接の軍事同盟がある米国に対する重大な背信行為です。

国交断絶なってものおかしくない事態で有りましょう。

ーー

にも関わらず、韓国ではメディアもそのことを報道しようとはしません。

能天気状態が続いています。

ーー

こうなればもう米政府は、韓国政府の頭越しに韓国が割を食う形で北朝鮮と手打ちをするで有りましょう。

2019年1月16日 (水)

有害な他者には、有害行為の都度、必ず反撃しなければいけない

ーー以下「兵頭二十八ブログ」より抜粋編集

儒教圏の人々つまり支那・朝鮮人らは端的に言えば反近代を生きている。

そのような人々からの反近代的な攻撃に対してはそれなりの対応法が存在する。

それがゼロ・トレランス方式(zero-tolerance policing)である。

これは、不寛容を是とし細部まで罰則を定めそれに違反した場合は厳密に処分を行う方式である。

ーー

日本語では「不寛容」「無寛容」「非寛容」等と表現され、転じて「毅然たる対応方式」などと意訳される。

つまり、日本国政府は、支那・朝鮮人による日本人に対する攻撃に対しては、「毅然として対処すべき」なのだ。

ーー

支那・朝鮮人に対するわが政府の対処方針は、「ゼロ・トレランス方式」でなくてはならない。

ーー

旧著『日支宗教戦争』でも書いたように、有害な他者には、有害行為の都度、必ず反撃しなければいけない。

それしか日本が安全を保つ道はない。

ーー

もし日本のEEZ内で外国軍艦から火器管制レーダーを照射されたら、逃げて終わりにしてはならないのだ。

すぐに偵察ポッドを吊るした戦闘機を飛ばして刻々の状況を監視させ続け、有害外国艦船がEEZを去るまで海空から追い詰めねばならない。

ーー

なぜ防衛大臣がこのあたりまえの措置を命じなかったのか。

これについて、野党とマスコミは政府を追及するのが筋なのだ。

日本の野党とマスコミには、そのあたりまえの機能が、無い。

呆れたものだ。

ーー

ふつうの民主主義国では、課税をめぐっても、与党が課税しすぎないように野党が監視する役を果たすものだ。

ところが日本の野党は、消費税増税をきめた張本人なので、与党の増税に反対できないでいる。

だから、多くの国民から、野党は在日・反日勢力だと思われている。

ーー

また日本の野党は、不合理な自動車税制を改めさせようともしない。

さらに日本の野党は、NHK受信料という事実上の税にも反対しない。

だから野党は、在日・反日勢力だとされる、国民にとっては不要、むしろ敵であろう。

ーー

韓国駆逐艦が、日本の哨戒機に火器管制レーダを照射した時点で、日本政府はただちに韓国政府に「謝罪」を要求しなければならなかったのだ。

そして、納得の行く謝罪がなされるまでは、「経済制裁」を加えるのが筋であろう。

同時に、尖閣領海主権への侵犯を繰り返す共産支那にも「侵犯するな」と抗議し、「経済制裁」を加えるべきなのだ。

「侵犯」を許すような行為は、支那・朝鮮人に「日本人に対しては何をしても許される」と認識させることになり間違いだ。

支那共産党海軍の観艦式へ自衛艦を派遣するなどという約束など、してはならない。

2019年1月15日 (火)

安万侶は古事記に国の復活・再生といふ大きな願いをこめて書き上げた

「日本では古来から、武はどこまでも混沌を鎮め、正道に導くために用いられる」と昨日書いた。

神武天皇による建国以来でも日本国は何度か混乱する。

例えば身近なところでは450年前の戦国時代、150年前の明治維新。

いずれも武をもって平和が回復された。

ーー

それ以前はどうだったのか。

ーー

ホツマツタヱは、倭建命をヤマトタケと書く。

この名前からすると混乱を武(たけ)をもって正道に導いた人であると想像される。

ヤマトタケが全国を平定し神上がられた後、父の景行天皇は夢をご覧になる。

その夢にヤマトタケが出てきて、歌を詠む。

ーー

わがひかる はらみつにしき あつたかみ もとのしまはに おれるかひかわ

この歌は逆読みからも、「わがひかる」と読める特殊な「折れ数え歌」になっている。

ひかわ(氷川)はソサノオ(素戔嗚尊)のことを示す言葉であり、この歌から天皇は、ヤマトタケがソサノオの生まれ変わりであったことを知る。

(ヤマトタケとソサノオは熱田神宮の御祭神となっている)

ーー

日本では、このように国が混乱すると、英雄の転生者が現れ国を救うという。

ーー以下「伊勢雅臣コラム」より抜粋編集

夜久正雄著『古事記のいのち』より

著者は、『古事記』が「建国精神」の再生を願って書かれた、というのである。

『古事記』は、天武天皇(御在位673-686年)が編纂を命ぜられ、太安万侶が編纂し和銅5年(712年)に、元明天皇に献上された。

天武御即位の10年前、663年、わが軍は、百済支援のために半島に赴いた。

そして白村江の戦いで、唐・新羅連合軍に大敗する。

ーー

大陸から引き上げた後、唐の侵攻に備えて、九州・太宰府に水城や山城を築き、東国の防人たちが防衛の任についた。

(大宰府にはいまも当時築かれた水城や山城が残されている)

また、ご即位の前年、672年には壬申の乱があり、国内政治も動揺していた。

国家の危機に際し、国民は頼るべき「根っこ」を求めた。

「わが国はいかに建国されたのか」を知ろうとしたのだった。

ーー

こうして編纂されたのが古事記であった。

ーー

幕末の志士たちは、『古事記』から、その「建国の精神』を汲み取って、明治維新の指導的精神とした。

『古事記』は神話と伝承を書き表しただけではなかった。

『古事記』の編纂者たちは、「わが国はいかに建国され、混乱時にどのように再生されたのか」を神話・伝承の中に求めた。

ーー

そういう読み方を夜久正雄・亜細亜大学名誉教授はされているのである。

それでは『古事記』に現れた「建国・再生の精神」とはどのようなものか?

教授の指摘を見てみよう。

ーー

「『古事記』に出てくる英雄や神々は、いはゆる支那の聖人、君子ではない」

「失敗もすれば挫折もする、そして苦しみ煩悶する」

「いはば、人が経験するであらうと思はれるあらゆる苦難を経験してゐるのです」

ーー

「失敗し挫折し煩悶する」英雄の典型が「倭建命(ヤマトタケ)」である。

『日本書紀』では「日本武尊」、『古事記』では「倭建命」、和訓は同じ。

ヤマトタケについて、夜久教授は次のように紹介している。

ーー

「(国を再統一するという)大事業を成就した英雄として描かれてゐます」

「大和の国を中心に、関東と九州を合せて再統一し、日本国にした」

「倭建命の背景には、全国統一に努力した、幾百万の日本人の祖先の声がこもってゐる」

「その幾百万の祖先たちの国家再生への足跡は、決して生ま易しいものではなかったはずで、沢山の悲劇を伴ふ努力であった」

「それゆゑに倭建命の御生涯はもとより、その御最期にいたっては、まことに悲劇的な記述になってゐます」

ーー

その倭建命の御最期の状況を教授は以下のように解説している。

ーー

ヤマトタケは父・景行天皇の「(東国の)荒ぶる神とまつろはぬ人等を言向け平らげよ」との命令を果たす。

大和への帰途、今の三重県のあたりで亡くなる。

(伊吹山のイブキ神がオロチとなって横たわっていたのを踏み越えてしまったために、その神に祟られて神上がられた)

その時に数首の歌を詠まれる。

ーー

「倭(やまと)は 国のまほろば たたなづく青垣(あおがき) 山隠(ごも)れる倭(やまと)し美(うるは)し」

ーー

「〈大和は日本の一番いいところだ。幾重にも重なってゐる青い垣根、山の中にこもってゐる大和は実に美しい〉といふ意味である」

「この最初の歌は、自分の故郷である大和の国を讃へた歌なのです」

「能煩野(のぼの)といふと三重県鈴鹿郡ですから、大和までほんのわづかです」

「たぎたぎしくなった(骨折した)足をひきずって来て、大和の国を間近かにのぞんで詠んだ」

「この歌にも、その当時の人々の大和の国に対する非常な愛着が表はれてゐる」

「故郷といふもの、そこへ帰ってくれば、もう敵の土地とは違ふのだ、といふ感じ、それがここによくあらはれてゐる」

ーー

九州を平らげた後、休む暇(いとま)もなくすぐに関東を平らげた。

ヤマトタケに従い故郷を離れ、異郷でいのちを落とした武人たちも少なくなかったはずだ。

ヤマトタケのこの歌は、そういう人々を偲びつつ、歌い継がれてきたものと思われる。

ーー

「倭建命の背景には、全国の再統一に努力した、幾百万の日本人の祖先の声がこもってゐる」とは、こういう事である。

ーー

ヤマトタケは、次に以下の歌を詠む。

「命(いのち)の全(また)けむ人は、畳薦(たたみこも)平群(へぐり)の山のくまかしが葉をうずに挿(さ)せ」

ーー

つぎの「命の全けむ人は…」の歌について。

「命を全うして凱旋する人々は、平群の山(奈良県の山)のくまかしの葉を髪にさす飾りとして挿しなさい、といふ意味です」

「自分はここで死んでしまふけれども、国に帰ったらくまかしの葉を頭にさして命長らえたことを祝へよ、と言ったのです」

ーー

くまかしの葉を髪に挿すとは、『新編日本古典文学全集 (1) 古事記』の注釈では次のように説明されている。

「大きな樫、樫の常緑の葉を髪に挿すのは、その生命力につながるための共感呪術」と。

ーー

教授は、「死んでゆく人が、残る者の祝福をしてゐる」といふのです。

「死に臨んで、生存者の上に心を馳せる」

自分が死んでゆくときに、残る人の祝福を祈るといふことは、容易にできることではない。

こうしたヤマトタケに、日本民族は深い尊敬と憧憬の念を捧げてきたのです。

ーー

ヤマトタケは最期に次のように詠う。

ーー

「はしけやし吾家(わぎへ)の方(かた)よ雲居(くもゐ)起ち来も」

「こは片歌なり」

「この時御病いと急(にはか)になりぬ」

「ここに御歌よみしたまひしく、「嬢子(おとめ)の床の邊(べ)に吾が置きしつるぎの大刀(たち)、その大刀はや」 と歌ひ竟(を)へて、すなはち崩(かむあが)りたまひき」

「ここに駅使(はや(う)まづかひ)を上りき」(このことを早馬使いにことづてた)

ーー

(なつかしい、わが家の方から、雲がこちらへ湧き起ってくるよ)

(雲は生命力の発現、それが自分を包み込まんとするかのように自分の方にやって来る)

ーー

最後の歌の「その大刀はや」には、次の注釈がある。

ーー

(大刀を、自分から離れてしまったものとして哀惜する)

(それは、美夜受比売への思いを込めたものであるとともに、大刀とともにあった、苦難を含む東征全体に対して向けられたものである)

ーー

教授も、この最後の歌をこう評する。

ーー

「この歌が倭建命の辞世の歌となった」

「この辞世の御歌こそ、まぎれもなくヤマトタケの恋愛と戦闘との激しい御生涯を、一首に集約してゐる」

ーー

また、最後の一文については、こう言われる。

ーー

「歌ひ竟(を)へてすなはち崩(かむあが)りたまひき」

「ここには、人生に没頭して最期の瞬間まで努力して、「息絶えて逝く」といふ、人生観が見られる」と。

死ぬ最期まで力いっばいの努力を尽して、そして死んでゆく。

死の最期まで努力を尽すのです。

ヤマトタケは、体が動かなくなりつつあるときにも、神の救ひを呼ぶのではない。

ーー

さういふ生涯に、我が先人は大きな感動を覚え、限りない愛惜の念を抱いてきたと思われます。

ーー

散々乱暴してきた、といふのでは英雄でもなんでもない。

ヤマトタケは、心のままに従ひながら、自己一身の感情をこえて、国といふものの中に、身を捧げた。

国のために生命を奉げたからこそ、英雄となった。

ーー

日本国の再生には、ヤマトタケのような英雄が無数にいただろう。

教授は「英雄を書くといふことが、『古事記』の一つの目的であった」と書く。

ーー

英雄を思い出すことで、国の危機を乗り越えようとした。

それが、『古事記』に込められた「建国・再生の精神」だった。

教授は編纂者・太安万侶(おほのやすまろ)を引きつつ、こう結んでいる。

ーー

「歴史の真実の、さらにその背後にある民族の生命」

「安万侶は古事記に国の復活・再生といふ大きな願いをこめて書き上げた」

「民族の生命を、『古事記のいのち』として感受したいものです」

ーー

現代の我々も国家的危機を迎えている。

外からは支那・南北朝鮮の軍事的圧力を受けており、内には在日・反日勢力が日本国とその文化伝統の破壊を画策している。

それらを乗り越えるための知恵が、『古事記』には、心のままに従ひながら、自己一身の感情をこえて、国といふものの中に、身を捧げたヤマトタケの物語として語られている。

2019年1月14日 (月)

日本では古来から、武はどこまでも混沌を鎮め、正道に導くために用いられる

ホツマツタヱは全編がホツマ文字(オシデ)七五調で記されている歴史書である。

その中にこんな話が出てくる。

アマテルカミが、出雲の知事が贅沢に暮らしていると知らされ、それを咎(とが)める。

(アマテルカミは一部の人たちだけが豊かに暮らすことを許さなかった)

責任者(タカミムスビ)は、出雲の知事(オオナムチ)を諫(いさ)めるために、アメワカヒコを派遣する。

ところがアメワカヒコは現地で懐柔され任務を果たそうとしない。

そのことを聞いたタカミムスビは「返し矢」によってアメワカヒコを処罰(暗殺)する。

ーー

アメワカヒコの葬儀(通常の喪は許されなかった)の席に、親友のアジスキタカヒコが出席する。

彼はアメワカヒコとうり二つだった。

そのため、アメワカヒコの両親は息子が生き還ったと思い、アジスキタカヒコに縋(すが)り付いてしまった。

ーー

アジスキタカヒコは死者と間違われたことに激怒し暴れだす。

彼を間近に見た(アメワカヒコの妹)シタテルオグラ姫は、

あめなるや おとたなばたの うながせる たまのみすまる みすまるの
あなたまはやみ たにふたは たらすアジスキ タカヒコネぞや

(アジスキタカヒコさま、私の夫になって一族の根(ネ)となってください、お気に召すように大切にします)

と求婚の歌を詠む。

ーー

突然の求婚に驚き、怒りを収めたアジスキタカヒコは、次の歌を返す。

あまさがる ひなつめのいは ただせとい しかはかたふち かたふちに
あみはりわたし めろよしに よしよりこねい しかはかたふち

(田舎に住まいする身、急いで葬儀にやってきただけ、急に仲人も立てずに求婚されても、お受けできかねます)

ーー

結局二人は結婚しアジスキタカヒコはアジスキタカヒコネとなる。

ーー

古事記には、アジスキタカヒコの歌は記されていない。

そのため話のつじつまが合わなくなっている。

日本書記は、ホツマツタヱに割と忠実なのだが、それでも、アジスキタカヒコの歌は

天離(あまさか)る 夷(ひな)つ女(め)の い渡らす迫門(せと) 石川片淵(いしかわかたふち) 片淵に 網張り渡し 目(め)ろ寄(よ)しに 寄し寄り来ね石川片淵

とされており、七五調を崩したために歌の意味がわからなくなっている。

ーー

このことからすると、記紀については、七五調で読んでみるとその意味がより明確になる可能性が出てくる。

それで古事記を七五調で読んでいる人がいたのでお目にかける。

ーー以下「ねずブログ」より抜粋編集

あまつかみ 於是天神

もろみこともて みことのり 諸命以詔

いさなきいさなみ ふたはしら  伊耶那岐命伊耶那美命 二柱神

つくりかためよ ただよへるくに  修理固成 是多陀用幣流之国

ーー

ぬほこたまいて ことよさす 賜天沼矛而言依賜也

かみうきはしに たたしては 故、二柱神 立(訓立云多多志)天浮橋而

ほこさしおろし かくはしほ 指下其沼矛以画者塩

ーー

ここををろろに かきなして 許々袁々呂々迩(此七字以音)画鳴(訓鳴云那志)而 

ひきあげしとき さきしたる 引上時 自其矛末垂落

しほつもりなる おのごろじま 之塩累積成島是淤能碁呂島(自淤以下四字以音)

ーー

この段での重要語は3つです。

諸命以(もろみこともて)  
修理固成(つくりかためよ)
天沼矛(ぬほこ)

なかでも「諸命以(もろみこともて)」は、古事記を通底する重要語です。

何事も神々の命(みこと)のままに、という意味になります。

ーー

この世に「自分のもの」など実はなにひとつない。

すべては神々のものであり、神々のつくられた世界で、神々から与えられた環境下で、神々の命ずるままに生きることこそが大切であると。

これが古事記の最大の主張です。

ーー

神恩に対し感謝の心を根底に置かなければ、すべては我儘に至ってしまうのです。

ーー

このことを補強しているのが「修理固成(つくりかためよ)」です。

すべては神々のもの、我々はたとえば道具ひとつを作るにしても、我々自身がゼロから作り出すものなど実は何もない。

すべては神々からいただいたものを、我々が使いやすいように、加工して使わせていただいているだけ。

ーー

日本人がものを大切にするのは、この「すべては神々のもの」という考えが根底にあるのです。

そして、そうした価値観が崩れて混沌としたとき、混沌を治めるものが「天沼矛(ぬほこ)」です。

沼矛(ぬほこ)は、玉(ぎょく)の矛(ほこ、武器)です。

日本では古来から、武はどこまでも混沌を鎮め、正道に導くために用いられる。

これが日本人が古来から身に付けた知恵です。

2019年1月13日 (日)

鈴置さんのコラムが終了したことを重く受け止め、もう有事に突入することを視野に入れて最大限の準備と覚悟をしてほしい

ーー以下「news us」より抜粋編集

日経ビジネスさん、(鈴置さんとの)契約を更新しなかったのはどうしてですか?教えてください!

ーー

鈴置さんが自ら断った可能性も3割くらいはあると思う。

もう自分がすべき仕事は終わったと思ったのかもしれないよ。

事が起これば後は国民1人1人が動くだけだからな。

ーー

確かに・・・。

警告する時期はもう終わった気がします。

1919派は、今年は建国100周年なので、絶対に何かを仕掛けてくると思います!

ーー

そして韓国経済の寿命については、3月頃には何らかの危機的状況に陥る可能性が噂されているね。

米中貿易戦争の第2ラウンドが始まるからな。

三菱重工の差し押さえも始まれば日本企業の撤退も加速する。

ーー

その2つが念頭にあるんだと思います!

鈴置コラム最後の結びの言葉に、その深刻さが表れているんだとボクも思いました!

ーー

日本も巻き込まれるというより、日本が明確なターゲットになるというのが俺の”想像”なんだがな。

決して他人事ではないというレベルじゃなくて、主要な登場人物として最大限に警戒せねばならない立場なんだよ。

ここを履き違えてはならないね。

ーー

それが最悪のシナリオですよね・・・何だか現実が想像の通りになってしまうみたいで、とても怖いです。

ーー

まあ覚悟は十分に決めなくてはいけないね。

今回の記事はソウル在住の人からのメール文がメインだけど、これをもってクーデターの可能性はさほど高くないと判断するのは非常に危険なことだよ。

1、なぜレーダー照射事件で今韓国中がパニック状態なのか
2、なぜ韓国海軍参謀はレーダー照射をなかったことにしてるのか

その背景を探りながらあらゆる可能性を考えていかなければならない。

ーー

そういえば、韓国メディアの記事で海軍参謀の発言が曲解されていると言ってましたよね?

どの記事ですか?

ーー

これだ。

叱責という部分が曲解だと思う。

だが記事全体から漂う並々ならない愛国心を感じ取ることこそが重要だ。

海軍トップがレーダー問題の部隊を訪問

対応を叱責? 1/7(月) 20:41配信 聯合ニュース (抜粋)

ーー【東海、ソウル聯合ニュース】

海軍制服組トップの沈勝燮(シム・スンソプ)海軍参謀総長は7日、威嚇的な飛行を行った海上自衛隊の哨戒機に対し煮え切らない対応をとった

として批判を受ける駆逐艦「広開土大王」の所属部隊を訪問し、叱責とも受け止められる発言をした。

ーー(略)

沈氏は「すべての艦艇は作戦を遂行しながら様々な状況を同時に管理することができるよう、能力を備え、作戦の完全性を保障しなければならない」と強調した。

沈氏のこのような発言は「広開土大王」が海自の哨戒機の威嚇飛行に対し、適切な対応をしなかったとの批判を意識したものと受け止められる。(後略)

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190107-00000059-yonh-kr

ーー

日本海とせず東海な、これが韓国なんだよ。

参謀の発言は自衛隊の威嚇飛行について適切な対応を取れという叱責だという曲解をしている。

だが海軍は実際にはレーダー照射をしており、必要に応じて”少しも躊躇せず断固として対応”せよと述べている。

これは撃墜を意識した言葉だと誰でも感じることができるね。

ーー

聯合ニュースがウソをついてるんですよね?

ーー

ウソというか曲解だな。

聯合ニュースと韓国海軍はどちらも愛国心を発揮してるんだが、その愛国心の方向性が異なることを明確に意識しなければならない。

これが見分けられるようになれば韓国が今後何を仕掛けてくるかも自ずと分かるだろう。

もう時間があまりない。

鈴置さんのコラムが終了したことを重く受け止め、もう有事に突入することを視野に入れて最大限の準備と覚悟をしてほしい。

日本国民全体へのメッセージだ。

ーー

日本の皆さん、1919派は手ごわいです!油断すれば負けるかもしれません!しっかりと有事に備えましょう!

2019年1月12日 (土)

日本の再興・再建は、日本人が公の精神を取り戻すことである

ーー以下「宮崎正弘ブログ読者の声(稲村正治)」より抜粋編集

韓国駆逐艦が自衛隊哨戒機に火器管制レーダーを照射しました。

その国際法違反を日本に指摘されると、韓国側はそんな事実はない、日本の哨戒機が低空飛行で韓国艦を威嚇したという捏造画像を世界中にばらまいた。

そして加害国(韓国)が、逆に被害国(日本)に対して謝罪を要求したのです。

ーー

こうした一連の行為は、石平氏が、「宗族と械闘(かいとう)」の中で説明している「宗族」の内容そのものです。

つまり支那・朝鮮人は精神構造が全く同じだということになります。

ーー

他民族に支配され続けた支那人民(宗族)と、支那の傀儡に支配され続けた朝鮮人民とが同じ性質を持つことは、むしろ必然といえましょう。

ーー

石平氏は「宗族」について次のように説明している。

「宗族」は、その一員が犯罪を犯した場合、事実に関係なく、どんな手を使っても全力でその一員を守ろうとする、と。

まさに今回の韓国の行動そのものですね!

ーー

利己心(即自)のみで客観性(対自)が全くない、と云えると思います。

支那・朝鮮人の認識に、客観性(対自)が全くない原因は何か?

それは、国が公的な存在であると認識されたことがなかったことに起因するのです。

具体的には、支那・南北朝鮮では、公(こう、おおやけ)が成立しないということになります。

ーー

公の概念がないと、法も生まれない。

支那・朝鮮人民にとっての法は、支配者が人民を支配するために勝手に決めたものであるという認識になる。

結果、支那・朝鮮人は、法があっても守ろうとしないので法治が成り立たない。

ーー

逆に支那・朝鮮人が権力を握ると、自分たちに都合の良い法を定めて他者を支配しようとしてしまう。

それでは法に対する信頼など全く生まれないことになる。

ーー

そして、もう一つ大事なことは、客観的な事実(真理)を追求し記述するという学問が生まれないことだ。

支那・朝鮮人は客観的な事実(真理)を追求し記述するという学問的体験を持たない。

1、個人的感情に左右されない客観的真理に対する憧憬がない。

2、それを無視すると現実から手痛いしっぺ返しを喰らうという畏怖もない。

したがって、学問は作るより盗んだ方が早い、となる。

ーー

だから支那・朝鮮人は、公の場では事実のみが対象であることが理解できないので、堂々と嘘を吐く。

売春婦を慰安婦だと主張してその像や、南京虐殺をでっちあげてその記念館を作ったりする。

事実を無視して、自分側に都合のよい話をでっちあげ、それを・みんなに信じ込ませた方が勝ちだ、と考え実行するのです。

ーー

世界の中で、日本以外の国々は、その言語構造にもある通り、支那・南北朝鮮と同様、基本的に利己的な精神構造を持っています。

が、欧米は、学問をするという、それなりに公的(事実の記述)な行為をすることで、大人になることができました。

ーー

しかし、その西洋の憲法のはじまりは、公的と云えるような代物ではなかった。

国を私物化しようする国王と、それを阻止したい貴族の利己の妥協の産物でしかありませんでした。

したがって、それはまだ石平氏の説く支那における「械闘」とさほど変わるものではなかった。

ーー

その「械闘」」というのは、宗族間の争いのことです。

そこには、互いに皆殺しにならないように、規制がなされていた。

械闘の時・女たちは、戦う男たちに、食事を作り食べさせてから、送り出したという。

ーー

欧米において、王の持ち物(私物)だった国が、何とか公的な国の体裁を持つようになったのは、国民国ができてからのようです。

その時、国が私物ではないと、形式上はっきりと国と個人とが切り離された。

それでも、権力を握ると私物化しようとする輩は後を絶ちませんが・・・

ーー

その原因は、二つあります。

一つは、マルクスが、ヘーゲルの観念論哲学を否定し、唯物論だけにしてしまったことにある。

結果として、人類全体の認識において、利己が優位になって公が形骸化されてしまった。

ーー

ヘーゲルは「法の哲学」の中で、国の本質は公の精神であるとした。

そして公の精神を理念とする憲法をつくり国作りをすべきであると。

(その理念の象徴・体現者がすなわち天皇である、ということを述べた)

それがマルクスによってかき消されてしまったのです。

ーー

またヘーゲルは、公の精神を教育されることで、初めて国民になれる、とも述べる。

公の概念がないと、国民も生まれない。

つまり多様な利己は、公との統一があって、はじめて国が認める多様性ある個人となれる。

ですから、「同性婚を認めなかったから賠償金を払え」などというのは、公を無視した主張であり、身勝手な主張というべきです。

ーー

もう一つの原因は、ヘーゲルが完成させた論理学をぶち壊してしまったことです。

ヘーゲルは、「あれかこれか」の論理学から、「あれとこれ」とを統一する論理学(弁証法)を完成させた。

マルクスは、その弁証法もぶっ壊して、「あれかこれか」のもう機能不全状態となっている論理学に引き戻してしまった。

ーー

これによってマルクス主義者は、利己と公を論理的に統一出来なくなってしまった。

(革命のためには公を無視してどのような極悪非道をしても許されると)

つまりマルクス主義国では、公的存在の国と利己的な国民がバラバラのまま、混乱のままに存在することを意味する。

ーー

じつは日本は、人類史上、初めて利己と公の統一を成し遂げている。

日本は、縄文時代から、公と利己との、世界の二重構造を自覚していました。

つまり日本人は、利己ばかりでなく公の認識も、早くから持っていた。

だから、共存共栄の精神が育まれたのです。

ーー

そして、公の精神を国の理念として憲法をつくり、それに基づいて国創りが行われた。

その憲法こそが17条憲法に他なりません。

だから日本人の精神構造は、武士道(公のために死ぬ)に代表されるように、利己と公が一体なのです。

ーー

これはヘーゲルが理想的な人間像として説いた、まさにそれが具現化したものなのです。

ーー

日本はヘーゲルが説いた理想世界を実現して見せた稀有な国なのです。

そして、この日本精神は、敗戦後解体されるまで連綿と続いて、日本の見事な歴史を創ってきたのです。

ですから日本の再興・再建は、日本人が公の精神を取り戻すことであることがわかります。

今回の韓国のレーダー照射問題は、日本の再興・再建の示唆(ヒント)を与えてくれていると思います。           

2019年1月11日 (金)

韓国はもう、奈落の底に堕ちて行くだけと思います

ーー以下「鈴置 高史コラム」より抜粋編集

ソウルにいる私の記事の読者Aさんから、2018年末にメールを貰いました。

以下抜粋引用

・パク・クネ女史は1年9カ月間牢屋に繋がれていますが、ムン・ジェイン氏も遠からず、その後を追うかもしれません。

・都心では保守団体が連日デモをしており、ムン・ジェインはキム・ジョンウンの手先と糾弾し、パク・クネ女史の弾劾無効と復権を叫んでいます。

・ムン・ジェイン支持だった民主労組など左派団体まで経済失政をとりあげ反政府の示威行動(デモ)をしている。

・キム・ジョンウンのソウル訪問を歓迎する集会を開く親北団体があり、これに負けじと保守団体も親米デモをしている。

・しかし警察はデモ鎮圧の責任を追及されるのが怖いので、違法なデモを規制せず傍観しています。

・今の状況は1960年、イ・スンマン(李承晩)政権が学生デモで倒れ、民主党政権が出現した時に酷似しています。

・デモで政権が転がり込んだ民主党政権は、失政の連続と南北和解を唱える左派の蠢動で混乱に陥り、結局パク・チョンヒ少将が革命を起こし軍政を敷いた(開発独裁に移行)。

・現在の状況は当時に酷似してきたのだが、革命を起せるほどの主体はいまのところ見当たらないのです。

・保守は分裂、左派も利権争いで内輪揉め、軍は骨抜きにされ、マスコミも国民から信用されていません。

・いろいろ書きたいことがありますが、物言えば唇寒し、これ以上はやめます。

ーー

これからすると韓国は革命前の状況です。

ーー

2016年11月に始まった「ろうそく集会」が功を奏し翌2017年3月、朴槿恵大統領は弾劾・罷免されました。

左派は「ろうそく革命」ムードに乗って、同年5月の大統領選挙で勝利。

政権を握った左派は「積弊清算」の呼号の下、米国や日本を専門とする外交官を左遷、退職させました。

気にいらない裁判官らも起訴しました。

ーー

一方、公社のトップには学生運動のリーダーを務めた仲間を続々と任命。

左派はわが世の春を謳歌するかと思われました。

しかし左派の中で、文在寅政権の中枢を占める親北派と、労働運動に根を張る非親北派の戦いが勃発したのです。

ーー

後者は「ろうそく革命」の功は街頭に繰り出した自分たちにあると主張、労働者のさらなる権利拡大を要求しています。

しかし、最低賃金の大幅な引き上げにより解雇が多発するなど、左派的な経済政策は大失敗。

政権は労働側の要求をおいそれとは飲めなくなっている。

ーー

保守にとってはチャンスに見えますが、保守は保守で朴槿恵派と反・朴槿恵派に分かれて抗争中です。

「保守の内部抗争を激化させるために、左派政権は朴槿恵を釈放するかもしれない」と語る人もいます。

ーー

国が四分五裂する中で違法デモが日常化し、秩序が急速に破壊された。

そこに北朝鮮が手を突っ込み、親北派を使って米国大使館前での反米デモや、金正恩委員長歓迎集会を開かせる。

韓国は自らを制御できなくなっています。

ーー

保守メディアは時々、秩序の崩壊を嘆く記事を載せます。

しかし左派の人々にとって今は「世直し中」なのです。

彼らにとって保守メディアの警告など、守旧派の「反革命行為」に過ぎません。

一部の保守も保守メディアには冷ややかです。

現在の混乱の原点たる朴槿恵弾劾には保守メディアも加わったからです。

ーー

保守系紙の代表的な存在である朝鮮日報が文在寅政権を批判する。

すると、以下のような非難のコメントが殺到する。

「朝鮮日報は『ろうそく集会に行こう』と書いたではないか」

「まず、この政権を作ったお前から反省せよ」

ーー

一方、左派系紙のハンギョレには、「北朝鮮の使い走りの文在寅を称賛する売国奴新聞」といった罵倒するコメントが殺到しているのです。

ーー

韓国ではメディアは合意を作るのではなく、対立に火を注ぐ装置なのです。

左派系紙は左派政権の、保守系紙は保守政権の失政を批判しない。

すると左派と保守の人々が持つ現実認識には極めて大きな隔たりができる。

両者の間では「事実」に基づいた議論ができなくなっている。

ーー

自衛隊哨戒機へのレーダー照射事件でも、それが露わになりました。

ーー

韓国国防部に詰める記者たちは、自国政府発表に疑問を持っています。

12月21日、国防部は記者の携帯に文字メッセージを送り事件に関し説明した。

そこには「レーダーを使った」と書いてあった。

ーー

そこで21日から22日にかけ、韓国メディアは「火器管制レーダーも使ったが、北朝鮮の漁船を救助するためだった」と報じた。

ところが韓国での報道を見た日本の防衛省が22日「火器管制レーダーは捜索には使わないものだ」と国防部の嘘を暴いた。

NHKは「レーダー照射は一定時間続いた」と報じ、意図的に哨戒機を狙ったと指摘。

ーー

すると24日に国防部は一転、主張を変えた。

「追跡(火器管制)レーダーからは一切電波を出さなかった」と。

韓国記者は、国防部の発表を疑うようになった。

ーー

24日の会見で国防部は「日本機が異例の低空飛行をした、我々が被害者だ」と言い始めた。

27日の会見で記者は、国防部に「低空飛行したという日本の哨戒機になぜ無線交信を試みなかったのか」と質問した。

この質問に対し国防部の副報道官は「今、答えるのは適切ではない」とはぐらかした。

記者は国防部への疑いを深めたはずです。

ーー

12月28日防衛省が動画を公開しました。

それを見た、韓国記者はますます国防部の発表を疑うようになりました。

当初、韓国軍が主張していた「漁船の捜索のためのレーダー使用」が真っ赤な嘘だった。

ーー

自衛隊機が撮影した映像では、駆逐艦から目視できるところに漁船がいた。

ほぼ同時に自衛隊の哨戒機の機内で「照準された」ことを示す警報音が鳴り響いた。

「漁船を探すためにレーダーを照射していた」という説明は全くの嘘だった。

ーー

1なぜ、レーダー使用の目的を漁船捜索と偽ったのか 
2なぜ、火器管制レーダーを使ったとの説明を翻したのか 
3なぜ、低空飛行した自衛隊機に無線を使わなかったのか

韓国メディアは、これらについて一切報じていません。

ーー

韓国メディアは以下を大書するだけなのです。

「低空飛行で威嚇された韓国こそが被害者である」

「一方的に画像を発表した日本が悪い」

国防部の発表つまり、「大本営発表」ばかりなのです。

ーー

これでは国民が「傲慢な日本」と「弱腰の国防部」に怒り出すのも無理はありません。

青瓦台(大統領府)のサイトには「レーダー映像公開…! 日本は同盟か…!主敵か…!」(1月3日)という見出しの投稿が載りました。

骨子は以下です。

「誇らしい大韓のイージス艦は今後、日本の哨戒機が接近したら直ちに撃墜すべきだ」

「(日本は)同盟国になることがない最悪の主敵だ」

「今、日本は軍事力を膨張させている」

「韓国は、非核化を叫んでいる場合ではない、核武器と水爆を自ら開発、配備せねばならない」

こんな国民の声が青瓦台に届き、それへの反応も「いいね!」ばかりですから国防部も日本に強腰に出ざるを得ない。

ーー

1月2日に日本に謝罪を要求したうえ、4日には「反論映像」も公開しました。

こうした国防部に対し、韓国メディアは会見で「なぜ半月後の今になって謝罪を要求したのか」と対応の鈍さを追及するに至った(1月3日)。

事実の追求は放っておいて世論を煽り続けている。

ーー

メディアが事実を報道しようとしないことが、レーダー照射問題をはじめ、内政、外交のありとあらゆる面で韓国を苦境に落とし込んでいるのです。

ーー

なぜそうなるのか。

「日本の言い分が正しそうだな」と記者が思って、事実はこうだと思うと書けば「売国奴」と非難される。

それで「事実」を報じないで、徹底的に韓国に都合の良いように報じることになります。

ーー

「無明」というペンネームを使う韓国人ブロガーがいます。

日本の自民党の内幕や日韓関係に極めて詳しいことから、日本を長らく担当した外交官OBと見られています。

無明氏は12月29日、韓国語で、「日本の防衛省、韓国のレーダー照射問題に対する証拠動画公開2」を書いている。

そこで、韓国の世論形成のあり方に警鐘を鳴らしました。

ーー

以下要点

・国防部は、最初はすべてのレーダーを使っていたと言い、後になって火器管制レーダーは使用しなかったと言葉を変え、さらに翌日には使ったが照準は当てなかったと嘘をつく。

・変え続ける発言を信じるのなら、それはあなたが詐欺師に簡単にだまされる脳の構造を持っているとの証拠にほかならない。

・韓国人なら詐欺や嘘と知っていても無条件に韓国をかばう必要がある、などととんでもないことを言うのなら、あなたは独裁者の言いなりになっている人間のゴミだ。

ーー

身びいきのあまり真実から目をそらしたい国民。

それに応じ、いい加減な情報しか流さないメディア。

こんな韓国社会に対する絶望感がこの記事を書かせたのでしょう。

ーー

無明氏が1月4日に載せた「韓国、レーザー照射問題に関する反駁動画公開」(韓国語)という記事は以下の文章で結ばれています。

(編集部注:原文のまま掲載)

「朝鮮王朝が滅びた時がそうだったように、韓国の支配層が嘘を言い張ると、被支配層の韓国の豚どもは常に騙されてきた」

「扇動しておけば365日、騙される韓国の豚どもに人間の知性はないのだ」

ーー

「世の中がよく見えている」韓国人は今、絶望に陥っています。

米国からは同盟を打ち切られそうになっている。

それは韓国が米国を裏切って北朝鮮の核武装に協力しているからです。

ーー

そこに起きたレーダー照射事件。

日韓関係は悪化する一方で修復のメドがたちません。

左派政権の「反日」は「反米」の伏線です。

米国との同盟はさらに危くなるでしょう。

ーー

問題は米国との関係に留まりません。

人権蹂躙国家の北朝鮮とスクラムを組んで、その核武装を幇助する文在寅政権の異様さが世界に知れ渡りました。

北朝鮮だけではなく韓国も「危ない国家」と認定され始めたのです。

ーー

周辺国家と世界はテロ国家たる北朝鮮の核武装を全力で阻止するでしょう。

だから、文在寅政権の狙う「民族の核」の実現は容易ではない。

仮に成功してもそれはあくまで北朝鮮の核。

韓国が核を持つ北の支配下に入るのは確実です。

それに普通の韓国人が耐えられるとは思えません。

ーー

国が危機にあるというのに指導層は権力闘争に没頭する。

国民は政府やメディアに扇動され、「積幣清算」や「反日」に浮かれる。

国が奈落の底に堕ちて行くのに、見動きがとれないのです。

ーー

1960年に李承晩政権がデモで倒れた後の混乱は翌1961年、反共を掲げる軍人の武力革命(クーデター)により収拾されました。  

私は1987年から5年間ソウルに住みましたが、当時を知る韓国人の中には「クーデターが起きなかったら韓国は北朝鮮に吸収されていた」と説明する人がかなりいました。

クーデター自体には賛成しないが、北朝鮮の一部となるよりはましだった、というのです。

もちろん「あのクーデターによって成立した軍事政権が韓国の民主主義を破壊した」と言う人もいました。

ーー

今回はクーデターは起きないと、多くの韓国人が言います。

軍人もサラリーマン化して、もはやクーデターを起こす根性はない、との理由です。

今回は良かれ悪しかれ「出口」はないのです。

ーー

自分たちを、集団自殺するとされるレミングに例える韓国人が出てきました。

その1人が趙甲済(チョ・カプチェ)ドットコムの金泌材(キム・ピルジェ)記者です。

「『レミング効果』に見る『韓国人の群衆心理』」(2016年11月16日、韓国語)は「ろうそく集会」が始まった頃に書かれた記事です。

書かれた時点では朴槿恵大統領が弾劾されることまで想像した人はあまりいませんでした。

それによる左派政権登場と、米韓同盟の危機を予想した人も少なかった。

ーー

しかし金泌材記者は韓国人の扇動に弱い体質を指摘し、国が危くなると当時から警鐘を鳴らしていたのです。

ーー

この段階に至っては手遅れと思います。

北朝鮮との共闘路線を修正するのは難しい。

それが左派政権の存在理由なのですから。

それに米国や日本は「北朝鮮の使い走り」と見なして韓国に対処するようになりました。

ーー

米国は今、韓国との「思いやり予算」交渉でいつになく強硬です。

米国の専門家は在韓米軍の削減・撤収まで公言し始めました。

いざとなれば韓国との同盟をやめてもいいのだ、との合意が米政界に広がっているのです。

「レーダー照射事件」で日本が韓国を徹底的に追い詰めているのも「韓国が仮想敵になりつつある」との認識があずかっています。

韓国はもう、奈落の底に堕ちて行くだけと思います。

ーー

2019年の朝鮮半島は劇的な展開が予想されます。

その際、日本も何らかの形で巻き込まれるのは確実です。

覚悟を固める時が来ました。

2019年1月10日 (木)

英ガーディアン紙、中国が海外メディアを悪用しプロパガンダ工作してることを暴露 日本で担っているのは毎日新聞

英ガーディアン紙はいわゆる高級紙である。

朝日新聞とはちがって少しは信頼できるかもしれない。

ーー以下「丁寧語とかブログ」より抜粋編集

【沖縄フェイク追う】まとめサイトの『netgeek』、記事を書いた人への報酬は能力で階級分け 内部資料を琉球新報が入手 https://asahi.5ch.net/test/read.cgi/newsplus/1546828777/

沖縄県知事選でフェイクニュースが多数の若者に影響 → 若者の9割「偽ニュース見てない」 https://hayabusa9.5ch.net/test/read.cgi/news/1546818383/

琉球新報「フェイクニュースは民主主義への攻撃だ」 https://hayabusa9.5ch.net/test/read.cgi/news/1546642389/

↓  ↓  ↓  ↓

【言論誌de真実】「新聞はデマだらけ」言説は、80年代保守論壇ですでに大流行だった https://asahi.5ch.net/test/read.cgi/newsplus/1546782932/

特に、1980年代の『諸君!』『正論』などの保守論壇でその論調が大ブームになっている。

「〇〇はデマ!」と主張する側が実はデマだった、というケースも80年代には存在していたことも分かる。

現状の問題を理解し突破する参考になると思うので、80年代の議論を、皆さんにもご覧になっていただきたい。 (以下、ソースを参照) 2019.01.04 https://gendai.ismedia.jp/articles/-/59231

↓  ↓  ↓  ↓

【毎日新聞】英ガーディアン紙、中国が海外メディアを悪用しプロパガンダ工作してることを暴露 日本で担っているのは毎日新聞★5  https://asahi.5ch.net/test/read.cgi/newsplus/1544939232/

1 名前:ニライカナイφ ★[] 投稿日:2018/12/16(日) 14:47:12.85 ID:CAP_USER9

CatNA (@CatNewsAgency)さんが6:28 午後 on 土, 12月 08, 2018にツイートしました。

中国が海外のメディアを悪用して プロパガンダ工作を行っている実態を暴露する記事。 かなり長いが、興味深い。

https://twitter.com/CatNewsAgency/status/1071335648559132672?s=03

ーー

CatNA (@CatNewsAgency)さんが6:28 午後 on 土, 12月 08, 2018にツイートしました。

中国国営メディアは、海外の30以上の大手メディアと提携し、 “China Watch”というプロパガンダまがいの記事を報じさせている。

こうした手法を“borrowed boats借り船”という。

日本国内でこれを担っているのが毎日新聞。

毎日の発行部数が660万部というのは多すぎだが、 それでも他国の新聞より多い。

https://twitter.com/CatNewsAgency/status/1071335650119438341?s=03 Inside China's audacious global propaganda campaign | News | The Guardian https://www.theguardian.com/news/2018/dec/07/china-plan-for-global-media-dominance-propaganda-xi-jinping

2019年1月 9日 (水)

支那人というのは、なんとも扱いづらい人たちであることだけは確かだ

ーー以下「宮崎正弘ブログ樋泉克夫コラム」より抜粋編集

諸橋徹次『遊支雜筆』(目黒書店 昭和13年)より

「支那有史三千年を通じて考へてみますと、常に治平の時代は少くして戰亂の時代が多いのである」

「(そこで)戰亂に對して耐え忍ぶといふ幅の廣さ(が発揮される)」

「彼等(支那人)は如何なる戰火の中に叩かれても、尚且つ自ら自己生存の道を求め得る」

「洵(まこと)に支那民族の不死身の性格として恐るべき所である」

ーー

そして諸橋氏は、古典の『六韜三略』を持ち出す。

「征服せられた國民が征服した國民を更に征服し返す」

その方法を記した書物だ。

その柱となる方法は以下のようなものだという。

ーー

「己を征服したものに、驕りの心を起こさしむることが一つ」

「或は征服したものに淫藥を與へて其の志を倦ましむることが一つ」

「之には婦人を用ひ、或は酒を用ひ、或は貨(か、金銭)を用ひ(る)」

ーー

「或は更に征服した國家の重臣の間を分離せしめ、お互に相嫉(うらや)ましむることが一つ(である)」

この奸計を「文伐」と呼ぶ。

ーー

漢代の賈誼(かぎ、人名)は「五餌」と表現している。

一(目)は美しい着物、美しい乘物を與(与)へる。
二(口)は御馳走、珍味を與へる。
三(耳)は音樂、婦人を與へる。
四(腹)は高い家、美しい建築を與へる。
五(心)官職を與へる。

と。

ーー

「(これらは)常に支那に於ては夷に征服せられた場合の報復策として用ひられ試みられたものでありませう」

これが文化の低い異民族に征服された時、征服せられながら征服するという方法ということになる。

支配された風を装いながら支配する、ともいうらしい。

ーー

「今後支那よりも更に文化の高いものが支那に臨んだと假定した時、果して此の方法が成功するかどうか」

「よもやそんな兒供騙(こどもだま)しの政策に載せられ(はしないだろう)」

ーー

だが支那人は不死身である。

「此の國が直ちに民族的に衰滅の一路を辿るものであるとはどうしても速斷し得ない」

「支那は一方に於ては常に破れた國の姿を取つては居る」

「(その一方で)又常に興り掛つて居る」

これが「實は支那の実相」である。

ーー

「支那人には世界に類を見ない人口繁殖力(がある)」

「不死身の生存力」に「此の繁殖力」、彼らの未来など、「私などの僅(わずか)の智識では判斷出來」ない。

ーー

「支那人は決して單純には解し得ない」

彼らがどんなことを言おうとも信用できない、信用してはいけないということになる。

支那人というのは、信用を重んじる近代社会では、なんとも扱いづらい人たちなのである。

少なくとも、オトモダチにだけはなりたくない。

2019年1月 8日 (火)

彼らは宗族の論理によって突き動かされている

ーー以下「宮崎正弘ブログ書評」より抜粋編集

石平『支那人の善と悪はなぜ逆さまか 宗族と一族イズム』(産経新聞出版)

石平氏の現在の国籍は日本である。

しかしこの支那人論は、石平氏がもともと支那人であるゆえに書けたものと思われる。

ーー

論語の仁・義・礼・智・信の価値を認め身に着けようと努めた日本人は、支那人はそれらを体得していると思い込んだ。

ところが実際の支那人に接してみると、彼らは平然と嘘をついて人を陥れ、自分の利益のためには贈賄、女・妻の提供、人殺しなど何でもする。

つまり彼らは五徳の欠片(かけら)も持っていなかったのだ。

ーー

そんな支那人を日本人はどのように理解し、扱えばよいのかについての示唆(ヒント)をこの書は提供してくれる。

例えば、支那人にとっては「戦争も腐敗も善となる」という。

これは、法の支配、公的な正義を信じる日本人には、とても理解しがたい。

ーー

シンガポールは、支那移民(華僑)がマレーシアから引き離して独立させた人口国家だ。

今ではトランプ vs 金正恩の米朝首脳会談やらシャングリラ対話の開催地となり、日本人には「国際都市」の印象が持たれている。

しかし、この支那移民(華僑)の都市になぜかチャイナタウンがあるのだ。

「チャイナタウン in チャイナタウン」である。

ーー

シンガポールの下町を歩くと通りの名前が、金門通り、寧波通りなどとされている。

つまり支那人らは出身地別に居住区が異なっていることがわかる。

ーー

広東省の省都・広州市のど真ん中に観光名所「陳氏書院」がある。

立派なお屋敷跡である。

実はこの陳氏書院とは陳氏宗廟なのである。

ーー

ミャンマーの下町にも宏大なチャイナタウンが拡がっている。

横丁を丁寧に歩いてみると、ある、ある。

李氏宗家とか、黄氏宗廟とか、一族の名前が建物の入り口に冠されているのだ。

ーー

古都マンダレーへ行くと雲南会館とか、四川友好会館とかの立派な建物があちこちに目に飛びこんでくる。

そして支那のいたるところに、宗廟があって、世界中に散った一族が集まる習慣がいまも残っている。

これが、宗族、日本人に分かりやすく言えば、「一族主義(イズム)」である。

ーー

「支那人にとって、一族の利益、一族の繁栄はすべてであり、至高の価値である」

「それを守るためにはどんな悪事でも平気で働く」

「それを邪魔する者なら誰でも平気で殺してしまう」

「一族にとっては天下国家も公的権力もすべてが利用すべき道具であり、社会と人民は所詮、一族の繁栄のために収奪の対象でしかない」(p131)

ーー

支那人らは、「一族の究極の利己(エゴ)」を追い求める。

一族の誰かが権力を握れば、それに群がり、もし失脚すれば、一族全員がその道連れとなって破滅する。

ーー

習近平と王岐山一族が、いま何をやっているか、なぜそうするのか。

彼らは宗族の論理によって突き動かされているのだ。

正に一族だけの利権を追求し、一族だけが繁栄を究めるために動いている。

ーー

石平氏の結論はこうだ。

ーー

「支那共産党が『宗族』を殲滅したのではなく、むしろ、宗族の行動原理は生き残った上で、党の支那共産党政権自身を支配する」

「支那における宗族制度の原理の生命力はそれほど堅忍不抜なものであり、宗族は永遠不滅なのだ」(p185)

この原理は世界に散った支那移民の世界にいまも生きている。  

ーー

支那人が日本人の感性や規範、道徳、しきたりとまったく異なる伝統を保持していることがこの一冊で了解できる。

日本人が論語等の支那の書物をいくら読んでも到底解明できなかった事実である。

日本人支那研究家も中には、「宗族」のことに言及していたが、まさか「宗族」を守るために人殺しや売国まで平気でするとは言っていない。

この本によってようやく日本人は、支那人の行動原理の一つを、手にすることができたといえよう。

«全く異なる価値観であることが判っている韓国相手には 大人の対応など100%無意味なのです

2019年1月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31