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2017年4月23日 (日)

ところが、実際の日本人はあまりにも強い、強すぎる

ーー以下「ねずブログ」より抜粋編集qazx

1268年太宰府にフビライの書簡を持参した高麗人使者が来ます。
当時太宰府は、外国使節が初めに訪れる場所でした。
その書簡には2年前の年号で「元の柵封下に入れ」と記されていた。

元の属国であった高麗は、「書簡を日本に届けよ」というフビライの命令を2年も先送りしていた。

早速書簡は、幕府を通して朝廷に届けられます。

ーー

ここで、これまたいかにも日本らしい国内事情が生まれます。
朝廷は、すでに鎌倉将軍に夷狄を討つ(征夷)役割を与えている。
したがって、幕府に「侵略者を征伐せよ」と命じることは「できない」。

ーー

シラス(統治)は、幕府が決断し、朝廷の決裁を得て実行する仕組みです。

もし朝廷が決断し幕府を動かせば、そのあと発生する恩賞の支払いは、朝廷が行うことになります。

しかし、経済を動かしているのは幕府であり、朝廷には恩賞を支払う能力が無い。

ーー

将軍は、「恩賞等の責任は幕府が負うので征伐を許可してほしい」と朝廷に裁可を仰ぐ。

朝廷は、幕府に征伐の許可を与え、神社仏閣に外敵退散の祈祷をするのです。

ーー

このときの将軍は、第7代の惟康親王です。

しかし幕府の実権は北条氏が握っており、将軍はただの「お飾り」でしかありません。

ですから一切の判断は、執権の北条時宗に任せるしかありません。

ところがその北条時宗は、執権職を譲ってもらったばかりの18歳の若者です。

地位は得ましたが、まだ、幕府内をまとめているわけではありません。

ーー

夷狄征伐には、莫大な費用が掛かる。
戦死傷者への保障も発生します。
それをどうするかがなかなか結論が出せない。

あらかじめ保証の費用を考える。
実に日本的な、事情が生まれた。
そのために返事が遅れる。

フビライは、何度も高麗に使者を日本に派遣するよう命じています。

それは高麗の忠烈王(ちゅうれつおう)から、日本が黄金の国であると聞いていたからでした。

侵略征服すれば莫大な黄金を得ることができる。

ーー

朝廷の意思は明白で外国の言いなりにはならない、ということです。

それで「敵国調伏」の加持祈祷を行っている。

では具体的にどうするのか。

主戦派、穏健派に分かれて具体策がまとまらない。

ーー

一方、フビライは、高麗王(朝鮮人?)は、アテにはならない、支那人の方がマシ、と考えた。

四度目(日本には二度目)の使者として支那人の趙良弼の派遣を決定しました。

同時にフビライは、高麗に6千人の兵を送りこみます。

これは要するに、高麗王が信用出来ないと考えたための処置です。

ーー

6千人もの兵を送られた側の高麗は、その兵たちを食べさせるために、土地や人や牛馬を出さなければならず、そのために過酷な徴税が行われたと記録されています。

この6千人の兵のためにすくなくとも、300万人はいたはずの朝鮮の一般庶民が、草や木を食べて飢えをしのぐまで経済的に追い詰められた。

たった6千人の兵を養うだけで、国家規模の経済が追い詰められるなどということは有り得ないことです。

これは税吏たちが、この6千人を理由に、過酷な徴税をして、私腹を肥やしたのでありましょう。

飢饉に備えて領民のために米を備蓄する日本の武士とは違うのです。

ーー

趙良弼たちは、太宰府に着くと「天皇や将軍に会わせないならこの首を取れ」と迫ります。

しかし、朝廷も幕府も相手にしない。

趙良弼は4ヶ月滞在し、いったん高麗に戻り、再来日し、今度は一年間日本に滞在しています。

この滞在の目的は、日本の国力調査で、趙良弼の調査報告をフビライは「大変よくできている」とほめています。

ーー

1274年1月、フビライは高麗に対して日本遠征のための造船を命じます。

高麗はそのための人夫3万5千人と食糧・材料の木材を出すことになりました。

このときも高麗では、庶民の生活が苦しくなり、飢えて死ぬ人も多くいたと記録されています。

高麗は、十ヶ月で大型船三百艘、中型船三百艘、給水用の小型船三百艘、あわせて九百艘の船を作ります。

これは高麗船で、高麗式の外洋の波には耐えられない船でした。

ーー

1274年10月3日、支那兵6千人、高麗兵2万4千人、合計3万の兵を乗せた船が、高麗の合浦を出発。

10月5日には対馬、14日には壱岐に到着して、島民を襲いました。

当時の島民の数は、数千人です。

かなうはずもありません。

対馬・壱岐の人々は殺され、手に穴をあけられ、そこをひもで通して船のへりに鎖のように結ばれて吊るされました。

食料にするための「干し肉」にしていたのです。

ーー

19日、いよいよ蒙古と朝鮮の連合軍が博多湾に集結しました。

そして翌20日には筥崎・赤坂・麁原・百道原・今津などに上陸を開始します。

ーー

凝り性の日本人にとって、弓も矢も、凝りに凝った高級品です。

当然、弓矢を持つのは高級武士だけです。
名入りの高級品です。

敵の雑兵に向けて弓を射るなんてもったいない。

雑兵相手には、小石で充分。
なにせ小石なら、地面にいくらでもあるのです。

ーー

日本の武士が前に出て行って、「やぁやぁ我こそは」とやると、いきなり矢が飛んでくる。

ーー

蒙古や高麗の軍は、戦闘には奴隷を使っていました。

つまり元寇の最前線にいたのは奴隷兵です。

奴隷兵は命なんて関係ありません。
もちろん名乗りをあげるなんて習慣はありません。

粗製の矢を雨あられのように射かけてくる。

ところが所詮は奴隷兵です。
指揮官らしい人物を弓で射殺すと、瞬く間に退散を始める。

ーー

こうして始まった戦いですが、一夜明けてみると、蒙古・高麗連合軍の船が一艘もいない。

湾内を埋め尽くしていた船が一艘も見あたらないのです。

この文永の役についての日本側の記録・八幡愚童記には、「朝になったら敵船も敵兵もきれいさっぱり見あたらなくなったので驚いた」とあります。

つまり、日本側が武器を持って戦いに臨んだので、驚いて帰ったのでありましょう。

弱い者は襲うが、相手が強いとみるや逃げる。

これは、七百年前も、近代の戦時中も現代も何も変わりません。

ーー

高麗王は、「我々朝鮮人は、かつての白村江の戦いで、倭人たちをさんざんに打ち破っている。倭人たちは弱く、こちらが戦いを挑めば、すぐに逃げ出す」と言っていたのです。

ところが、実際の日本人はあまりにも強い、強すぎる。
それで、「話が違うじゃないか」ということになった。

高麗の記録「東国通鑑」では、夜半に大風雨があって、多くの船が海岸のがけや岩にあたって傷んだと書かれています。

現代の通説では、フビライに、「日本軍が強くて逃げ帰った」とは言えずに、撤退の理由に「大風雨」を捏造して報告したというものです。

ーー

一方日本の執権北条時宗は、蘭渓道隆(禅宗を伝えた宋の坊主)から、

「宋は蒙古を軽く見て、だらだらと交渉している間に侵略され、国をなくしてしまった」と教わり、

無学祖元(蘭渓道隆の後継者)からは

「莫煩悩(ばくぼんのう)」(あれこれ考えずに正しいと思うことをやれ)を教わる。

そして、日本を守るために断固戦う決意を固めています。

ーー

フビライは、「日本軍が強い」とは思っていない。

それで、文永の役の翌1275年4月15日、杜世忠を正使として、日本に降伏を迫る書簡を送り届けます。

「前回は大風雨のため撤退したが、こんどは容赦しない、降伏せよ」という内容です。

ところが「国を守る」と覚悟を決めた北条時宗は、竜の口で、杜世忠一行五名全員の首を刎ねます。

そしてさらし首にしました。

時宗はこれによって、戦う決意を国内に明確に示したのです。

ーー

ところが使者を全員殺してしまったので、元の側にはそれが伝わらなかった。

元は翌1279年6月に、周福を正使とする一行を、再度日本に送り込みます。

ちなみに杜世忠も周福も支那人です。

要するにフビライは、高麗人を信用していない。

ーー

時宗は、この周福一行も、博多で斬り捨てます。
杜世忠と周福が首を刎ねられたことを知ったフビライは怒り、
「日本を討つべし」と決断します。

ーー

しかし戦争勃発や異民族支配には歴史上合理的な理由があった。

ーー

砂漠では、水のある場所に都市が作られ、城塞都市国家となっていました。

城塞都市国家の運営は、旅人の通行税によってなされていたのです。

ですから、旅人たちは、通行税として物品を取られたり、売りつけられたりした。

これが、立ち寄る都市毎に繰り返されるのです。

それゆえ、シルクロードの交易物は、高価なものに成った。

ーー

遊牧民である蒙古は、それら都市国家を支配下に置くことで、通行税を一定にした。

それをシルクロード商人たちは歓迎し支持した。

それ故に、蒙古が、次々と都市国家を制圧することができ、大帝国になることができたのです。

つまり、蒙古は軍事力を背景に公正取引を推進し、そのことが広く受け入れられたから、大きな地域を支配できた。

ーー

蒙古が広大な地域を支配できたのはその支配に公益性があったからでした。

つまり蒙古のシルクロードでの武力行使には正義があった。

ところが日本侵略は高麗王の悪意にそそのかされ黄金を求めてなされた。

正義のかけらもないものでした。

ーー

とは言え、使者を殺されたとなると、フビライも放置出来なくなった。

元は、1281年(弘安四年)に、范文虎を総大将とする、14万の兵を博多に差し向けます。

これに対する日本の武士団は、小者の数まで入れて6万5千人です。

小者を入れての数ですから、武士だけならわずか一万騎です。

なんと武装兵力でいえば、十四倍の大軍を相手に日本の鎌倉武士たちは戦いを挑むことになったのです。

ーー

幕府は文永の役を研究して、あらかじめ元軍の襲来に備えて、長大な防塁を築いていました。

14万で襲来したものの元軍は、長大な防塁に阻まれて、侵攻できない。

日本の武士たちは、夜陰にまぎれ、敵船に乗りこんで火をつけたり、敵兵の首を取るなど果敢に攻めた。

こうして戦線は港内での限局戦となります。

ーー

そして運命の7月1日がやってきました。
旧暦の7月1日は、いまでいう8月中頃です。
この日、北九州方面を、台風が襲いました。
大暴風雨が4千艘の高麗船を破壊してしまった。

ーー

文永の役のとき、無事に帰れた。
それゆえ文永の役の五倍近い戦力もまた高麗船で輸送した。
ただでさえ高麗船は、接合が甘く、水漏れ、浸水する。
そして暴風に易々と破壊されてしまった。

翌2日湾内は、船の残骸と無数の死体で埋め尽くされていた。
当時を記した「八幡愚童記」は、このときの様子を
「死人多く重なりて、島を作るに相似たり」と記しています。

「高麗史」もまた「大風にあい江南軍皆溺死す。屍、潮汐にしたがって浦に入る。浦これがためにふさがり、踏み行くを得たり」と記した。

ーー

高麗史によれば、このとき、生存兵1万9379名です。
士官や将官の死亡率7~8割、一般兵士のそれは8~9割だった。

元の范文虎らは戦意を消失し残った船で元へ引き上げました。
港には、高麗兵士が多数置き去りにされた。
日本武士軍は、高麗兵士におそいかかりました。

戦闘は7月7日まで続きました。

人肉食の習慣のある高麗人を、日本国内に放置することはできません。

捕虜となった数千の兵士はそれぞれの御家人の生け捕り分を記録後、ことごとく首をはねています。

ーー

遺体は博多周辺に葬られ今でも蒙古塚とか首塚と呼ばれ残っています。

日本人は「念仏」で供養までしている。

それが、いまも「踊り念仏」として残っています。

ーー

最近の歴史書では、鎌倉幕府は、弘安の役に対する御家人への恩賞が不十分だった(侵略に対する防衛戦だったために、恩賞の土地が得られなかった)ことから、「鎌倉幕府は、外国からの侵略は防げたが、御家人の生活を守れなかった。このため鎌倉幕府は御家人たちの不満が募り、滅亡した」などと書いています。

ーー

全然違います。

鎌倉幕府の滅亡は、1333年、弘安の役から52年後です。

なるほど幕府は、源氏から足利氏に移るけれど、日本の国体が解体されたわけではありません。

それどころか将軍が交替しただけで、武家政権はその後1867年の大政奉還まで、五百年以上もの間続くのです。

これはつまり元寇によって、武家の信用が増し、武家を施政者として認める風潮が我が国に定着した、ということを示しています。

ーー

文永の役と弘安の役、これは、わずか一万の武家が14万の侵略軍と対峙し、これを打ち破って国土を守ったという事件でした。

つまりこれ以後、武家が国を守る誇り高き志士たちであるという認識を深く日本人の心に刻んだのです。

ーー

さて、元でも高麗でも、その後は、内乱が続いて、元は明に滅ぼされ、高麗は李氏に乗っ取られてしまうのです。

とりわけ李氏朝鮮は、収奪政権としてその後の半島の発展を四百年間もの長きにわたって失わせています。

善意の国日本に学べば栄え、その日本に悪意を持てば滅びるのです。

2017年4月22日 (土)

「自分の正義」のためなら、どんな嘘でも許容されるという人達

ーー以下「ねずブログ、書評」より抜粋編集

森神逍遥著『侘び然(さ)び幽玄のこころ』桜の花出版

副題は─西洋哲学を超える上位意識─である。

「侘(わ)び」とか「然(さ)び」、あるいは「幽玄(ゆうげん)」というのは、日本的な情感を表現する言葉とされています。

これが実に奥行きが深い。

ーーこの書の内容については次のような解説があります。

「侘び然び」については、日本人の精神の支柱と言われながら、日本人の大半がその説明が出来ない。

今「侘び然び」は、絶滅しそうな勢いで、忘れ去られようとしている。

著者は、その「侘び然び」について、真正面から取り組んでいる。

読者は著者から思索へといざなわれ、いま、ここで立ち止まらなければならないと考えるに違いない。

その思索は「日本人とは何か」への一つの答えを提供するはずだ。

日本人の人生を癒やす為に根付いてきたのが「侘び」観なのである。

「侘び」観によって、どのような貧困、物質的に恵まれない状況においても、日本人は、そこに美を感じることができた。

しかも日本人は、四苦八苦する人生に、禅の「本来無一物」を受け入れ「侘び」観を一層深化洗練させた。

無一物が人生の苦悩と悲しみを呑み込んでくれたので日本人は精神性と人格とを高めることができた。

そんな「侘び」観が、天皇から民衆まで日本人すべてに共有され、現代にまで伝えられてきたのである。

神話以来続く日本人の「然(さ)び」を追究する過程は、読者の知的好奇心を刺激してくれるはずだ。

ーー抜粋ここまで

たとえば遠近法がないから日本画は遅れた絵画であり、遠近法で描かれている西洋画は進んだ絵画なのである、と教わったものです。

ところが考えてみると、日本画は意図して遠近法をとらず、様々な位置から物を描こうとしている。

遠近法は、視点が一点に固定されており、一箇所からしか、風景を見ていない。

これに対し日本画では、絵の中で、画家の視点が移動し、見る人に視点を移動することを促す。

そして、その分、幅広い世界を描き出すことができている。

ーー

言ってみれば、西洋画が固定視点型であったのに対し、日本画は自由視点型であった。

だから、日本の絵を見た、西洋の画家たちは、衝撃を受けた。

こんな描き方があったのかと、ゴッホやセザンヌやピカソなど西洋近代画を拓いた人達は、日本画を模写した。

ーー

同じことは、庭園建築にも言うことができます。

西洋庭園、たとえばベルサイユ宮殿の庭園は左右対称に造営されています。

それはそれで美しいのですが、左右対称で最も美しく見える場所というのは、宮殿の玉座の一点だけなのです。

これは、ベルサイユが、どこまでも王のための宮殿であり庭園だ、ということを示しています。

庭園に招かれた人々からではなく、玉座から見たときだけ美しく見えるように造園されているわけです。

ーー

ところが日本庭園では「この一点から」という発想がありません。

それは桂離宮から神社仏閣、あるいはお城や武家屋敷の庭園など、どの庭園であっても同じです。

庭園内の通路のどの位置から見ても、そこが一番美しいと思えるような工夫が凝らしてある。

もっというなら日本庭園は、庭園を「巡りながら」景色だけてなく、風情も楽しむことができるように造園されています。

ーー

ここに西洋と日本の考えかたに大きな違いがあることが分ります。

西洋では、すべては支配者「王」のためのもの。
日本では、すべては「みんな」のためのもの。

という違いです。

その日本人の考え方を「ワビ、サビ、幽玄」で説明できると、著者は書いている。

「ワビ」とは何か、「サビ」とは何か、「幽玄」とは何か、ということを、この本は西洋哲学も比較に加えながら詳しく平易に説明しているのです。

ーー

ーー以下「ねずブログ、書評」より抜粋編集

森神逍遥著『人生は残酷である』桜の花出版

副題は、「実存主義(エリート)の終焉と自然哲学への憧憬」です。

主題は、人間における<自分>と<他者>との関係です。

著者は、生きる意義を「自分だけの正義」に求めてはいけないと説きます。

このことを説明するために著者は、空間とは何か、時間とは何か、意識とは何かといった考察からはじめています。

そして我々の「思考」が、必ずしも、正しい結論を導けていないことを示す。

これが、共産主義者が「自分の正義」を振り回して結局人々を不幸にしたことの原因だとするのです。

ーー

戦後、人々は、自由を求めるあまり、文化や伝統による存在ではない、本来の存在という概念を作り出します。

それを日本語では実存と表記しました。

確かに、例えば日本人は、日本的な習慣や発想を持っていてその中で生活しています。

それは、ある意味で一種の束縛でもある。

そのような束縛を断ち切ったところに、実存があるとサルトルは説明し、広くその説が受け入れられたのです。

ーー

サルトルは、昭和41年(1966)に来日し、彼の実存主義は日本の知識人にも大きな影響を与えたのでした。

それでは、「文化や伝統によらない存在」というのは何か、というと、結局は「自分の正義」つまり「自分の恣意が絶対正しい」ということに成ってしまう。

これでは、社会生活をし、みんなで社会を運営していくことはできない。

自分さえよければ、他はどうなっても構わないとする、そのような考えでは、社会は維持できない。

サルトル以降、日本国内でも、「自分の正義」を主張する、いわゆる「知識人」が現れた。

「自分の正義」のためなら、どんな嘘でも許容されるという人達です。

彼らは、権利は欲するけれど、義務と責任は拒絶する。

著者は、これらの人々の存在は、社会や文明には無用だと言う。

ーー

また著者は、現代の社会問題は、「自分の正義」を主張する人達が引き起こしていると明快に説きます。

このあたりの展開は、実におもしろく、興味深く読むことが出来ました。

2017年4月21日 (金)

こうしてイシスはラーの真の名とともに、偉大なる魔力を手に入れた

1ドル札裏面には、ピラミッドの頂上に目が描かれている。これは古くよりフリーメイソンの印(しるし)であり、米の建国者たちがフリーメイソンであったからだと言われてきたものだ。

この目は、ロングホーン、影絵の狐を作る(親指と中指を合わす)ことでも表現できる。注意してみていると、西洋人が手でこの印をしきりに作っていることが見て取れる。

さてこの目は何を意味しているのか。その謎は古代エジプト神話で解けると、書いている人が居る。しかしもつれた糸のように難解だ。それで、分かりやすいように編集してお目に掛ける。

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バアル幻想
2010-07-04 10:03:19
http://blog.goo.ne.jp/adlum99v3t/e/959d7c67759793d45cb3378283327bdc

ーーーーー編集qazx

オシリスは古代エジプトの優れた王であったが、あるとき館に帰ってみると、木棺にピッタリ入った者には褒美が贈られるという催しを弟のセトが主催していた。オシリスがその棺(ひつぎ)に横たわると、ピッタリで、セトから、そのまましばらく休むように言われ、蓋がかぶせられた。

おかしいと気付いた時には、隙間から鉛が流し込まれ絶命することになった。棺はセトがオシリスの体に合うように作らせたものだったのだ。こうしてオシリスの優れた統治能力を恨むセトと72名の廷臣達とによって、オシリスは謀殺されたのだった。そして棺はナイル川に流されやがてビブロスの宮殿の柱となった。

一方オシリスの妻であり妹でもあるイシスは、魔術師として恐れられていた。オシリス謀殺の一部始終を耳にしたイシスは激怒し、魔術を駆使して柱となっていた棺を探し出し、秘密の場所に移した。だが、それを知ったセトは、執念で棺を探し出し、棺から遺体を取り出して、14の部分に切断してナイル川に捨てた。

棺が無くなっていることに気付いたイシスは、遺体がばらばらにされてナイル川に捨てられたことを聞き出して、多くのパピルス舟を出して、断片を全て探し出す事に成功する。そして、断片を繋ぎ合わせ包帯で巻きミイラとし、魔術を駆使して命を吹き込んだところオシリスは蘇り冥界の王となる。オシリスは王座に座るミイラとして描かれるようになった。

ホルスは、オシリスとイシスの息子であった。セトはホルスの叔父なのだが、父を謀殺し王位を奪った敵であった。やがてホルスとセトは激しく戦い、ホルスは「左目を失ってしまう」。結局ホルスが勝ち、王位を得る。以来、地上を統治する王(ファラオ)はホルスの化身と見なされる。

ホルスHorusは、こうして天空と太陽の神。エジプトの最も偉大な神となった。その右目は太陽を、その左目は月を象徴していた。通常は、隼の頭を持つ男性として表現され、ホルスがセトを撃退したことから、失った左目は魔除けの意味を持つようになり、「療しWadjetウジャトの目」と呼ばれ、古代エジプトでよく見られるシンボルとなった。初期に月の目、また後には神(ラー)の目とも呼ばれた。

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 ゲブ   オシリス
  ∥―― ∥――ホルス
 ヌト    イシス
   
       セト
     
      ネプテュス

かつてイシスは太陽神ラーの血を引くため魔力を持っていたが、人に近い存在だった。エジプトの魔法は、フウと呼ばれる言霊によって行われていた。物事の本質を表現する言葉は、物事を支配する力を持っており、神々の本当の名を口にすれば、神々をも支配できる。そのために神々は本当の名前を隠した。

イシスは、神々の王・太陽神ラーを乗せた、太陽の船がゆききする通り道に立って、船からこぼれ落ちるラーの涎を拾い、土とまぜて毒蛇を作った。ラーの体液から作り上げたこの毒蛇にイシスは魔法で命を与えると、太陽の船めがけて投げつけた。

蛇はラーに噛み付き猛毒を注入した。太陽の船を邪悪な蛇から守るのはセトの役目だが、ラーの体液から作られた蛇は邪悪では無く「神聖な蛇」であり、セトには認識出来なかったのだ。猛毒を注入されたラーは、火のような暑さと氷のよう冷たさが交互に襲ってくるため苦しみもだえたが、誰もこれを癒すことが出来ない。太陽神ラーは、解毒の魔法を持っていなかったのだ。

それでイシスを連れてこさせる。ラーの血を引くイシスは解毒するふりをしながら、「この毒は、あなたの隠された真の名によってしか、癒すことは出来ない」と囁いた。万物の父の真の名を知ることで、万物を支配できる。ラーはいくつもの自分の別名をならべたてながら、真の名は言い渋った。

やがてラーは、毒の苦しみに耐えられなくなり、ついにその真の名をイシスに伝えた。彼女はその名を使い、ラーを解毒。そしてその真の名を、息子ホルスに伝えた。こうしてイシスはラーの真の名とともに、偉大なる魔力を手に入れた。彼女が最強の魔力を持つ神となったのはこの時からだった。

ナイルの氾濫はエジプトに豊穣をもたらした。ナイルの氾濫は、シリウス星によって予測されていたため、シリウス星は、ラーの力の一部を奪ったイシスが星になったものだと伝えられている。

イシスはトートから魔術を学び、オシリスがセトによって殺され、自らも妹ネプテュスや息子ホルスとともに囚われたときには、トートの知謀によって脱出を果たし、生命の秘術を用いてオシリスを蘇生させ冥界の王とした。

アンク十字(輪頭十字、円の下にTの字)は、物質に閉じ込められた状態から脱け出した霊の復活を表しており、また死に対する生の勝利、物質に対する霊の勝利、悪に対する善の勝利を表している。そのアンク十字を片手に持ち、片手は生殖の象徴として自分の乳房を抱くイシスの姿が多く描かれた。

このイシスは、共和政末期にローマへ持ち込まれて信仰され、200年頃にはほぼローマ帝国全域で崇拝された。イシスは「永遠の処女」であり、「処女のまま神(ホルス)を身ごもった」とされ、「天上の聖母」「星の母」「海の母」などさまざまな二つ名を持った。イシスがホルスに授乳する様子などが、聖母子信仰の元になったといわれる。

サイスのイシス神殿の銘文「わが面布を掲ぐる者は語るべからざるものを見るべし」は真理の性格をあらわすものとして、ヨーロッパで好んで引用された。

イシスは献身的な母や妻としての印象が強いが、他の神話的物語では上述したように強力な魔術師的存在として描かれ、父ラーから強引に魔力を奪い取っている。

ーーーーー

バアルは、セム語で「主」を意味する。カナン地域を中心に各所で崇められた嵐と慈雨の神ハッドゥ(hd [haddu]この名は恐らく雷鳴の擬音と考えられる)を、「主」と称えたものだ。

ハッドゥは、「主」バアルと呼ばれ崇められているうちに、もっぱらバアルと呼ばれるようになった。本来、カナン人の高位の神だったが、その信仰は周辺に広まり、旧約の列王記下などにもその名がある。また、エジプト神話にも取り入れられ同じ嵐の神の「セト」と同一視された。

モレク(Molech)は古代の中東で崇拝された神の名で、ユダヤ人は残忍な悪魔として取り扱っており、フェニキアやその植民地カルタゴの最高神バアルをモレクと結びつけたという説もある。さらにギリシアでもバアル(Β?αλ)の名で崇められた。足を前後に開き右手を挙げている独特の姿で表されることが多い。

バアルは旧約の著者達から嫌われており、もともと「バアル・ゼブル」(崇高なる主)と呼ばれていたのを「バアル・ゼブブ」(蝿のバアル)と呼んで嘲笑した。旧約の列王記下では、預言者エリヤがバアルの預言者と争い、神の偉力をもってバアル信者を打ち滅ぼしたことが書かれている。

「バアル・ゼブブ」の呼称が定着し後世にはベールゼブブと呼ばれる悪魔となった。士師記にも記述が見られ、バアルの祭壇を破壊した士師ギデオンはエルバアル(バアルと争う者)と呼ばれた。

新約ではイエスが悪霊の頭(かしら)ベルゼブルの力を借りて悪霊を追い払っているとの嫌疑をかけられている。これに対してイエスは、「悪霊が、 仲間である同じ悪霊と争うはずはない、自分は聖霊によって悪霊を追い出しているのだ」と反論している。

旧約では辛うじて神と呼ばれていたベルゼブルは、この時代には完全に悪魔とされていたのである。バアル崇拝は偶像をともなうものであったため、ユダヤ教とはかなり折り合いが悪かったらしい。預言者エリアやエレミアが、バアル信仰を追放したとの話もある。

ーーーーー

さてここで、ピラミッドの頂上に目が描かれている、1ドル札の裏面を思い出して欲しい。この目は恐らく「ホルスの目」であろう。「ホルスの目」は「古代の叡智」を象徴するものであり、これは、ピラミッドが、「古代の叡智」と関連していることを示している。

そして傍らのスフィンクスがそれを守っていることになる。

「ホルス自身は(ピラミッドの守護者たる)スフィンクスになぞらえられ、そのホルスの失われし左目は、すなわちこれはイシスの持つ叡智を意味するが、しばしばピラミッドのトップストーン(これは心を写す鏡に例えられる)に刻まれる」

スフィンクス(ホルス)はピラミッド(イシスもしくは古代の叡智、隠された神)を守っている。そしてピラミッドの秘密を探る者、開ける者、もしくは脅かす者、隠されたイシスの叡智、ホルスの左目を奪う者としてセトが登場することになる。

ーーーーー

ここで注目すべきは、ホルスをイエス・キリストにイシスを聖母マリアにそして、セトをバアルに置換出来るということである。そしてバアルが自らを表示するハンドサインが、実はロングホーンなのである。

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すなわちややこしい話だが、隠された神バアル=悪神セト=ホルスの目という暗喩もあるのだ。ホルス-左目=イエス、という関係式がそこには含まれる。

ーーーーー

バアルには、嵐の神らしく、お出かけ用の雲を持っていたらしい。自分用の屋敷をたてるとき、建築技師(建築の神)コシャル・ハシスと、こんな会話を交わしている。

「いや、宮殿に窓をつけてはならぬ、窓は必要ない」
するとコシャル・ハシスがまた言うには、
「おお、バアルさま、あなたが雲にのって出かけるためには(なぜならばバアルは雷神ですから)、窓が必要ではありませんか」
するとバアル神が、またも断固として言うには、
「いや、宮殿に窓をつけてはならぬ、窓は必要ない」

-「ヘブライの神話 創造と奇蹟の物語」 矢島文夫-筑摩書房

ーーーーー

(引用者注:宮殿はピラミッド、窓はホルスの目、建築技師はフリーメイソンと当てはめてもらえれば、フリーメイソンの信仰の原型が理解してもらいやすいだろう。バアル=セトが、窓=ホルスの目を嫌う。しかし窓はバアル自身が外に出る=顕現するのに必要なものなのである。隠れた神は表に出たがらない。それを建築技師は出そうとする。)

ーーーーー

新世界秩序を推し進める者達、例えばフリーメイソンは、しばしば自らをキリスト(ホルス)の側にあるものと称している。しかし彼らは左目を失ったままなのだ。すなわち彼らは古代の叡智たる秘儀の真の在処を知らないことになる。だからこそそれを希求し、様々な場所にそのシンボルを配している。

実際に持っていないからこそ、それを表示する必要がある。尋ね人広告と一緒である。これは彼らが古代の叡智たる秘儀を奪おうと狙う者達であり、未だその探索者でしかないことを表す。

ーーーーー

昔スフィンクスは、ピキオン山に座し、旅人を捕らえて「朝は4本足、昼は2本足、夜は3本足。これは何か」という謎を出し、間違った答えをした者を食べていた。答えずに引き返すことは可能だった。しかし、オイディプスに「それは人間だ。人間は赤ん坊の時はハイハイで四つ足、成長して二足、老年で杖をつくから三足だ」と答えられ、岩の台座から、海に身を投げた。

この「スフィンクスの謎」には別の解もある。それは叡智だ。最初は誰のものでもない神の座(4本足)に置かれている。それを見出す人が現れる(2本足)。人は、それを頼りに歩む(3本足)。しかして人は神の叡智を手にするころに絶命する。やがてまた新しい人が、それを見つけ、同じことを繰り返す。

叡智の在処(ありか)は、時間の経過の中で移り変わる。古代の叡智たる秘儀の真の在処については、スフィンクスは、それをじっと見守ってきたことになる。すでに掌中にしている者は誰にも告げない。ただ自分が持っているものを然るべき時然るべき相手にのみ直接委ねる。

受け継ぐのは、自らの右の眼に我が左の眼を写す者、自身のうちに眠る、隠されしホルスの目の真の在処(ありか)に気づける者だけである。そしてスフィンクスはきっとそのような叡智をめぐる人の営みのはかなさを観たはずだ。つまりそれが「ホルスの目」真の叡智に違いあるまい。

2017年4月20日 (木)

NHK解体 ただ単に解体を叫んでいても前に進まない

ーー以下「渡邉哲也ブログ」より抜粋編集

NHK解体 ただ単に解体を叫んでいても前に進まない。報道のみ 娯楽 全面民営化など幾つかの合理化モデルを作り、現状維持と比較させればよいのですね。安くなるなら国民の反発はほぼなく、議論は分轄ベースで進むでしょう。
02-17 15:37

NHK解体民営化 言論の自由との兼ね合いもあり政治家が持ち出すのは難しい。しかし、それを求める民意が強くなり、請願が出されれば国会での議論の対象になる。いつでもできるという前提で考えるべきなのですね。
02-17 15:25

今安倍政権が仕掛けている様々な事象 綺麗に兵法に則っていると思うのです。 https://t.co/BvOrfjLq9P
02-17 15:20

それも https://t.co/1CyqJ2f69i
02-17 15:17

メディアの問題 実は2009年からやっているわけです。少しずつですが動いているのですね。◾︎共同キャンペーン 日本の田植え祭 - 渡邉哲也(旧代表戸締役 )の妄言 https://t.co/Nz9aIEbleo
02-17 15:17

目標を決める 仕組みを徹底的に解明する。弱点を見つける。問題を拡散し周知させてゆく、細かい法改正などで穴を塞ぐ、分断工作で色分けを進めて対立構造を作る。メスを入れる。丁寧に時間を掛けて手間をかければできる。騒いでもあまり変わらない。 https://t.co/sXkN8Cs1Bd
02-17 15:13

ーー以下2009年以来の渡邉哲也氏らによる「日本の田植え祭」運動

ーー皆様、メディア報道のあり方に、疑問を抱いていませんか?

極端な揚げ足取りや人格否定など、下品な報道のあり方に私は疑問を抱いています。
また、恣意的な報道、ミスリードなど情報操作と思われる言動も、さすがに目に余って参りました。

例えば、麻生総理の漢字の読み方に関する報道、総理大臣はアナウンサーではありません。漢字が読めない、又は読み間違うこと、これは、総理大臣としての能力に必要な物なのでしょうか?

日本では、「漢字が読めない、又は読み間違う人間」は、総理大臣になれないのでしょうか?確かに、アナウンサーとしては、失格かも知れません。しかし、総理大臣の仕事は、原稿を正しく読むことではありません。

この国の代表として、国民に自分の言葉で語りかけること、そして国の枠組みを作ること、それが総理に与えられた使命でしょう。

恣意的な言葉狩りをされたら、自分の言葉を失ってしまいます。それはこの国にとって、非常に不幸なことでしょう。言葉狩りとは、人として最低の行為であり、言論の自由と民主主義を根本から否定する行為であります。

日本には、放送に関する審査機構として、放送倫理・番組向上機構(BPO)というものがあります。

安倍総理の時、野放しに近い状態にある放送に関して、規制を強化する動きがありました。
監督する側である総務省が、第三者機関を作り、これを監視しようという動きです。

しかし、メディア側は、言論の自由を盾に強硬に反対し、結果として、メディアの自主規制団体であるBPOの機能を拡充するということで決着しました。

そこで、皆様に提案です。

放送メディアによる偏向報道や人格否定、言葉狩りなどがあった場合、BPOに意見をお送りいただきたいのです。

ちなみに、今年一月にBPOに送られた意見は、1,230件、その中には偏向報道や言葉狩りに関する意見も、多く含まれています。
http://www.bpo.gr.jp/audience/opinion/index.html

この意見の数が、膨大な量になったら、メディア側の団体であるBPOも動かざる得ないでしょう。

ーー諦めたら終わりです。

自分の意見を伝えることが、この国をより良いものにすることでしょう。

BPOとしても、多くの意見が寄せられた場合、対応を迫られることになるでしょう。そして、彼らが対応しなければ、総務省などの規制強化の切っ掛けにもなることでしょう。

非常に嫌らしい言い方をすれば、民衆を諦めさせ、行政による規制をさせない為の組織がBPOです。

総務省も政治家も、民衆の後押しがなければ動けないのが現状です。いまの放送のあり方に問題があると思われた方、意見がある方は、是非、ご自身の意見を、BPOにお送りください。

意見の受付は
http://www.bpo.gr.jp/audience/send/index.html

*意見に関しては、個別の番組名や司会者名、時間など具体的な情報を入れることが重要です。

具体的情報がない場合、処分や指導の対象にはなりづらく、効果が限定されます。

ちなみに、放送法では、放送の目的として、下記の通り規定しています。

(目的)
第1条 この法律は、左に掲げる原則に従つて、放送を公共の福祉に適合するように規律し、その健全な発達を図ることを目的とする。
1.放送が国民に最大限に普及されて、その効用をもたらすことを保障すること。
2.放送の不偏不党、真実及び自律を保障することによつて、放送による表現の自由を確保すること。
3.放送に携わる者の職責を明らかにすることによつて、放送が健全な民主主義の発達に資するようにすること。

もし、この法律に反していると思われた場合、BPOにご通報ください。

http://www.bpo.gr.jp/audience/send/index.html

皆様の一つ一つの大切な意見が、この国の未来を守り、そして、動かすかもしれません。
一人では何も出来ませんが、小さな力が1つになれば、きっとこの国をより良いものに変革できます。

2017年4月19日 (水)

助けず、教えず、関わらず

ーー以下「ねずブログ」より抜粋編集qazx

権力の話です。

旧字の「權」の「雚」は、上の部分がフクロウの目、下の部分が小鳥を意味しています。

つまり「木の小鳥を、フクロウが捕食しようとして、狙っている姿」が、「權」の成り立ちです。

つまり支那・朝鮮人にとっての「權」は、「弱者から奪う」という意味を持ちます。

支那・朝鮮人にとって「権力」は、「弱者から奪う」力を持つことであり、「権力闘争」は、それを現在の権力者から奪い取るといった語感があります。

ーー

日本人は、「權」の文字を輸入するにあたり、「はかり、かり」という大和言葉を当てました。

「はかり」というのは、古代においては、天秤(てんびん)のことです。

つまり、左右の重さの均衡(つりあい)をとることが「権」だというのです。

また「かり」というのは、「仮に、その間を取り持つ」ということです。

正の大納言、権の大納言のように使われます。

今風に言ったら、これは部長と副部長の、副のようなものです。

ーー

つまり日本における権力者の意味は、「力のつり合いを取る者」という語感になります。

たとえば部長という権力者の役目は、本社の意向と、部内、場合によっては客先と話しを付け(つり合いを取る)ることなのです。

こう考えると、日本には、支那・朝鮮にみられる「権力者」(弱者から奪う力を持つ人)はいなかったと気付かされます。

ーー

「権」は、宮司の下に「権宮司(ごんのぐうじ)」という名称や、蔵王権現(仮の姿)のように今も使われています。

ーー

そして幕末に日本では、「Power」の訳語として「権力」が使われるようになります。

すると「宮司、権宮司」と並べると、「権宮司」の方が偉いと誤認されるようになり、権の代わりに「副(そえる)」という字が使われるようになる。

おかげで、いまでは副部長というと、なんだか部長の副えもの、もしくは部長になるための地位の意味になってしまっています。

ーー

さて日本ではもともと「つりあい」をとることを、「権」と言い、つりあいをとる人を「権力者」と言い、つり合いを決めることを「権威」と書いてきたわけです。

ちなみに「威」の訓読みは「のり」、「のり」というのは、条理のことです。

「おどす」とか「おどかす」の意味はそれが転じて生まれた意味です。

ーー

天秤は支点がなければ機能しません。
そして、軸(竿)や左右の載せ皿がなければ、機能しません。
三者が揃って、左右のつり合いを取ることができる。

ーー

日本での「キミ、トミ、タミ」のシラス(統治)関係は、キミが支点で、左右にトミとタミが釣り合っている構図に成ります。

ーー

さて、「人権」もまた、幕末に造られた言葉です。

英語「Human rights」の翻訳です。

Human rights(人に備わった規範)が、「人権」と訳されると、日本人は「人が支え合いながらつり合いをとって生きていく規範」と理解したのです。

日本人は、「人」を、互いに支え合うことと理解してきたからです。

ーー

ところが支那・朝鮮人にとっての、「人」は、両手をだらりと前に垂らして、前かがみになってつられている屍体です。

要するに、食肉用の屍体を指します。

そして「権」は、フクロウによる小鳥の捕食「弱者から奪うこと」です。

つまり支那・朝鮮人の「人権」は、「食肉として人を捕食すること」、つまり、弱者を喰い物にするという語感になってしまうのです。

ーー

いま支那・朝鮮人は、「人権」という言葉を使っていますが、彼らが理解している内容は、日本人のそれとは違っている可能性があるのです。

彼らは常に、「人権を守れ!」「人権が大事だ!」と絶叫します。

日本人は、勝手に「私たちの生きる権利を守ろうとしてくれているありがたい人たち」と思い込みます。

ところが、彼らの、「人権を守れ!」「人権が大事だ!」の意味は、「弱者を俺の喰い物にさせろ!」なのです。

それに騙されて、一緒になって「人権を守れ」と言っている日本人こそ、大間抜けのお人好しということになります。

また彼らにとっての「人権派の弁護士」というのは、俺の稼ぎが欲しいだけの、人を喰い物にする弁護士ということになってしまいます。

ーー

文化の差というのは、おそろしいものです。

この違いを理解しないで、国会で与野党入り乱れて論戦をしても、議論がかみあうはずがありません。

ーー

日本人というのは、「日本に住んでいる」人でも、「日本語が喋れる」人でもないのです。

人と人とが支え合い、譲り合って、みんなが共に繁栄していけるよう、天皇を敬い生きる人です。

(天皇の存在は独裁者の出現を防いでいる)

そのことが理解できて実戦できていれば、それは日本人です。

日本に住んでいなくても、また日本語がわからなくても、彼は日本人なのです。

ーー

支那・朝鮮人と日本人とは、
人種が違う、文化も違う、
「助けず、教えず、関わらず」

日本人は、かれらに関わると、必ず怪我をするのです。

ーー

ーー以下「ttensanブログ」より抜粋編集

共産党の宮本徹(本名:染矢徹。夫婦別姓推進論者)は、国会でこんなことを言っています。

「アメリカが軍事攻撃をやったら、これはまさにですね、おびただしい犠牲を生み出す。大変な事態になるわけであります。総理がやるべきはですね。外交解決のためのイニシアチブを発揮することであって、トランプ大統領に軍事的選択肢は絶対に採ってはならないと説得すべきだということを強く申し上げまして質問を終わります」

ーー

共産党が熱心にアメリカの北朝鮮への軍事攻撃阻止に動いていることが分ります。

ーー

共産党は在日と強い結びつきを持っている。

共産党はこれまで日本国内での破壊活動に、しばき隊や男組を志位るずのボディーガードに使ってきたのです。

もしアメリカが「北に先制攻撃」をすれば、北の現政権は崩壊してしまう。

そうなると日本で在日を使った破壊活動が出来なくなる。

それで、「アメリカが北に先制攻撃をしない」ようにしたい。

ーー

しかし、北は今や原爆と、その運搬手段である弾道弾を開発してしまった。

そして米国本土を攻撃すると米国を名指しで脅しだした。

これまで、北を攻撃することなく、放置してきたことが裏目に出たのです。

ーー

戦争は外交手段の一つです。

覇権国米国が、北の脅威に屈する選択肢はないのです。

つまり、米国の選択肢は、北の核施設を攻撃すること以外ない。

しかし米国の攻撃は、同時に北政権の崩壊を意味する。

共産党は、北政権を維持させ、日本国民を恫喝し続けたいのでしょうがそうはいかない、ということです。

2017年4月18日 (火)

共産支那を封じ込める

ーー以下「宮崎正弘ブログ、書評」より抜粋編集

河添恵子『トランプが中国の夢を終わらせる』(ワニブックス)

河添恵子氏曰く、「トランプ新政権は、反グローバル、反国際金融資本支配の急先鋒ウラジーミル・プーチン大統領のロシアと、相互にメリットをもたらす新たな米露関係を開拓していくはず」だと。

これには「四半世紀の間に接近しすぎた支露関係についても切り離し、支露による軍事的台頭を抑え込む意味も含まれています」。

ーー

北京も、必死に巻き返しをはかっている。

北京は、親支・米メディアに浸透し、議会を工作して有力政治家に献金し、くわえてハリウッドの製作プロダクションなどに買収攻勢をかけたのだった。

ジャッキー・チェンはいまや支那共産党の走狗である。

デカプリオとか、親支俳優を育成し、マドンナとかメリル・ストリープとか、反トランプ運動の先頭にたつ有名人は、支那マネーによって、操作される怖れも出てきている。

他方でハリウッドにはチベット擁護の俳優も多い。リチャード・ギア、ブラッド・ピット、ハリソン・フォードなどは支那に批判的だ。

投票動静と同様にハリウッドも真っ二つになっている。

ーー

米紙特にニューヨークタイムズは、日本をぼろくそに大声で批判しても北京批判の声はかすれるほどに小さい。

支那に対しての「人権」「民主」「法治」を求める声が聞かれなくなった。

もっともトランプも、支那の不公正貿易、為替操作は非難しても、人権抑圧には言及していない。

河添氏は、トランプの長女イバンカの娘が、北京語教育を受けているという事実を伝える。

ーー

そんなことまでは知らなかった。

ーー

オバマ前大統領は任期途中から支那に距離をおくようになったが、その前のクリントン政権は支那とはズブズブの関係だった。

ヒラリー・クリントン女史が、国務省(日本の外務省)を「クリントン商会」に変えて、外交を自分への献金の額で変えたからだ。

そのあくどいほどの集金ぶりはつとに有名である。

ーー

FOXニュースは、選挙中、トランプに味方した例外的なテレビだが、この経営者はルパート・マードックである。

ところが、このマードックの前妻(3番目)ウエンディ・デンは、北京のスパイである。

デンは、支那に生まれ、苦学したとされるが、米国留学のヴィザまで面倒みてくれたアメリカ人夫婦がいた。この夫を寝取り、前妻と離婚させ、ついにアメリカ国籍を取得した。

ついでマードックに色仕掛けで近づき、前妻を追い出して、正妻の座を射止めた。2人は14年間の結婚生活の後、2013年に離婚。

彼女が米国の有力政治家に近づき、はてはロシアのプーチンにも近づくという大活躍をしている。

ーー

副題に「プーチンとの最強タッグが創生する新世界秩序」とある。

トランプ氏は、共産支那を封じ込めるためには、ロシアとの宥和、ロシアを巻き込む必要があるという。

このトランプの世界戦略に共鳴するのがフランスのルペンだ。彼女は3月24日、モスクワへ飛んで、プーチンと面談した。

ほかにも、河添さんは、日本のメディアが殆ど伝えてこなかった地下人脈、舞台裏の暗闘、その背景などを克明に追求している。

そして女史独特の米支関係の未来予測図を描いているが、それは是非買ってお読みください。

2017年4月17日 (月)

「金王朝終焉」の合図は、北朝鮮の核施設への米軍巡航ミサイルの発射である

ーー以下「兵頭二十八(軍学者)氏の小論」より抜粋編集

ちょっとばかり核武装した国がもし米国を核兵器で脅迫すれば、米国はその政体を転覆させる」という現代国際政治史上の前例、教訓が今、創られつつある。

気掛かりなのは、トランプ米大統領が「いま北朝鮮を崩壊させることの意義」をどこまで理解しているかである。

北朝鮮は、第三者を納得させられるような理由なしに米国人を狙って殺害する「国家後援テロ」を実行していない。

それゆえ歴代の米国政権は、朝鮮戦争の休戦以降、北朝鮮をどうすることもできなかった。

ーー

リビアのカダフィ政権が、2011年に転覆させられたのは、彼が核武装を諦めてしまったから、ではない。

2011年の米オバマ政権にとって、アラブ世界の非民主的体制はすべて気に入らない存在だったのである。

その気に入らない政権が、国内動乱で崩壊しそうな兆しが見えた。

その動乱の火にガソリンを注ぎかけてやる外交は、オバマ政権にとっては「安全・安価・有利」で、しかも「快楽」そのものだったのである。

エジプトのムバラク政権もそうである。

彼の場合もまた、米民主党政権内の「快感原則」が優先された。

オバマ政権にとっては、ムバラク政権は単に「非民主的」であり、彼の追放劇を見ることはこの上もない愉悦だったのである。

ーー

第1期オバマ政権の2年目にあたる2010年11月23日、北朝鮮軍が突如、韓国の延坪島を砲撃した。

このときオバマ大統領は、朝鮮半島に米海軍の空母艦隊を向かわせたものの、何の攻撃も命じなかった。

だが、オバマ氏にはその「余裕」が許された。

彼の下には、北朝鮮が数年以内に「核弾頭付きICBM」を持つことなどは到底できやしないと確信に足り得るだけの情報が集まっていたからである。

だが、トランプ氏には、問題の先送りが難しい。

いくらなんでも、あと8年もあれば、初歩的な北朝鮮製のICBMが1基か数基ぐらいできたとしても不思議ではないからだ。

ーー

メガトン級でないキロトン級のICBMが現代の大都市域を数十キロメートルも外れれば、与える損害はあっけないほどに小さい。

だから1950年代の米戦略空軍は、メガトン級の水爆を重さ2トン未満に軽量小型化できる技術的見通しが得られるまでは、ICBMの配備など無意義であるとして当初開発を閑却していた。

ーー

北朝鮮は、出力がメガトン級ながら重さ2トン未満の水爆を持ってはいない。そのような実験も当分できないだろう。

核武装国であるインドやパキスタン、イスラエルですら、そんな高性能の水爆を開発できないのである。

北朝鮮が、出力数キロトンの原爆弾頭を、なんとか全重1トンに抑え、それを載せてかろうじてニューヨークまで届く多段式の弾道ミサイルの先端に、搭載できたものと仮定しよう。

実験試射であれ、実戦攻撃であれ、まず、その大型の弾道ミサイルを垂直に立てて発射しなければならない。

ここで北朝鮮は、解決不可能な難問に直面してしまう。

ーー

「ICBMは中距離弾道弾とは違って巨大であり、おいそれと移動などはさせられない。そんなものが露天発射台に据えられようとした時点でわが偵察衛星は探知ができる。大統領が即座に空襲を命じれば、発射準備が整う前に確実に米軍からのミサイル空襲で爆破できる」

ーー

すでに平壌政府は「米国を核攻撃する」と何度も口先で脅している。いまさらそれは取り消せまい。

そのあとで、たとえ試射用であろうとも、ICBMなどを発射台に据えたなら、米国はそれを即座に先制空爆して発射台ごと破壊する。

そう、米有権者が完全に納得できる「開戦理由」である。ましてトランプ政権ならば、決行は確実だ。

したがって北朝鮮は、露天発射方式ではない方式をなんとか工夫しない限り、米国を攻撃できるICBMを手にする日は永遠にやって来ない。

ーー

それならば「鉄道機動式」とすれば、どうであろうか。ロシアのような広大な国ならば、それは合理的オプションとしても足り得る。

だが、北朝鮮は、狭い上に、既存線路の保線すらまままらなくなっている経済失敗国家である。

既存のレールをミサイル移動用に利用するにしても、新規に専用線を建設するにしても、その作業を米国の偵察衛星から隠すことはできない。

残されている現実的な方法は、天井の非常に高い「横穴トンネル基地」を新たに整備して、山岳中の「垂直坑」からそのミサイルを奇襲的に発射するやり方以外にない。

この大規模な大深度地下工事を米国家偵察局(NRO)のマルチスペクトラム偵察衛星(地下構造物までも見分けることができる)から隠して進めることも、おそらくは難しいだろう。

ーー

北朝鮮からニューヨーク市に届かせるのに必要な弾道弾の飛距離は、ロシアのICBM以上だ。

ロシアよりも遅れた技術しか持っていない北朝鮮は、ICBMの全システムをロシアのように都合よくコンパクトにまとめることはできない。

なかんずく、ICBMの全段を工場で組み立て終えて、燃料が入った状態で横に寝かせることなど北朝鮮には不可能なのである。

高さ30メートルか、それ以上もある縦長楕円形の横穴トンネルと、軌条と縦坑と台車の組み合わせでICBMを地下空間から発射する。

これができるようになるまでに、北朝鮮の土工能力ではまず「2年は必要」だろう。

しかし、縦坑が一つだけでは最初から位置固定の硬化地下サイロと同じで、米軍の先制攻撃によって簡単に破壊されてしまう。

垂直坑の生残性を高めるために、縦坑を複数化するとなれば、北朝鮮の工事能力では4年かかるかもしれない。

(硬化地下サイロを複数設ける場合も同じ。米ソのICBM用の強化コンクリートサイロは、1基の工期が2年以上かかったとされている)

ーー

ステルス爆撃機の「B-2」や、ステルス戦闘機「F-22」に空爆させるというオプションは、万が一にもその有人機が墜落したり、乗員が北朝鮮の捕虜になるというリスクが、政権1年目のトランプ氏としては、ほとんど受け入れ難いため、空母からの有人機による爆撃と同様に、選ばれることはないであろう。

すなわち「空母艦隊は派遣してみせるが、北朝鮮空爆は命令しない」という結論である。

だが、もしトランプ氏が2期目も狙うのならば、そして歴史に汚名を残したくなければ、今のうちに「禍根」は断っておかねばならない。

ーー

では、具体的にはどんな方法があるだろうか。

黄海から作戦を決行すれば、北京は、漁船団の「海上民兵」を含めたあらゆる手段でそれに対して各種の妨害を加える。

さもないと北京が軍から激しく詰め寄られてしまうからだ。

日本海側からの作戦も、モスクワが黙って傍観するわけがない。ロシア海・空軍が妨害行動に出てくるであろう。

だからトランプ政権としては、対北朝鮮作戦に空母を使う気なんて最初から全くないだろうとわたしは考えている。

対北鮮の有事において米空母艦隊に何か役目があるとすれば、それは真の攻撃軸から敵の目を逸らしておくための「囮(おとり)」、すなわち「陽動/陽攻」用としてだけだろう。

ーー

しからば、派手な煙幕ではない主力の攻撃手段とは何なのか?

ーー

北京やモスクワからいっさい邪魔をされずに、北朝鮮の核施設とICBM発射台を奇襲的に破壊する手段は、まず「潜水艦から発射する巡航ミサイル」が挙げられる。

ところで、戦例にかんがみれば、巡航ミサイルでは、敵の要人を爆殺することはまずできない。

だからこれまで、アフリカや中東では、「巡航ミサイルは決着性にとぼしい兵器だ」と思われてきた。

巡航ミサイルは、問題をなにも解決しないで、ただ、米政権が自己宣伝して自己満足するだけの道具なのだ。

実際、直近のシリアでも、シリア政府軍の航空機とその掩体壕等は正確に59発のトマホークで破壊されたけれども、基地機能そのものはじきに復活した模様である。

あきらかに、巡航ミサイルだけでは、戦争は決着してはくれない。

ーー

しかし、トランプ政権がひとたび巡航ミサイルによる北鮮攻撃に踏み切れば、おそらく「金正恩体制は崩壊する」。

すなわち、こと、相手が北朝鮮である場合に関してのみ、米国の「巡航ミサイル主義」は、とても正しい。

ーー

その理由を説明しよう。

対地攻撃用の非核弾頭の巡航ミサイル「トマホーク」は、北朝鮮の核関連施設とICBM射場施設を、ほぼ2日のうちにすべて機能停止させるであろう。

(第一波の攻撃終了後、日の出後の偵察衛星写真によって破壊状況を判定して、念を入れて第二波攻撃を加える必要がある。よって1日では片付かぬ)

しかし、それがうまくいっても、北朝鮮軍が機能停止するわけではまったくない。

ーー

朝鮮戦争は法的にはまだ終わっていない休戦状態である。

その結果、どうなるか。米軍と北朝鮮軍は、緩慢な戦闘を再開することになる。

北朝鮮の砲弾は米軍基地には届かない故に、米兵は1人も死なない。

平壌が空爆されない限り、彼我の実力差をよく知る北朝鮮指導部は、韓国内の米軍基地を地対地ミサイルで攻撃することも自粛するはずである。

38度線沿いの北朝鮮軍砲兵部隊による大規模なソウル(京城)市街砲撃は起きない。

なぜなら、そんなマネをすれば、韓国空軍機による平壌爆撃に米国がGOサインを出すと、平壌は知っているからである。

ーー

今日の空軍機が運搬できる爆弾の重量は1回につき数トン。それに対して、射程の長い大砲やロケット弾の充填炸薬は、数十キログラムでしかない。破壊力でも射程でも、比較にはならないのだ。

ーー

念のため注記しておこう。

「北朝鮮空軍」なるものはとっくに存在していない。
燃料が無く、パイロットの訓練ができないからだ。

したがって空軍機による空襲をしたくてもできないので、北朝鮮はやむをえない選択として、大砲やロケット弾や地対地ミサイルにばかり頼っている。

燃料油が無いのに「南進」などできないことも、いまさら説明するまでもない。

短距離弾道弾や、中距離弾道弾は、平壌政府が終戦交渉の切り札として、山の中の横穴トンネルに、最後まで温存しようとするだろう。

もちろん、「核爆弾」もだ。

ーー

北朝鮮内にはロシア兵などの余計な邪魔者は存在しない。

だから米軍は、巡航ミサイルで「目標A」群を破壊したなら、翌日は「目標B」群、その翌日は「目標C」群……と、誰にも気兼ねをすることなく延々と、巡航ミサイルによる攻撃を継続することができる。

北朝鮮国内には、政治犯を強制労働させながら衰弱死に追い込んでいる収容所がたくさんある。

米軍は、巡航ミサイルでそれら施設の看守棟をひとつひとつ破壊すれば、内外に対して、これが「人道戦争」であることを明快に宣伝できるだろう。

ーー

しかもこうしただらだら続く戦闘は、北京に大きな打撃を与える。

米朝が交戦状態となれば、大連工廠の目の前にも常時、米海軍の北鮮沿岸ブロケイド艦隊が蟠踞(ばんきょ)することになる。

(空母は含まないものの海上自衛隊が封鎖活動を支援する可能性は高い)

そうなれば黄海~渤海を利用する、その中でも天津港の物流機能は、大きく制限される。

もちろん、支那漁民の誰もそこで漁労などできない。

これは共産支那に対する米国からの「経済制裁」にも等しい大圧力となる。

ーー

東シナ海は「戦場の後方海域」となるので、世界の船員組合は「だらだら交戦」が終わるまで、同海域への乗務を拒否する。

朝鮮戦争の再開は、自動的に、支那から米国への輸出を激減させる。

トランプ氏は大統領選挙中から、北京の対米貿易政策を非難してきた。

支那貿易が打撃を被ることを、トランプ氏は愉快に思うはずだ。

トランプ氏の初志は、はらかずもこうして貫徹されるわけだ。

ーー

こうなってはいよいよ北京も、金王朝の「転覆工作」を始動させるしかなく、それが、米朝戦争を、早期に「決着」させることになる。

ーー

北京政府の英文政治宣伝サイト『Global Times』に4月11日、共産党軍による北鮮核施設に対する空爆をチラつかせる文章が掲載され、数時間後に削除された。

これは北京として、米軍が北朝鮮の核施設を空爆することについて半ば事前承認していることを強く示唆している。

北朝鮮が、次の核実験、もしくは次の長距離ミサイル発射を試みるときが、トランプ政権が決断するときであろう。

ーー

「金王朝終焉」の合図は、北朝鮮の核施設への米軍巡航ミサイルの発射である。

2017年4月16日 (日)

「劣等感」が全ての鮮人を覆っている

以前から薄々そうでは無いかと考えていたのであるが、「中韓を知りすぎた男」さんがずばり書いておられるので、要約してお目に掛ける。

ーーhttp://kkmyo.blog70.fc2.com/

今日は鮮人の心理状態を分析してみます。

まず結論から申します、「劣等感」が全ての鮮人を覆っていると言えるでしょう。

朝鮮というのは、支那属国中でも最下層の地位でした。勿論、当時清朝支那に朝貢していた琉球よりも低い地位だったのです。

支那の明も清も過酷なまでの朝貢を朝鮮に要求しました。

額としてはたいした事はなかったのでしょうが、朝鮮自体が最貧国であったため、その額は毎年国の税収の15%~25%にまで及んだといわれています。

このような史実を南鮮は、国を挙げて消し去りたかったのでしょう。その気持ちは痛いほどわかります。

実際この歴史的事実は、国民の目には触れないように、国家・マスコミ・学者一体となって現在も隠し続けています。(呉善花)

ーー

「悲惨極まりない支那の属国だった過去」は日本に併合されるまで続きます。

つまり南鮮には世界に誇れる歴史が有りません、歴史の真実を知れば知るほど劣等感にさいなまれるのです。

しかし南鮮は現在、5千年も前から堂々とした近代的な独立国であったと主張しています。

その朝鮮を、日本が武力で強引に併合したと主張し、日本に対しては常に「40年近くも国を奪われ、あらゆる悲しみを嘗めなければならなかった南鮮人の「恨」を理解しろ」と言います。

ところが上述しましたように、彼らの歴史は分っているだけでも、つい最近の千年間、支那の奴隷のような身分にあったのです。

なぜその支那の悲惨な仕打ちに対しては、恨みを抱かないのでしょうか、不思議です。つまり「恨」は作為されたものといえるでしょう。

ーー

併合当時の朝鮮全権大使は、李成玉と言う名前なのですが、彼の言葉を『李完用の心事と日韓和合から』抜粋してみます。

「現在の朝鮮民族の力量を持ってすれば、とても独立国家としての体面をもつことはできない。亡国を救う道は併合しかない。そして併合相手は日本しかない。なぜなら欧米人は朝鮮人を犬か豚のようにしか思っていない。しかし日本は違う、日本人は朝鮮人を導き、世界人類の文明に参加させてくれる。それ以外に我が朝鮮民族が豚の境涯から脱して、人間としての幸福が受けられる道はない」

ーー

この朝鮮全権こそが、「我が朝鮮民族が豚の境涯から脱して、人間としての幸福が受けられる」境遇にしてくれた、朝鮮の歴史上稀有とも言うべき偉大な政治家と言えるでしょう。

ところが、現在の南鮮の教科書は、彼を売国奴の筆頭に上げているのです。

そして、その教科書の中で、日本国に対して「土地の6割を奪い、農作物の4割を奪い、全く近代化をせず、強制徴用ばかりして、何百万人も殺した」と記述しているのです。

このような南鮮の意図的な歴史捏造教育については、例を挙げればきりがありません。

南鮮民全員がこのような日本人を恨むように書かれた教科書で学べば、誰でも日本に対して恨みの心を持ってしまいます。

異常なまでのデタラメを堂々と書いて、デタラメな歴史を教科書に載せて、国民を教育すれば、日本に対して「恨み」を抱くのは、当たり前です。

つまり南鮮民は、「恨の精神」という、単なるひねくれた恨み心を日本に対して抱くように教育され続けているのです。

ーー

しかし史実は、日本は併合中に莫大な投資(日本の税収の約10%)を行い、日本と同じ教育制度と法の仕組みを持ち込み朝鮮を近代化したのです。

呉善花さんは、併合によって「李朝時代よりはずっといい生活状態がもたらされた、日本人が韓国人の生活に土足で踏み入って乱暴狼藉を働くようなことはありませんでした、韓国人はいさぎよく堂々と認めるべきだと思います」と言っています。

それでは、なぜ鮮人は真実を直視できないのか、それは残念ながら、鮮人は、歴史の真実を消し去り妄想の中で生きるしか、誇るべきものが何もないからなのです。

史実を直視できないのは、日本と比較した場合の、どうしようもない鮮人の劣等感のなせる業と言うべきでしょう。

ーー

1948年に米国の意思でnorth Koreaとなってからも、南鮮は日本無しには生きていけなかったという歴史を持っています。

例えば、日韓条約で復興資金と技術移転が無ければ、当時世界の最貧国であった南鮮は、決して先進国の仲間入りは出来なかったでしょう。

1997年アジア通貨危機で、南鮮が債務不履行に陥ったとき。日本は巨額の援助をしました。しかし南鮮民はIMFの援助だけで助かったと思っています、そのIFMの資金も半分が日本のお金です。

こんな事が無数にあり、書いていてもきりがありません。

とりあえず1910年朝鮮併合以来、南鮮は日本無しには生きていけなかった。これらの全ての真実を隠さないと南鮮人の面目が保てないとでも彼らは考えているのでしょう。

ーー

南鮮人の願いは一刻も早く日本を追い越して「どうだ、鮮人はすごいだろう」「鮮人は日本人より優秀だろう」と言いたくてしようがないのです。

ーー

ところが鮮人は、日本人のような、謙虚に学び工夫を加えて自己を高め、やがて相手を凌駕していくという方法は取らないのです。

鮮人たちは、インチキ歴史を作り上げ、妄想の中で日本を下に見て、日本を嘘で攻撃して生きているのです。

日本人にとっては全く進歩しない相手と言え、彼等の妄想をその都度否定していれば、全く恐れるに足らない存在だと言えるでしょう。

ーー

ここで少し南鮮経済について考察してみます。

南鮮では去年から既に投資資金が逃避を始めています、去年は静かに逃避していましたが今年に入り、あからさまに膨大な資金が逃げ始めました。

まさしく危機到来です。

しかし南鮮首脳陣たちは、外貨準備を十分量維持していることを理由に、南鮮経済は大丈夫だと言い続けています。

ところがこの外貨準備高は借金で積み上げたものなのです。

ーー

米格付け機関は「南鮮は安定的な成長を見せている」として南鮮を評価しています。

なぜかと言いますと、米資本が大量に韓国経済に入っているからです。大手財閥や大銀行の約60%強が米資本です。

ここでもっと逃げ出せば、ただちに第二アジア通貨危機になってしまいます。そのときには米投資基金たちの大損になるでしょう。

だから米格付け機関は、南鮮は大丈夫だと言い続けているのです。このことからも米格付け機関など全く信用でき無いことは言うまでもありません。

ーー

ここで思い出すのは、97年の南鮮通貨危機です。

その3日前まで南鮮大統領は、南鮮経済の驚異的な躍進を自慢していました。

しかも南鮮では、一人の専門家も韓国経済の破綻を予想しなかったのです。

外貨準備が底をついて輸入決済が出来なくなるまで、誰も気がつかなかった、楽観的というか、無知というか信じられない国だと言えるでしょう。

ーー

あの時の状況と今の経済状況は似ています。

ただ違うのは、外貨準備がまだ相当あるということです、97年の通貨危機のことを恐れて準備金を積み上げたからです。

しかしその準備金の多くが借金であり、今度はその膨大な借金が、膨大な利払いと借り換え可能かどうかで、首を絞め始めたのです。

南鮮の経済破綻は秒読み段階にあると考えられています。

米投資基金のどこかが南鮮から資金を引き上げれば、それで破綻です。

ーー

世界同時経済不況の中で、もし南鮮が破綻すれば、世界経済に大きな影響を与えるでしょう。

世界経済の動向を見極めないことには、米投資基金も引くに引けないのです。

李明博大統領は、経営者の一人ですから、現在の南鮮の経済状況を少しは、分っているはずです。

ーー

権南鮮大使は怒って帰国するときに『日本は重要なものを失う』と脅して、帰りました。(余りの礼儀知らずに開いた口が閉まりません)

しかし日本は南鮮と縁が切れても失うものは何もありません、逆に南鮮は日本と縁が切れればたちどころに国が崩壊します。

第二次通貨危機が起これば南鮮はIMFと日本にまた泣きつくのでしょうか?

ーー以下comment

2008/08/06(水) 22:40:33|  URL|  kob #-  [編集]

以下は中国人から見た韓国人です。

韓国人必見!!日本人に反省を迫る中国人!! | 時事ニュース
3420290| yamatonews | 2008.07.28 18:20:35
http://www.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=teconomy&nid=3670911

「馬鹿に情けをかけてはいけません。」日本人は韓国人に対し、優しすぎます。

それは日本の為に良くないことです。そして、韓国の為にも良くないです。日本在住の中国人に話を聞きました。

韓国人は、「優しい」と「弱い」の区別が出来ません。また、「強いと」と「悪い」と「正義」の区別も出来ないのです。 

韓国人と付き合うのはとても厄介です。中国人も韓国人とは関わりたくありません。しかし、我慢して付き合わなくてはいけない状況です。

韓国人は「対等」と言う概念を知りません。韓国人社会は個人同士、どちらが優位な位置に居るか?それが、最重要な関心事です。

個人主義の中国人から見ても、異常性を感じる社会です。このような社会で生きる韓国人は、他人に対する思いやりや慈愛の精神は皆無です。

したがって、日本人が普遍的に持っている「平等感」や「対等」と言う気持ちや態度は、韓国人は敗者の態度に見えてしまいます。

中国人は韓国人の軽薄な精神性をよく理解してますが、日本人は韓国人をあまり理解していません。日本人は韓国人が「まともな人間」だと思い、対応しているので、問題が発生するのです。

ーー

中国人から日本人に忠告します。

「韓国人は犬だと思って付き合いなさい」それが韓国人のためでもあります。

謝ってはいけません。筋の通らない理屈を言ったら100倍制裁をしなさい。

感謝の気持ちは、王が家来に褒美を与える様に接しなさい。

正論や理屈は意味がありません。強制と命令で動かしなさい。

裏切りにたいして、温情は絶対にいけません。

実行できない無理な命令を出して、出来ない事を責め続けなさい。

ーー

日本人には、朝鮮人の徹底された世俗性、下劣さが認識しづらいのかもしれません。

日本人は日本人の常識(または日本語)を通して相手を理解する訳ですから、相手が日本の常識の埒外に存在するような場合、相手を正しく理解するのは困難になります。

朝鮮人の徹底された世俗性、下劣さは日本人の常識の埒外にあるのではないか。

誰だって自己の内面を相手に投影して相手を理解することはある。

しかし日本人の常識の埒外に存在する朝鮮人には、自己の内面を投影しては駄目だ。

最初から日本人とは異なる存在として相手を認識しないと。

同じアジア人とかいう言葉は有害だ。

2017年4月15日 (土)

朝鮮の為政者は、いつも負うべきものを放(ほう)り出す

2chでは、毎日のように、鮮人達が、日本人の悪口を書いている。一方の日本人も黙っては居ない。彼らに対しては、黙っていることが、彼らの言い分を認めたことに成るからだ。

それで、小生も時々、反論を加えている。今日も、以前になされていた、文章を引っ張り出してきてお目に掛ける。

2chを彼らが攻撃し、接続不能状態にしたのは、彼らには耳の痛い、このようなことを書かれるからであろう。

ーー

【正論】筑波大学大学院教授・古田博司
国家の正統性確立に苦しむ韓国
2009.12.29 02:44

http://sankei.jp.msn.com/world/korea/091229/kor0912290245000-n1.htm

≪発展の遅れた半島の李朝≫
来年は日韓併合100周年にあたり、韓国の反日運動の盛り上がりが予想され、また日本の一部学者が同調する動きもある。以下、事実を指摘しておきたい。

歴史上の朝鮮は、満州から半島へと廻る回廊の上に立つ、いわば回廊国家であった。

大陸に清国を建てた、第1代ヌルハチと次代ホンタイジの年代記、『満文老档(まんぶんろうとう)』が当時の満州語で残されている。満州軍は清国建国前に朝鮮侵攻を行うが、奉天に集結した軍が朝鮮に南下し、京城を抜くまでにたった2週間しかかからない。半島の東側は険しい山岳だが、西側は何の要害もない野原だからである。もとより守り防ぐことのできない国であった。ゆえに侵略の報が入るや、王は海浜の江華島へと逃げ去った。

満州やモンゴル諸国から見ても、大陸の明朝と半島の李朝は兄弟国であった。明は白蓮(びゃくれん)教徒の明主が建てた国だったので明という。元朝に宗教反乱で立ち向かい、モンゴル人の放漫な紙幣濫発(らんぱつ)政策に対する反省から、当初は反商業的な国家として誕生した。同時期成立の李朝はこれを真似(まね)し、明がそれを捨てて発展していたころ、なおも反商業的であった。

商店も筆屋と鍮器(ちゅうき)屋くらいしかなく、人々は市場と行商人に頼っていた。曲げ物の技術がなく、車輪も樽(たる)もない。物は背負子(しょいこ)に担いで人が運んだ。染料も顔料もないので、民間人は白衣、陶磁器は白磁だった。李朝は、いわば世界が中世期の頃に、古代国家として発生したインカ帝国に近い存在として特筆される。

≪日本の思い出にさいなまれ≫

このような国を植民地とした近代日本から染料が入ると、白衣は柄入りで染められて「倭風」と称され、リヤカーが来ると車がなかったため、ハングルで「クルマ」と呼ばれて今日に至っている。日本植民地時代に朝鮮が年平均で3・7%の経済成長を遂げたことが韓国人研究者の実証研究でわかっており、もはや隠すべくもない。

戦後、朝鮮は南北に分断されたが、韓国は38度線のおかげで史上初めて支那の勢力圏を逃れることができた。三方を海に囲まれ、北方には行けず、いわばこの国は島化したのである。他方、北朝鮮は中国の勢力圏に残りつづけた。

韓国はアメリカによって解放され、北朝鮮は極東ソ連軍の連れてきた傀儡(かいらい)から国が始まる。独力で得た独立ではないため、国家の正統性がない。北朝鮮は金日成が満州で抗日していたので少しはあるが、日本軍が強すぎて朝鮮領内に入ることすらできなかった。北朝鮮は金日成の抗日を誇張し、支那の勢力圏にある現況を表向き否定しなければならなかった。こうして主体思想が生まれる。一方、韓国は日本の思い出にさいなまれ続けることになった。韓国が国の正統性を確立するには、日韓併合条約を無効とし植民地時代を抹殺するか、民主制の成熟しかなかったのだが、後者は流産してしまう。

2009年5月23日、前大統領の盧武鉉氏が自宅の裏山から飛び降り自殺をした。親族の収賄関与容疑で最高検察庁の事情聴取の最中だった。自殺の時点で盧氏は関与を認めたことになり、遺体は司法解剖に付され、親族の収賄の捜査が本格化するはずである。

≪負うべきものを放り出す≫

ところが野党民主党は最高検察庁による不正資金疑惑捜査が盧氏を死に追いやったとして李明博政権を批判し、政府は盧氏を国民葬とすることで盧氏支持者たちの反発をかわした。さらに検事総長を辞任させ、盧氏親族の捜査を打ち切った。遺体の司法解剖もついに行われなかった。これで李明博政権が国策捜査を認めたことになるから、今度は政府批判が始まり、政権は倒れるはずである。ところがこれもそうはならなかった。

このように朝鮮の為政者は、いつも負うべきものを放(ほう)り出すのである。李朝の仁祖は満州軍に民衆を放り出した。1905年、第2次日韓協約の時、高宗は朝鮮の命運を5人の大臣たちに丸投げした。韓国初代大統領の李承晩氏は国民を棄てて亡命し、1997年の金融危機の際、金泳三氏はIMF(国際通貨基金)に国を投げ出した。最後に盧武鉉、李明博両氏が民主主義自体を放り出した。韓国人の意識構造の「恨(ハン)」とは、為政者に放り出された民衆の嘆きから始まるのである。

さて、日韓両政府の支援により2007(平成19)年に始まった「第2期日韓歴史共同研究委員会」がこのほど終了した。筆者は今期から設けられた教科書小グループのチーフだったが、実に虚(むな)しい2年間を過ごした。論争好きな彼らに引きずられテーマ設定に1年間を要し、いざ共同研究が始まると、韓国の委員は4、5冊、多くて10冊の教科書資料しか読んでこなかった。「日本帝国主義」「右翼教科書」などという用語を使い、政争の観点しか持たない彼らを諄々(じゅんじゅん)と諭す以外にはなかったのである。さらに韓国側が名指しで人身攻撃を行っても、日本側委員長はわれわれ委員を守ることがなかった。私は「恨」を感じた。(ふるた ひろし)

ーーーーー

402 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2009/12/30(水) 20:04:03 ID:BxtTg+5e
>>392
朝鮮国家としては1,100年ってとこ

朝鮮人(高麗族、コリョ族)は支那東北部起源の北の蛮族 「楽浪半島、もしくは東シナ半島」の歴史(支那と日本の歴史)

前1000年頃 殷の廷臣、箕氏(支那人)が周の武王から楽浪(半島北部)に封じられる?(周の属国)その後、周の凋落で王を称す?戦国期 編纂されはじめていた地理書「山海経」に「楽浪の南に、燕に朝貢する倭がある」旨、記される。 辰国(半島南部、百越人の国)は倭そのものか?百越人(倭人、弥生人)とは、失われた長江文明の担い手。現在そのDNAは半島、日本、ベトナム以南にしか残されていない。

前195年 秦に滅ぼされた燕からの亡命武将、衛満(支那人)が箕氏楽浪を乗っ取る。 このころから辰国は三韓に分かれはじめる。馬韓(後の百済)は倭人の国。秦韓(辰韓、後の新羅)は始皇帝から逃れてきた秦民(漢族)と倭人の国。弁韓(後の任那)も秦韓に似る。

前108年 中国皇帝の武帝が衛氏を滅ぼし楽浪郡を設置、植民地とする。前37年 東胡を祖とするコリョ族(高麗族)が中国東北部に高句麗(前高麗)を建国。2世紀 遼東太守、公孫度が扶余族(穢族からコリョ族と分岐)の王、尉仇台に嫁を与え馬韓(後の百済) の王とする。先から三韓の王族は全て扶余族となっていた? 倭王も同族? 新羅三王家のふたつに倭出自伝説が残されている。

3世紀初 公孫康 、曹操の許可を得て楽浪郡南部を帯方郡(後の百済)として設置。4世紀 晋の八王の乱の混乱に乗じて、高句麗が楽浪郡を不当占拠。百済、新羅が建国。日本を大国と崇め、人質を送る。任那も併せ三韓は日本の勢力下にあった。7世紀 任那日本府、百済と順に滅亡、遣隋使と合わせて日本は半島から手を引く。新羅、高句麗を征伐。統一新羅は支那の属国となり、独自の名前と年号を捨て、支那式の名前と年号を使い出す。935年 高麗(後高麗)により新羅滅ぼされる。新羅内に雌伏していたコリョ族が国を乗っ取った。

ここまでは、朝鮮人の歴史ではない。

404 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2009/12/30(水) 20:05:26 ID:BxtTg+5e
>>392
朝鮮の歴史は半万年ではなく千百年弱

「朝鮮、属国史」の始まり
918年 高麗建国
10世紀 宋に朝貢、契丹(東胡の末)に朝貢。
12世紀 金(女真族、東胡の末)に朝貢。
13世紀 高麗はモンゴルの属国となる。劣等感から、一然という僧が檀君神話を捏造し、忠烈王がモンゴルに日本侵略を唆す。(コリョ族もモンゴル族も同祖、東胡が匈奴に破れ四散したのは2200年前、ゆえに彼らの歴史も最長2200年)
14世紀 高麗滅亡、李朝建国。李朝は最初から明の冊封国で、国名も支那に決めてもらっていた。
17世紀 清(女真満州族)に服属、三跪九叩頭の礼に甘んじる。
19世紀 日本が日清戦争で清国を破り、属国の李朝は独立させてもらう。(日本の保護国)
1910年 李完用の要請により日本に併合してもらう。李氏朝鮮(大韓帝国)滅亡。
1948年 戦後アメリカ軍政庁の統治下にあったが、アメリカの後押しで大韓民国が成立。
1950年 アメリカとソ連の代理戦争である朝鮮戦争が起き分断国家となる。
1991年 ようやく国連加盟、史上初めて世界から独立国家として認められる。 
1993年 韓国、軍事独裁制を脱し、史上初めて独立民主政体となる。
現在 いまだ言論、学問の自由もなく民主政治とは程遠い国である。北は論外。

高句麗、渤海はどちらもコリョ族(高麗族、今の朝鮮人)が関わった国ですが、いずれも支那東北部の地方政権です。ほんとうの朝鮮人の歴史は、918年高麗建国をもって始まります。

2017年4月14日 (金)

わが民族(朝鮮)史を考察してみると情けないという以外ない

例えば、自分が生まれ育った国のことを知ろうとして、歴史つまり文字による記録を調べてみて、その内容が、独自の文化と言うものが何も無いと分ったときは、どうなるのであろうか。嘆き悲しむに違いない。

朝鮮半島の歴史は、そのようなものなのである。ところが彼等の反応は、まず日本人を恨むことであった。そして、日本文化の源流は朝鮮半島にあると嘘を付くことであった。嘆かわしいことだ。

南鮮大統領の嘆きぶりからまずお目に掛ける。

ーー韓国大統領朴正熙「われわれは今何をいかになすべきか」より

わが五千年の歴史は一言でいって退嬰と粗雑と沈滞の連続史であった。…いつも強大国に押され、盲目的に外来文化に同化したり、原始的な産業のわくからただの一寸も出られなかった。…「われわれのもの」は「朝鮮文字」以外はっきりとしたものは何があるか。われわれはただ座してわらを編んでいただけではなかったか。…以上のように、わが民族史を考察してみると情けないという以外ない。…このあらゆる悪の倉庫のようなわが歴史はむしろ燃やしてしかるべきである。

ーー引用終わり

次に登場する李成玉は残念ながら朝鮮の歴史から抹殺されている人物である。朝鮮全権公使としてアメリカに行った李成玉が各民族に接してみると朝鮮人は米国人に軽蔑されているアメリカインディアンより劣っており、その他のどの民族より劣っていることに衝撃を受け、次のように述べている。

ーー朝鮮全権公使李成玉「李完用侯の心事と日韓和合」より

現在の朝鮮民族の力量をもってすれば、とても独立国家としての体面を保つことはできない。亡国は必至である。亡国を救う道は併合しかない。そして併合相手は日本しかない。欧米人は朝鮮人を犬か豚のように思っているが、日本はちがう。日本人は日本流の道徳を振り回してうるさく小言を言うのは気に入らないが、これは朝鮮人を同類視しているからである。そして、日本は朝鮮人を導き、世界人類の文明に参加させてくれる唯一の適任者である。それ以外にわが朝鮮民族が豚の境涯から脱して、人間としての幸福を受けられる道はない。

ーー引用終わり

8 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日: 01/11/30 20:33 ID:t6xaK6vS
子孫は祖先を憎み、後進は先輩を怨み、我々以外の誰かに転嫁しようとする。一体、なぜ我々にはできず、その上に他人のみを非難するのか?我々の国が独立できないのは「ああ、我々のせいだ」と己の胸を叩き悔いることをせず、「あいつらのせいだ、あいつらは殺されてしかるべきだ」と叫ぶだけで、どうして座り続けているのか。己こそ殺されてしかるべきだと、どうして悟れないのだ。
韓国独立運動の父安昌浩「上海臨時政府での同胞への訴え」

12 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日: 01/11/30 20:42 ID:t6xaK6vS
読者は朝鮮人の無気力、怠惰、居候根性、貧しさをつぶさに観察されたことになるが、このために朝鮮の独立はきわめて困難で将来を望むことは難しい。
イギリス人旅行家ビショップ夫人「三十年前の朝鮮」

13 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日: 01/11/30 20:44 ID:t6xaK6vS
ソウルは汚いことと臭いことでは世界一である。
イギリス人旅行家ビショップ夫人「三十年前の朝鮮」

14 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日: 01/11/30 20:51 ID:t6xaK6vS
朝鮮の事々物々はことごとく低級である。貧弱である。劣等である。
イギリス人旅行家ビショップ夫人「三十年前の朝鮮」

15 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日: 01/11/30 20:57 ID:t6xaK6vS
朝鮮人は一般的に頑固で、気難しく、怒りっぽく、執念深い。それは彼らがいまだ浸っている未開性ののせいである。
ダブリュイ主教「朝鮮事情」

16 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日: 01/11/30 21:04 ID:t6xaK6vS
朝鮮人は自分の知的水準を引き上げ、精神世界を拡大しようとする努力が哀れにもないのに、社会的地位を高めようとする激しい欲望だけはある。自分のものでなくとも少しばかりの金を自由に動かすことができるとか、何人か働くのを監督するとか、ともかく、物の面、金の面で人間を支配できるような立場になると、おしなべて有頂天になる。 
ホーマー・B・ハルバート「朝鮮亡滅」

20 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日: 01/11/30 21:12 ID:t6xaK6vS
朝鮮人は虚偽であり、空想と空論を好む。怠け者であり、互いに信義と忠誠がなく、ことに望んで勇気がない。利己的で社会奉仕の心がない。団結力に欠け、極めて貧弱である。
韓国の代表的作家李光洙

22 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日: 01/11/30 21:17 ID:t6xaK6vS
併合前の朝鮮は地獄であったといってよい。
玄永燮「朝鮮人の進むべき道」

23 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日: 01/11/30 21:33 ID:t6xaK6vS
日清戦争の日本の勝利により、日本は韓国に自由を贈り、韓国国王は中国皇帝、日本国天皇と肩を並べる皇帝の地位を得た。
ヘレン・ミアーズ「アメリカの鏡・日本」

24 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日: 01/12/01 20:10 ID:/TYC5Vjw
伊藤(博文)統監によって、韓国人は暗黒時代より光明世界に導かれ、未開時代から文明社会へと進むべく手を取られて進みつつあり、旧来の久しい悪政から免れ、彼らの生命、財産は確実に保護されつつあって、あらゆる面において二年間に二倍の進歩を遂げた。
アメリカ宣教師ラッド博士 

25 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日: 01/12/01 20:59 ID:KddRn7Ss
朝鮮の王室と政府は腐敗堕落しきっており、頑迷な朋党は、人民の財産を略奪している。その上、人民はあまりに愚かである。これでは独立国家としての資格はなく、進んだ文明と経済力をもつ日本に統治させなければ、ロシアの植民地にされるであろう。伊藤統監の施策は、朝鮮人にとって有益で、人々は反対していない。
朝鮮の外交顧問 ドーハム・スティーブンス

26 名前: 投稿日: 01/12/01 21:09 ID:d2I430uL
朝鮮の由来は中国にある。元々猿に道具持たせて飼っていたのが野生化し徒党を組むようになったのが起源。他国の皇室に子供が生まれても「また猿が生まれた」と表現しているのもその名残。特徴的には実力が無いくせにパクりと弱い立場を逆に利用したゆすりたかり、内政干渉が非常に目に付く世界の鼻つまみモノ。

首都漢城は鼻をつままないと歩けない悪臭、おそらく猿と仲の悪い犬を食することが原因と思われる、これまた鼻つまみもの国家。中国人は特に朝鮮人と同一視される事を最も嫌っており恥とする、1896年に朝鮮人と言われた中国人が焼身自殺したことはあまりにも有名。
「民明書房 朝鮮粋がってんじゃねぇ!」より

214 名前: 本題にはいるぞ! 投稿日: 01/12/02 20:02 ID:7MALOp47
韓国人が伊藤公を殺害したことは、特に悲しむべきことである。なぜかと言えば、公は韓国人の最もよき友であった。日露戦争後、日本が強硬の態度をもって韓国に臨むや、以外の反抗にあった。陰謀や日本居留民の殺傷が相次いで起こった。その時、武断派および言論機関は高圧手段に訴うべしと絶叫したが、公一人穏和方針を固持して動かなかった。

当時、韓国の政府は徹頭徹尾腐敗していた。公は時宜に適し、かつ正しい改革によって、韓国人をして日本統治下に在ることが却って幸福であることを悟らせようとし、六十歳を超えた高齢で統監という多難の職を引き受けたのである。
エルウィン・ベルツ博士「伊藤公の追懐」朝鮮人による伊藤公の暗殺に対するドイツの反応

215 名前: これでもくらえ! 投稿日: 01/12/02 22:40 ID:IABtNvPZ
大正デモクラシーの旗手、吉野作造が大正5年、併合後の朝鮮を視察して当時の朝鮮の様子を次のように述べている。
★日韓併合直後の朝鮮人は「土民」だった!
幸いにして朝鮮総督府は一方において、国家の威厳を示して居りながら他方に於いて土民に近世の恩恵に浴するの機会を与え、ことに、李氏朝鮮時代になかったいろいろの生活上の便宜を供して居る。殖産興業も盛んになっている。交通機関も開けた。ことに道路はどんな田舎へ行っても今や立派に造られている。病院も設けられた。その上朝鮮総督府は朝鮮人の精神的満足並びにその開発を計る事を怠っていない。社会公共の秩序は立派に維持されて居る。権利の保障には土民と内地人との別を立てぬ。公平なる裁判は土民を満足せしめているようだ。             
吉野作造「日韓国2000年の真実」国際企画より抜粋

216 名前: :名無し 投稿日: 01/12/03 17:48 ID:CHm84kh6
「韓国はもはや末路である。亡びざる国はなく、四千年の旧邦も今や断末魔に近づいている。一進会(日韓併合を日本に要求した百万の朝鮮人団体。日露戦争では線路敷設に手弁当で日本に協力した)ならざるも哀々なる庶民はとたんの苦しみにまみれなくなかろう。むしろ、日本は速やかに併合して日本天皇陛下の政にて一千二百国民が蘇生することを得れば、国は亡んでも亡び甲斐ありといわねばならない」   朝鮮平理院裁判長洪鐘宇「李朝大全」「日韓2000年の真実」国際企画より

217 名前: 韓国人こそ歴史を直視しろ! 投稿日: 01/12/03 18:08 ID:CHm84kh6
伊藤博文公の朝鮮保護政治に対する当時の韓国の邦字新聞

韓国人の安寧と幸福、その生活の向上を図るため、母国日本の財政負担は三年間に三千万円に達している。日本及び日本人を益することは少しもやらないで、韓国及び韓国人のために図りてあまりにも忠実である。飽くまで韓国の主権を尊重するため、中央の各大臣や地方長官はすべて韓国人を任用し、日本人はその下働きになっているに過ぎない。利権は韓国人のみに与えて、日本人には荒蕪地開発の第一号を与えただけではないか。なおその上、韓国通の大陸浪人を追放するなど、日本及び日本国から孤立した政策を採ってきた伊藤統監の心事那辺にありやを疑わしめるものがある。
韓国邦字新聞

218 名前: 韓国人こそ歴史を直視しろ! 投稿日: 01/12/03 18:22 ID:CHm84kh6
私の見るところをもってすれば、伊藤侯の統治は最大なる賞賛に値するものであり、大変満足しています。韓国国民はいまやようやく彼をもって自分たちの友人であるを知って、これを事実の上に現し始めました。過去三年の間における韓国の進歩の大きいことは、実に私をして統監政治の最も熱心な支持者たることを告白せしめます。私は、伊藤侯の必ず成功すべきことを信じて疑わないものであり、また、すべての宣教師及びその他の韓国における文明開発の義務を知る者は、等しく伊藤侯の統治を支持しなければならないと思います。
宣教師 ハリス博士

219 名前: 韓国人こそ歴史を直視しろ! 投稿日: 01/12/03 18:42 ID:CHm84kh6
李氏朝鮮の暴政、民衆の虐待に対する欧米人の評価と日本への期待

「裁判は金の力で正義のはかりが上下する。文明国ならたちまち民衆の叛乱を呼び起こすに相違ないような不正かつ野蛮な事件を見聞きしないですむ日はないに等しい。民衆がよくこれで我慢をしているものだ。」

「反逆者の処刑後は家の取り壊しがあり、全財産は没収され、息子や男系親族はみな殺され、女はすべて奴隷(慰安婦だろう)にされた。死刑囚はむちで打たれ、罪を告白されてから殺される。中には最後まで゛自分の無実を主張しながら死刑になるものもいる。
アメリカ人 ハルバード「朝鮮滅亡」

「さらに我々白人が恥ずべきことは異教徒の日本が朝鮮を掌中にすれば真っ先にこのような残酷な拷問を廃止するだろうということだ」
スウェーデン人 グレブスト

「日本人はなぜ朝鮮のこのような拷問をやめさせないのか」
マッケンジー「朝鮮の悲劇」

220 名前: これでもくらえ! 投稿日: 01/12/06 18:58 ID:nsDOygjZ
ある日本人女性から指紋押捺に反対する在日韓国人への手紙!

自らなす事もなくえんえん、40年もたつのにいまだに日本国にすがりつき、一世の差別を種に恫喝に明け暮れ、元日本人だから日本人並に等わけのわからぬ朝鮮人の世迷い言と、自国にもどれないのも日本国のせいにする。/皆日本のせい
にするこの愚かな民族には、ほとほと日本人はあきれるのである。植民地時代の日本同化より独立国になった年月のほうが長いのです。/独立して40年間、何をしていたのか。いかにどんな民族であるかが、これだけでもわかる。向上自立が出来ないのである。/かって差別の国屈辱の国とののしった国日本に勝手にやって来て居直り続ける無神経さ、その上外国日本国に事毎に挑戦的な在日朝鮮人。それに本国の韓国の政府の上層部の生意気な態度。日本国の援助なしでは何一つできないくせに、後進国のくせに発展国に無礼である。劣等感のあげくの果ての韓民族のあがきと日本国民は十分承知しているが、我々はあまりの態度に腹が立つ。

しかし、日本人の大半は国際社会、人間社会の中の倫理無視のあまりの行動を苦々しく思い、あきれ果て、低級民族の劣等感のあがきと冷たい目で相手にするなと始めから馬鹿にして、どうせ亡国民族のしみったれた国民性は折角独立国になっても40年たとうが百年たつとしてもこれの繰り返しで、絶対に我々日本国と肩を並べて対等に付き合える国ではないと断言しているのです。
「民族差別と闘う関東交流集会連絡実行委員会」
韓国のイメージ 鄭大均 中公新書より

221 名前: 韓国大嫌いです。 投稿日: 01/12/08 15:31 ID:/PzO+Xny
その端的な例がテコンドーと亀甲船だ。テコンドーは、その起源を新羅時代まで遡る伝統武芸として知られている。しかし、一部ではその時代にテコンドーの元になったといわれる「テクキョン」なる武芸とは辻褄が合わないと指摘されている。それより、沖縄で発展した沖縄空手がテコンドーに直接的に影響を与えたのではないかとみている人もいる。亀甲船もそうだ。木と木をつなぐのに木の釘を使うのは一般化されていた。もちろん机やいすを作るときに、木の釘を使えばはるかに寿命が長い。ところがこれが船と船がぶつかりあう海戦となれば話は違う。鉄釘を使うほうがはるかに優位にたつ。この鉄釘を使う技術は西洋から沖縄に伝来し、それが朝鮮に受け入れられて亀甲船が誕生したのだ。/つまりテコンドーも亀甲船もすべて韓国のオリジナルな伝統に基づいているわけではないが、教科書ではそれを教えない。まったく韓国の教科書は嘘つきである。
「私が韓国を嫌いになった48の理由」李鍾學

222 名前: これが真実 投稿日: 01/12/08 15:42 ID:D+oYHoby
それでも韓国人のこだわりは、「日帝36年」だけである。韓国人からすれば、それは「人類史上、最悪の植民地支配」とわめき続けるが、第三者から見ればけっしてそうではない。
私から見れば、この「日帝36年」こそ、統一新羅以来、千年余の歴史のなかで、もつとも活発な、伝統的呪縛から逃れた新しい時代である。「解放の時代」ととらえることができる。それは物質的にも精神的にもそうであった。
韓国人の「反日」台湾人の「親日」黄文雄 光文社

223 名前: これが真実だ! 投稿日: 01/12/08 15:55 ID:D+oYHoby
李朝末期、朝鮮を訪れたカナダ人ジャーナリストのみた自堕落、悲惨な朝鮮半島!

私は、十分耕せそうな土地をほったらかしにしながらも飢えに苦しむ農民のさまが理解できなかった。「どうしてそれらの土地を耕さないのか」と聞いたところ、「耕せば耕すほど、税を取られるだけのことだ」という返事があった。
マッケンジー「朝鮮の悲劇」

«「本当の自分から目をそらすため」これこそが反日の本質でね

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