無料ブログはココログ

2017年7月26日 (水)

大東亜戦争は日本にとっては「正義の戦い」であり、東京裁判はインチキであり、さらに南京大虐殺はなかった

ーー以下「宮崎正弘ブログ、書評」より抜粋編集

ヘンリー・S・ストークス『欧米の侵略を日本だけが撃破した』(悟空出版)

著者は、「元ニューヨークタイムズ東京支局長」である。

そんな肩書きを持つ著者が、大東亜戦争は日本にとっては「正義の戦い」であり、東京裁判はインチキであり、さらに南京大虐殺はなかったと書いているのだから、説得力がある。

しかしこれでは既存の歴史学会から修正主義者扱いされてしまう。

だから、外国人記者クラブで最古参ながら、氏の見解は、なかなか受け入れられず、評価もされてこなかった。

ーー

それが最近、氏の著作が、立て続けにベストセラーになっている。

そしてこの著作は、国家基本問題研究所(桜井よしこ理事長)の『日本研究賞』特別賞受賞第1作となった。

評者(宮崎)も、この受賞パーティに招待をいただき参加した。

ストークス氏は「どうしても、この晴れ舞台に立ちたい」と奥さんと息子のハリー君に車いすを支えられながら出席された。

ーー

氏は三島由紀夫の精神が乗り移ったかのように、日本人に覚醒せよと促し、日本人の誇りを取り戻せと訴えるのだ。

そして政治的宣伝に騙されてはいけないとして、米・支・南北朝鮮の歴史観を邪悪な政治宣伝だとしている。

そして支那・南北朝鮮の反日は、「近代化できた奇跡の国」への嫉妬であることを示している。

「近代化できた奇跡の国」は、世界で唯一「列強の餌食にならなかった」。

そしてなぜそれが「日本だけ」なのかが考察されている。

ーー

ストークス氏は熊本を訪れた経験を、三島由紀夫が『奔馬』の舞台の一つとして作中作として描いた神風連を想起して以下の様に書いている。

ーー(p176)

「西洋を知ればしるほど、三島は日本人としての特性(アイデンティティ)に目覚めていった。

自分は日本男児である。

日本とは何かという思いを強く持って探求してゆく中で、日本の文化、伝統は、世界にあって稀有な、美しい遺産であると、そう思った。

私も神風連を訪ねてわかった気がした。

それは神風連、特攻隊に連なる日本的な精神性である。

それは、自らの命を賭して神国日本を守るという魂の在り方だ。

三島は、そこに強い衝撃を受けた」

ーー

つまり「究極の英雄は死ぬことに対して勇敢でなければならなかった」としてストークスは次のように続けるのだ。

「自らの正義に殉じて死ぬ。その姿が英雄との称賛を喚起する」

ーーと。

ひと味もふた味もちがう日本人論として読める。

2017年7月25日 (火)

女史は、二重国籍ではないと有権者を騙して投票を得て、参議院議員に成った

ーー以下「ZAKZAK、ケント・ギルバートコラム」より抜粋編集

蓮舫氏が昨年9月、党代表選に立候補した際、台湾との「二重国籍」疑惑が指摘された。

当初、蓮舫氏はきっぱり否定したが、その後、二転三転した。

そしてこの18日に、自身の「二重国籍」問題について、記者会見を開いて釈明した。

それが過去の発言とも明らかに矛盾していた。

ーー

つまり蓮舫氏は「嘘つきで不誠実だ」と思われた。

私自身は政治家の資質に必ずしも正直さを求めないが、誠実さは重要だと思う。

付き合う相手に正直や誠実を求める日本人が、女史に不信感を抱いたのは当然である。

ーー

今回の会見で、明確にしておくべき論点が1つある。

蓮舫氏は戸籍謄本の一部を公開することについて、「私を最後にしてほしい」と発言したのだ。

これは、差別主義者や排外主義者の圧力があったかのような発言だ。

朝日新聞や毎日新聞も似たような論旨を展開した。

私には「論点のすり替え」にしか見えず不誠実に思えた。

ーー

日本と米国の「二重国籍」状態だった自民党の小野田紀美参院議員は、米国籍離脱手続きの完了後、戸籍謄本を公開した。

戸籍謄本が日本国籍の選択日が分かる唯一の証明書だからである。

人々が小野田氏と同じ行動を蓮舫氏に求めたのは自然な流れである。

小野田氏はツイッターで、「公職選挙法および国籍法に違反しているかどうか、犯罪を犯しているかどうかの話をしています。(中略)合法か違法かの話です」と指摘した。

結局、蓮舫氏は民主党政権時代、法律に違反した状態で国務大臣を務めていたことになる。

立件の可能性は低いが、今後同様のケースを避けたければ、現行法の穴を埋め、運用や処罰基準を明確化する音頭を、自ら取ればいい。

ーー

日本では、蓮舫氏だけでなく、複数の国会議員が、反日活動をしているように思える。

特に、民進党は南北朝鮮や、中華人民共和国(PRC)の反日活動に同調しているように見えるのだ。

それは彼等が日本国民を守るための安全保障法制に対案も出さずに反対している事から分かる。

国会議員とは選挙で選ばれた「全国民の代表」であり、日本の国益のために全力を尽くすことが求められる。

その意味で民進党議員は、「政治家の資質」を疑問視されている。

ーー

このような民進党への日本国民の不信感が、蓮舫氏の「二重国籍」騒動の根底にあったと言えよう。

ーー抜粋ここまで

148 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@\(^o^)/:2017/07/22(土) 21:42:29.46 ID:/dcGjiQa.net

ケントは朝日が慰安婦についての誤報を認めるまでは、日本を叩く側だった。

日本の大手新聞社が自国にとって不利な情報を証拠も無しに垂れ流すとは思わなかった。

ところが調べてみると誤報だった。

そこから日本左派メディアへの不信感が生まれた。

自分で調べれば調べる程日本左派メディアへの不信感が増幅された。

ーー

そしてケント氏は理由はよく分からないとしながら、左派メディアが、「森友学園問題」や「加計学園問題」を捏造して安倍攻撃をしているとし、

左派メディアにとって不都合な、加戸守行(かと・もりゆき)前愛媛県知事や、国家戦略特区作業部会の原英史委員の主張を報道しなかったのには心底あきれた、と書いている。

左派メディアは「報道しない自由」を振り回し、「論点のすり替え」をしたのだ。

こうして左派メディアは影響力を失っていく。

左派メディアよ、なぜ死に急ぐのか、と。

ーー以下「鈴木傾城ブログ」より抜粋編集

日本は二重国籍を認めていない。

二重国籍の村田蓮舫に、有権者が票を入れることはない。

しかし女史は、二重国籍ではないと有権者を騙して投票を得て、参議院議員に成った。

有権者は、女史に「二重国籍ではないという証拠(戸籍謄本)を提示して欲しい」といった。

すると女子は、そんな有権者を「差別主義者・排外主義者」と呼んだ。

投票してくれた有権者にその発言は無いだろう。

有権者を騙した女史にこそ非があるからだ。

ーー以下「余命ブログ」より抜粋編集

半島国家は歴史のねつ造を国策としている。

朝鮮戦争後の建国以来わずかに64年。

両国とも、今や支那の属国状態なのだが、朝鮮半島はずっとそのような状態だった。

巷間、日韓戦争が話題となっているが、これは可能性が低い。

過去ログ「兵の強弱と全滅の定義」の中でふれているが、民族性は簡単には変わらないからだ。

ーー

現在、治安関係筋の対外軍事懇談会で話題となるのは、半島有事における中立宣言の模索と難民問題である。

有事における対応はメデイア殲滅、南北朝鮮人の隔離・収容、中立の宣言である。

前回の戦訓から、半島有事は、北が1日でソウルを壊滅させ一気に南進という形になるだろう。

韓国陸軍は全滅、海空軍の一部は日本に逃げ込み武装解除となる。

まあ、1週間で終わる。

日本は韓国を助けないよ。

2017年7月24日 (月)

通州事件を連想させる一切の建物は取り壊され欠片(かけら)も残っていない

ーー以下「宮崎正弘ブログ、書評」より抜粋編集

藤岡信勝、三浦小太郎『通州事件 日本人はなぜ虐殺されたのか』(勉誠出版)

これ一冊で通州事件の全貌を捉えることが出来る。

藤岡信勝、三浦小太郎両氏は、通州事件の資料の収集のために記録集積所(アーカイブ)を立ち上げられた。

その両氏が編者となって、阿羅健一、北村稔、田中秀雄氏らが所論をのべ、事件全体が見渡せるように編集されている。

そして桜井よしこ氏が推薦の辞を書かれている。

ーー

『通州事件』は、戦後長い間、何者かの政治的圧力のもとに無かったことにされてきた。

岩波の年表には通州事件が記載されていない。

だからほとんどの戦後世代は、事件そのものを知らない。

しかし史実は残虐非道な日本人殺戮事件だった。

ーー

この日本人虐殺事件が知れ渡るようになると、

戦後の言論界を支配してきた、在日・反日勢力は、日本軍の誤爆が事件の引き金であり、事件は、支那人がそれに報復したものだと説明した。

というのも、彼等は、支那・朝鮮人の走狗に落ちた人達であったからだ。

在日・反日勢力は、「残虐非道な日本人殺戮事件」の存在を日本人に知られたくなかったのだ。

そして在日・反日勢力は、「歴史の歪曲だ」と言いがかりを付けてきた。

ーー

それで、この書では客観性を持たせるために、当時の外国報道(ジャーナリズム)も提示されている。

そして時代背景と事件の全貌に迫る。

そのため通州事件の記録として公平性、客観性を有しており、合理的に評価できるものとなっている。

ーー

さて、評者は、通州事件現場を二回取材している。

阿羅健一、加藤康男の各氏も現場に立った。

阿羅氏の場合は十六年前、加藤氏はつい最近である。

すでに事件の痕跡はあとかたもなく消され、慰霊塔もなかった。

ーー

評者が十数年前に、最初に行ったとき近水楼跡地にはビジネスホテルが建っていて、付近の歩道には通州事件のあらましを書いた掲示板があった。

支那的な解釈で、殺人犯らは英雄として説明されていた。

公園の先には慰霊塔が残っていた。

南側はイスラムの貧民窟で、その先の階段をおりると南門、その先が通州駅である。

貧困のにおい、少数民族への差別の雰囲気があり、スーパーに並んだ品物は見劣りがした。

ーー

二回目に行ったときはホテルも建て替えられていた。

殺戮現場痕はビルとなっていた。

いま北京政府は通州を副都心として再開発のさなかである。

通州事件を連想させる一切の建物は取り壊され欠片(かけら)も残っていない。

2017年7月23日 (日)

状況を改善しようとする人には嘆いたり恨んでいる暇などないのです

ーー以下「ねずブログ」より抜粋編集

史実を並べただけでは歴史にはならない。

黒船がやってきた、戊辰戦争があった、白虎隊が自決した、これを合理的に説明するものが歴史なのです。

ですから、明治維新については、それがもし革命であると説明するのなら、その合理的理由が要る。

ーー

支那では、明国から清国へと国名が変わり、皇帝の姓が「朱(しゅ)」から「愛新覚羅(あいしんかくら)」へと変わっています。

これが支那・朝鮮でいう革命なのです。

つまり維新が革命であったと言うためには、日本の支配者の姓が易(あらたま)っていなければなりません。

ところが日本の支配者(天皇)は、維新前後で、変わっていない。

それに日本の天皇には姓がないので、もともと易姓革命は起こりようがないのです。

ーー

ということは、維新は、支那・朝鮮で使用されている革命ではないということに成ります。

ーー

また共産主義者が口にする革命は、資本主義の矛盾によって引き起こされる、社会革命(社会主義革命、共産主義革命)です。

労働者階級独裁の段階を経由して、市場・貨幣・賃金労働などが廃絶された新しい無階級社会が生まれると。

しかし維新を資本主義の矛盾によって引き起こされた社会革命であったと説明するのには無理がある。

なぜなら日本は資本主義国家ではなかったからです。

資本主義とは、資本が利益を生む仕組みなので、通常投下した資本を守ろうとします。

しかし日本は、朝鮮半島や満洲に莫大な投資をしておきながら、それを放棄したからです。

ーー

つまり維新は、支那・朝鮮で行われたような革命ではなかった、またマルクス史観での革命でもなかったということに成ります。

それでは明治維新とは何だったのか。

ーー

そもそも、維持するという言葉で分る様に、「維」は一定の道筋につなぎとめるという意味です。

ほどけた糸を、結び直して元通りに治すことを維新(これあらた)というのです。

当時の人たちは、「戻るべき本来の日本の姿」を持っていたということになります。

ーー

フランス革命で使われたレボリューションは、リボルバー(Revolver)の派生語です。

回転してもとに戻るレボリューションは、古い時代の共同体社会に戻る運動をいいます。

維新は、このレボリューションにとても近いと言えるでしょう。

ーー

日本では、飛鳥時代に「神武創業に帰れという運動」が起こっています。

そして十七条憲法の制定や「大化の改新」、記・紀の編さんが行われた。

日本の明治維新でも、「神武創業の昔に帰れ」といわれていたのです。

ーー

日本書紀の大化2(646)年3月、「大化の改新」の詔(みことのり)に応じた中大兄皇子(なかのおおえのおおじ)が、「天人合応厥政惟新」と述べられた。

「天も人も合(あい)応(こた)えて、厥(そ)の政(まつりごと)惟(これ)新(あら)たなり」

つまり、天皇のシラス統治のもとで、政治体制を一新することを「惟新」と書いたのです。

ーー

幕末には、この「惟新」を、あらためて「維新」と書きました。

「惟」は、心をひとつにつなぎとめる、という意味の漢字です。

のちに天智天皇となった中大兄皇子は、豪族たちの集合体だった日本を、新たにひとつの統一国家にしました。

同様に幕末の人たちは、幕藩体制のもと、諸藩の集合体だった日本を、新たに「もとからあるひとつの姿に戻そう」としたのです。

だから「維新」と命名した。

ーー

つまり、19世紀の明治維新は、7世紀の大化の改新の再現だったのだということがわかります。

当時の大名たちも、徳川家も、外国の脅威の前に、あらためて天皇の下に国を一つにまとめようとしていた。

それは、本来、内戦などまったく必要のないものでした。

ーー

明治維新は、「マルクス史観」では説明できない。

ーー

なぜなら、維新を成し遂げた武士たちは、四民平等、廃刀令などで武士としての身分を捨てた、

藩主も藩籍奉還で、藩主としての地位を捨てた、

薩長側に付いた公家も、幕府よりだった公家も、同様に身分を捨てたからです。

維新を成し遂げた人たちが、かつて持っていた身分を捨てて新たな体制を築いた。

その体制では、敵・味方双方から人材が採用された。

階級闘争の勝者が新体制を支配するという、マルクス史観では、まったく説明がつかない。

ーー

戦いに敗れれば、すべてを失うのは、歴史の常です。

当時敵味方に分かれて戦った武士たちは、その双方が地位と職の全てを失ったのです。

しかし、彼らは猛勉強をして、新政府の中で要職を得て行った。

我が国の人々は、状況を受け入れ、そこから猛勉強をして新たな出発をしていきます。

状況を改善しようとする人には嘆いたり恨んでいる暇などないのです。

お読みいただき、ありがとうございました。

2017年7月22日 (土)

アメリカにとっての最大の敵が(露から支へと)変わった

ーー以下「宮崎正弘ブログ、書評」より抜粋編集

陳破空、山田智美訳『米・支激突、戦争か取引か』(文春新書)

著者は、世界の米・支・露の冷戦を現代版「三国志」とみる。

「予測不能なトランプ」
「怯(おび)える習近平」
「冷酷なプーチン」

この冷戦には日本もEUも入らないが、南北朝鮮と台湾がかく乱要因として入っている。

ーー

トランプ氏は、対支強硬派と党内バランスをとるために、ナバロとポッテンガーを安全保障担当補佐官に選んだ。

トランプ氏は、すでにナバロを敬遠している。

アジア担当のポッテンガーは、北京語を操り、WST特派員時代、北京当局と戦った。

「一帯一路」会議には米代表オブザーバーとして参加したが、まだ活躍しているとは言い難い。

ーー

評者(宮崎)は、ナバロもポッテンガーも、しばらくは活躍の場は無いだろうと予測している。

ーー

習近平が、安国生命保険の呉小暉の拘束を命じたという情報は、意外だった。

と言うのも、呉小暉は鄧小平の孫娘と一緒になっていたからだ。

著者は、呉小暉が、事実上、鄧小平の孫娘と別居状態にあり、神通力が効かなくなったためだとしている。

なるほど、そういうことかと思った。

ーー

呉小暉は、NYの名門「ウォルドルフ・アストリア・ホテル」を買収して、クシュナーに近づいてトランプのニュージャージーの豪華マンションをまとめ買いしたと報じられた。

しかし直近の情報では、これも破談に近いのだという。

クシュナーは、この事案をメディアに報じられ、苦境に陥ったようだ。

ーー

意外な情報は、キッシンジャーが、最近は親支から離れ、ふたたび親露に「変節」したというものだ。

キッシンジャーは、プーチンと十回以上も会って、個人的な信頼関係を築きあげているのだと言う。

このため北京もキッシンジャーの親支を疑問視しだしたという。

ーー

評者(宮崎)は、反支のトランプがなぜ親支派のキッシンジャーを、外交指南役としているのか謎だった。

「支那共産党にとって唯一の代理人であったキッシンジャーは、実はすでに支から露に鞍替えしていた。『連支抗露』から『連露抗支』へと転身していた」

これについて著者は、キッシンジャーが「アメリカの国益を冷静に計算している」からだとする。(p118)

もしそうだとすれば、謎が解けるのである。

ーー

つまり「アメリカにとっての最大の敵が(露から支へと)変わった」のである。

陳破空氏はキッシンジャーを高く買っているようである。

しかしこのような情報は、日本ではほとんど得られない。 

2017年7月21日 (金)

世界の人々はなぜそれほどまでに日本に惹かれるのか?

韓国でパクチョンヒ(朴正煕)の娘パククネが大統領選で選ばれたとき、筑波大学・古田博司教授は、「親日家だった父に従い女史は対日関係を改善するはずだ」と書いた。

一方朝鮮系日本人呉善花氏は、「反日教育に染まった彼女は反日を激化さすはず」と全く逆の予想をした。

大統領になったパククネは、反日を激化させ、海外に行くたびに日本の悪口を告げ口したのだった。

朝鮮学者古田氏は予測を大きく外したのだ。

正しい予測をした呉善花氏は、山本七平賞の選考委員をしている。

ーー山本七平氏の業績 

山本七平氏の著作、評論活動は、一貫して、日本人とは何か、日本とは何かを追求したものである。

そして、自らの体験を通して、あるいは徹底的に文献を検証しつつ、日本人の行動様式や価値観、行動原理を明らかにしてきた。

特に、イザヤ・ベンダサン著『日本人とユダヤ人』の翻訳発刊に当っては、真の著者探しとあいまって、ユダヤ人との比較によって浮き彫りにされた戦後の日本人の行動や発想の奇妙さは、読む人に改めて新鮮な驚きを与えた。

この他にも、日本人の物事の決め方を著した『「空気」の研究』や、自らの軍隊の体験から日本人の本質をえぐり出した『私の中の日本軍』、『一下級将校の見た帝国陸軍』。

また、日本人の勤労観、仕事感をみごとに描ききった『勤勉の哲学』や『日本資本主義の精神』などをはじめ、指導者のあり方や、生き方の指針となる著書を数多く著している。

こうしたさまざまな著作と共に、山本氏は、戦後一世を風靡した進歩的文化人の欺瞞性に対する冷徹な批判の眼をもって、その言論を批判し続けてきた功績は大きい。

ーー引用ここまで

「戦後一世を風靡した進歩的文化人の欺瞞性」を、在日・反日勢力が支配する言論界で発表することがどれだけ大変だったか。

これは、ネット環境を得た現在からは想像を絶する程の偉業であったのだ。

その偉業を讃えて作られたのが、山本七平賞であると小生は理解している。

つまり山本七平賞の対象は、在日・反日勢力が決して書かない内容なのである。

以下は呉善花女史の新著に対する宮崎正弘氏による書評である。

ーー以下「宮崎正弘ブログ、書評」より抜粋編集qazx

呉善花『なぜ「日本人がブランド価値」なのか』(光明思想社)

今やネット環境から世界を知ることができる。

ニューヨーク、ロンドン、パリ、ローマの街角をみたり、欧米の観光地を見ることもできる。

そして日本の都会や観光地と比較することも出来る。

そうして見て見ると、日本のどんな田舎であっても、自然の豊かさ、美しさで負けていないことが分る。

ーー

そしてネット環境では、欧米の観光客が日本に来て、絶賛しているコメントにも触れることができる。

日本がどこへ行っても清潔で美しく、日本人が優しくもてなしてくれる、それに料理も上手いと絶賛しているのだ。

さらには、日本の伝統文化の紹介も、欧米人自身によって盛んになされている。

ーー

このような日本文化をネットで見て、魅せられたという欧米人たちが、日本に押し寄せるようになった。

そして観光地の景色に浸りながらスケッチをする人、詩をつくる人がいる。

日本酒の銘柄を捜す人や、寺院で瞑想にふける人がいる。

団体ツアーよりも個人旅行、日本人でも行かないような山奥や、観光地化していない田舎に出没する片言の日本語組。

ガイドブックにでていない旅行情報、安いホテル情報をかれらはネットで調べ、その口コミを頼りにやってくる。

ーー

世界の人々はなぜそれほどまでに日本に惹かれるのか?

彼らが日本に憧れる本当の理由は何か? 

本書はその疑問に答えてくれる。

ーー

許世偕氏は元台湾駐日大使なのだが、評者は引退後も日本に来られる毎にお目にかかっている。

その際「日本語、英語、北京語と言語が異なるのに、孫同士のコミュニケーションはポケモンで成り立つ」のだとおっしゃった。

ポケモンGOブームの遙か以前のことだった。

ーー

その時は漫画やアニメとかを日本文化としてもらっては困るなぁと考えていた。

しかし黄女史は、「もしゴッホやゴーギャンが生きていたら、漫画を書いていたでしょう」とルーブルの学芸員に言われたと書いている。

ーー

黄女史は、日本と支那と西洋の庭園に対する考え方がたいそう異なるとして、庭園の作り方についても解説している。

評者(宮崎)も支那の、たとえば蘇州の「名園」をたくさん見学してきた。

それで、この点には大いに同意できる。

日本の庭園には自然に包まれたような風情を感じるのに、支那の庭園には、奇岩だらけだったり、広いだけだったりで何の風情も感じなかったのだ。

ーー

その差に注目して、呉さんは秋田県大湯にあるストーンサークルを例に持ち出す。

ーー

「日本庭園の、石を立てたり組んだりすることのルーツはどこになるのでしょうか」

「それは大陸文明が伝わる以前、さらには農耕文化がはじまる以前の、縄文時代の文化に求めることが出来ます」

「(ストーンサークルの)多くが自然の神々の祭場跡と推測されています」

「古くから日本人は、海や川、山にある天然の石に、その彼方からくる神が宿るとして神意を感じ、「磐座」(いわくら、神が宿る所)として祀ってきた歴史があります」

ーーそしてこうも書いている。

「伝統的な日本庭園は、自然との間に作庭者の見立てという見えない橋が架かっており、その見立ての妙にこそ、生命があると思います」

「日本の庭というものは、天然自然との間に見立てという精神の橋を架けることで出現する、『もう一つの自然』なのだといえるでしょう」と。

ーー

本書で指摘されているように日本庭園は美意識が優先され、自然との調和がなによりも尊ばれた。

江戸初期に小堀遠州が造作した庭園は庭師によって400年後の今も美しく維持されている。

京都南禅寺や醍醐寺の庭園も見事というほかないが、これらも、庭師の存在が無ければ、もうただの林に成っていたことだろう。

大勢の庭師を雇い広大な庭の維持管理をするのはとても費用が掛かるのだが、それが当たり前にできているのが文化というものなのだ。

それに優れた庭師が脈々とその技(わざ)を伝承してきたことも称賛に値するだろう。

こうした文化の存在を朝鮮育ちの人物の口から発せら無ければならない状況が今の日本に起こっているということだ。

(日本人は自国の自慢さえできない状況に置かれている)

ーー

三島由紀夫の最後の作品『天人五衰』(『豊饒の海』第四巻)の最後の場面も円照寺の静寂を極める庭園の描写である。

明日香の石舞台、亀石などは千年以上前の古墳なのだろうが、今は、自然の背景の中に、まるで飾られたかのように存在する。

その神々しさで、似ていると思ったのは、マルタ島にいくつも残る巨石神殿だった。

ーー

そして呉さんは「(日本の)ソフトアニミズムは世界性をもっている」という。

物に命が宿るとする考えがアニミズムなのだが、

「未開社会に特有なアニミズムの世界では、たとえば人形を作れば、それは人の魂を移らせる呪術行為となります。こうした感覚があまり強ければ、いつまでたってもアニミズムの世界から抜け出ることはできません」

「しかし、その世界を完全否定するのではなく、ソフトに和らげた感覚をもって生かしながら文化をつくっていこうとするのが、日本に特有なソフトアニミズムです」

ーー

日本文化は女史にとっては異文化である。

女史の評論はその異文化を表現しようとする努力の結晶であろう。

日本人は女史の表現の中に新たな日本を発見する。

2017年7月20日 (木)

贋金の横行がスマホによる電子決済を促進し、新商売の発明・実践に繋がった

ーー以下「宮崎正弘ブログ、書評」より抜粋編集

津上俊哉『「米中経済戦争」の内実を読み解く』(PHP新書)

支那では相続税は無く、台湾では10%、日本では累進である。

民進党代表の蓮舫氏は、支那、台湾、日本の国籍を使い分けることで、資産の保全を図っていると言われている。

支那では徴税がうまく機能していないのだ。

ーー

ところが何が幸いするかわからない。

支那では例えば現金自動支払機ATMから偽札が出てくる。

偽札の横行は、自動販売機を使えない機械にしていた。

それで現金決済ではなく、スマホに販売者のQRコードを読み取らせ、電子決済するようになった。

しかし電子決済は、取引の匿名性が無くなる。

北京はこの電子決済の普及によって、徴税しやすくなったのだ。

北京政府は、電子決済の導入によって、ようやく徴税できる体制を整えることができた。

ーー

また歳入、歳出が不明であったことが幸いにも、財務破綻をわからなくしてきた。

歳入、歳出が不明なので、北京が公表する財務情報は、全て根拠なきものだった。

それで、北京は、米国債を購入して、それを積み上げることで信用を確保した。

(かつそれを売り払うといっては米国を脅してきた)

ーー

贋金の横行がスマホによる電子決済を促進し、新商売の発明・実践に繋がったのだつた。

ーー

が、それだけでは、

「新しいビジネスモデルを使った私営企業中心の『ニューエコノミー』が急速に成長している」

アリババの通信販売の躍進、バイクシェア、空車手配など「この分野では、既に日本は凌駕されている」という分析には賛成できない。

と言うのも、電子決済の行き着くところである架空通貨ビットコインが、世界の九割が支那で流通していて、大暴落したからだ。

ーー

「一方、長厚重大、原料素材といった領域では、国有企業が中心の『基幹産業(オールドエコノミー)』が過剰設備で苦境に陥っており、人員整理が必須である」

津上氏は、これについて支那財政の「赤字が急増」しているとし、「短期の崩壊は考えられないが、長期の見通しは悲観的」である、としている。

ーー

驚くべき数字がでてくる。

「2009~2016の8年間に行われた固定資産への投資の累計額は320兆元。2018年第一四半期までには400兆元、約6600兆円に達する」

この不動産投資を拡大してきたのは地方政府である。

中央政府は地方政府に対して、市ベル以下の債務を、「地方債」を発行して補えと通達した。

この「地方債」が地方政府によって、バカスカ発行された。

2015年、5~12の8ケ月で3兆6000億元、2016年は5兆元、2017年前半には国債の発行残高を上回った。

支那経済誌は、地方債務は、2015年末に35兆元、581兆円と算定している。

評者(宮崎)は、当時、地方債務の合計を340兆円以上と推計していた。

いまやその数字を超えている。

ーー

不動産好景気(バブル)の崩壊は秒読みだ。

が、その後に支那発の世界金融恐慌が起こるはずだ。

2017年7月19日 (水)

左翼の理論が結局は「<法>を否定し、隷属と不自由をもたらす誤ったもの」である

ーー以下「宮崎正弘ブログ・1/31コメント」より以下抜粋編集qazx

1997年5月の末に偶然、私は中川八洋教授の著書に出会うことになった。

当時私は左翼から転向したことを記した小冊子を発行し、ミニコミ紙店にも置いてもらっていた。

それを読んだ人が、多くの本を送ってくれたのである。彼は、左翼から「保守派」に転向した人であった。

1980年頃に一度会ったことがあり、当時その人は保守派と自ら言っていた。

しかし、私は、彼を民族派と考えていた。つまり送られてきた本はほとんどが民族派の人のものであった。

その本の中に中川八洋教授の本が一冊だけあった。

ーー

その本は1995年8月刊の『近衛文麿とルーズベルト-大東亜戦争の真実』(2000年12月に『大東亜戦争の開戦責任 近衛文麿と山本五十六』と改題されている)というものであった。

著書の中で中川氏は、「戦前昭和期の日本は社会主義国家であった。日支戦争と太平洋戦争に最大の責任を持つ近衛文麿は、民族派の衣をまとった共産主義者であり、戦争目的はアジアと日本の共産化であった」と書いていた。

当時左翼から転向したと思い込んでいた私は、その考えの甘さを金槌(ハンマー)で強打されたような衝撃を受けた。

それからの私は中川氏の著書を、購入したり図書館で借りて、氏の雑誌論文に至るまで手に入るものは全て入手して読んでいった。

ーー

1997年9月に1996年11月刊『正統の哲学 異端の思想』を読んで、私は非常に多くの考え方を吸収した。

この著書によって私は英米系の法思想、法の支配について学んだ。

平等は「法の下での平等だけが正しい」ことを学んだのだった。

私はこれにより、平等という概念に、得心したのであった。それまでは、なおあいまいな部分が残っていたのである。

私は、これによって、平等思想(「平等=善、不平等=悪」)を完全に否定することができた。

ーーー

同年9月に読んだ氏の1992年6月刊『戦争の21世紀 蘇えるロシア帝国』は、すこぶる深いソ連=ロシア分析の書であった。

「ロシアは侵略と退却と再侵略をサイクル的に繰り返して領土を拡大してきた伝統を持つ国家である」

「侵略国家ロシアは、共産主義ロシア(ソ連)から「市場経済」ロシアに衣を変えただけで、国家目標は不変である」「すなわちロシアは21世紀にユーラシア大陸を侵略征服しようとしている」

「現在は米国ら西側自由主義国を油断させるために大退却をしているに過ぎない。大反攻=大侵略するために大退却しているだけである」

この「1991年のソ連の崩壊は国家の偽装倒壊である」という主張に対しては、何度も読み返した。

ーーー

1996年6月、革命という考え方を否定した後の私は、日米同盟の立場に転換していったのだが、1998年4月に読んだ中川氏の1985年7月刊『現代核戦略論 核時代の平和学』からは、

ロシア・共産支那・北朝鮮に対する日本の核武装と核戦略そして日米核同盟の強化についての認識を飛躍的に深めていくことができた。

そして私は1998年の半ば頃には、真正な保守主義(=真正な自由主義)を自分の思想にしていた。「真正な保守主義」と表したのは、民族派も保守を唱えているからである。

ーー

私は極めて長期間、平等思想(「平等=善、不平等=悪」)に基ずき革命運動を行い、祖国と国民に敵対してきてしまった。

この罪は自分の活動によって償(あがな)っていかなくてはならない。

日本では真正な保守主義(=真正な自由主義)の言論が非常に弱い。だから左翼が強いということになっている。

私は微力であっても、真正な保守主義(=真正な自由主義)の主張を展開し、また左翼思想の誤りを明らかにして、日本に少しでも貢献していきたいと決意した。

そして民族派の誤りについても明らかにしてきたいと考えた。

ーーー

ここでは、私が長らく関わってきた左翼思想の誤りについて再度述べよう。

人間(国民)は生まれた時から異なっている。男と女は違うし、同性でも相互に差異がある。成長するにつれてますます差異は大きくなっていく。つまり人間は本質的に不平等なのである。

もし平等であったならば個性もなにもないロボットになってしまう。

人間の社会は上下の秩序によって形成されている。家庭でも学校でも企業でも国家の機関でもそうだ。上下の秩序とは不平等ということである。

もし政治社会、経済社会に平等な関係を要求したら、社会は瞬時に崩壊し、社会そのものが形成できない。人間はバラバラの個となり、人間ではなくなってしまう。

ーーー

ある人は政治家になりたいと思う。ある人は軍人になりたいと思う。またある人は学者になりたい。企業経営者になりたい。野球選手になりたい。歌手になりたいという人もいる。

千差万別である。考える内容も異なる。これらの自由は、不平等性の承認が前提になっている。

平等が強制されたら国民の自由は否定されてしまうのである。それは人間であることの否定だ。自由は不平等原理に基づくものなのである。

ーーー

国民個人に能力の不平等があり、努力の程度にも不平等があり、また運にも不平等があるから、経済活動の結果としての所得やその累積たる富が不平等になるのは自然なことなのである。

自然なことを公正であり正義であるとすれば、不平等であることこそが公正であり正義であると言うことができる。

遅れた社会でも、家族の能力の差によって経済的な不平等が自然に生まれていた。

私が革命幻想に支配されて勝手に、アイヌやインデアン社会を「平等な社会だ」と解釈していただけであった。

能力も努力も運も異なる個人・家族に対して、所得や生産物の平等な分配を求めることは、それこそが不公正であり不正義である。逆平等なのである。

ーーー

自由の基礎は、私有財産制(生産手段の私的所有)と自由主義経済つまり市場経済である。この時に国民には、生活の糧を得るための経済的な自由が保障されることになる。

経済的自由がない体制では、政治的な自由も存在しえない。

共産党が独裁支配する共産主義国家では、生産手段の全てを国家が独占所有するから、国民は国家から離れたら生活の糧を手に入れることができない。

このようにその政治状況を認める以外に生きる術がない状態では、国民に政治的自由が認められる道理はない。国民はその政治状況の奴隷と化することになる。

ーーー

自然なこと、当たり前のことを公正であり正義であるとして、それを例えば<法>と名づければ、

日本国民の存在によって自然に形成された、つまり自生的な制度である日本国家や天皇・皇室や私有財産制度や市場経済等は<法>である。

また古くから真理、道理として伝承されてきたもの、例えば国家には自衛権(個別的・集団的)があるとかも<法>である。

男女は異なる、人間は不平等である、経済的な不平等は自然であるとかの不平等原理も<法>である。

国民が世襲してきた自由、つまり生命や身体や財産の自由とかも<法>である。

そういう当たり前のこと<法>を発見して明文化したものが正しい憲法である。当たり前のこと<法>に反する憲法条文は無効である。

「法の支配」つまり「<法>→正しい憲法→正しい法律」の支配が貫撤している国家が、文明国家である。法は国家権力も支配する。

法こそが「主権者」であるといってよいだろう。私たちはこの当たり前のこと、つまり法の支配を堅持することによって、日本国家の安全と存続を守り、国民の権利・自由を守っていくべきなのである。

もちろん国際法を守り、侵略を否定する。真正な保守主義(真正な自由主義)とは、祖国と法の支配を守っていく立場をいう。

自由と共存できるのは不平等原理なのである。唯一正しい平等は、「法の下の平等」だけである。

ーーー

地獄への道は、観念的な正義や善意で敷き詰められている。私は、全ての人が平等に暮らすという観念的な正義を善意で実現しようとした。

私はこの平等思想に洗脳されて、日本の政治社会と経済社会を平等ではないとして否定し、

日本国家そのものも否定し、また国際法も否定して、平等な新世界秩序を創造するために世界革命・反日革命を目指していったのであった。

「平等と真の自由が実現される世界共産主義社会の建設」が革命の目標であった。しかし、平等と自由が共に実現される社会など絶対にありえないのである。

平等の実現は自由の死であり、平等の実現は秩序ある社会の死であった。

結局、平等を求めた先には自由度ゼロの、共産党が、国民を支配・収奪する超絶不平等社会が誕生することになる。

現代社会には多くの欠陥はあるが、この平等思想による革命によって、その何万倍も酷い独裁国家が作られていった。

平等思想は間違いであり、革命へ導くための謀略思想にすぎなかったのだ。

ーーー

不平等こそが善であり、平等は悪なのである。つまり、左翼の根本思想「平等=善、不平等=悪」の平等思想は転倒している。

しかしこの真理はほとんど理解されないのである。

「平等=善、不平等=悪」は強力な政治的主張である。平等思想は大衆のさもしい妬(ねた)みを増殖させていく。

言葉の正しい意味での社会の指導者層に対する敵愾心を大衆に植えつけていく。国家社会を憎悪させていく。

平等思想はまた未熟な知識人の正義心や善意を刺激して、国家社会と指導者層を価値否定させていく。

その上に「階級国家論」「階級支配論」「搾取理論」「帝国主義論」「ブルジョア法論」等々の虚偽理論で洗脳されると、

人々は現体制否定の感情に理論的な裏付けを与えられて、革命運動を実践していくようになるわけである。

ーーー

今日の日本の政治社会、経済社会は不平等ではあるが、この不平等は支配や搾取とは全く別の概念である。

左翼は「不平等=支配」「不平等=搾取」と錯覚させられている。それは「階級国家論・階級支配論」「搾取理論」という嘘の理論なのである。

今日の日本には階級支配などないし、日本の資本主義に搾取はない。また日本は帝国主義ではない。

戦前昭和期の日本が全体主義の帝国主義だったのは、法の支配を否定し、国際法を否定する革新=左翼体制の国家だったからである。

左翼は、平等思想と前記した虚偽理論のレッテル貼りによって「捏造された日本像」を、現実の日本国家社会の実体だと思い込まされて、日本の体制や日本そのものを憎悪させられているのである。つまり洗脳である。

かつて左翼であった私が言うから間違いない。しかし洗脳されている本人には、このことが全く分からないのである。洗脳の恐ろしさである。

ーーー

平等思想、左翼理論は、国民を独裁支配し世界を支配したいと思ったマルクスやレーニンやバクーニンや毛沢東らが作りあげた謀略思想なのである。

法の支配を否定するのが革新=左翼である。法の支配があって初めて国民の権利・自由は保障される。法の支配を否定したら、独裁国家が出現するだけである。

現在も上記の左翼思想で洗脳されてしまっている人々には、どこに人間としての道理があるのか真剣に考え続けていって欲しいと思う。

ーーー

左翼のほとんどは日本革命派であるから、彼らの理論と反日革命を目指した私のそれでは、異なる部分も多い。しかし基本的な理論は共通している。

「日本は資本主義的搾取と階級支配がなされている国であり、対外的には帝国主義国である。だから我々は、現在の経済制度と政治制度を革命によって打倒し、搾取や階級のない、また対外的侵略(経済的・政治的)のない、共産主義社会を建設していかなくてはならない」

という思想は、結局のところ<法>を否定し、隷属と不自由をもたらす誤ったものなのである。

ーーー

上に、私の思想的転向の道筋(みちすじ)を長々と書いた。それは左翼の理論が結局は「<法>を否定し、隷属と不自由をもたらす誤ったもの」であることを理解し、思想・理論の誤りを自ら正していくことがいかに困難であるのかを私の例で示したものだ。

保守派の中にも、この平等理論を無批判に受け入れて逆平等の実現を望むものがいる。このことからも、保守派の中で平等理論に対する理論的な批判がほとんどなされてきていないことが分かる。

いまだに国民の一部分が、「<法>を否定し、隷属と不自由をもたらす誤った」左翼思想に洗脳されていっている。そしてそれを防止するための思想的、理論的な活動はほとんどされてきていない。

保守派自身が、平等理論が結局は「<法>を否定し、隷属と不自由をもたらす誤ったもの」だという理論をちゃんと持ち得ていないのである。

保守派が左翼思想を明確に否定しえないのは、保守思想に平等理論を無批判に受け入れてしまう未熟さがあるからだと、私は考えるものである。

ーーー2013/1/31

(国家存立と子孫の繁栄への)義務を自らに課す有徳の国民は美しいが、権利の要求に人格喪失して国家の存立も子孫の負担も一顧だにしない悖徳(背徳)の人間など、醜悪以下で日本国民として扱うべきか、ためらわざるをえない。美徳は社会規範として復権されねばならない。(中川八洋)

中川八洋先生の本『悠仁天皇と皇室典範』!!!(*°∀°*)

ーーー2013/1/31

2017年7月18日 (火)

一群の学者とメディアが、これらの事実を今も報道しないで隠しているのである

宮崎正弘氏が、ブログで、ある書物の刊行を「大事件」と書いておられる。

ーー以下「宮崎正弘ブログ」より抜粋編集

フーバー大統領回想録『裏切られた自由』(草思社)

フーバー大統領回想録の邦訳がついに刊行された。

この書の詳細な解説本渡邊惣樹『誰が第二次世界大戦を起こしたのか』(同)の最後には次のように記されている。

戦後、ルーズベルトやチャーチルの政治を批判すると、歴史修正主義者のレッテルを張られ歴史学会から追放された。

それは、「ルーズベルトとチャーチルが引き起こした戦後世界の混乱の真因から目を逸らさせたい歴史家や政治家がいるからである」。

ーーそして(p220)

南京事件についても、いわゆる慰安婦問題についても、アメリカはプロパガンダであることを知っている。それにもかかわらず、アメリカが日本を擁護しようとしないのはなぜなのか。

それは、ルーズベルトとチャーチルの戦争指導があまりに愚かであったからであり、その愚かさは、日本が(そしてナチス・ドイツが)問答無用に『悪の国』であったことにしないかぎり隠しようがないからである。

ーーと。

日本の真珠湾攻撃攻撃で一気にアメリカの厭戦ムードは吹き飛んだ。
 
アメリカは孤立主義から大きく逸脱し、まずはヨーロッパ戦線に大軍をさしむけ、ナチス・ドイツ、ムッソリーニのイタリアと戦闘。

西側を勝利に導いた。いや、勝った筈だった。

ところが、戦後秩序はソ連のスターリンが最大の受益者となった。

死力を尽くしたポーランドが共産化され、チェコ、ハンガリー、ルーマニア、ブルガリアばかりか、バルカン半島に到るまでソ連が手に入れた。

極東ではソ連は、南樺太、全千島を手に入れ、アジアは支那共産党の手に落ち、朝鮮半島は南北に分断されたのだった。

つまりルーズベルトはソ連の領土拡大に協力したことになる。

ーー

フーバー大統領(任期1929−1933)はルーズベルトが「何かを仕掛けた」ことを本能的に直感した。

が、当時、すべての密約は封印されていた。

フーバーは、20年の歳月をかけて議会議事録、外交文書そのほかを緻密に検証した。

そして、フーバーは、ルーズベルトが日本にハルノートという最後通牒を突き付けていたことや、真珠湾攻撃前に米軍が日本軍の暗号を解読していたことを知る。

つまりルーズベルトとチャーチルは、世界戦争を「仕掛けた」のだった。

ーー

ルーズベルトは、大統領就任直後にソ連を国家承認した(1933年11月)。

ルーズベルト政権には、ソ連工作員(スパイ)や共産主義者が蝟集していたからだった。

そしてかれは、国策を次々とあやまった。

平等を訴えた共産主義者が結果的に世界に混乱と一層の不平等をもたらしたのだ。

こうして共産主義は思想としても敗北してしまった。

ーー

そんな共産主義者が日本では今も、メディアを支配し、誤報を流し続けている。

ーー

さて、1938年3月8日に、フーバーはヒトラーと会見している。

「ヒトラーは自身の言葉で国家社会主義思想に基づく経済再建を語った。情報の豊かさは彼の優れた記憶力を感じさせるものだった」(渡邊解説本、p64)

その前年、1937年にルーズベルト政権はシカゴで演説した。有名な『隔離演説』である。

この演説で、ルーズベルトは「日独伊三国によって世界の平和が乱されている、これを是正するためにはアメリカは積極的に国際政治に関与しなけれはならないと訴えた」(同p72)。

ーー

1939年3月15日、ナチスのチェコ進出は、「少なくとも軍事侵攻ではない。ハーハ(チェコ)大統領との合意によるものだった」。

「フーバーが考える独ソ戦では、ドイツはソビエト侵攻の通路(ハイウエイ)となるチェコスロバキアを通らざるを得ないことは自明である」(同p88)。

ーー

英米は、ナチスはスターリンとの対決に向かうと考えていた。

ここで英国のチャンバレンはポーランドの独立を保障する宣言を行った。

ナチスが、ポーランド回廊を通過するのは自然であり、このポーランド独立を英国が保障するということは、フーバーからみれば愚かな政策であった。

ーー

「犬猿の仲であった独ソ両国の唯一の共通点。それが第一次大戦期に失った領土回復を希求する強い思いであった」(同p99)

ヒトラーは独ソ不可侵条約を結び、しかもソ連もポーランド侵攻に踏み切る。

舞台裏では何回も複雑に執拗に交渉が続いたが、ポーランドの誤断も手伝って、ついにナチスはポーランドへ侵攻する。

「この戦いがなければ日米戦争がおこるはずもなかった」が、ポーランドの稚拙な対独外交が原因で、戦線が広がり、日米開戦への道が準備される。

ーー

その後の戦争の展開は周知の事実である。

問題は「カイロ宣言」、「テヘラン会談」から「ヤルタ」会談、そしてポツダムへと米英ソの『密約』が次々と進んだことだ。

ルーズベルトとスターリンの謀議は進展し、途中からチャーチルはのけ者にされ、やがて病魔に冒されたルーズベルトは正常な判断も出来なくなった。

トルーマンはルーズベルトから殆ど何も聞かされていなかった。

原爆を保有したことさえ、トルーマンは知らなかったのだ。

ーー

一群の学者とメディアが、これらの事実を今も報道しないで隠しているのである。

2017年7月17日 (月)

過去数十年に我々が見てきたものは、『力による平和』であって、それが冷戦に打ち勝つ鍵でもあった

ーー以下「宮崎正弘ブログ、読者の声」より抜粋編集

ジェームズ・A・ライヤン「力で北朝鮮と対峙せよ」(ワシントンタイムズ、7月12日)

退役海軍提督(元太平洋艦隊司令官。元国連米国軍事上級代表)

ーー以下邦訳抜粋

北朝鮮は、7月4日、ICBM (大陸間弾道弾)を開発し、試射に成功したと公表した。

それは我々アメリカの同盟諸国だけでなく、アラスカもまた爆撃する潜在力をもつ。

この試射に至るまで、トランプ大統領をふくむ過去5代の米政権は、支那が北の核兵器開発を制御できると考え、支那にそうするよう求めてきた。

しかしその考えは間違っている。

それをはっきりさせたい。

ーー

先日の北の大陸間弾道弾は16輪式、路上移動式、かつ可搬式発射台を装備した車両により試射された。

この車両は、支那が提供したものだ。

日本からの報道によれば、北には8台の支那提供の発射台がある。

支・露は北朝鮮が試射した日に、「米が南との大規模軍事演習をやめれば、北の核と弾道弾の試射を凍結(解体ではない)させる」との共同声明を発表した。

この事実は、支・露が事前に北から試射の告知を得ていたことをものがたる。

ーー

これらの事実は、支・露が、北の核兵器開発を支援していることを示すものだ。

さらに他の情報から、北はイランの国外核兵器開発地であり、実験場である。

ーー

そして忘れてならないことは、支那が、第一列島線全体の覇権を追求していることだ。

そこには台湾が含まれる。

次いで支那は、第二列島線を狙い、そこにはグアムが含まれている。

支那は、これら戦略目標を、アメリカが軍事的優位に立たない以上、放棄することはない。

ーー

支・露は、北に核を持たせることで、太平洋全体におけるアメリカの影響力を、衰退させることを企図していると言えよう。

ーー

しかもこの支・露の「軍事演習を止めろ」共同声明は、傷口に塩を塗り込むような提案だ。

と言うのも、この軍事演習は、過去50年にわたり南の安全を保障してきたからだ。

何故我々はこれを変えなければならないのだ? 

北京は、我々が米南軍事演習を止めないことを知りながら、恐らく国内に向けて言っているのだ。

ーー

文在寅大統領は、7月6日、北との対話を提案し、金正恩に会う用意があると言明した。

さらに、和解するため、いっそうの経済協力と家族合流の再開を呼びかけた。

しかし対北融和は、これまで南の安全保障を弱体化しただけだった。

悪事をはたらいた全体主義政権に報酬をやることはない。

残念だが、文氏に得るものはない。

ーー

ポーランドのアンジェイ・ドゥーダ大統領とワルシャワでの会見の中で、トランプ大統領は、「かなり厳しい事」を考慮していると言明した。

大統領は、以前に支那が問題解決に失敗したので、我々はそれを自分自身でやらねばならないとも言った。

過去数十年に我々が見てきたものは、『力による平和』であって、それが冷戦に打ち勝つ鍵でもあった。

北に核開発を止めさせるのも、『力による』以外ないということだ。

ーー

現在の状況を変える為に、我々は南から米軍家族を退避させる計画を提案する。

米軍家族という『人質』を除去することで、我々の軍事作戦がより自由になる。

アメリカの軍人家族、扶養関連のすべてを南から退避させる。

その時間稼ぎのために、我々は西太平洋において軍事力を増強すべきなのだ。

ーー

これには2〜3の強襲艦群や空軍の爆撃部隊と、24戦闘部隊に付随した支援隊を含む。

我々はまた戦術核兵器を南に再導入するだけでなく、前線で展開する潜水艦に搭載することも計画する。

破壊計画は巡航ミサイル搭載の艦船を提供するためであり、これも軍事拡張の一環である。

その全体計画の中には、同盟国との調整要因が盛り込まれるべきである。

その意味で台湾のための軍備拡張もまた計画されるべきだ。

ーー

北に対しては、核武装を容認しないと、明言する。

そして北が、核計画を解体しなければ、我々が破壊するべきなのだ。

(訳 インパクトジャパン)


(宮崎正弘のコメント7/15)日本のメディアではお目にかかれないアメリカ軍人の意見です。しかもライヤン提督は、いまのハリー・ハリス太平洋艦隊司令官のポストにあった人で、はるかに先輩、ペンタゴンに意見できる元高官です。

(宮崎正弘のコメント7/16)ライヤン提督ですが、十年ほど前まではよく日本に来られたので、小生も何回か、おそらく十数回食事したり、議論したりしました。常宿は広尾の新山王ホテル、あそこのバアはドル建て、然しホテルより町中がお好きでしたね。いつもにこやかで、アメリカ軍人の鏡のような、寛大で知性のある人です。

«日本の国力は経済、いや文化です、それが第一です

2017年7月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31