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2018年6月21日 (木)

日本書紀が漢文で書かれたのは当時の支那朝鮮世界に通じさせるためではなかった

ーー以下「ねずブログ」より抜粋編集

十七条憲法といえば「和を以て貴しとなす」というくらい、この文章は有名です。

その日本書紀の原文は漢文で「以和為貴」と書かれている。

しかしその漢文は、支那人には文章としても理解不能であり、意味も不明なのです。

日本書紀が書かれた8世紀の支那人になら理解されたのかもしれませんが、少なくとも現代支那人には理解不能なのです。

ーー

理由は単純で、現代支那に「和」という文化がないし、「それを貴しとせよ」という発想もないからです。

だから「和を貴しとなせ」という文章は日本人にのみ通じる。

ーー

日本書紀の漢文は、日本人にしか通じない。

つまり日本書紀は、漢文で書かれているものの、「日本語である」のです。

ーー

ローマ字で書かれた日本語の文章。

この文章は、見た目は、英文ですが、英人には意味不明です。

それと似て、日本書紀は漢文で書かれてはいるが支那人には意味不明である。

つまり日本書紀が漢文で書かれたのは当時の支那朝鮮世界に通じさせるためではなかった。

ーー

ではなぜ漢文を使ったのか。

その理由の一つとして文字がなかったとされています。

ところが、例えば「ホツマツタヱ」は日本書紀のネタ元であることがわかっていますが、それはホツマ文字「ヲシデ」で書かれている。

つまり文字はあったのです。

ーー

磨製石器の登場は、村落の形成、その中で社会的分業を伴う共同生活がなされていた。

このことは同時に言語による意思疎通(コミュニケーション)がなされていたことを意味します。

(現代の定説)

ーー

世界の磨製石器の時代は、およそ8千年前にさかのぼります。

我が国では世界最古となる3万年前の磨製石器が発見されているのです。

しかもその後、磨製石器の時代から、1万7千年前に始まる縄文式土器の時代へと

文化の接続を証明する数多くの磨製石器が年代ごとに発掘されています。

ーー

ということは、我が国では、

磨製石器を使っていた人々が、
縄文式土器を作るようになり、
強力な火力を得て、薄手の弥生式土器を作るようになり、
大規模農業の土地開発を行い古墳時代を迎え、
河川に堤防を築くようになり古墳時代を終わらせ、

中世の貴族たちの荘園時代を迎え、
新田開墾者たちが武装して武士の時代を築き、
外敵の侵略に備えるために明治維新を成し遂げ、
戦争の時代を終わらせて

今平成の時代を築いてきているわけです。

ーー

つまり我が国は3万年前の磨製石器の時代から、ずっと伝統文化を継承してきて現代に至っているわけです。

ーー

それだけ古い歴史を持つ我が国では、7世紀初頭の十七条憲法が出来た時代や、8世紀初頭の日本書紀が出来た頃の時代には、

全国の豪族ごとに、かなり異なる言語を持っていたと考えられます。

このことは、現代に至ってもなお、全国各地に方言が強く残っていることで証明されます。

ーー

方言が異なれば、それを表記する記号・・・つまり文字が、全国各地毎に異なっていたとしても何ら不思議はありません。

むしろ3万年もの間、まったく文字を持たなかったと考えるほうが異常です。

ーー

その文字の定義ですが、何をもって文字とするかは、きわめて定義が曖昧です。

なるほどアルファベットや、キリル文字、あるいは楔形文字、篆書(てんしょ)など、世界には様々な文字があります。

が、どの国のどの民族の文字も、もとをたどせば、記号からスタートしていることは、間違いのないことです。

ーー

ですから、たとえば日本人である我々は「あいうえお、アイウエオ」などを文字と考え、♂(おす)♀(メス)や、▲(男性)▼(女性)などは、記号であると学校で教わります。

(ちなみに▲と▼を組み合わせて男女の交合を意味したのがダビデの星(✡)だと言われています)

ーー

しかし、これは記号で、こちらは文字だ、と分類されるようになったのは、普通に考えて、文字が音と結びついて、文字として固定化されてから後のことであるといえます。

つまり、もともと記号と文字の間には境目がなかったわけです。

我が国において、その記号がどのようにして生まれたかは、極めて明快です。

ーー

古代においては、我が国では鹿骨占い、亀甲占いが盛んに行われていたことはすでに常識化されている。

古事記でもイザナキとイザナミは水蛭子(ひるこ)が生まれたとき、フトマニ(太占)をしてご神意を伺ったと記述されています。

原文では「布斗麻迩(尓上此五字以音)ト相」と書かれています。

ーー

このフトマニ占いが、鹿の骨を用いたのか亀の甲羅を用いたのかまでは古事記には記載がありません。

が、いずれにせよ、骨か甲羅を火で焼いて、そのときに出来たひび割れのパターンをもって、占いの結果を得ていたわけです。

フトマニによるひび割れのパターンは、

縦に一本線のときは何々、横一本線のときは何々、割れ目が二本のときは何々、ギザギザのときは何々などと、

それぞれの割れ方(パターン)ごとに、意味付けがなされていたものと思われます。

ーー

そして当然、そのパターンには、名前が付いていた。

そうした時代が長く続けば、おそらくは次第にそのパターンと、音声の母音と子音が結び付けられ、整理されて、それが五十音となっていったであろうことは、想像に難くないことです。

そしてそれを表記する際に、地方によって様々な表記の方法が工夫されてい行った。

それが、いま残る神代文字であろうと思われます。

ーー

神代文字は、ホツマ文字、カタカムナ文字、豊国文字など、いまわかっているだけでおよそ300種類もの文字種があります。

それらは現代の学会では、江戸時代の贋作だと言われています。

しかし江戸時代よりもはるかに古い時代の石碑に掘られた神代文字もあり、また菅原道真や源頼朝などがお伊勢様に奉納した神代文字による弊書も現存しています。

ーー

つまり、神代文字は、江戸時代よりも古い時代に、実際に「あった」のです。

その神代文字の中で、カタカナは、男性文字として現代にまで受け継がれています。

もともと漢字仮名交じり文では、女性は漢字のくずし字から進化したひらがなを用いますが、男性はカタカナを用いることというのが、昭和の戦中までの我が国の慣習です。

ーー

書いてみればわかりますが、くずし字であるひらがなの方が、はるかに書きやすい。

にもかかわらずカタカナが正式文字として採用されていのは、そこに意味があるからと考えるべきものです。

ーー

ちなみにそのカタカナにしても、現代学会では、カタカナは漢字の省略文字であるというのが定説です。

なるほど、江=エ、世=セなどは、そうかもしれないと思える。

けれど、ラ=良や、ワ=和などはかなり無理がある解釈、つまりこじつけとしかいえません。

ーー

むしろ新豊国文字の方が、いまのカタカナとかなりの親和性を持ちます。

ーー

十七条憲法が発布された7世紀の初頭や、日本書紀が完成した8世紀初頭というのは、我が国が統一国家として、全国をひとつのクニにまとめようと努力がなされた時期にあたります。

それまでの日本は豪族たちの集合体であったわけですが、ひとつひとつの豪族が、どんなに強くても、共通の言語と文字を持つ唐と新羅の連合軍に、半島で敗れてしまうわけです(白村江の戦い)。

これは当然です。

3万を越える軍勢を半島に送っても、その構成員達は、豪族毎に方言が強くて相互の会話が成り立たないし、使っている文字も豪族毎に異なるのです。

これでは作戦指揮を合理的に取ることさえできない。

ーー

一方、唐の国は、異なる言語を持つ多民族であっても、象形文字である漢字を用いいることで、それぞれの民族毎に話し言葉がまったく異なっていても、文字を使って相互の意思疎通が取れるわけです。

それならば、我が国も、同様に漢字を用いて、これを共通文字にしていこうではないかというのが、7〜8世紀の中央朝廷の大きな政策の柱となっていたのであろうと容易に考えられるわけです。

ーー

したがって、我々の祖先は、漢字を、国内の豪族間の意思疎通の道具として採り入れたと考えられる。

「以和為貴」は、日本語の「わをもってたっとしとなす」なのです。

ーー

神様のお名前もそうです。

日本書紀に書かれた最初の創生神は、国常立尊ですが、「くにのとこたちのみこと」なのです。

そして、「クニ」はこの世界、「トコ」は床の間のような一段高いところ、「タチ」は立つで、「ミコト」は、貴さが極まった存在のことをいいます。

つまり、あらゆる世界の一段高いところにおわす、もっとも尊い神様という、日本語読みした意味が「国常立尊」であるわけです。

ーー

日本文化というものは、現在の日本文化がそうであるように、

大陸やら朝鮮半島から入り込んだようなものではなく、

外国文化も取り入れつつまったく日本独自に発達発展してきたものなのです。

2018年6月20日 (水)

記紀の「高天原」は、この日高見国を神話化したもの

ーー以下「伊勢雅臣コラム」より抜粋編集

田中英道『日本国史』より

田中氏(東北大学名誉教授・美術史家)によると、わが国では歴史学と考古学はそれぞれ別々に研究しているのだという。

たとえば、日本国内において近年、重大な考古学的発見が次々となされている。

考古学的発見としては、日本で1万6500万年前の世界最古の土器が見つかっている。

青森県の三内丸山遺跡では5千年も前に建てられた(小学校の4階建て校舎ほどの)巨大建築跡が見つかった。

さらに北海道や長野、新潟から運ばれた黒曜石の飾り石などが発掘されている。

別の6千年前の遺跡からは稲作の痕跡が発見されているのである。

ーー

これらの考古学的発見をまともに考えれば、日本列島には数千年前の縄文時代から高度な文明があったと考えざるを得ない。

ところが、中学の歴史教科書で過半を占める東京書籍版では、縄文時代の想像図で、縄文人たちはいまだに毛皮を着て狩りをしている。

ーー

田中教授は、記紀・風土記・祝詞(のりと)などの古代文献に、考古学の最新の知見を加えて、日本の古代像を『日本国史』の冒頭で説明している。  

『日本国史』というのは「日本国」の「歴史」という意味である。

日本列島は、縄文時代から、村落・氏族の緩やかな連合という形で、国家が存在していた、というのである。  

ーー

記紀が朝廷の権威を高めるために創作されたものだとしたら。

たとえば、天孫は南九州ではなく、なぜ初めから中心地たる大和に降臨しなかったのだろう。

そちらの方がはるかに目的に適う。

また神武東征といっても、九州から大和地方までの西日本しか言及されていない。

中部地方以東はどうなっていたのか、記述がないのである。

ーー

九州から大和地方まで従えたのなら、さらに東海、関東、東北まで一気に平定した上で、中央に都を造ったとした方が、朝廷の権威も高まったはずである。

なぜこんな中途半端な物語になっているのか。

逆に言えば、天孫降臨から神武東征は、曲げられない史実であった可能性が出てくる。

ーー

田中教授によると、縄文時代の日本には関東、東北を中心に多くの村落が共通の神道信仰・文化で結ばれた「日高見国(ひたかみのくに)」があったのだという。

記紀の「高天原」は、この日高見国を神話化したものなのだと。

ーー

3千年前ごろから、気候が寒冷化し、それまで東日本に集中していた人口が南下し、西日本に移動し始めた。

その頃大陸では周から春秋戦国時代を経て秦が成立している。

すると大陸・半島からの難民・移民が増え、西日本の治安が悪化した。

ーー

そこで東日本を統治していた日高見国は、西日本の統合を決断した。

そのために、まずは日本列島の西端たる南九州に大船団を送って地固めを行った(天孫降臨)。

そこから北九州や中国、近畿地方の要衝を抑えていく(神武東征)という挟み撃ち戦略をとった。  

神武天皇が西日本を抑えて、大和地方まで進出したことで、従来から東日本を統治していた日高見国と合わせて、日本列島の主要部分はすべて統治下に入った。

その後、日高見国の主要部族も大挙して大和に移住し、大和朝廷は繁栄していく。

一方、日高見国は、寒冷化とともに人口減少で衰えていき、ついにはその存在も忘れ去られていった。

ーー

日高見国の存在について、田中教授は、膨大な論証をされている。

ここでは素人にも分かりやすい何点かのみを紹介しておこう。  

まず考古学的に、気候がまだ温暖だった約5千年前の縄文中期には人口が東日本に集中しており、人口比では東日本100に対し、西日本は4弱に過ぎなかった。

また縄文時代の集落は三内丸山遺跡に見られるように、500人前後の人々が狩猟、漁労、採集をして暮らしていた。

そのような縄文遺跡は甲信越から関東・東北に密集していた。  

それらの遺跡は地理的に連続的しているので、道でつながり、互いに連絡し合い、物資の交換が行われていたと考えられる。

ーー

この事は青森県の三内丸山遺跡から、北海道や長野、新潟産の黒曜石の飾り石などが見つかっていることからも実証されている。  

縄文土器も関東・東北・甲信越あたりから大量に出土している。

太陽信仰につながると考えられる石を環状に並べた遺跡(ストーン・サークル)も、東北・関東に数多く見られる。  

ーー

同時に縄文時代はきわめて争いの少なかった時代と推定されている。

発掘された人骨のうち、何らかの武器の攻撃を受けた痕跡があるのは1.8パーセントで、欧米やアフリカでの10数パーセントよりは1桁少ない。  

すなわち、縄文時代の東日本の集落は何千年もの間、共通の文化・宗教を持ち、互いに連絡・交易をし、平和裡に共存していたことになる。

ーー

従って、それらの集落が連合して、一つの祭祀国家として発展していったと推定することは、きわめて合理的なのである。

ーー

田中氏は、日高見国の中心は、現在の茨城県鹿島地方にあったと推定されている。

というのも、「延喜式神名帳」には、江戸時代まで皇室と関係する「神宮」は、伊勢神宮の他には、「鹿島神宮」(茨城県鹿嶋市)と「香取神宮」(千葉県香取市)のみである。

三つのうちの二つが関東にあり、しかもこの二つは伊勢の神宮よりもはるかに古いのだ。

ーー

鹿島地方は6,7千年前の縄文前期からの土器や遺跡が多数見つかっており、古墳も559基もある。

かつ鹿島神宮の東南2キロの処には、鉄を流した残滓が地表を覆っている製鉄遺跡まである。  

鹿島神宮に祀られている建御雷神(たけみかづちのかみ)は、「高天原」に成った最初の造化三神の一柱であり、天照大神よりも先に生まれている。

ーー

この建御雷神は、香取神社に祀られているフツヌシとともに、「出雲の国譲り」を成し遂げている。  

さらにその娘が、天照大神の子・天忍穂耳尊と結婚して生まれた皇孫・ニニギノミコトが「天孫降臨」の主人公となっているのである。

天孫降臨に随行したアメノコヤネは中臣氏(後の藤原氏)の遠祖であり、香取神宮に祀られている。

ーー

大和最大の神社・春日大社も鹿島神宮と同じく建御雷神を祀っている。  

ーー

ニニギノミコトの四世孫が神武天皇であり、東征においても、建御雷神が高天原から剣を送って助けた。

神武天皇は即位の年に、はるばると使いを鹿島に遣わして、建御雷神を祀っている。  

ーー

こうして田中氏は、鹿島地方を中心として東日本を統治していた日高見国が、西日本を治めるために高千穂への天孫降臨から神武東征までを実行したのだ、という。

ーー

『日本書紀』の日本武尊(ヤマトタケルノミコト)の陸奥における戦いのあと、「蝦夷(えみし)すでに平らぎ、日高見国より帰り、西南常陸を経て、甲斐国にいたる」と記されている。  

この記述からすると第12代景行天皇の皇子・日本武尊の頃には、主要な部族も大和地方に移住し、日高見国は衰えて、一地方となっていたようだ。

ーー

『常陸国風土記』には、「筑波郡茨城の郡の七百戸を分かちて、信太(しだ)の郡を置く。此の地は、本の日高見の国なり」という一節がある。

平安時代につくられた『延喜式』に定められた祝詞(のりと)には、日本全体を示す際に「大倭日高見国」という言葉が使われている。

支那『旧唐書(くとうじょ)』には「大倭日高見国」という名称が頻出する。

ーー

大倭が西日本を治める大和朝廷、日高見国が東日本を治める国、ということで、両方を足し合わせて日本全体を意味したと考えられる。

ーー

「日高見」とは「日を高く見る」という意味だ。

鹿島地方は房総半島の東端で、太平洋から上る朝日を真っ正面に仰ぐ土地である。

太陽信仰から考えても、この地が東日本の中心として、朝日を仰ぐ聖地であったことは当然と思われる。

その後の日本書紀の「日本」という国号にもよくつながっている。

ーー

日高見国の存在については、「総合力を欠いた研究方法」しか持ち合わせていない日本の歴史学界では、見て見ぬふりをするのが精一杯だろう。

しかしこの日高見国は、我が日本という国家の始まりを問う、国民全体にとって重要な問題なのである。                                        

2018年6月19日 (火)

つまり、もぅ「国軍不保持、交戦権放棄」の条文で日本人を縛り上げる手法は、無効になり始めて居るのです

ーー以下読者投稿より抜粋編集

ソロです。

1945年の終戦(敗戦)から1952年に連合国との講和がなるまでの間、日本は占領軍の支配下に置かれた。

占領軍は、旧体制を破壊するために協力者を募り、禁止用語(プレス・ラジオコード)表を協力者らに提示し、言論の検閲と弾圧をさせた。

そして協力者らに20万人もの旧体制協力者を告発させ、公職から追放し、代わりに協力者らを公職に就けたのである。

ーー

言論・メディアは、日本の戦後社会を決める重要な位置にあった。

その言論・メディアを支配していたのが、占領軍に協力し敗戦利得者となった人々であった。

現在ネット上で在日・反日勢力と呼称されている人々である。

ーー

彼らは、戦争の惨禍に対する国民の復讐(ルサンチマン)の思い(エネルギー)を反戦・平和という言葉で、消し去ることに成功する。

そして「国軍不保持、交戦権放棄」の条文を持つ占領軍(マッカーサー)憲法を日本人に強制した。

そうすることで、支那・朝鮮による軍事的な対日恐喝を有効にし、敗戦利得を維持することに成功したのである。

ーー

彼ら在日・反日勢力は、日本が国軍を持つと支那・朝鮮による対日軍事恐喝が無効になり、利権を失ってしまう。

それで言論・メディアは、「日本を取り戻す」という安倍政権を倒そうと躍起になった。

つまり、言論・メディアは、露骨に反国民的な運動を行いだしたのである。

ーー

しかし言論・メディア産業は、国民の視聴率や新聞の定期購読で、経営が支えられて居る。

ネット環境を手にした人々は、もうすっかり、既成の言論・メディアに対しては愛想を尽かしてしまった。

支持が減る中、それでも、国民の側に立とうとしないところを見ると、言論・メディアは、日本人に「日本を取り戻され」てはよほど困ると見える。

ーー

背後には、彼らが戦後手に入れたすべての敗戦利得を失いかねないような醜聞が存在するのだろう。

ーー

在日・反日勢力は、川崎デモで明らかにされたように、自分たちの利権を維持する為には、臆面もなく暴力を揮(ふる)う。

つまりこれは、「彼らを制するためにはそれを上回る暴力が必要だ」と言うことを意味する。

この単純な真理に、国民は気付き始めた。 

ーー

つまり、もぅ「国軍不保持、交戦権放棄」の条文で日本人を縛り上げる手法は、無効になり始めて居るのです。  

ーー

ネット住人の間には、在日・反日勢力に対する敵意すら存在する。

この敵意は、遠からず反日を主導してきた既成言論・メディアに向けて爆発するでありましょう。

その一番の平和的な措置は、圧倒的な武力を持つ存在、つまり自衛隊(軍)による反日メディアの制圧でしょう。  

ーー

日本では、事態を悪化させ、事態を回復出来無かった組織の責任者は、切腹しなくてはならない。

が、今の言論・メディアの責任者に、その覚悟がおありだろうか?   

国民を騙すような行為は、神を冒涜したに等しいのですよ。

(日本人は神の子孫) 

その責任を自覚出来無いようでは、企業の責任者としては勿論、日本人としても失格ですね。

ーー

それでは、われわれは、日本を「在日・反日勢力の手から取り戻し」た後どうすべきなのか。

それは、占領軍や在日・反日勢力が破壊した国体を取り戻すことでありましょう。

つまり明治政府が作り上げた富国強兵かつ人倫国家であり、教育勅語にある世界に戻ることを意味します。

ーー以下「伊勢雅臣コラム」より引用

戦後のアメリカ占領軍は、日本の強さの源泉が教育勅語にあると見破っていた。

だから、日本弱体化のために、真っ先に教育勅語の奉読を禁止したのだ。

ーー

現代アメリカで3千万部を超える大ベストセラーとなった「The Book of Virtue(道徳読本)」は教育勅語を下敷きとしていると言われる。

(Virtueは美徳)

その10の徳目も以下のように、教育勅語の12の徳目に類似している。

1)父母ニ孝ニ 
2)兄弟ニ友ニ 
3)夫婦相和シ = Compassion  
4)朋友相信シ = Friendship  
5)恭儉己レヲ持シ=Self-discipline、Perseverance  
6)博愛衆ニ及ホシ=Faith  
7)學ヲ修メ業ヲ習ヒ 
8)智能ヲ啓發シ=Work  
9)公器ヲ成就シ = Honesty  
10)公益ヲ廣メ世務ヲ開キ=Responsibility  
11)國憲ヲ重シ國法ニ遵ヒ=Loyalty  
12)義勇公ニ奉シ=Courage

ーー

しかし、教育勅語の徳目の順序をよく見ると、独特の人間観がそこに潜んでいる事が見えてくる。  

まず1)から4)は、家庭や交友という日常生活の中で習得・実践すべき徳目である。

次に5)から9)では、恭儉(きょうけん、人に対して慎み深く,控え目に振る舞う・こと)、博愛、学業、知能、公器(こうき、公共のためになる存在)という社会に出るために必要な性格や能力を磨く。

最後に、10)公益世務、11)国憲国法、12)義勇奉公は公のために尽くすべきことを示している。  

すなわちここでは、人間はまず家庭や交友を通して生き方を学び、次に社会に出るための修養を行い、その上で国家公共のために尽くすという人生観を前提としている。

ーー

これに比べれば、「The Book of Virtue」が説く項目は、あくまで良き個人となるためのもの、という印象を受ける。  

そもそも日本語の「人間」には、英語の「man」にはない「間」という字が入っている。

これは人は他者とのつながりの中で生きているという人生観の表れだろう。  

ーー

われわれは家庭では親であったり、職場では上司であったり、地域では町内会の役員であったりする。

我々は、他者との関係に従ってさまざまな役割を負い、それを立派に果たすことによって自らの処を得て、生き甲斐を感じることができる。  

教育勅語の説く徳目はそのような「他者とのつながりの中での人間」としての成長を目指したものであり、他者とは断絶した「個人」の人格的完成を説くものではない。

ーー

この「他者とのつながりの中での人間」という人間観は、国家や宗教などの共同体を前提としている。

わが国はこの面で非常に特異な歴史伝統を持っている。

それは教育勅語の冒頭の一文に謳われている。

(現代語訳は文部省図書局『聖訓ノ述義ニ関スル協議会報告書』(昭和15年)より)

ーー

朕惟(おも)フニ我カ皇祖皇宗國ヲ肇(はじ)ムルコト宏遠ニ徳ヲ樹(た)ツルコト深厚ナリ

(朕が思うに、我が御祖先の方々が国をお肇めになったことは極めて広遠であり、徳をお立てになったことは極めて深く厚くあらせられ、)

初代・神武天皇は東征を終えて、わが国の建国宣言とも言うべき詔(みことのり)を出された。

そこでは民を大御宝(おおみたから)と呼び、「天地四方、八紘(あめのした)にすむものすべてが、一つ屋根の下の大家族のように仲よくくらそうではないか」と呼びかけられておられる。  

これが戦後、日本の「世界征服」のスローガンであるかのように非難された「八紘一宇」の出所なのだ。

が、原意は国内の諸部族が仲良くまとまって、一つの国家としてやっていこうという呼びかけだった。

ーー

ちなみに「国家」に「家」の字をつけるのも、外国語にはない表現である。  

歴代天皇は、この精神を受け継がれて、民を大御宝として、ひたすらその幸せを祈られてきた。

わが国はこのような徳を基盤として建てられた国家であった。

「國ヲ肇(はじ)ムルコト宏遠ニ徳ヲ樹(た)ツルコト深厚ナリ」とは、この事を指していると考える。

ーー

我カ臣民克(よ)ク忠ニ克ク孝ニ億兆心ヲ一ニシテ世世(よよ)厥(そ)ノ美ヲ濟(な)セルハ此(こ)レ我カ國體(こくたい)ノ精華ニシテ教育ノ淵源(えんげん)亦(また)實(じつ)ニ此(ここ)ニ存ス。

又、我が臣民はよく忠にはげみよく孝をつくし、国中のすべての者が皆心を一にして代々美風をつくりあげて来た。

これは我が国柄の精髄であって、教育の基づくところもまた実にここにある。

ーー

歴代の天皇がひたすら祈られてきた大御宝の幸福を実現すべく、代々の国民もそれぞれの持ち場で、国民全体の幸せのために心を合わせて力を尽くしてきた。

それがわが国の美しい国柄であり、その美風を次代の皇室と国民に伝えていくことが、わが国の教育の目標であった。

ーー引用ここまで

決して国際金融勢力が主導した軍国主義に戻ることではないのです。

2018年6月18日 (月)

みんなで力を合わせることによって、日本人は、ひとりの力や能力ではとても到達できない高みを実現してきた

ーー以下「ねずブログ」より抜粋編集

毎年たくさんの外国人が日本にやってきます。

彼らは「日本人を観に来た」のです。

ーー

なにしろ日本は、1854年に開国するまで、長崎の出島にオランダ船にしか寄港を許していなかったのです。

その国が1868年に明治政府を作り、広く列強に開国して、1895(明治27)年には大国・清と戦い勝利し、清国の属国だった朝鮮を独立させてしまった。

またその10年後の1905(明治37)年には、大国ロシアと戦って勝っている。

1914年~1918年の第一次世界大戦では戦勝国となり、5大国入りしている。

ーー

1939年~1945年の第二次世界大戦では、英蘭仏には圧勝している。

ついに米国による空爆と原爆によって国土の8割を焦土とされて負ける。

しかしこの日本人が白人と戦う姿を見て、これまで白人に植民地化されていた地域がことごとく独立してしまった。

ーー

そして敗戦国日本は、市街地の8割が焦土と化していたはずなのに、みるみるうちに復興し、

1964年、終戦からわずか19年後には東京でオリンピックを大成功の裡(うち)に開催してしまう。

ーー

1989年末には、東京都の地価がアメリカ全土の地価以上となって、強くなりすぎた経済力に諸外国、特に米国から報復される状況となった。

そのため当時の大蔵省(現財務省)は貸し出しに総量規制をして自ら経済力をそぐような処置をするほどだった。

それ以来29年間物価はぴたりと動かず、人々の生活水準は見違えるほどに上昇した。

(物価の安定は国民を豊かにするのだが、それを実現するのはとても困難とされている)

どこへ行っても清潔で、街並みも落ち着いた洗練されたものとなり、訪れた外国人を驚かすこととなった。

ーー

そしていつの間にか日本アニメが世界中で鑑賞されていて、世界中に大きな影響を与えていたのだった。

しかも、1995年に阪神淡路大震災、2011年には東日本大震災、巨大津波、福島第一原発事故、が起きた。

日本人は、度重なる大震災でも人々が整然と行動し、復興税を拠出することで復興を国民全体で支えた。

気がつけば日本の安倍総理は、世界の政治を牽引する人物になっていた。

(日本には言論の自由があり安倍総理を悪く言う人もいる)

ーー

いったい、日本は、どうなっているのか。

日本人というのは、どのような民族なのか。

本で読んでもわからない。

自国にやってくる日本人に聞いても、全く説明できない。

ーー

それなら、自分で日本に行って、自分の目と耳と肌で日本を見てくるしかない・・・というのが、来日の動機なのだそうです。

ーー

分かっていることは、日本には磨製石器が3万年前の地層から見つかっているということです。

3万年前の磨製石器は世界各地で見つかっているのですが、それらは後に連続した生活の痕跡がないのです。

ところが日本の遺跡は、唯一長期間(1万年以上)に連続する痕跡が見られる。

ーー以下抜粋

(日本で発見された磨製石器は)昭和24年に発掘された「槍先形尖頭器」と呼ばれる石器です。

長さ約7cm、幅約3cmのこの石器は、薄緑色に透き通る黒曜石で出来ています。

群馬県みどり市笠懸町にある岩宿遺跡(いわじゅくいせき)で出土したものです。

時代は、いまから約3万年前の旧石器時代のものです。

ーー

そしてこの石器は、単に旧石器時代の石器というだけでなく、「人の手による加工技術の産物」として「世界最古の道具」でもあります。

日本以外では、こうした石器は、オーストリアのヴォレンドルフ遺跡出土の石器が、約2万5000年前のものとされています。

日本の磨製石器は、それよりも5千年も古い。

日本の加工技術は、なんと3万年の歴史があるなんて、なんだかすごいですよね。

ーー

技術大国日本の象徴のような気がします。

とっても感動的です。

ーー

ちなみに青森県の三内丸山遺跡といえば、いまから5500年前~4000年前の縄文時代の集落跡なのです。

が、ここでは多数の栗やクルミ、トチなどの木の栽培跡が確認され、有名な六本柱建物跡なども発見されています。

これだけ大きな木造建築物を建造するには、まず大木を伐採しなければなりませんが、ではどうやって大木を伐っていたのかというと、これが実におもしろい。

どのような道具で木を伐採していたのかというと、これが実は石でできた石器です。

ーー

どうやったかというと、まず木の根もとで火を起こして、伐りたいところを焦がす。

そして焦がしたところを小さくて先の尖った石斧で、すこしづつ削り、ついには木を伐り倒したのだそうです。

たいへんな時間のかかる作業ですが、そうやって伐り倒した樹木は、今度は枝を打ち払い、必要な長さに切って、家屋の建築や船の制作に使われた。

このときに使われた道具が、冒頭の写真のような先の尖った小型の石器だったわけです。

ーー

言い換えれば、3万年前というとほうもない昔の日本人は、先の尖った小さな道具一本で、大木を倒し、枝を打ち払い、適当な長さに加工して、さまざまな道具や建物建築に使用していたというわけです。

ーー

ちなみに加工をともなわない単なる「石器」では、これとは別に、日本で12万年前のものが発掘されています。

ーー

3万年ほど前に地球気温が急速に低下し、このためバイカル湖辺りのモンゴロイドは、一部はベーリング海峡を渡って北米大陸に向かい、一部は太平洋を南下して日本人となったのだという。 

つまり日本に人が住み始めたのはいまから3万年前だ、というわけで、その3万年前の世界最古の磨製石器が日本で出土した。

これが冒頭の写真となるわけなのですが、ところが、日本で、12万年前の石器が出土しちゃった。

こうなると日本て、いったいどういう国なのだろうと、なんだかワクワクしてしまいます。

ーー

もうひとつ、冒頭の磨製石器ですが、先の尖った形状の道具を使って、木を加工するという技術。

その技術の産物として、加工した磨製石器が出土したわけなのだけれど、このことについて、すごくおもしろいと思うのですが、奈良の法隆寺の五重塔です。

ーー

磨製石器は3万年前のものです。

法隆寺の五重塔は世界最古の木造建築物とはいえ、1300年ほど前の建造物で、時代は全然違う。

しかし耐震性や防火設備をそろえた、あの芸術品とさえいえる五重塔。

この建築は、釘を一本も使わず、ほとんど「槍(やり)カンナ」と呼ばれる先の尖ったノミのような道具一本で、あれだけの構造物が建設されているのです。

ーー

槍カンナというのは、もちろん鉄製なのだけれど、その形状は、そのまま冒頭の磨製石器が鉄になった形状のものです。

思うにそうした日本古来の、先の尖った道具一本で、木材に様々な加工を施してしまうという技術。

それは、日本で3万年前から使われていた磨製石器という先の尖った小型の道具を活用する技術として、日本ではものすごく古くて長い歴史と伝統の中で培われた技術であるように思えるのです。

ーー

そうでなければ、とつぜん降ってわいたように法隆寺の複雑な仕様の建築物など、できるものではありません。

言い方を変えると、世界最古の磨製石器が出土した日本は、世界最古の石を加工した技術国家であり、

かつ、先の尖った道具一本で様々な木造加工技術を開発した技術国家でもあったといえる。

ーー

すごいことです。

なにせ技術に3万年の歴史がある!

ーー抜粋ここまで

しかも世界最古の土器も日本で発見されている。

そして日本の各地でみられる人骨には、その他各地でみられるような武器による損傷が非常に少ないのです。

ーー

この2千年来の政治の仕組みも日本は独自のものを持っていることが知られています。

それは、権力よりも上位に天皇という最高権威が存在していること。

その天皇が、民衆を「おほみたから」とされていることです。

このことによって権力者も民衆も、人として対等な関係になります。

ーー

そして日本では、天皇が、最も優秀な人物を権力者に任命する。

権力者は、民衆が豊かで安心して安全に暮らすことができることについての責任を持つ立場となります。

権力者の才能を民衆を守るために揮(ふる)わせることができる。

ーー

そして今も最高権威である天皇が稲を植え米を、皇后が養蚕をし絹糸を収穫し、それを祖先神に奉(まつ)られている。

つまり天皇・皇后が労働し収穫されることで、民衆も労働が神聖で誇るべきものであると認識している。

こういう仕組みや労働観も、日本を世界の中の独特の存在にしている理由の一つではないかと考えています。

ーー

しかも、治水・灌漑工事を権力者(侍)が民衆を守るための公務として行っていた。

つまりみんなで力を合わせることによって、日本人は、ひとりの力や能力ではとても到達できない高みを実現してきたということになります。

2018年6月17日 (日)

もはや完全に在日の奴隷状態の日本人には、在日国家の軍門に下って貰うことになる

ーー以下読者投稿より抜粋編集

ポッポです

この日本には、日本が嫌いな連中がいる。

その連中は日本の政財界、教育界、言論・メディア、法曹界を支配しており、態度も声も大きい。

しかも日本人や日本社会に不条理な要求を突きつけている。

マッカーサー憲法を守れと言いながら、連中は憲法違反など平気でやってのける。

ーー

2016年6月5日の「日本人の言論を取り戻す為、日本人差別に抗議する為」の川崎デモが届け出のない違法な反対デモ隊によって中止に追い込まれた。

翌17年6月16日に同じ主催者によって再度「日本人の言論を取り戻す為、日本人差別に抗議する為」の川崎デモが決行された。

翌日毎日新聞は次のように報道したのです。

ーー引用開始

在日コリアンへの憎悪をあおるヘイトスピーチデモを主催し、横浜地方法務局から繰り返さないよう勧告を受けていた男性らが16日午前、川崎市中原区でデモを行った。

男性は昨年6月にもデモを強行したが、警察の説得などで中止に追い込まれ、ブログで再度のデモ実施を予告していた。

現地にはデモに抗議する市民ら数百人が集まり、「ヘイトデモ中止」と声を上げた。

ーー引用終わり

合法(警察に届け出ている)川崎デモ(35名)に反対する暴徒200名が襲いかかりました。

暴徒はデモ隊に対して包囲し、進路を妨害して道路を占拠して、デモの出発すらさせなかった。

ーー

警察は、法律で許されたデモ隊にデモを中止することを要請し、デモ隊はデモだけでなく、集会をすることも出来ずに解散せざるを得なかった。

これは、朝鮮人の本性を表したもので、朝鮮人らが日本の法を無視する事実を示したものでした。

恐るべきはこの暴徒の中に国会議員有田芳生らが混じっていたことです。

ーー

つまりこの事実は、国権の最高機関が、朝鮮人らによって乗っ取られていることを意味するのです。

この事実は、民主党政権であった2011年に南朝鮮大統領イ・ミョンバクが「日本乗っ取り完了宣言」を出したことでもわかります。

ーー

これは日本人側に在日朝鮮人らは弱者だと考え油断があったことも有ります。

メディアがそのように印象操作していたことが、このような事態を招いたといっても過言ではないでしょう。

言論・メディアを在日・反日勢力に支配されていた、そのことが朝鮮人の奴隷にされるような結果を招いたことになります。

ーー

在日朝鮮人の魯漢圭は、民団新聞にこう書いている。

ーー引用開始

もはや裏社会は我々(在日)が制圧した。  

その暴力と経済力を背景に日本の政官財界を侵略する。

60万在日の経済力は日本経済の2割に相当し、それは実に南朝鮮の経済力の2倍という凄まじい物だ。  

経済力に加え、地方参政権によって政治力も手に入れ、やがては軍事力も手にした日には完全に日本から独立した、世界で最も豊かな国家を手に入れることが出来る。  

もはや完全に在日の奴隷状態の日本人には、在日国家の軍門に下って貰うことになる。

こうして在日はアジアの頂点に立つことが可能となり、半島と日本を実質支配するのだ。

ーー引用ここまで

そして、その連中は、この歌「HINOMARU」に傷つけられたと文句を言い、

1、「HINOMARU」シングルを回収し、廃盤にすること
2、ライブなどで2度と歌わない事
3、「HINOMARU」の内容と、これまでの釈明が間違っていたと早急に表明すること

を、要求したのです。

ーー

どうやら日本の「表現の自由を保障する」憲法は彼らによって無効化されたようなのです。

彼らが、心を傷つけられたと言えば、歌を歌うことさえできない。

しかもその歌の内容は、「自分の生まれた国を好きで何が悪い!」というものだった。

ーー

「余命ブログ」で、法曹界が在日・反日勢力によって支配されていることが明らかにされた。

以来、遠からず日本人が言いたいこともいえない事態となることは予想された。

早くも、日本人が「自分の生まれた国を好きだ」と歌うことさえ許されない事態が訪れたことになる。

ーー

まさに、「余命ブログ」の「日本人と在日朝鮮人との戦いが始まった」ということなのだと思われます。

この戦いには何としても勝たなければ日本人は朝鮮人の奴隷にされてしまうのです。

2018年6月16日 (土)

自分の生まれた国を好きで何が悪い!

HINOMARU

風にたなびくあの旗に 古(いにしえ)よりはためく旗に

意味もなく懐かしくなり こみ上げるこの気持ちはなに

ーー

胸に手をあて見上げれば 高鳴る血潮

誇り高く この身体(からだ)に流れゆくは 

気高きこの御国(おくに)の御霊(みたま)

さぁいざゆかん 日出づる国の 御名の下に

どれだけ強き風吹けど 遥か高き波がくれど

僕らの燃ゆる御霊は 挫(くじ)けなどしない

ーー

胸に優しき母の声 背中に強き父の教え

受け継がれし歴史を手に 恐れるものがあるだろうか

ーー

ひと時とて忘れやしない 帰るべきあなたのことを

たとえこの身が滅ぶとて 幾々千代(いくいくちよ)に さぁ咲き誇れ

さぁいざゆかん 守るべきものが 今はある

どれだけ強き風吹けど 遥か高き波がくれど

僕らの沸(たぎ)る決意は 揺らぎなどしない

ーー

どれだけ強き風吹けど 遥か高き波がくれど

僕らの燃ゆる御霊は 挫(くじ)けなどしない

ーー

僕らの沸(たぎ)る決意は 揺(ゆ)らぎなどしない

ーー以上RADWINPS

ーー

1: 名無しさん@涙目です。(茸) [JP] 2018/06/14(木) 09:16:46.82 ID:EGAt6uzt0 わにさん 🐊RAD福岡大余韻 @Wimper_Ayn

「自分の生まれた国を好きで何が悪い!」

HINOMARUの後、よーじろーが叫んだ一言

あい*RAD福岡6.12参戦* @love07270

昨日のHINOMARU 号泣やった。

洋次郎も泣いてたし 会場皆泣いてた。

洋次郎は間違ってないよ

「自分の生まれた国を好きで何が悪い!」

ーー

4: 名無しさん@涙目です。(家) [US] 2018/06/14(木) 09:18:48.60 ID:TURjd4rV0

ノンポリだったファンもみんなパヨク大嫌いになったろうな

自ら嫌われるスタイル

59: 名無しさん@涙目です。(空) [ニダ] 2018/06/14(木) 09:29:00.10 ID:F9nKNyk+0 >>4

だよなあ。

何で自国を好きだと主張するとヘイト呼ばわりしてくるのか訳が分からんよ。

わざわざケチ付けてくる連中、狂人じゃねーかと。

ーー

8: 名無しさん@涙目です。(茸) [US] 2018/06/14(木) 09:19:17.46 ID:iVxIF5+C0

いやでもほんと

日本を好きって言えないようにしてるっておかしいよね

個人が主張してるだけならともかくマスコミの 論調がそれだからね

ほんっとおかしいわ

50: 名無しさん@涙目です。(庭) [US] 2018/06/14(木) 09:27:01.99 ID:ixXA1FQ80 >>8

その代わり日本シネは、流行語になるから、おかしな国だよな

ーー

10: 名無しさん@涙目です。(空) [PY] 2018/06/14(木) 09:19:47.20 ID:83mcoZo60

左翼ことパヨクこそがファシストだと明確に例証する事例

14: 名無しさん@涙目です。(茸) [ニダ] 2018/06/14(木) 09:20:27.08 ID:4VWbzZGf0

わざわざ自分からキチガイっぷりを披露し世界中から嫌われていくパヨク

17: 名無しさん@涙目です。(やわらか銀行) [ニダ] 2018/06/14(木) 09:21:20.66 ID:JdOCBT7/0

自分の国を好きだと言うと叩かれる

おそらく世界広しと言えど日本だけなんじゃないか?

23: 名無しさん@涙目です。(家) [US] 2018/06/14(木) 09:22:39.79 ID:TURjd4rV0 >>17 

ドイツも酷いらしい

ーー

18: 名無しさん@涙目です。(チベット自治区) [US] 2018/06/14(木) 09:21:35.34 ID:06QJVSHA0

会場前のパヨチョンの抗議活動(10万人:主催者発表)はあったの?

38: 名無しさん@涙目です。(庭) [US] 2018/06/14(木) 09:25:28.08 ID:o2B3sAZg0 >>18

26日にやるってよw

5000人位は動員しないと、真夏の部屋に出没した一匹のゴキブリだとバレちゃうよなー(笑)

58: 名無しさん@涙目です。(千葉県) [SE] 2018/06/14(木) 09:28:58.35 ID:JSI8Aa8m0 >>18

あれは26日予定だったかと それを前によくやったなぁ

パヨクは反発強めるだろうけど

20: 名無しさん@涙目です。(庭) [PL] 2018/06/14(木) 09:21:40.48 ID:z3xike8B0

パヨク、ウルトラ発狂wwww

2018年6月15日 (金)

日本人に悪意を持つ朝鮮人の存在は、日本人にとっては害悪以外の何物でもないのです

ーー以下「bb-danwa」より抜粋編集

パルムドール賞を受賞した是枝裕和の監督作品「万引き家族」を観てみました。

観る前から、日本の清潔な町並み、日本人の美点、文化など片鱗もないだろうと考えていました。

観た印象は、そのとおりでした。

ーー

故意に日本の底辺の汚い風景ばかりを写しています。

それが映画で狙った表現なら、それもよしとしましょう。

しかしながら、ここまで敢えて汚くする必要があるのか? 

と思われたのは食事シーンです。

ーー

何というお行儀の悪さ、ちゃぶ台の上の小汚さ。

一家の醜い佇(たたず)まい。

率直に言えば、食事の場面で「あ、これ朝鮮人」ととっさに思ったのでした。

(もっと率直に言えば、これ朝鮮人の家族じゃないの?と)

ーー

遠くにスカイツリーが見えるので、場所は、荒川区(町家~日暮里~三河島)江東区(枝川など「パッチギ」の舞台となったところ)足立区(千住)など、要するに朝鮮人が多く住む地域です。

ーー

とすれば彼らは、日本人から盗むことに、何の良心の痛みも感じないわけです。

日本人なら普通に持つ、お天道さまが見ている、という倫理観も彼らには欠如している。

朝鮮人家族なら「万引きをする家族」という映画も納得出来る。

ーー

犯罪を犯した男と女、虐待されたり遺棄されたりした子供たちが万引きを繰り返しながら寄り添い疑似家族を形成する。

それを綴(つづ)ることで家族の「絆(きずな)」とは何かを問う映画である。

とそこは理解できなくもないのですが、しかし結局、疑似家族は無残な結末を迎え、全体に薄汚くて、精神の浄化(カタルシス)も感動もない。

退屈はしなかったものの、描写が食べ方一つ、せりふ一つ「汚い」ので、見終わった時には、うんざりし・いやになっていた。

ーー

欧米では放屁より下品だとされているゲップを、ヒロインにしかも子供の前でわざわざさせる。

肉親としての家族に疑義を投げかけ、犯罪一家の絆も最後には壊れ果ててしまう。

監督は、家族制度そのものを否定しているように思える。

ーー

「海街diary」の食事の時の立膝といい、この監督の生活倫理みたいなものは、日本人としては受け入れがたく、違和感を覚える。

ーー

是枝監督は、彼らがアベノミクスの犠牲者たちだ、と言わんばかりだ。

(フィガロ紙も「政府への強烈な批評」と記述しています)

あたかも、万引きも人殺しも政府が悪いから、と言わんばかりなのです。

ーー

疑似家族の男役は工事現場で、女役はクリーニング工場で、娘役は風俗で働いている。

つまり一家は、「万引き」などしなくても暮らしは成り立つ。

わざわざ祖母役の年金にたかる必要もない。

ーー

疑似家族の設定自体がとても不自然で受け入れがたい。

ーー

フランスはヨーロッパでもとりわけ自国が一番という思いの強烈な国です。

有色人種を下に見下ろし、(個人的印象ですが)とりわけ、日本人に対しては警戒心と猜疑心が強いように見受けられます。

パルムドールは、それゆえ、白人の優越を脅かさない時代劇か、さもなくば日本の底辺をうごめく知的とは言えない人々の物語にしか賞を与えていません。

ーー

この映画を日本人が観ると何とも言えない違和感を抱くはずです。

日本国や日本文化を毀損する映画であるからです。

日本人であれば、こんな映画を賞賛するほうが、不正直です。

国内では、立憲民主党の女議員が、この映画を賞賛すべきだと、安倍総理に噛みついています。

官邸は、それに対し、受賞に対し祝意を伝えるにやぶさかではないので、どうぞお越し願いたいと。

そうしたら是枝監督は、公権力とは結びつきたくない、と返している。

ーー

しかし、この映画の制作に当たり、是枝監督は文化庁から助成金を貰っていたのです。

それに対しお礼の一言もない。

(まるで朝鮮人のようだ)

ーー

監督には、是非「なりすまし売春家族」、つまり日本人になりすまして売春を続け大もうけしていながら日本人に売春婦にされたと非難する朝鮮人家族の映画を作っていただきたい。

また、新大久保朝鮮人街(コレアンタウン)や大阪の朝鮮人街「鶴橋」に居着いた密入国不法滞在の朝鮮人「嘘つき被害者ぶり家族」の日本人に差別された悲劇なども、作られてはいかがだろう。

ーー

一見見えづらい、搦(から)め手からの「日本人や日本文化」の棄損が、実は厄介なのです。

朝鮮人らの悪意が直接分からないように娯楽映画の形を取っている。

朝鮮人らは、その映画を日本を棄損する政治宣伝として巧妙に用いているのです。

ーー

日本はこの手の間接的反日工作に対して、あまりにも無防備です。

(言論・メディアを在日・反日勢力によって支配されている)

ーー

「万引き家族」は、実は朝鮮人家族、と思ってみるととても納得できる映画となるのです。

それをもって政府批判をしても、あなたたちの政府ではないとしか言いようがない。

日本人に悪意を持つ朝鮮人の存在は、日本人にとっては害悪以外の何物でもないのです。

2018年6月14日 (木)

「司法権の独立」なるものも、「日本国の存立」の範囲でしか認められない

ー以下「余命ブログ・読者投稿・あまむし」より抜粋編集

1、「自治」とは《自分や自分たちに関することを自らの責任において処理すること》である。

自治の及ぶ範囲は、文字通り「自分や自分たちに関すること」の範囲であって、「他人に及ぶこと」「社会に及ぶこと」「国家に及ぶこと」の範囲については、「自治」は成立しない。

それが、「組織の自治」の基本的な認識である。

ーー

2、しかしながら、「日弁連」は「高度な自治」を主張している。

その「必要性」の根拠として、語られているのは、次の通りである。

A)「弁護士の地位(ステータス)が高いのは、国家権力から独立した弁護士や弁護士会の活動が市民に信頼されているから」である。

B)「弁護士は、基本的人権の擁護と社会正義の実現、ひろく法律事務を行うため厳格な資格要件が設けられ、かつ、その職務の誠実適正な遂行のため必要な規律に服」しているからである。

C)「憲法が定める司法権の独立の一環として、保障されるべきものである」からである。

ーー

3、しかし「日弁連」が主張するこれら〝高度な自治〟の根拠は全て正しくない

ーー根拠A)について。

《弁護士の地位(ステータス)が高いのは、国家権力から独立した弁護士や弁護士会の活動が市民に信頼されているから》

今回の憲法89条違反が確実視されている「朝鮮人学校補助金支給要求声明」を「弁護士会」は出し続けている。

そして4万人弱の弁護士集団がその声明を全く否定していない。

事実上「弁護士会」と弁護士集団は北朝鮮の敵対行為に加担している。

「日本国の存立」を拒否しているのが、「弁護士会」であり「弁護士」であることになる。

「国の存立」なくしては「弁護士」自体が無価値と化す。

つまり、「弁護士会」並びに「弁護士」に対する〝信頼〟は地に落ちた。

故に、この A) の根拠は崩れ去ったと言える。

ーー根拠B)について。

《弁護士は、基本的人権の擁護と社会正義の実現、ひろく法律事務を行うため厳格な資格要件が設けられ、かつ、その職務の誠実適正な遂行のため必要な規律に服している》

《基本的人権の擁護》とは、(B-1)「日本国の存立擁護」でもある。

「日本国の存立」という大前提無くして、個人個人の《基本的人権の擁護》は不可能であるからだ。

《社会正義の実現》とは、(B-2)「〝憲法を遵守する〟という最も基本的社会正義(法の正義)の実現」がなければならない。

ーー

この (B-1)「日本国の存立擁護」と、(B-2)「〝憲法を遵守する〟という最も基本的社会正義(法の正義)の実現」の両方共、「弁護士会」は無視している。

テロ国家である北朝鮮と直結する「朝鮮人学校への補助金支給」は、北朝鮮への経済的資金援助に該当し、核開発並びにミサイル軍事力の増強に寄与する。

よって、(B-1)「日本国の存立擁護」を著しく踏みにじるものである。

さらに、「朝鮮人学校補助金支給要求声明」は憲法89条違反であり、(B-2)「〝憲法を遵守する〟という最も基本的社会正義(法の正義)の実現」を、根底から覆す。

ーー

これらは、後段に書かれている《その職務の誠実適正な遂行のため必要な規律に服している》を、自ら踏みにじる行為である。

故に、この B) の根拠も崩れ去ったと言える。

ーー根拠 C)について。

《憲法が定める司法権の独立の一環として、保障されるべきものであろう》

「国の存立」なくしては、「司法権の独立」もない。

しかしながら、度重なる「弁護士会」による「朝鮮人学校補助金支給要求声明」は、明らかに、日本を敵対するところの北朝鮮に対する〝利敵行為〟である。

故に、「司法権の独立」の行使は、「日本国の存立」を脅かす行為となっている。

ーー

この〝利敵行為〟は、「日本国の存立」を目指す憲法の目的を、完全に逸脱している。

更に、《弁護士自治の本質は、弁護士の訴訟活動の独立に存在する》と主張している。

しかし、この「訴訟」行為もまた、「国の存立」がなければ無意味だ。

即ち、「日本国の存立」から逸脱した「訴訟」行為は、日本国と国民の為の憲法の精神として、許されるべきではない。

ーー

どうしても、「日本国の存立」を棄損する「訴訟」行為をしたいのであれば、敵国に出向いて為せばよい。

きっと敵国では喜んで大歓迎してくれる事だろう。

しかし、日本におけるその行為は、日本国と日本国民にとっては「売国行為」と見なされる。

ーー

「訴訟」行為とは、飽く迄、「法の正義」に即して行なわれねばならない。

その「法の正義」というものは、強制力としての「国の存立」なくしては成り立たないものだ。

日本の「正義」と他国の「正義」とが食い違う事は、国際関係の常識である。

その場合「訴訟」行為は、日本の「正義」を基準になされなければならない。

ーー

即ち、《弁護士自治の本質は、弁護士の訴訟活動の独立に存在する》という解釈は、間違っている。

ーー

では、「弁護士自治」の線引きの判断は誰がするのか。

その判断は「弁護士」自身がしてはならない。

そもそも「司法権の独立」なるものも、「国の存立」なくしては無意味であるからだ。

故に「司法権の独立」を盾に取って、「弁護士会」が国の存立を棄損するような「自治」を主張するのは、越権行為となる。

ーー

「司法」は「国の存立」が前提であるため、その存立を棄損するような「司法権の独立」は認められないのである。

「弁護士会」と「弁護士」は、国の存立維持の為の「道具(機能)」なのだ。

そのことを無視して、《司法権の独立》を主張するのは間違っており、この C) の根拠も崩れ去ったと言える。

ーー

4、そして「弁護士会」は「日本国」の内部で〝癌化〟して日本国を棄損するように機能している

「弁護士会」であろうが「弁護士」であろうが、「日本国の存立」の範囲内で生かされている「構成要員」である。

「日本国」を「人間の体」に喩えるならば、「弁護士会」「弁護士」は、「人間の体」を構成する一つの「機関・機能」なのである。

そしてその他各「機関・機能」との「相互依存的関係性」が成立している。

ーー

こうして各「機関・機能」が正常に動作することによって、国が存立している。

各機関の自治は、国の存立の目的の為に従わねばならないことは、当然と言わねばならない。

一部、「機関・機能」が、癌化し「身勝手な活動」をし始めた時、「人間の体」が全体としての健康を維持できなくなるように、国もまた存立できなくなるからだ。

ーー

人間が、生存を維持する為には、「癌」を除去しなければならない。

つまり、癌細胞のように「身勝手な活動」をし始めた組織については除去しないと国が崩壊してしまうのである。

ーー

現在の「弁護士会」と「弁護士」は、もはや「日本国の存立」を守る為に「機能」していない。

むしろ癌細胞のように「身勝手な活動」をし始めた。

余命ブログにおいて、再三警告と警鐘を鳴らして来たが、一向に「弁護士自治」による〝自浄力〟は見られなかった。

癌化した組織に対しては、除去する以外、国を生かすすべはない。

ーー

この場合、その処理は、国の強制力と、国際的強制力によるであろう。

弁護士会の行動を容認した会員の弁護士も、容認した責任を取らなければらない。

「自業自得」がこの世界の絶対的規範であるからだ。

ーー

5、「日弁連」の〝自治〟の裏に隠された本音

何故、「日弁連」は゛高度な自治〟に固執するのか。

それは、「自分勝手ができる」からである。

「日弁連」の様々な言動は、「日本国の存立」を棄損・破壊するものだった。

「日弁連」の「弁護士自治の必要性」という主張には、隠された目的があった。

その目的とは、「日本国の転覆・破壊」にあると見てよいであろう。

ーー

彼らが、〝高度な自治〟をA) B) C) の根拠を提示して要求しているのは、「朝鮮人学校補助金支給要求声明」という、「日本国の存立」を脅かす選択をするためであった。

この「日弁連」の行動は、「確信的売国行為」であり、「外患誘致罪」に該当する行為である。

ーー

「日弁連」諸氏に告ぐ。

「日本国」とは関係のない場所に移住して、〝高度な自治〟を満喫せられるがよろしい。

ならば日本国民の誰一人として、君達に文句は言わないであろう。

ーー

それは恰(あたか)も、「人体」が生存を維持するために、「癌」を摘出するのに似ている。

君たちの存在は、日本国にとっては不要かつ害悪なのだ。

吾々は、「日本国の憲法と各種法律と規範や伝統」を遵守して生活している。

それが日本国に生かして頂いている国民としての〝最低限の礼儀作法〟と考えるからだ。

ーー

君たちは、「弁護士」と言う「権威」を振りかざして、「吾こそが正義である」などと息巻いている。

そして利敵行為を平気で行っている。

国と国民を裏切るような行為をしており、「国民」として、〝失格〟なのである。

ーー

「日弁連」の解体や、「第二弁護士会」の設立を含めた、弁護士会の抜本的改革を、一国民として強く要望する。

1、弁護士会の自治制度の抜本的見直し
2、弁護士会に対する監督官庁の制定
3、「国の存立」を脅かした数々の言動に対する適正なる処罰

を、日本政府と安倍総理、並びに国会議員諸氏に対して強く要望する。(あまむし)

2018年6月13日 (水)

米国の執念深さを知る世界は、日本は米国によって消されて無くなると思っていた

共産党は民衆政治democracyを拒否しているので、日本以外の民衆政治国では共産党は違法である。

(共産党は労働者・無産者階級の独裁を主張している)

民衆政治国には、自由主義者(リベラリスト)を自称する人たちがいる。

しかし彼らとて、国旗・国歌を貶すようなことはしない、むしろそれらに敬意を払う愛国者でもある。

ところが共産党が合法的に存在している日本では、共産主義者も自由主義者を自称する人たちも、日本が嫌いなのである。

彼らは日本国の国旗・国歌を貶(けな)し、貶(おとし)める行為を平気でする。

ーー

なぜなのだろうかと、長い間不思議に思っていて、ネット環境ができ、ネット上で・もと左翼と称する人が解説しているのを読んだがちっとも合点がいかなかった。

ところが徐々にネット上に戦後・何が行われたのかが暴露されるようになった。

占領軍の日本の体制破壊政策に協力した人たちの存在だ。

ーー

協力者は、占領軍が決めた禁止用語(プレス・ラジオコード)に基づいて、言論を統制・弾圧し、旧体制支持者として20万人以上を告発したのだった。

そして占領軍は、協力者が告発した人たちを公職から追放し、代わりに協力者らを公職に就(つ)けた。

協力者らは戦後の政財界、教育界、言論・メディア、法曹界を支配したのだった。

ネット上では今、協力者らは在日・反日勢力と呼称されている。

ーー

日本で今、共産主義者や自由主義者と称している人たちの多くが、この在日・反日勢力なのである。

それがわかれば、彼らが日本国の国旗・国歌を貶し、貶める行為を平気でする理由がわかる。

彼らは日本国の国旗・国歌を貶(けな)し、貶(おとし)める行為をすることで(反日を振り回すことで)政権を恐喝し、戦後得た利権を死守しようとしているのだ。

在日・反日勢力の存在は、戦後得た利権(敗戦利得)を擁護することによってのみ維持できるからだ。

ーー

在日朝鮮人の魯漢圭は、民団新聞にこう書いている。

ーー引用開始

もはや裏社会は我々(在日)が制圧した。  

その暴力と経済力を背景に日本の政官財界を侵略する。

60万在日の経済力は日本経済の2割に相当し、それは実に南朝鮮の経済力の2倍という凄まじい物だ。  

経済力に加え、地方参政権によって政治力も手に入れ、やがては軍事力も手にした日には完全に日本から独立した、世界で最も豊かな国家を手に入れることが出来る。  

もはや完全に在日の奴隷状態の日本人には、在日国家の軍門に下って貰うことになる。

こうして在日はアジアの頂点に立つことが可能となり、半島と日本を実質支配するのだ。

ーー引用ここまで

現在在日・反日勢力を支持しているのは、朝鮮人(と支那人)そして、彼らへの少数追随日本人、アカ教師に洗脳された団塊前後の世代だ。

ネット環境が現れてから、ネットから情報を得る若者たちは日本が彼らによって支配されていることを知り、次のような歌を作っている。

ーー

HINOMARU

風にたなびくあの旗に 古(いにしえ)よりはためく旗に

意味もなく懐かしくなり こみ上げるこの気持ちはなに

ーー

胸に手をあて見上げれば 高鳴る血潮

誇り高く この身体(からだ)に流れゆくは 

気高きこの御国の御霊

さぁいざゆかん 日出づる国の 御名の下に

どれだけ強き風吹けど 遥か高き波がくれど

僕らの燃ゆる御霊は 挫けなどしない

ーー

胸に優しき母の声 背中に強き父の教え

受け継がれし歴史を手に 恐れるものがあるだろうか

ーー

ひと時とて忘れやしない 帰るべきあなたのことを

たとえこの身が滅ぶとて 幾々千代に さぁ咲き誇れ

さぁいざゆかん 守るべきものが 今はある

ーー

どれだけ強き風吹けど 遥か高き波がくれど

僕らの沸(たぎ)る決意は 揺らぎなどしない

ーー

どれだけ強き風吹けど 遥か高き波がくれど

僕らの燃ゆる御霊は 挫けなどしない

ーー

僕らの沸る決意は 揺らぎなどしない

ーーRADWINPS

(このRADWINPSは「君の名は。」の音楽担当グループだ)

今、この歌は在日・反日勢力の逆鱗に触れ猛烈な非難にさらされている。

ーー

数年前から高山正之氏が、週刊新潮に「変見自在」の記事を書いていて、それを引用している人がいたのでお目にかける。

ーー以下「bb-danwa」より抜粋編集

・奴隷制をいまだ持ち、引け目に感じる米国が奴隷制のない一流国日本を裁くのは格好がつかなかった。

・そこで、「この際日本も同じ奴隷国家に仕立てちまえと」(ママ)(日本支配下の朝鮮は)「奴隷状態にある」という文言を入れた。

・糞尿にまみれて暮らし、女に名前すらなかった当時の朝鮮に電灯を灯してやったのが日本だったので、それを「奴隷状態」と表現されて蒋介石たちは大笑い。

(こうして日韓併合は日本帝国による植民地支配という作文(フィクション)が作られる)

ーー

・彼らは戦後すぐ「在日本朝鮮人連盟」を立ち上げ「我々は日本の搾取と奴隷的差別から解放された」「日本に報復する」と宣言。

(ルーズベルトの捏造が、真実として一人歩きを始めた)

ーー

・朝鮮人らは殺しも強姦もやりまくった(ママ)

・日本側が諫めると警察署を襲い、首相官邸にも殴り込んだ(ママ)

・賭博開帳の現場に踏み込んだ警官を捕まえ、嬲り殺しを始めた(ママ)

・手を出せない警察に代わって、ヤクザの組が凄まじい市街戦を4日間やって警官を救出した。

(連合国軍の占領下にあった当時の日本警察は武装解除された状態であった)

ーー

・米国の執念深さを知る世界は、日本は米国によって消されて無くなると思っていた。

しかし朝鮮人らは日本人の凄さを知悉しており必ず復活すると考えていた。

・日本の再生を知っていた在日は土地の不法占拠を始めた。

駅前の土地がやられた。

ーー

(駅前一等地(パチンコ)は、敗戦時の混乱に乗じて朝鮮人が日本人から奪ったもの)

ーー

・彼らは大方が密入国者だったが「強制連行された」ことにして、「外国人の犯罪者は国外追放」の適用を日本政府に外させた。

・生活保護法(昭和25年)ができると、在日は「オレたちにも寄越せ」と騒ぎ立て、門前払いをした長田区役所を襲った。

・以降、あちこちの役場が襲撃され、厚生省は在日にだけ生活保護費の無審査支給を認めた。(ママ)

ーーまた

日本共産党、つまりソ連コミンテルンの日本支部が非合法であった時代、党員3万人のうち、実に三分の一が朝鮮人でした。

関東大震災では、日本人の妄動ばかりに焦点が当てられますが、東京や横浜で市内の家屋に火をつけてまわり撹乱工作を行ったのは、彼らです。

当時の朝鮮人たちはロシア革命を、この日本でも夢見ていたのです。

戦後、共産党を再建したのは在日朝鮮人連盟だということを忘れないようにしましょう。

ーー

在日社会から潤沢な資金を提供されつつ共産党は、武装闘争と称して日本国家の乗っ取りを着々と行い、これが50年代半ばまで続いたのです。

しかし、内部分裂が起きます。

「行動派」による暴力路線が過激になるにつれ、宮本顕治ら日本人グループと、一方の朝鮮人グループに対立が生じます。

権力闘争により、敗れた朝鮮人グループは大挙して社会党に移籍しました。

穏健左派の社会党が、朝鮮人政党に変わったのが、この時です。

ーー

暴力革命を志向する連中は民主主義の政治体制そのものを拒絶、その結果出来上がったのが新左翼と称する全学連です。

新左翼・全学連は、ヘルメットとゲバ棒で武装、安保闘争へと拡大していくわけです。

60年代から70年代、朝鮮総連を通じて北朝鮮と連携、運動はより激化します。

ーー

よど号乗っ取り事件で里帰りしたのは、赤軍派という名の朝鮮人グループでした。

中核派も革マル派も同様に朝鮮系なのです!

ーー

しかし、朝鮮民族解放闘争を進める活動家たちは、90年代初頭のソ連東欧崩壊後、勢いが失せていました。

社会主義革命を唱えても、世の中が聞く耳を持っていなかったからです。

ところが大津波で福島第一原発の事故が起こると同時に、朝鮮左翼たちは蘇りました。

菅直人を先頭に、朝鮮系活動家たちは反原発運動で息を吹き返したごとくで、虚偽の放射能危険説を広め、電力事業を叩きまくりました。

原発停止すれば、日本経済は疲弊してくれるからです。

ーー引用終わり

2018年6月12日 (火)

日本人が戦うのは、正当な目的のために、ものごとを竹のように真っ直ぐに正すためです

ーー以下「ねずブログ」より抜粋編集

「八紘一宇(はっこういちう)」は、戦前の日本の国策とされました。

それは、昭和15年7月26日の「基本国策要綱」に掲げられています。  

「皇国ノ国是ハ八紘一宇トスル  肇国ノ大精神ニ基キ世界平和ノ確立ヲ招来スルコトヲ以テ基本トナシ  先ツ皇国ヲ核心トシ  日満支ノ強固ナル結合ヲ根幹トスル大東亜ノ新秩序ヲ建設スル」

(天皇のもとにある日本の国是は、 天皇のもとにある日本人をひとつ屋根の下で暮らす家族とし、 世界に平和が確立されることを基本的な願いとし、まずは日本を核心として、日本、満洲、支那の強固な結合を根幹とする大東亜の新秩序を建設する)

というものです。

ーー

東亜の新秩序というのは、アジア諸国が植民地支配を脱し、それぞれの国の独立を促すという意味です。

実際、戦中から戦後にかけて、多くのアジアの国々が独立を果たし、植民地支配という隷属からの脱出を図ることに成功しました。

その被植民地からの脱出と独立にあたって、日本がおこなった現地での学校建設、行政指導、教練等が、きわめておおきな役割を果たしたのは、その後の歴史が物語る通りです。

ーー

(要するに戦後にGHQが起草した現行憲法の前文以上に平和を希求する内容なのです)

ーー

ところが昭和32年9月、衆議院文教委員会で、松永文部大臣(当時)は、

「戦前は八紘一宇といって、日本さえよければよい、よその国はどうなってもよい、よその国はつぶれた方がよいというくらいな考え方から出発していた」と。

また昭和58年1月衆議院本会議では中曽根康弘総理大臣(当時)は、次のように説明しています。

「戦争前は八紘一宇ということで、日本は日本独自の地位を占めようという独善性を持ち、日本だけが例外の国になり得ると思った、それが失敗のもとであった」と。

ーー

ほんとうにそうなのでしょうか?

ーー

「日本書紀」の巻第三神武天皇の条に「掩八紘而為宇(八紘(あめのした)を掩(おお)ひて宇(いえ)と為(なさ)む」とあります。

「八紘」は、八つの方位(北、北東、東、南東、南、南西、西、北西)のことです。

「八紘」の読み下しは大和言葉の「あめのした」です。

もともと、「あめのした」という語があり、これを漢文で書き表したものが「八紘」です。

ーー

「あめ」は天です。

その下ということですから、普通に漢字訳すれば「天下」でよかったのです。

それなら地上世界のすべてを意味します。

しかし、この「八紘」は、神武天皇が、橿原宮を造営する際に述べられた詔(みことのり)です。

したがって、この場合の「あめのした」は、橿原神宮に代表される天皇の御在所である皇居を中心として、そこから四方八方を意味します。

ーー

この場合の「あめ」は、天皇のこととなります。

その「あめのした」ですから、「八紘」の本来の意味は「天皇の御威光の及ぶ範囲」という意味になります。

だから日本書紀は「あめのした」を「天下」と訳さずに、意図して「八紘」と訳したと読むべきなのです。

ーー

日本書紀は意図して「あめのした」を「天下」ではなく「八紘」と書くことで、「天皇の御威光のもとにある人々」に特定しています。

これは日本の領土領海内のみを示します。

つまりどこにも「他民族抑圧・併合のための超国家主義」という意味は生じないのです。

ーー

その日本が戦った大東亜戦争についての評価をお目にかけます。

ーー引用開始

貴方がた日本は先の大戦で負けて、勝った私どもオランダは勝って大敗しました。  

いま日本は世界一、二位を争う経済大国になりました。

私たちオランダはその間屈辱の連続でした。  

勝ったはずなのに、世界一の貧乏国になりました。  

戦前のオランダは、アジアに本国の36倍もの大きな植民地もインドネシアがあり、石油等の資源産物で本国は栄躍栄華を極めていました。  

ーー

今のオランダは日本の九州と同じ広さの本国丈となりました。  

あなた方日本はアジア各地で侵略戦争を起こして申し訳ない、諸民族に大変迷惑をかけたと自分をさげすみペコペコ謝罪していますが、これは間違いです。  

ーー

あなた方こそ自らの血を流して東亜民族を解放し救い出す、人類最高の良いことをしたのです。  

何故ならあなたの国の人々は、過去の歴史の真実を目隠しされて、今次大戦の目先のことのみ取り上げ、或いは洗脳されて、悪いことをしたと自分で悪者になっているが、ここで歴史をふり返って、真相を見つめる必要があるでしょう。  

ーー

本当は私共白人が悪いのです。  

百年も三百年も前から競って武力で東亜民族を征服し、自分の領土として勢力下にしました。  

ーー

植民地や属領にされて長い間奴隷的に酷使されていた東亜諸民族を解放し、共に繁栄しようと、遠大崇高な理想をかかげて、大東亜共栄圏という旗印で立ち上がったのが、貴国日本だったはずでしょう。  

ーー

本当に悪いのは侵略して権力を振っていた西欧人の方です。  

日本は敗戦したが、その東亜の解放は実現しました。  

即ち日本軍は戦勝国の全てを東亜から追放して終わりました。  

ーー

その結果アジア諸民族は各々独立を達成しました。  

日本の功績は偉大です。  

血を流して闘ったあなた方こそ最高の功労者です。  

自分をさげすむのを止めて、堂々と胸を張って、その誇りを取り戻すべきです。

ーー引用ここまで

これは、平成3年、日本傷病軍人会代表団が戦時は敵国であったオランダを訪問した際に、オランダ・アムステルダムの市長の挨拶で、公式に残っているものです。

ーーもうひとつ

Tourists from every country who visit this island should be told how courageous and patriotic were the Japanese soldiers who all died defending this island.

(諸国から訪れる旅人たちよ、この島を守る為に日本軍人がいかに勇敢に愛国心を持って戦い死んだ(玉砕した)かをつたえられよ)

ーー

これは、パラオ・ペリュリュー島の碑文で、米国大平洋艦隊司令長官のニミッツ提督の言葉です。

もし日本軍が、「朝鮮進駐軍(朝鮮総連)」のように武装解除後の日本人に対して略奪、凌辱、暴行の限りを尽くしていたら、敵の将であるニミッツ提督が、こういう碑文を残すでしょうか。

ーー

東京裁判では、清瀬弁護人は八紘一宇について、「日本固有の道徳であり、侵略思想ではない」と明確に述べています。

ーー

八紘一宇の精神による東亜の解放、そんなものは日本の大義名分にすぎず、内容は侵略戦争だったという人がいます。

ーー

もしそうなら、なぜ、日本軍は、インパール作戦で、38,000人の戦死者を出し、4万人以上の戦病を出し、街道に日本兵の白骨を折り重なるように晒しながら、戦ったのでしょうか。

そして飢えと病に苦しみながら、何日も水さえ呑めずに撤収した。

ーー

その街道筋には、ビルマの村や寺が点在している。

現地の人が住んでいる、家畜もいる、畑もある、女性もいる、しかも彼らは非武装です。

そして敗軍となって徒歩で帰る日本兵は、実弾を込めた銃を持っていました。

にもかかわらず、日本兵はその街道筋で、ただの1件も、盗みをしていない。

強姦もしていない、殺人もしていない、自らが、飢えと空腹、渇きにあえぎながらも、だたの1件も奪わず、殺さず、姦せず、

飢えに苦しみながら、日本兵という名の多くの日本人の若者が死んでいった。

それが侵略者・掠奪者の姿なのでしょうか。

(これについても略奪したと教える反日教師がいる)

ーー

八紘一宇は、我々日本人にとって、大義名分などではありません。

いやそれ以上に、私達日本人の生きざまであり、心の柱であったものだし、それはいまも変わっていないのです。 

生きるということは、思いを実現することです。

日本人が戦うのは、正当な目的のために、ものごとを竹のように真っ直ぐに正すためです。 

ーー

戦争を美化するつもりも、礼賛するつもりもありません。

しかし同胞の、先輩たちの思いを、「侵略だった」と蔑むような卑劣漢にはなりたくないのです。

なぜならそれは、先人に対する冒涜というだけでなく、いまを生きるわたしたちひとりひとりを冒涜することだからです。

«官武一途庶民にいたるまで、おのおのその志を遂げ、人心をして倦まざらしめんことを要す

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